花のOLは寿退社が希望です~フレグランスは恋の媚薬

藤雪花(ふじゆきはな)

文字の大きさ
11 / 20
第二話 ミドルノート

10、先んずれば人を制す!

しおりを挟む
受賞に際してのフランス本社のCEOからの挨拶、日本子会社の社長の挨拶の後に、二階堂清隆が登場する。

二階堂清隆は大抵の予想を外して、ブラックタイのタキシード。

司会者からフレグランスを手渡され、胸元に置かれたとき、フラッシュが一斉にたかれる。

空港に迎えに行った時の彼は無愛想だったが、舞台の彼は素敵だった。
静かに紡ぐ言葉は知的さを感じさせる。
質問に笑顔で答える姿は、大人の余裕さえ感じさせる。
調香師という裏方の仕事をしている感じではない。

「、、、ジュエリーに合う、ゴウジャスなフレグランスをご自由にお試しくださいね。
それと、今日お越しの方で、素敵な方にはこっそりと受賞の香水をプレゼントするかもしれません。
今日の喜びの記念にお持ち帰りいただけたらと思います」
と締めくくる。

そういった二階堂清隆の目が、紗良を見たような気がするのは気のせいか?

「二階堂から香水をゲットするんだ」
高崎部長は言う。
紗良はうなずいた。

今日ここに来た目的は、彼にきれいと認めさせ、心を動かし、フレグランス作りの約束を取り付けることである。

すべての挨拶が終わり、立食パーティーに移りアルコールが入ると、場の緊張感がぐっとほぐれる。
たちまち、二階堂清隆に女子たちが群がる。

「わたしたちは、出遅れてしまっていないか?」
高崎部長が言う。
「完全に出遅れてマス」

今から人集りの輪の外に混ざっても話をできる気がしない。
紗良は、並べられた華やかな食事を指した。

「ならいっそのこと、部長、先にいただきませんか?
二階堂さんは、彼女たちが落ち着いた頃に挨拶に参りましょう」

紗良と部長が美味しい料理の数々に、使命を忘れて頬を緩ませていた。
そのうちに、部長は知り合いのマスコミ関係者と話始めた。
紗良も何度かイベントで顔馴染みのカメラマンなど見つけるが、先方はピンと来ていないようだった。

次はデザートをとケーキを物色しているその時、肩に手を置かれた。
思いがけない馴れなれしさにビクッとする。

「まさか、紗良?」
聞き覚えのあるその声。
「真吾!?」
「やあ、三年振り?」
真吾はスーツをびしっと決めていて、記憶よりもずっと精悍な顔立になっていた。彼は、頬を上気させていた。

「きれいすぎて紗良だとわからなかった!運命の再会じゃないか?
僕は、フランスに仕事でこの一年程いっていたんだ。
このコンペティションにも色々関係していて。
紗良はまだA社で頑張っているの?」

なんだか、居心地が悪くて背中がうずうずする。
紗良が結婚間近と思っていた時に、こっぴどく自分を振った彼が、喜んで世間話ができると思っているらしいのが不思議である。
返事をするまでもなく、立ち去りたい。

「い、今は企画室にいて何でも屋なの」
「ふうん?」

目を細めて真吾は紗良を見る。
その目は真意を探ろうとしている目だった。
この、全身から醸し出す、ほっといてオーラを感じて欲しいと切に思う。

「結婚は?ずっとしたがっていた」

そんなことどうだっていいでしょう、という言葉を飲みこんだ。

「今は仕事が面白くて結婚なんて考えられないわ」
「そうなの?紗良は、、、変わったね」
真面目な顔を真吾は作った。
「紗良がデートの時にでも、こんな風にセクシーに装ってくれたら、、」
「ちょっと、真吾、何を言い出すの?わたしは仕事中で昔話には興味ないわ!」

一度クロスした真っ直ぐな線が離れていくように、もう彼とは人生では二度と交わることのない赤の他人である。
その道を一方的に突きつけたのはこの男ではなかったか?
古疵をえぐられるとはこういうことなのか?

紗良はデザートを諦め、元カレを振りきろうとする。
高崎部長を探したが、談笑中の彼は遠い。

それより、紗良は手頃な者を見つけた。

人集りを逃れてこちらに歩いてくる、タキシードが信じられないぐらい似合う、今日の主役、二階堂清隆だ。

「じゃあ、わたしはやることがあるので、さよなら」
「僕は日本にいるから連絡をくれたら、、、」
もう、終わりだった。

捕まれそうになる腕を振りきるように、後ろに下り、二階堂清隆の方に大きく一歩踏み出そうとする。

だが、二階堂は思いの他、近くにいて、大きく踏み出した脚が二階堂に絡まり、顔をその胸にぶつける。

紗良は反動で弾かれそうになり、二階堂の大きな手がとっさに腰を支え、自分の胸に引き寄せた。

心臓がドキドキしている。
二階堂の胸は大きくて、安心できた。

「大丈夫か?」

紗良の顔の近くで二階堂は聞く。
低く響く声である。
彼からほのかに漂う和の香り。

「気分が悪いなら外の空気でも吸いに行こうか、紗良さん?」
紗良は首肯く。
二階堂はぎろりと真吾を見てから、紗良と庭園に出る。
緑溢れた日本庭園は、会場の籠った空気と違って清浄だった。

「、、、泣くなよ?せっかく綺麗にしてくれたのに、剥がれる」
「はあ?」

紗良の顔にハンカチが押し付けられた。
紗良の目からはなみだが流れていた。
言われてはじめて気がついた。
あわてて、そっと押さえる。

「あなたが落ち着くまで庭にいよう。
中は臭くて鼻がもげそうだ。
その点あなたは合成の臭いをさせていない。
むしろ、あなたのいい香りがする。何かつけてる?」

調香師にいい香りと言われて嬉しくならない人はいない。

「いえ、今日は香水のパーティーだから、なんにもつけていないわ。あなたのフレグランスを味わおうと思って」

紗良がそういうと、二階堂清隆は本当に嬉しそうに笑った。

その笑顔は、先程までの紗良の胸の中で渦巻いていた不快な感情を、一気に吹き飛ばしたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

『影の夫人とガラスの花嫁』

柴田はつみ
恋愛
公爵カルロスの後妻として嫁いだシャルロットは、 結婚初日から気づいていた。 夫は優しい。 礼儀正しく、決して冷たくはない。 けれど──どこか遠い。 夜会で向けられる微笑みの奥には、 亡き前妻エリザベラの影が静かに揺れていた。 社交界は囁く。 「公爵さまは、今も前妻を想っているのだわ」 「後妻は所詮、影の夫人よ」 その言葉に胸が痛む。 けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。 ──これは政略婚。 愛を求めてはいけない、と。 そんなある日、彼女はカルロスの書斎で “あり得ない手紙”を見つけてしまう。 『愛しいカルロスへ。  私は必ずあなたのもとへ戻るわ。          エリザベラ』 ……前妻は、本当に死んだのだろうか? 噂、沈黙、誤解、そして夫の隠す真実。 揺れ動く心のまま、シャルロットは “ガラスの花嫁”のように繊細にひび割れていく。 しかし、前妻の影が完全に姿を現したとき、 カルロスの静かな愛がようやく溢れ出す。 「影なんて、最初からいない。  見ていたのは……ずっと君だけだった」 消えた指輪、隠された手紙、閉ざされた書庫── すべての謎が解けたとき、 影に怯えていた花嫁は光を手に入れる。 切なく、美しく、そして必ず幸せになる後妻ロマンス。 愛に触れたとき、ガラスは光へと変わる

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...