プラの葬列

山田

文字の大きさ
47 / 51
マーク・オースティン

#3

しおりを挟む
「アリーシャ……これはまた、懐かしい名前を聞いたものだ」

  一瞬だけ瞳に映った驚愕の色を隠すように瞼を沈めた父は、まるで他人の話をする時のような口振りで天使の名前をなぞって嗤う。

「……なぜあの晩、俺にアリーシャがいない事を隠したんですか?俺は……俺は彼の兄で家族だ。少なくともあの日ぐらいは、家族の一員として教えてくれても良かったんじゃないでしょうか……翌日殺されたアリーシャが影武者ダミーだったのなら、尚更」
「随分と私の知らないうちに調べたようだな。だがアラン、あの日彼処で死んだのは紛れもなくアリーシャ本人だ」

  影武者ダミーの話になった途端、プツリと切り上げるような父の言葉に腹わたの底が沸く。鍋に湯を沸かす時のようにひとつ、ふたつ……と昇る水泡は次第に数を増し、畏怖の対象に渾々こんこんと怒りがこみ上げる。

「……何を根拠に本人だと言い切れるのです?」
「面白い質問だ……アリーシャは死んだ、彼が死んだからこそ死亡診断書が作成され、故人として受理された──それ以上に何を求める?」
「『死亡診断書』ねぇ……。『事件』を『事故』と表記しても受理される紙切れに、一体どれだけの価値があるのでしょう?」

  丁寧な口調のやりとりは夥しいほどの棘を孕み、お互いの腹を抉り出してゆく。言葉を重ねれば重ねるほど荒くなる空気に当てられたマークは、固唾を飲んでその様子に身を委ねる。

「ボス……いえ、父さん、あの日あの時、アリーシャの身に一体何があったんですか?なぜ、彼はあんなにも無残に殺されなければならなかったのでしょう……!」
「黙れッ!!」

  咆哮のような父の牽制が、静か過ぎる書斎に大きく響いた。肩で息をする彼の瞳は今にも飛びかかりそうな狼そのもので、後ろに流れる灰色の髪が父の心情を映し出したように荒れ狂う。

「たかだか社会の裏を少し舐めたぐらいで、偉そうにものを言うんじゃない……あの時に『物分かりの悪い子供になってはいけない』と教えてやっただろう。26にもなって私の言っている意味を分からないとでも?」

  頭に昇った血を鎮めるように大きく咳払いをした父は、わざとらしく取り繕った穏やかさに拍車を掛けて微笑む。それでも表情を緩める事をしない俺に呆れると、大きく溜息を吐きながら乱れた髪を整えてマークに視線を移す。

「見苦しいところを見せてすまないな」

  優しい言葉の裏に隠れた父の本音としては、ひとりの部下でありながら唯一ボスに口出しができる相談役コンシリエーレのマークがよほど邪魔なのだろう。下手な事を言って組織に疑問を持たせたくないという意思の表れなのか、遠回しに退出するよう迫る父に、マークは「いえ、お気になさらず」と人当たりのいい笑顔を返す。

  その清々しい答えを最後に、書斎は恐ろしいぐらいの静謐に支配される。何かを考え込むような様子の父は徐に椅子から立ち上がると、テーブルの上に立派なワインボトルとワイングラスを1組持ち寄る。いつもなら晩酌すら見かけない父が用意したその光景に目を丸めた俺は、彼がゆったりと栓の空いたワインをガラスの薄いカップに注ぐ様子をジットリと眺める。

「それは……」
「今日はヴァルプルギス・ナイト……たまには親子で晩酌もいいだろうと思って用意していたんだ」

  珍しく家族らしい事を舌に乗せた父の顔には笑顔が張り付くも、細めた瞳の奥の奥は凍傷でも起こすんじゃないかと思うほど冷たい。

──嫌な予感ほど的中するもんだな。

  父にこの世界のイロハを仕込まれた俺には分かるのだ。彼がこの表情をする時は、必ず裏がある──と。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...