51 / 51
マーク・オースティン
#7
しおりを挟む
「や、やめろ……ッ!!!」
勢いよく上体を起こすと、そこは見慣れた俺の部屋だった。開かれた窓からは優しい日差しが差し込み、俺の様子に驚いたマークが「アラン?」と振り返る。
「……これも、夢か?」
生々しい幻覚のお陰で夢と現実の境目が分からなくなった俺は、「どうだろうね」と笑うマークを人差し指で呼ぶ。不思議そうに俺に近寄るマークの鳩尾を目掛けて軽く拳を繰り出すと、驚きと痛みで声にもならない彼はご自慢の金髪を大きく揺らした。
「……な、なんのつもりだい」
「夢か現実か分からない時は、痛みの感覚で分別をつけるらしい」
当たり前のように言い放った俺を恨めしそうに睨んだマークは、「だったら自分のことを殴ればいいじゃないか……」と呆れたように抗議する。
「そう本気にするなよ、ただ戯れただけだろ?」
鉛のように重たい体をほぐすように大きく背伸びをした俺の肩がボキボキ……ッと音を立てると、夢から醒めた現実であることに安堵した俺はそのままもう一度ベットに倒れた。
「なぁマーク……父はどうなった?」
部屋の白い天井を見上げながら呟いた俺は、記憶に無い『その後』について尋ねる。聞きたいかと訊かれれば聞きたくないが、今後の組織の方針を考える上では聞かざるを得ない。
「……出血多量による瀕死の重傷で闇医者に救急搬送、一命は取り留めたようだけれど、復帰するのはかなり難しそうだね」
やれやれと首を振る彼は痛みに曲げていた背筋を正して俺のベットに腰掛けると、「今後はどうなされるおつもりで?」と俯く。
「どうするもこうするも、ボスが不在なら次席が代行するしかないだろ……相談役様?」
うわ言みたいに力のない軽口は、陽光に溶け入るように宙を舞う。いつか来るはずの未来を手繰り寄せた俺は、夢の中でプラが残した警告を思い出す。
──『お前は掌で踊るだけ……失いたくないのなら、もう進んではいけない』
背中を押しているのか足を引き留めているのかも分からないその声は、俺の中で立ち込めた煙のように濛々と渦を巻く。もしも俺が父に手を掛ける事すら計画済みと言うなら、その先に待つ絶望とは一体何を指すのだろう?
「だね……。たとえアランがそう言わなくても、僕とジャックさんの見解は一致している。否が応でも、ちゃんと責任を取ってもらうつもりだったよ」
サラリと当たり前のように笑うマークの真似をして笑い返す俺は、「怖い世界だな」と皮肉を述べる。
「そこのボスになった男が今更何を……冗談は顔だけでよしてくれ」
肩を竦めながら口元を緩める彼は新緑の瞳を伏せて俯くと、「ボスには申し訳ないけれど、今回の事は『病気』として幹部以下には伝達してある」と小さく呟く。
「案外切り替えが早いな。半狂乱にでもなるかと思った」
「別に今の僕が冷静な訳じゃないよ……ただ、今後の事を考えて最善策を出しただけで──それに、今回は共犯としても片棒を担いでいるからね」
悪戯っぽく言葉を溶かした彼は、俺と目を合わせないまま「アランだけのせいじゃない」と瞼を閉じる。
──『僕はアリーシャであってアリーシャではない。そして、アリーシャも僕であって僕ではない──全てを捨てた先なら、きっと本当の僕らに会えるよ』
鼓膜に染み付いたプラの言葉のその先に待つ真実がどれだけのものか──それを理解するにはまだ浅く、海の水面を掬うようなものであっても。
俺は。
俺は、俺を信じてくれる奴を決して裏切ったりはしない。
勢いよく上体を起こすと、そこは見慣れた俺の部屋だった。開かれた窓からは優しい日差しが差し込み、俺の様子に驚いたマークが「アラン?」と振り返る。
「……これも、夢か?」
生々しい幻覚のお陰で夢と現実の境目が分からなくなった俺は、「どうだろうね」と笑うマークを人差し指で呼ぶ。不思議そうに俺に近寄るマークの鳩尾を目掛けて軽く拳を繰り出すと、驚きと痛みで声にもならない彼はご自慢の金髪を大きく揺らした。
「……な、なんのつもりだい」
「夢か現実か分からない時は、痛みの感覚で分別をつけるらしい」
当たり前のように言い放った俺を恨めしそうに睨んだマークは、「だったら自分のことを殴ればいいじゃないか……」と呆れたように抗議する。
「そう本気にするなよ、ただ戯れただけだろ?」
鉛のように重たい体をほぐすように大きく背伸びをした俺の肩がボキボキ……ッと音を立てると、夢から醒めた現実であることに安堵した俺はそのままもう一度ベットに倒れた。
「なぁマーク……父はどうなった?」
部屋の白い天井を見上げながら呟いた俺は、記憶に無い『その後』について尋ねる。聞きたいかと訊かれれば聞きたくないが、今後の組織の方針を考える上では聞かざるを得ない。
「……出血多量による瀕死の重傷で闇医者に救急搬送、一命は取り留めたようだけれど、復帰するのはかなり難しそうだね」
やれやれと首を振る彼は痛みに曲げていた背筋を正して俺のベットに腰掛けると、「今後はどうなされるおつもりで?」と俯く。
「どうするもこうするも、ボスが不在なら次席が代行するしかないだろ……相談役様?」
うわ言みたいに力のない軽口は、陽光に溶け入るように宙を舞う。いつか来るはずの未来を手繰り寄せた俺は、夢の中でプラが残した警告を思い出す。
──『お前は掌で踊るだけ……失いたくないのなら、もう進んではいけない』
背中を押しているのか足を引き留めているのかも分からないその声は、俺の中で立ち込めた煙のように濛々と渦を巻く。もしも俺が父に手を掛ける事すら計画済みと言うなら、その先に待つ絶望とは一体何を指すのだろう?
「だね……。たとえアランがそう言わなくても、僕とジャックさんの見解は一致している。否が応でも、ちゃんと責任を取ってもらうつもりだったよ」
サラリと当たり前のように笑うマークの真似をして笑い返す俺は、「怖い世界だな」と皮肉を述べる。
「そこのボスになった男が今更何を……冗談は顔だけでよしてくれ」
肩を竦めながら口元を緩める彼は新緑の瞳を伏せて俯くと、「ボスには申し訳ないけれど、今回の事は『病気』として幹部以下には伝達してある」と小さく呟く。
「案外切り替えが早いな。半狂乱にでもなるかと思った」
「別に今の僕が冷静な訳じゃないよ……ただ、今後の事を考えて最善策を出しただけで──それに、今回は共犯としても片棒を担いでいるからね」
悪戯っぽく言葉を溶かした彼は、俺と目を合わせないまま「アランだけのせいじゃない」と瞼を閉じる。
──『僕はアリーシャであってアリーシャではない。そして、アリーシャも僕であって僕ではない──全てを捨てた先なら、きっと本当の僕らに会えるよ』
鼓膜に染み付いたプラの言葉のその先に待つ真実がどれだけのものか──それを理解するにはまだ浅く、海の水面を掬うようなものであっても。
俺は。
俺は、俺を信じてくれる奴を決して裏切ったりはしない。
0
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
初めまして。タグから参りました。お気に入り登録もさせて頂きました。
ミステリーという事で今後の展開が楽しみです…!
執筆活動頑張ってください!
ご丁寧にありがとう御座いますぅ。゚(゚´Д`゚)゚。
共々頑張って参りましょう✨