プラの葬列

山田

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楊 飛龍

#4

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  ゴングの響きと示し合わせたようにわらわらと集まった楊の部下達は、深手を負った糸目と傷だらけの俺に手当てを始める。

「それで……君が私を飼い慣らしたい目的はなんだい?」

  担架の上で患部を止血され、迅速に専門医へ搬送される準備を誂えられる彼の声はとても穏やかで、まるで家族にでも語り掛けるようなその口調は、さっきまで殺し合いをしていた相手に対するものとは思えない。

「自分の腕を持ってかれた相手に、随分と寛大なんだな」

  どこまでいっても胡散臭い楊を睨む俺が憎まれ口で言葉を吐き捨てると、「本当にアラン君は水臭いね」と朗らかな笑顔の彼は左手を照明に翳してしみじみと自らの指を眺める。

「油断とは恐ろしいものだ。私は全てを手に入れた気分で驕っていたのだろう……その事実を教えてくれた君は紛れも無い戦友であり、私の師匠に他ならない。だから何も恨んでやしないよ」

  掌と甲を入れ替わりで眺める彼の瞳に偽りの色は見えず、予想の上を行く返答に拍子抜けした俺は、糸目の部下が置いていった膝掛け付きの豪華な椅子にどっかりと座った。

「『琳  榮榮』という野郎を知っているか?」

  指を組みながら勢いよく踏ん反り返ると、俺を支える椅子が苦しげにギシ……ッと音を立てる。

「琳  榮榮……?ありきたりな名前過ぎて記憶にないな。其奴がどうかしたのか?」
「10年前に死んだ男で、どうやら江華貿易商に関わりがあるらしい」
「なるほど、では調べさせよう──しかし、その男ひとり如きで、社長の私に喧嘩を売ったのかい?」

  不思議な生物を見るような表情で尋ねる楊は、「だったら普通に訊いてくれれば良かったのに」と肩を竦めた。

「本来の目的はソイツじゃない。あくまで真相に辿り着く小さな手掛かりのひとつであり、謂わばキッカケさ」
「目的に真相……10年前に、何か忘れ物でも?」
「まぁな」

  返却された上着のポケットを探ると、封の空いた煙草の箱が物欲しそうに俺の顔を覗き込む。トトン……と指先で叩いて一本取り出した煙草を咥えると、楊の部下が気を回してライターの火を差し出す。揺れる煙の向こうで俺を見つめる糸目は、何も言わないまま言葉の続きを催促するように優しく微笑んだ。

「10年前の冬、俺の弟は殺された。その日から俺は、いつかその犯人をこの手でぶっ潰してやる事だけを考えて生きてきた」
「グレイファミリーの次男?……そんな人物、聞き覚えがないぞ?」

  驚きのあまり今にも体を起こしそうな勢いの楊を宥めるように肩を抑えた部下は、余計な事をするなと言わんばかりに俺を睨む。

「事件はそのまま揉み消されたからな。そのお陰で俺も、昔から純粋で健気な弟は哀れにも9歳でこの世を去った……と、思っていた」

  皮肉な過去を自嘲するたび、口から白い苦さが零れる。不思議と気分が落ち着く魔法のようなソレは、きっと感情の起伏を安定させるための延命治療。燻る香りに遠い昔を思い起こせば、俺は初めて人間をあの世に送った日から、必ず弔いのように煙草を吸う癖がついていた。

「でも違った。無邪気に散った俺の知る天使は江華貿易商アンタんとこで買った奴隷、本当の弟は薬瓶付けの日々に10年も息を潜めて、やっと俺の前に現れたんだ」

  脆く崩れた灰が床にゆったりと逃げ、俺は秘密を明かすように声を落とす。

「……あの時貧弱だった俺は、影武者ダミーの復讐がしたいと願う弟の力になると決めた。今まで彼を守ってやれなかった分、たとえ俺の命を削ることがあるとしても約束を果たす──ってな」
「君は……良くも悪くも、純粋なんだね」

  言葉を選んでやっと口を開いた楊は、なんとも言い難い眼差しを寄越す。その色は同情とも軽蔑とも取れない様々な感情を練り混ぜたようなものだった。

「馬鹿にするならすればいい」
「いや、そういう意味じゃないよ……ただ、ただ……ね?」

  眉間に皺を寄せて考え込む糸目は、細い目がなくなるんじゃないかと思うほどしっかり瞼に力を込める。まるで闇の奥深くに目を凝らすようなその表情は、俺が見落とした矛盾を見透かしているようにも思えた。

总统社長一切准备就绪準備が整いました

  相変わらず塩顔無個性の部下が瞑想に浸る楊に耳打ちすると、彼は低く「あぁ」と応じて意識を現実に戻す。

「事情は分かったよ……『琳  榮榮』に関連する情報が見つかり次第、すぐに連絡するとしよう。私に出来る事は微力かもしれないが、拳を交えた仲として気軽に頼ってくれれば良い」

  動き出した担架から悠然と手を振って微笑う糸目は、どこまでいっても掴み所のない糸目でしかなかった。それでも一分の信頼を寄せる事にした俺は、部下の手によって遠のいていく担架に「おい」と声を掛ける。

「さっきアンタが撃った女……どうせ捨てる不良品なら、ウチで引き取ってやってもいいぜ」

  室内に響く俺の言葉にゆらゆらと揺れる彼の左手が動きを止め、角張りながらも細い親指が天井を向く。その様子を遠目で確認した俺はそっと踵を返し、会場から案内された道を辿ってフラフラと壁伝いに歩き出した。
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