プラの葬列

山田

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楊 飛龍

#5

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「お、おい……アラン、その傷は一体?!」

  人も疎らになった会場に佇むマークは、俺の姿を見るなり大袈裟なくらいの声量で駆け寄る。ふらつく俺の肩を取った彼が心配げに眉を下げると、あまりにも情けないその表情にツクツクと笑いが込み上げた。

「な……っ、せっかく人が心配してるのに、なにをそんなに笑ってるんだい」

  呆れたように目を細めた金髪は、まるで子供が拗ねるように唇を小さく尖らせる。一頻り笑い続けて涙が滲む俺が目尻を拭うと、マークは「心配して損したよ」と追い討ちを掛けて俺を詰った。

「悪い悪い……少し中国人チャイニーズと交渉してただけだ」
「『交渉』ねぇ……その様子じゃ、『交戦』の間違いじゃないのか?」

  軽快な掛け合いを返す彼はサラサラと流れる金髪を払って微笑み、「なんとか無事みたいで良かった」と溜息を吐く。

「……我々コーザノストラ次席アンダーボス様に何かあったら、付き人としても幼馴染としてもボスに顔向けできないよ。全く……少しは僕を頼ってくれれば良いのに」

  屈託のないマークの言葉に気が和らいだ俺は、「じゃあしっかり支えてくれよ?」と軟弱な彼にのし掛かるように体の力を抜く。

「重い……ッ……これは流石に嫌がらせ、かな……?」

  今にも共倒れしそうなぐらい傾いて慌てるマークに戯けつつ「頼りねぇなぁ」と俺が愚痴を零すと、売れ残った商品達が訝しげな視線をこちらに寄越す。

「さっきの女は?」

  辺りの連中を冷たく見返しながら彼に問い掛けると、マークは「あぁ……」と歯切れの悪い答えで言葉を濁した。

「取り敢えず病院まで運んだけれど、この後どうするとかはまだ……」
「そうか……なら都合が良いな。ソイツはウチで引き取ることにした」
「えっ……ひ、引き取るのかい?」

  予想だにもしなかった俺の言葉に驚きと喜びで目を輝かせたマークは、身を乗り出すように俺を問い詰める。昔から可哀想なモノを見ると放って置けないお節介な彼に苦笑いしつつ、俺は「だが」といい含めるように言葉を咀嚼した。

「勿論タダで置くわけじゃない。あの女には、アリーシャの面倒を見させる。そうすれば少しは寂しさも薄れるだろうから」

  かつて天使がプラを愛おしく思っていたように、少しでも彼の心の支えになれば良い──。

  奪うことしかできない俺がしてやれるのは限られていても、どうせ消される命なら活用するのが数千倍良いに決まってる。

「……アランは本当に優しいんだね」

  まるで母親みたくしみじみと呟いたマークは、春風のように柔らかく優しい視線で俺に向き直った。

  ブルルルル……ブルルルル……

  マナーモード独特のリズムで震える携帯を取り出すと、いつも色々な意味でタイミングの良い情報屋の名前が表示される。疲れ切った体で電話に出るのも面倒に感じた俺は『切』の表示をタップして携帯を閉じるも、また数秒後には同じ名前が液晶に躍った。

「おいジャック、しつこいぞ……今忙しいんだが?」
「馬鹿!何が『忙しい』だ!!……あれだけ無茶はするなと言ったのに、騒ぎがこっちの耳にまで届いてるぞ──早く戻って来い、ヘンリー……いや、ボスがお呼びだ」

  焦りに支配されたジャックとの通話は20秒も続かず、その言葉を告げた途端に回線はプツリと切断された。
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