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女の秘密
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「アンナ嬢は、ご自分が王太子に選ばれる事は考えていないの?」
「まぁ!マークス皇太子殿下、私、そんな大それた事、考えた事もございませんわ!」
アンナベラは、思わぬ事を言われた!という顔を作ると、マークスの顔を見る。
「ああ、考えた事はあるんだね」
「そりゃな。まだ継承権放棄してないし」
マークスとシュドルフの言葉に、アンナベラはパッと扇を開き口元を隠すと、軽く二人を睨みつけた。
「意地悪な殿方は嫌われてよ。女の秘密を無理矢理暴こうとなさるだなんて、蛇蝎の如く嫌われても文句は言えなくてよ」
「幸い、僕には相思相愛の素敵な婚約者がいましてね。婚姻の日取りも決まっています」
「ふふんっ捨てられないとよろしいわね?若くて可愛い乙女には、崇拝者も多いものよ」
「…ちょっと、その崇拝者の名簿をいただけますか、アンナ嬢。話し合いの予定を立てなくては」
「本当に心の狭い義弟だこと。嫉妬深い男っていやね。あら…近衛が動いたわ」
言われて玉座の下に目をやると、お花畑カップルの後ろに立っていた宰相息子と近衛隊長の甥っ子は、正装した近衛騎士に腕を取られ、静かに退場させられていた。
二人とも足元が覚束ないらしく、抱え込まれるようにして移動している。
「陛下からお言葉がありそうだ」
会場内の空気が張詰め、水滴の音すらも拾えそうな静寂に包まれた。
皆、固唾を呑んで、玉座の王の姿を見つめた。
近衛騎士が4人、そっとお花畑カップルの左右と後ろに立っている事に、何人が気付いただろうか…。
「ねぇ~え?アーノルド様ぁ?わたしぃ、ちゃぁんと王太子妃を勤めますわぁ~♪ご安心っくださいねっ?」
「勿論だとも、アルマ。君なら、すばらしい王太子妃になる!こぉんなに可愛いだから!」
ギリッ シュッ ゴツッ 「あ…」 ドサッ コンッ パサ…
「あ…?って、えぇっ!?アーノルドさまぁ!?」
静寂に包まれた会場に響き渡った会話に、玉座の最上段におわす身分高き淑女は耐えられなかったらしい。
王妃はギリッと扇を握り締め、目にも留まらぬ速さでシュッと投げた。
飛んだ扇は、ゴツッと音を立てて的に命中。
的は「あ…」と言葉にならない音を出して意識を失い、ドサッと倒れた。
的から落ちた扇がコンッと床に落ち、パサ…と、崩壊した。
健気な扇は、その役目を終え、新たな扇生を迎える為に旅立ったのだろう。扇に幸あれ。
床に倒れる第一王子と、それに縋る男爵令嬢を一瞥し、王妃は近衛に命じた。
「そこの二人を下げよ」
「はっ」
隊長のハンドサインを見て、王子と男爵令嬢を囲んでいた4人の近衛騎士が動き出した。
その中でも一番顔が美々しい近衛騎士が、王子の側へひざまずいた。
「奥で手当てをいたします。ジニエ男爵令嬢、でしたか。あなたもご一緒に」
「は、はいっ!」
そうして、気を失った王子は、まるで物語の姫君のように、屈強で美々しい近衛騎士に抱き上げられた。
そのまま運ばれる姿は、夜会に出席した総ての者にお披露目された。
会場の、上座から下座までのど真ん中を、縦断して退場したのだ。
男爵令嬢はその後ろを、目に涙を浮かべながら着いていく。だが、その頬は桃色に上気し、ソワソワしているようだ。
会場内も俄かにざわめく。先ほどの張り詰めた雰囲気は一蹴され、困惑と安堵に変わっていた。
一部、”何かの芽生え”への期待感が混在していたようだが、息も出来ない緊張に比べれば些細な事であろう。
「伯母様…流石ですわ…!」
「やはり伯母上の投擲の技術は流石だな!全く見えなかった!」
アンナベラとシュドルフが目をキラキラ輝かせながら、羨望の眼差しで壇上の伯母を見つめていた。
侍女から新しい扇を受け取り、具合を確認しているその姿は、歴戦の将軍のように凛々しく美しい。
問題の強制退場と、場の雰囲気の変更、会場の誰もが難しいと思っていた事をたったの一撃で行ってしまったのだから、尊敬の眼差しを向けるのは当然といえるだろう。
「…王妃様は、何か武術の心得が…?」
「まぁ…マークス様?さっきお姉様に言われましたでしょう?女の秘密を暴こうとなさってはいけませんわ。命に関りましてよ」
「え…?」
エルーナローズは、マークスに伝わるように、と思いを込めて見つめた。
その顔は、マークスが思いもしなかったほど真剣だった。
「女の・・・特に、王妃様に連なる女の秘密を無理に暴こうとしては、なりません」
「…エルーナ…いつか…僕は話してもらえるのかな?」
「私も、末端ながら連なる者。私の事のみ、夫になる方にお伝えするように、と言われておりますわ」
エルーナローズがニッコリと、見本のように綺麗に笑う。
マークスも、ニッコリと笑い返した。夫婦喧嘩は絶対にしないでおこう、と思いながら。
正式な妻として迎えた時に、一体どんな秘密が明かされるのか。
大した事ないといいな…と思いつつ、他に類を見ない投擲を披露した王妃を見上げた。
当の王妃は、新しい扇で口元を隠し、隣に座る国王に笑顔で話しかけている。
国王は頷くと、宰相を呼び指示を出しているようだ。
「まぁ!マークス皇太子殿下、私、そんな大それた事、考えた事もございませんわ!」
アンナベラは、思わぬ事を言われた!という顔を作ると、マークスの顔を見る。
「ああ、考えた事はあるんだね」
「そりゃな。まだ継承権放棄してないし」
マークスとシュドルフの言葉に、アンナベラはパッと扇を開き口元を隠すと、軽く二人を睨みつけた。
「意地悪な殿方は嫌われてよ。女の秘密を無理矢理暴こうとなさるだなんて、蛇蝎の如く嫌われても文句は言えなくてよ」
「幸い、僕には相思相愛の素敵な婚約者がいましてね。婚姻の日取りも決まっています」
「ふふんっ捨てられないとよろしいわね?若くて可愛い乙女には、崇拝者も多いものよ」
「…ちょっと、その崇拝者の名簿をいただけますか、アンナ嬢。話し合いの予定を立てなくては」
「本当に心の狭い義弟だこと。嫉妬深い男っていやね。あら…近衛が動いたわ」
言われて玉座の下に目をやると、お花畑カップルの後ろに立っていた宰相息子と近衛隊長の甥っ子は、正装した近衛騎士に腕を取られ、静かに退場させられていた。
二人とも足元が覚束ないらしく、抱え込まれるようにして移動している。
「陛下からお言葉がありそうだ」
会場内の空気が張詰め、水滴の音すらも拾えそうな静寂に包まれた。
皆、固唾を呑んで、玉座の王の姿を見つめた。
近衛騎士が4人、そっとお花畑カップルの左右と後ろに立っている事に、何人が気付いただろうか…。
「ねぇ~え?アーノルド様ぁ?わたしぃ、ちゃぁんと王太子妃を勤めますわぁ~♪ご安心っくださいねっ?」
「勿論だとも、アルマ。君なら、すばらしい王太子妃になる!こぉんなに可愛いだから!」
ギリッ シュッ ゴツッ 「あ…」 ドサッ コンッ パサ…
「あ…?って、えぇっ!?アーノルドさまぁ!?」
静寂に包まれた会場に響き渡った会話に、玉座の最上段におわす身分高き淑女は耐えられなかったらしい。
王妃はギリッと扇を握り締め、目にも留まらぬ速さでシュッと投げた。
飛んだ扇は、ゴツッと音を立てて的に命中。
的は「あ…」と言葉にならない音を出して意識を失い、ドサッと倒れた。
的から落ちた扇がコンッと床に落ち、パサ…と、崩壊した。
健気な扇は、その役目を終え、新たな扇生を迎える為に旅立ったのだろう。扇に幸あれ。
床に倒れる第一王子と、それに縋る男爵令嬢を一瞥し、王妃は近衛に命じた。
「そこの二人を下げよ」
「はっ」
隊長のハンドサインを見て、王子と男爵令嬢を囲んでいた4人の近衛騎士が動き出した。
その中でも一番顔が美々しい近衛騎士が、王子の側へひざまずいた。
「奥で手当てをいたします。ジニエ男爵令嬢、でしたか。あなたもご一緒に」
「は、はいっ!」
そうして、気を失った王子は、まるで物語の姫君のように、屈強で美々しい近衛騎士に抱き上げられた。
そのまま運ばれる姿は、夜会に出席した総ての者にお披露目された。
会場の、上座から下座までのど真ん中を、縦断して退場したのだ。
男爵令嬢はその後ろを、目に涙を浮かべながら着いていく。だが、その頬は桃色に上気し、ソワソワしているようだ。
会場内も俄かにざわめく。先ほどの張り詰めた雰囲気は一蹴され、困惑と安堵に変わっていた。
一部、”何かの芽生え”への期待感が混在していたようだが、息も出来ない緊張に比べれば些細な事であろう。
「伯母様…流石ですわ…!」
「やはり伯母上の投擲の技術は流石だな!全く見えなかった!」
アンナベラとシュドルフが目をキラキラ輝かせながら、羨望の眼差しで壇上の伯母を見つめていた。
侍女から新しい扇を受け取り、具合を確認しているその姿は、歴戦の将軍のように凛々しく美しい。
問題の強制退場と、場の雰囲気の変更、会場の誰もが難しいと思っていた事をたったの一撃で行ってしまったのだから、尊敬の眼差しを向けるのは当然といえるだろう。
「…王妃様は、何か武術の心得が…?」
「まぁ…マークス様?さっきお姉様に言われましたでしょう?女の秘密を暴こうとなさってはいけませんわ。命に関りましてよ」
「え…?」
エルーナローズは、マークスに伝わるように、と思いを込めて見つめた。
その顔は、マークスが思いもしなかったほど真剣だった。
「女の・・・特に、王妃様に連なる女の秘密を無理に暴こうとしては、なりません」
「…エルーナ…いつか…僕は話してもらえるのかな?」
「私も、末端ながら連なる者。私の事のみ、夫になる方にお伝えするように、と言われておりますわ」
エルーナローズがニッコリと、見本のように綺麗に笑う。
マークスも、ニッコリと笑い返した。夫婦喧嘩は絶対にしないでおこう、と思いながら。
正式な妻として迎えた時に、一体どんな秘密が明かされるのか。
大した事ないといいな…と思いつつ、他に類を見ない投擲を披露した王妃を見上げた。
当の王妃は、新しい扇で口元を隠し、隣に座る国王に笑顔で話しかけている。
国王は頷くと、宰相を呼び指示を出しているようだ。
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