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言葉の国の訳ありな少年
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鏡の国で次の行き先を見つけたクロとロックが言葉の国を目指して早1週間、今2人の目の前には言葉の国グラッティロンドの門がドンと構えています。鏡の国でクロたちが探すべき魔法を持つ妖精の存在を教えられた2人は、ここでついに相棒を見つけることが出来るのかと考えると体は強張り、ごくりと唾を飲み込みました。
「ついに着いたね、クロ。」
「うん。鏡の国からすごく遠くて疲れた。」
「そうじゃなくて、やっとクロの相棒にしたいと思う魔法を持つ妖精が見つかる場所に来たんだから、何か感慨深くなったりしないのって。」
「んん~、ピンと来ないけど、わくわくはしてる、と思う。」
「そっか、じゃあ準備はいい?」
「よし、ではいざ。」
クロは軽く深呼吸すると、意思を固めたようにまっすぐ門を見据え、両手でゆっくりと門を開くと言葉の国に一歩踏み入れました。
「ここが言葉の国...。」
言葉の国はクローマニオンにある様々な国の中でも平凡な国です。派手に裕福なわけではありませんが街はどこも趣がある綺麗な外観で、鏡の国と同様に時の国と似ているかもしれません。
「クロ、とりあえず宿探そうか。疲れてるでしょ。」
「うん、じゃあ...」
言葉の国に入り少し歩いたところでロックがクロに話しかけ、クロがロックの方を向いてそう答えたその瞬間、クロの持っていた荷物が強い力でグイッと引っ張られました。あまりにも急なことでクロは「わっ!」と声を上げると体制を崩し、肩に掛けていた荷物の紐が肩から外れてしまいました。その一瞬の隙にクロの荷物を引っ張った小さな手はクロの荷物を掴みました。ロックがすぐに異変に気付き、荷物を掴んだその手を払いのけようとしましたが小さな妖精の腕力では空しく、あっけなく持ち去られてしまいました。
「くっ...!クロ!荷物が!追いかけないと!」
「本当だ、これは大変。急ごう。」
「何でそんなに落ち着いていられるのさ!」
クロとロックが慌てて走り去っていった荷物の方を追いかけると、クロの荷物を抱えて走っているのはクロよりも年下であろう小さな少年でした。その少年は走りながら器用に荷物の中をまさぐり、やがて1つの巾着を取り出しました。
「あっ!やっぱりお金が目的か!クロ、もっと速く走れない!?」
「ここに来るまでで結構疲れてたからな~。もうすでにギブアップ寸前。」
「もうっ!」
クロとロックが必死で追いかける中、少年は目当てのお金が手に入ったと確信するとその他の荷物をその場に捨て置き、走る速度をグンと上げました。
「あ、あの荷物重いから捨てたらすごく早くなった...。」
「絶望しないでクロ!こうなったら...!」
ロックは顔をグッとゆがめると、意を決したようにその場で止まりました。そして両手を胸の前で合わせて目を瞑ると体をキラキラと光らせました。
『チクタク カッチン こんにちは さようなら いつも貴方のすぐ側に 時計の歌』
ロックが呪文を唱えた瞬間、少年の走るスピードは急激に遅くなりました。ロックが自身の『時の流れを変える魔法』を少年に掛けたのでした。ロックがこの魔法を発動させるためには1度対象に触れている必要があるのですが、クロの荷物が取られそうになる瞬間、手を払いのけようと触れていたので、少年にも魔法が発動したのでした。
「ロックお手柄。ありがとー。」
「どういたしまして。それよりもあの子を。」
ロックの魔法により時の流れを著しく遅くされた少年は逃げきれないと悟ったのか動くことをやめていました。クロは少年に投げ捨てられた荷物を拾い、荷物から放り出されてしまったソレを大事に抱きしめると再び荷物に仕舞い、止まったままでいる少年に近寄りました。そしてクロが逃げられないように少年の腕をぎゅっと掴むのを確認してからロックは魔法を解きました。
「初めまして。あの、オレ、」
とにかく事情を聞こうとクロが口を開いたその瞬間、少年はクロに捕まれていない方の手でクロの顔をめがけて殴り掛かりました。
「!?」
クロは驚き狼狽えましたがそれも一瞬、すぐさまクロめがけて殴り掛かるその手首を掴み、そのまま体重を移動させると少年は地面に倒れこんでしまいました。クロはこれでも王族なので自分の身を守るための護身術は身につけています。予想外にもクロに組み敷かれた少年は少し苦しそうに声を上げます。
「ぐっ...!」
「いきなり殴りかかられるとオレもさすがに気分が悪いよ。」
「うるっせぇ!お前どうせ王族だろ!?王族なら金いっぱい持ってんだろ!?なら少しくらい俺にくれたっていいだろうが!」
「確かにクロは王族だからそうじゃない人と比べてお金はあるかもしれないけど、だからといって奪ったらダメだよ。」
「んん~、それにオレの旅の資金は申請制だから、巾着は持ってるけど中は空だ。この巾着を奪ったところでお金は手に入らないよ。謝ってくれたら許すから、巾着返してくれない?それに、」
「っるせぇな!正論立てれば素直に謝ってくれるとでも思ってんのか!んだよ許すって!お前に許されよーがどうだっていいんだよ!いつまでも憎んでればいいじゃねぇか!」
少年はそう言うと、無理やりクロの手を振りほどき、持っていた巾着をその場に叩きつけました。
「ほらよ!こんな中身のない巾着なんていらねぇよ!返したんだからもういいだろ!」
少年はそう吐き捨てると、すさまじい身体能力で家の屋根を上り、そのまま屋根伝いに走り去ってしまいました。その様子を見ていた周りの人たちは「何あれ?」「またあの子なの?」「ホント迷惑だわ」「なんであんな真似出来るのかしら」とひそひそと遠巻きにしています。クロとロックはそんな声を聞きながら少年の後ろ姿を見ていましたが、それぞれ思いは違います。ロックは失礼かつ乱暴な少年の態度に腹を立てていましたが、クロはどこか傷ついた顔をしていました。
「クロ?大丈夫?」
「...初めて、面と向かって悪意をぶつけられた気がする。」
クロはこれまで王族として育てられたため、憎まれはされても誰かから悪意を向けられることはありませんでした。そして旅に出てからもクロに悪意をぶつけるような人はいませんでした。しかし先ほどの少年は違います。クロに面と向かって堂々と明確な悪意をぶつけていました。初めてぶつけられた感情にクロは傷つき、狼狽えることしかできませんでした。
「あ、あの...!」
「え?はい、何でしょう?」
そんな時、クロたちに話しかける声がきこえました。クロは未だ傷心中なので代わりにロックが答えます。返事をするために振り向いたロックの目の先にいたのは小さい体をさらに小さく縮こまらせ、もじもじと気弱そうな雰囲気の妖精でした。
「さっきは、その、ダンがごめんなさい。」
「えっと、君は?」
「あ、私はグラス...です。私、ダンのお母さんの友達なんです。それでダンとも生まれた時から一緒にいて。だから、ダンが貴方たちに迷惑かけたことは謝ります。でも、その、ダンは本当はあんなことする子じゃないんです...!」
グラスは恐らくこうやって自分の意見を他人に言うことが苦手なのでしょう。自分で放った言葉でさえ震え、上ずり、うまく言えないけれど何とかして伝えようとしています。そんなグラスの様子を見たクロはグラスをまっすぐ見据え、一時の感情ではなく本当のダンに向き合うために口を開きました。
「ダンのこと、詳しく聞かせてくれる?」
クロたちは一旦その場を離れると、ひとまず今夜泊まる宿に向かいました。グラスがダンのせめてものお詫びにと良い宿を教えてくれたのです。そして受付を済ませると荷物を置き宿を出て、とある場所に向かいました。
「クロさん、ロックさん、こっちです。」
手を振りクロたちを呼ぶグラスは、この国の広間から少し離れたところにある開けた場所の噴水で待っていました。この国で込み入った話をする際よく使う場所のようで、噴水の水の音が程よく外界の音を遮断してくれるのだとか。ロックたちはグラスにこの場所を教えてもらってから荷物を置き、再びグラスと合流したのでした。
「あの、わざわざごめんなさい...。」
「ああ、ロックたちは気にしてないよ。ダンのこと、教えてくれる?」
「クロさんも、その、嫌な思いされたのに...。」
「...オレ、ダンには荷物取られるし、大事なものは投げ捨てられるし、急に殴り掛かられるし、正直とっても嫌なやつだと思ってる。でもオレはダンにはそんなことしなくちゃいけない何かしらの理由があって、だから、ダンの行動の根っこにある真実と向き合いたい。嫌なことしてくるから嫌なやつって決めつけたくない。教えて、ダンのこと。」
「分かり、ました。」
そしてグラスはゆっくりとダンのことを話出しました。ロックはクロの肩に乗り、クロも噴水のレンガの上に座ってグラスをまっすぐ見つめながら話を聞きます。
「ダンは、生まれた時から父親はいませんでした。ダンがお腹にいるときに亡くなったんです。それでもメル...ダンのお母さんです。メルは一生懸命愛情いっぱいに女手一つでダンを育てました。確かに周りと比べると少し貧しかったかもしれませんが、それでも幸せに暮らしていたんです。でも、2年ほど前からメルが体を壊し始めて、ただでさえ貧しかったのにメルが動けないとなると生活はもっと苦しくなります。今はもうメルは寝たきり状態です。メルの体のための薬を買うお金もない、明日食べるものもない、そんな状態でまだ8歳のダンが取れる選択肢は...」
「裕福な人間から盗む、か...。そんな事情があったんだね。それなら確かに一国の王族でありつつ護衛も何もついていないクロみたいな旅人はうってつけだ。旅のための資金もたくさん持ってるだろうし。」
「...。」
クロは神妙な顔で黙ったままです。ダンにされたことはまだ許せませんが、ダンの事情を聞いた今何とかしてあげたいと思います。でも、クロに何か出来ることがあるのでしょうか。お金を分け与えることなら出来ます、でもそれが、本当にダンのためになるのでしょうか。
「私も何とかしてあげたいと思ってるんです。でも私じゃどうすることも出来なくて...。せめて私の魔法がもっと実用的なものなら...!」
「グラスの魔法ってどんなの?」
「この国ではよくある魔法です。かけた相手が真実しか話せなくなる、そんな魔法です。」
「鏡の国で会ったラングと同じ魔法だね。」
ロックはクロにこそっと耳打ちをします。クロも黙ったままこくりと頷きます。ラングは鏡の国の第3王子であるエメトの考えで、鏡に魔法を使うことで本来の魔法とは違った素晴らしく高度な魔法になりました。けれどグラスにはそういった相手は現れなかったので、この国ではよくあるあまり実用的でない魔法のままです。そしてこの国の妖精のほとんどがそうなのでしょう。
「とりあえず、話してくれてありがとーグラス。今日はオレたちも宿に帰るけどダンのこと何とか出来ないか考えてみる。」
「クロさん...ありがとうございます...!」
「でもオレまだ怒ってるから、謝ってもらいたい。ダンの家の場所教えて。」
「あ、はい分かりました。ではまた明日宿までお迎えに行きます。」
「ありがとー。じゃ、行こうロック。」
「あ、あのその前に1つだけ聞いてもいいですか?」
「なに?」
宿に戻ろうと歩き出したクロの背中に、グラスが聞きます。クロとロックはその場で足を止め振り返りました。
「その、クロさんはどこの国の方なんですか?」
「オレは時の国だよ。」
「え。でもその、ロックさんの魔法は...」
「ああ、ロックも時の国から来たんだよ。ロックはクロが旅立つ時から一緒に旅をしてるんだ。」
「あぁ、そうだったのですね。」
「あんまり驚かないね?オレたちがこの話すると大抵の人は驚くのに。」
この世界の妖精旅では自国の妖精と共に旅をしてはいけないというしきたりこそありませんが、1人で旅に出るのが暗黙の了解の様になっています。なのでクロたちの様に同じ国の者が旅を共にするのは珍しく異端であり、大抵の人なら驚いたり呆れたり、訝しんだりします。
「いえ...貴方方はなんと言いますか、とても相棒、なので旅の帰り道だけでこんなにも...と思っていたものですから。納得したんです。呼び止めてしまってすみません、どうぞ今夜は言葉の国でゆっくりしてください。」
「うん、ありがとうグラス。」
ロックはにこかにグラスに挨拶し手を振って別れました。クロは「また明日」と挨拶しつつも、グラスの言葉にどこか心惑わされたような気がしていました。しかしロックにはそんなそぶりを見せないように、いつも通り振舞うのでした。
「ついに着いたね、クロ。」
「うん。鏡の国からすごく遠くて疲れた。」
「そうじゃなくて、やっとクロの相棒にしたいと思う魔法を持つ妖精が見つかる場所に来たんだから、何か感慨深くなったりしないのって。」
「んん~、ピンと来ないけど、わくわくはしてる、と思う。」
「そっか、じゃあ準備はいい?」
「よし、ではいざ。」
クロは軽く深呼吸すると、意思を固めたようにまっすぐ門を見据え、両手でゆっくりと門を開くと言葉の国に一歩踏み入れました。
「ここが言葉の国...。」
言葉の国はクローマニオンにある様々な国の中でも平凡な国です。派手に裕福なわけではありませんが街はどこも趣がある綺麗な外観で、鏡の国と同様に時の国と似ているかもしれません。
「クロ、とりあえず宿探そうか。疲れてるでしょ。」
「うん、じゃあ...」
言葉の国に入り少し歩いたところでロックがクロに話しかけ、クロがロックの方を向いてそう答えたその瞬間、クロの持っていた荷物が強い力でグイッと引っ張られました。あまりにも急なことでクロは「わっ!」と声を上げると体制を崩し、肩に掛けていた荷物の紐が肩から外れてしまいました。その一瞬の隙にクロの荷物を引っ張った小さな手はクロの荷物を掴みました。ロックがすぐに異変に気付き、荷物を掴んだその手を払いのけようとしましたが小さな妖精の腕力では空しく、あっけなく持ち去られてしまいました。
「くっ...!クロ!荷物が!追いかけないと!」
「本当だ、これは大変。急ごう。」
「何でそんなに落ち着いていられるのさ!」
クロとロックが慌てて走り去っていった荷物の方を追いかけると、クロの荷物を抱えて走っているのはクロよりも年下であろう小さな少年でした。その少年は走りながら器用に荷物の中をまさぐり、やがて1つの巾着を取り出しました。
「あっ!やっぱりお金が目的か!クロ、もっと速く走れない!?」
「ここに来るまでで結構疲れてたからな~。もうすでにギブアップ寸前。」
「もうっ!」
クロとロックが必死で追いかける中、少年は目当てのお金が手に入ったと確信するとその他の荷物をその場に捨て置き、走る速度をグンと上げました。
「あ、あの荷物重いから捨てたらすごく早くなった...。」
「絶望しないでクロ!こうなったら...!」
ロックは顔をグッとゆがめると、意を決したようにその場で止まりました。そして両手を胸の前で合わせて目を瞑ると体をキラキラと光らせました。
『チクタク カッチン こんにちは さようなら いつも貴方のすぐ側に 時計の歌』
ロックが呪文を唱えた瞬間、少年の走るスピードは急激に遅くなりました。ロックが自身の『時の流れを変える魔法』を少年に掛けたのでした。ロックがこの魔法を発動させるためには1度対象に触れている必要があるのですが、クロの荷物が取られそうになる瞬間、手を払いのけようと触れていたので、少年にも魔法が発動したのでした。
「ロックお手柄。ありがとー。」
「どういたしまして。それよりもあの子を。」
ロックの魔法により時の流れを著しく遅くされた少年は逃げきれないと悟ったのか動くことをやめていました。クロは少年に投げ捨てられた荷物を拾い、荷物から放り出されてしまったソレを大事に抱きしめると再び荷物に仕舞い、止まったままでいる少年に近寄りました。そしてクロが逃げられないように少年の腕をぎゅっと掴むのを確認してからロックは魔法を解きました。
「初めまして。あの、オレ、」
とにかく事情を聞こうとクロが口を開いたその瞬間、少年はクロに捕まれていない方の手でクロの顔をめがけて殴り掛かりました。
「!?」
クロは驚き狼狽えましたがそれも一瞬、すぐさまクロめがけて殴り掛かるその手首を掴み、そのまま体重を移動させると少年は地面に倒れこんでしまいました。クロはこれでも王族なので自分の身を守るための護身術は身につけています。予想外にもクロに組み敷かれた少年は少し苦しそうに声を上げます。
「ぐっ...!」
「いきなり殴りかかられるとオレもさすがに気分が悪いよ。」
「うるっせぇ!お前どうせ王族だろ!?王族なら金いっぱい持ってんだろ!?なら少しくらい俺にくれたっていいだろうが!」
「確かにクロは王族だからそうじゃない人と比べてお金はあるかもしれないけど、だからといって奪ったらダメだよ。」
「んん~、それにオレの旅の資金は申請制だから、巾着は持ってるけど中は空だ。この巾着を奪ったところでお金は手に入らないよ。謝ってくれたら許すから、巾着返してくれない?それに、」
「っるせぇな!正論立てれば素直に謝ってくれるとでも思ってんのか!んだよ許すって!お前に許されよーがどうだっていいんだよ!いつまでも憎んでればいいじゃねぇか!」
少年はそう言うと、無理やりクロの手を振りほどき、持っていた巾着をその場に叩きつけました。
「ほらよ!こんな中身のない巾着なんていらねぇよ!返したんだからもういいだろ!」
少年はそう吐き捨てると、すさまじい身体能力で家の屋根を上り、そのまま屋根伝いに走り去ってしまいました。その様子を見ていた周りの人たちは「何あれ?」「またあの子なの?」「ホント迷惑だわ」「なんであんな真似出来るのかしら」とひそひそと遠巻きにしています。クロとロックはそんな声を聞きながら少年の後ろ姿を見ていましたが、それぞれ思いは違います。ロックは失礼かつ乱暴な少年の態度に腹を立てていましたが、クロはどこか傷ついた顔をしていました。
「クロ?大丈夫?」
「...初めて、面と向かって悪意をぶつけられた気がする。」
クロはこれまで王族として育てられたため、憎まれはされても誰かから悪意を向けられることはありませんでした。そして旅に出てからもクロに悪意をぶつけるような人はいませんでした。しかし先ほどの少年は違います。クロに面と向かって堂々と明確な悪意をぶつけていました。初めてぶつけられた感情にクロは傷つき、狼狽えることしかできませんでした。
「あ、あの...!」
「え?はい、何でしょう?」
そんな時、クロたちに話しかける声がきこえました。クロは未だ傷心中なので代わりにロックが答えます。返事をするために振り向いたロックの目の先にいたのは小さい体をさらに小さく縮こまらせ、もじもじと気弱そうな雰囲気の妖精でした。
「さっきは、その、ダンがごめんなさい。」
「えっと、君は?」
「あ、私はグラス...です。私、ダンのお母さんの友達なんです。それでダンとも生まれた時から一緒にいて。だから、ダンが貴方たちに迷惑かけたことは謝ります。でも、その、ダンは本当はあんなことする子じゃないんです...!」
グラスは恐らくこうやって自分の意見を他人に言うことが苦手なのでしょう。自分で放った言葉でさえ震え、上ずり、うまく言えないけれど何とかして伝えようとしています。そんなグラスの様子を見たクロはグラスをまっすぐ見据え、一時の感情ではなく本当のダンに向き合うために口を開きました。
「ダンのこと、詳しく聞かせてくれる?」
クロたちは一旦その場を離れると、ひとまず今夜泊まる宿に向かいました。グラスがダンのせめてものお詫びにと良い宿を教えてくれたのです。そして受付を済ませると荷物を置き宿を出て、とある場所に向かいました。
「クロさん、ロックさん、こっちです。」
手を振りクロたちを呼ぶグラスは、この国の広間から少し離れたところにある開けた場所の噴水で待っていました。この国で込み入った話をする際よく使う場所のようで、噴水の水の音が程よく外界の音を遮断してくれるのだとか。ロックたちはグラスにこの場所を教えてもらってから荷物を置き、再びグラスと合流したのでした。
「あの、わざわざごめんなさい...。」
「ああ、ロックたちは気にしてないよ。ダンのこと、教えてくれる?」
「クロさんも、その、嫌な思いされたのに...。」
「...オレ、ダンには荷物取られるし、大事なものは投げ捨てられるし、急に殴り掛かられるし、正直とっても嫌なやつだと思ってる。でもオレはダンにはそんなことしなくちゃいけない何かしらの理由があって、だから、ダンの行動の根っこにある真実と向き合いたい。嫌なことしてくるから嫌なやつって決めつけたくない。教えて、ダンのこと。」
「分かり、ました。」
そしてグラスはゆっくりとダンのことを話出しました。ロックはクロの肩に乗り、クロも噴水のレンガの上に座ってグラスをまっすぐ見つめながら話を聞きます。
「ダンは、生まれた時から父親はいませんでした。ダンがお腹にいるときに亡くなったんです。それでもメル...ダンのお母さんです。メルは一生懸命愛情いっぱいに女手一つでダンを育てました。確かに周りと比べると少し貧しかったかもしれませんが、それでも幸せに暮らしていたんです。でも、2年ほど前からメルが体を壊し始めて、ただでさえ貧しかったのにメルが動けないとなると生活はもっと苦しくなります。今はもうメルは寝たきり状態です。メルの体のための薬を買うお金もない、明日食べるものもない、そんな状態でまだ8歳のダンが取れる選択肢は...」
「裕福な人間から盗む、か...。そんな事情があったんだね。それなら確かに一国の王族でありつつ護衛も何もついていないクロみたいな旅人はうってつけだ。旅のための資金もたくさん持ってるだろうし。」
「...。」
クロは神妙な顔で黙ったままです。ダンにされたことはまだ許せませんが、ダンの事情を聞いた今何とかしてあげたいと思います。でも、クロに何か出来ることがあるのでしょうか。お金を分け与えることなら出来ます、でもそれが、本当にダンのためになるのでしょうか。
「私も何とかしてあげたいと思ってるんです。でも私じゃどうすることも出来なくて...。せめて私の魔法がもっと実用的なものなら...!」
「グラスの魔法ってどんなの?」
「この国ではよくある魔法です。かけた相手が真実しか話せなくなる、そんな魔法です。」
「鏡の国で会ったラングと同じ魔法だね。」
ロックはクロにこそっと耳打ちをします。クロも黙ったままこくりと頷きます。ラングは鏡の国の第3王子であるエメトの考えで、鏡に魔法を使うことで本来の魔法とは違った素晴らしく高度な魔法になりました。けれどグラスにはそういった相手は現れなかったので、この国ではよくあるあまり実用的でない魔法のままです。そしてこの国の妖精のほとんどがそうなのでしょう。
「とりあえず、話してくれてありがとーグラス。今日はオレたちも宿に帰るけどダンのこと何とか出来ないか考えてみる。」
「クロさん...ありがとうございます...!」
「でもオレまだ怒ってるから、謝ってもらいたい。ダンの家の場所教えて。」
「あ、はい分かりました。ではまた明日宿までお迎えに行きます。」
「ありがとー。じゃ、行こうロック。」
「あ、あのその前に1つだけ聞いてもいいですか?」
「なに?」
宿に戻ろうと歩き出したクロの背中に、グラスが聞きます。クロとロックはその場で足を止め振り返りました。
「その、クロさんはどこの国の方なんですか?」
「オレは時の国だよ。」
「え。でもその、ロックさんの魔法は...」
「ああ、ロックも時の国から来たんだよ。ロックはクロが旅立つ時から一緒に旅をしてるんだ。」
「あぁ、そうだったのですね。」
「あんまり驚かないね?オレたちがこの話すると大抵の人は驚くのに。」
この世界の妖精旅では自国の妖精と共に旅をしてはいけないというしきたりこそありませんが、1人で旅に出るのが暗黙の了解の様になっています。なのでクロたちの様に同じ国の者が旅を共にするのは珍しく異端であり、大抵の人なら驚いたり呆れたり、訝しんだりします。
「いえ...貴方方はなんと言いますか、とても相棒、なので旅の帰り道だけでこんなにも...と思っていたものですから。納得したんです。呼び止めてしまってすみません、どうぞ今夜は言葉の国でゆっくりしてください。」
「うん、ありがとうグラス。」
ロックはにこかにグラスに挨拶し手を振って別れました。クロは「また明日」と挨拶しつつも、グラスの言葉にどこか心惑わされたような気がしていました。しかしロックにはそんなそぶりを見せないように、いつも通り振舞うのでした。
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