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言葉の国の大切にしたいもの
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グラスと別れて宿で一晩過ごしたクロとロックは次の日、グラスに連れられてダンの家に向かっていました。
「昨日はゆっくり休めましたか?」
「うん。寝心地のいいベッドだったよ。」
「寝てるロックにすごい顔蹴られたよ。」
「なっ!ロック蹴ってないよ!」
「え~?」
クロとロックは笑って話しながら進み、グラスもそれを笑顔で見て時にくすっと笑っています。しかしその心の中では笑顔と裏腹にとても緊張しているのでした。
「着きました、ここです。」
グラスが指を指した先にあったのは、クロたちが想像していた何倍も廃れた小屋でした。小屋の形は保っているものの屋根の一部は剥がれており、いつ崩壊してもおかしくなさそうな状態です。そもそもこの場所自体街から少し離れていて日光の入らない暗い場所にあり、空気もどこか淀んでるので、ずっとここにいると具合が悪くなりそうです。
「ここは...。」
「行こう、ロック。」
ロックは目の前の状況に思わず口元に手をやりますが、クロは何も気にしないかのようにずんずんと進みます。そしてクロが行くのなら、とロックもクロに付いて進みました。
「ダンー、ちょっといいかなー。」
「...誰?」
クロが扉をトントンと叩き呼びかけると、中からダンが顔を出しました。その表情はとても暗く目に光はありませんでした。
「こんにちはダン。今日は話がしたくて来たんだ。」
「...っ!お前昨日の!...チッ、グラスか。」
目の前に現れたクロたちの姿に驚いた様子のダンでしたが、クロの近くにいたグラスを見つけて舌打ちします。ダンの舌打ちにグラスは思わず身を震わせてクロの後ろに隠れ、クロはグラスをかばうように一歩前に出ました。その時、
「ダン~...?お客さん...?」
中から掠れたような声がきこえました。おそらくダンの母親、メルでしょう。覇気のないその声は声だけでも体を崩していることが分かるほどでした。グラスはメルが心配なのかクロたちに「すみません」と声をかけると家の中に入っていきました。グラスはメルの友達です、クロたちも友達を心配するグラスの言葉に「いいよ」と伝え送り出しました。
「何でもない!ちょっと出てくる!...俺に話があるんだろ?聞くから場所移すぞ。」
「クロ...。」
「分かった。行こう。」
ダンの言葉にクロは頷くと、ダンの後について場所を移しました。ダンは後ろを見ることなく歩き、着いた場所は昨日グラスと話したあの噴水でした。
「で?何の用だよ。俺に一発入れないと気が済まねぇとかか?」
「ダンって本当に8歳なの...?」
ロックはダンの年に似つかず不愛想で皮肉な態度に思わずクロに耳打ちをします。ダンは変わらずクロたちを睨みつけていますが、クロはただまっすぐにダンを見ています。
「グラスからダンのこと聞いたんだ。」
「...そうかよ。同情でもしたか?」
「した。オレは父上は健在だし、兄上もいるから寂しくない。...母上は死んじゃったけど。」
「そうかよ。」
クロはほんの少し言葉の最後が小さくなりながら、必死にまっすぐにダンと会話をしようとします。ダンも、目は合わせようとはしませんが、それでもクロの話は聞いています。
「オレがダンに会いに来たのは、正直グラスの話は関係ないんだ。グラスにダンのことを聞いていようが聞いてなかろうが同じことを言おうと思ってたから。昨日もダンが逃げる前に言おうとしてたんだけど。」
「なんだよ。」
「謝ってほしい。」
「はっ、やっぱりそうか。金取られて機嫌を悪くするのは誰だって同じなんだな。」
「違う。」
「何が違うんだよ。謝って欲しいんだろ?いいぜ、感情がこもってるとは言ってやれねぇけど。」
「違う、オレはお金を取られたことを謝って欲しいんじゃない。お金が欲しかった理由はグラスから聞いたから別にそこは怒ってないんだ。オレが謝って欲しいのは、オレの荷物を要らないものだって簡単に見てポイって捨てたことだよ。」
ダンはクロの言葉に面食らったように言葉に詰まります。今までダンは色んな人間から荷物を奪い、クロの時と同じようにお金だけ奪って荷物をその辺に捨てていました。そして奪った相手から「お金を返せ」「謝れ」と言われてきました。クロの様にお金を奪ったことではなく荷物を捨てたことを起こる人間は初めてです。
「...っなんだ、大事なものでも入ってたのかよ。」
「うん。これ、オレが妖精旅に出て初めて行った国で出会った女の子に貰ったんだ。枯れちゃったし知らない人から見たら大したものじゃないかもしれない。でもオレにとっては不安だった旅を頑張ろうって思えたし、背中を押してくれた大事なものなんだ。だから、オレ自身これをポイってされたこと許せないって言うのもある。よくもオレの大事なものをゴミみたいに扱ってくれたなって。でもそれ以上にダンに知って欲しいんだよ。ダンにとってどうでもいいものでも、持ち主にとってすごく大事なものって時もある。大事なものを盗まれたら誰だって恨むし、ダン昨日言ってたよね?許されなくていい、ずっと恨んでいればいいって。でもオレは、ダンは人に恨まれていてほしくない。お母さんを大事に思うダンは悪いことをするけど悪い人じゃないんだから。だから盗むのはダメだ。人のものを軽く扱っちゃダメだ。今日ここに来たのはオレの気持ちを知ってくれたら、ダンも何か変わってくれないかなってそう思ったからだよ。」
クロは手のひらに収まるほど小さな押し花を取り出し、ダンの目をそらすことなくそう言いました。クロの手のひらに乗せられた小さな押し花は花の国で出会ったモネからもらったスイートピーです。旅をする中できちんとお世話をすることも出来ずすぐに枯れていまいましたが、それでも大事に手元に置いておきたいと不器用ながらも一生懸命クロが押し花にしたのでした。そんなとても綺麗とは言えない押し花を見ながらクロの話を聞いていたダンは、堪えていた我慢の意図がぷつッと切れたように、ボロボロと涙を流し出しました。
「う、うぁ、うあああぁぁあぁぁぁぁぁ!」
ダンは今までいろいろな相手に盗みを働き、怒られ、叱られ、時には仕返しとばかりに暴力も振るわれました。それでも決して謝ることもなく、人から恨まれるのを当然だと生きてきました。ダンのことを知る言葉の国の国民も、盗みを働く子どもとして遠巻きに見たり陰口をたたくばかりです。しかしクロは違いました。お金を盗まれそうになり、自分の大切なものを無下にされても心配しているのはダンのことでした。ダンの取った行動には理由があるからと、起こった事実だけを見ることなく真実を見ようとしてくれました。ダンのことを考えてくれました。ダンの本当の心の底にある気持ち、恨まれたくない、自分のことを見てほしい、助けてほしい、それらの思いを汲み取ってまっすぐにぶつかってくれました。ずっと欲しかった言葉をくれたクロにダンは、今まで我慢していたものを吐き出したのでした。その姿はまだまだ子どもな8歳の少年です。
「俺、俺は...!ただ母さんと、笑って過ごしたかった、だけ、だ...!俺だって盗みなんてしたくねぇ...!でもそうしないと、い、生きていけない、から...!母さんの薬買わないと、母さん死んじゃうから...!母さんに死んでほく、ねぇ...!だから、だから俺は...!」
「うん。」
しゃくりを上げて、流れ出る涙を手でぐしぐしと拭いながらダンが正直な気持ちを不器用ながらも吐露します。苦しそうに、でも聞いてほしい、と話すダンの言葉にクロは静かに「うん」とだけ言いながら聞いています。ロックはダンに近づき背中をさすろうとしますが、迷った挙句何もせずクロと同じように黙って聞いています。
「俺はどうすればいい...?どうしたら、また、前みたいに、母さんと笑って、暮らせ、るんだ...!」
「それは...。」
クロは言葉に詰まります。ダンの本当の言葉を聞けたのは良かったですが、ダンの抱える問題を解決するとなると話は別です。クロはダンを助けてあげたいと思いますが、してあげられることはあるのか、考えます。クロの肩に乗ってダンを見つめるロックもクロと同じ気持ちです。
「クロさん、ロックさん、ダン、ここにいたんですね。」
「グラス?」
「メルはもう大丈夫?」
「はい。それはもう。...ダンは大丈夫ですか?」
クロたちの元に来たグラスはダンの様子を見て、何かを察したのかダンを傷つけないようクロたちにこそッと尋ねます。ダンはグラスに泣いているところを見られるのは恥ずかしいのか、急いで顔をぐしぐしと拭い上を向いて深呼吸をしています。
「ダンは大丈夫だよ。素直に助けて欲しいって言ってはくれたんだけど、どうすればいいのかが思いつかなくて。」
「ダンが助けて、と...?あぁ、良かった...。ありがとうございます。お2人がダンの本当の気持ちを知ろうとしてくれただけでも十分ですよ。メルも、ダンが盗みをしていることについて何も言ってやれなかったからって。」
「メルさんはダンが、その、盗みをしてるって知ってたの?」
「はい。でも動けない自分のためって思うとやめてって言えないって...。」
「母さん知ってたのか...!?」
「あ、ダン...。」
クロたちとグラスの会話を聞いていたダンは自分の行いがメルに知られていたと知り、悲しそうな顔をします。それを見たグラスも不安そうにダンの顔を覗きこみます。メルの体を治してあげることなんてクロにはできません。メルのためにお金をあげることも根本的な解決にはならないでしょう。それなら、クロたちに出来ることは何でしょう。クロたちが出来るのは知ってあげることだけ、クロたちがダンのことを知ることが何か解決に繋がるのでしょうか。
「グラス、メルはロックたちのこと何か言ってた?ロックたち家庭の事情に入り込んじゃってるから...。」
「そんな!メルは感謝しかしてなかったですよ。知ろうとしてくれてありがとうって、ダンと向き合ってくれてありがとうって、ダンに言葉をかけてくれてありがとうって、ずっと、そうやって...。」
「グラス...。」
グラスはメルとずっと一緒にいた友達です。友達が体を壊して寝込んでいるとなるとさぞかし不安だったでしょう。ずっと怖かったはずです。それでもグラスはずっとメルとダンを見守っていたのです。そんなメルの様子を伝えていると、込み上げてくるものもあります。グラスは目にいっぱいの涙を溜めてその小さな体を震わせました。そんなグラスの様子を見ていたクロはふと、グラスの言葉に引っ掛かりを覚えました。
「メル、オレたちに知ってくれてありがとうって言ってたの?」
「え?あ、はい、そう言ってました。」
「言葉をかけてくれてありがとうって?」
「?ええ。」
「んん~...。」
クロはもう一度グラスに確認すると、顎に手を当てて考え込みました。
「クロ?何か思いついたの?」
「んん~...。ねぇ、ダンの家のこと、この国の人は知らないの?」
「あ?ああ...まあ知らねぇだろうな。俺のことはどうせ盗み働くクソガキって思われてたろうし。誰も俺の家庭に首突っ込もうとしねぇよ。」
「突っ込んでごめんなさいね!」
涙はすっかり引っ込み、いつもの生意気な口調に戻ったダンの嫌味にロックはべーっと舌を出して言い返します。和やかな会話ではありませんが先ほどまでのギスギスしたものではありません。どこか打ち解けた2人の会話になっています。
「じゃあ知ってもらおう。」
「え?どういうことですかクロさん。」
「言葉の通りだよ。この国の人にダンの家のこと知ってもらおう。グラスがオレたちにしたみたいに、色んな人に知ってもらうんだ。」
「そんなんで何か、」
「何もならないかもしれない。でも、オレはいい方向に変わることに賭けたい。だって、言葉の力ってすごく強いんだ、ダンの言葉1つで俺がすごい落ち込むくらいには、な。」
「...チッ。」
先ほどの言葉の仕返しです。クロはダンを見て意地悪く笑って言いました。そんなクロの顔を見て思わずイラっとしたダンですが何も言い返すことは出来ず軽く舌打ちだけしました。
それから、クロたちはすぐに行動に移しました。まずはダンの家に近い人たちにダンの家まで案内して現状の説明をしました。案内された人たちは実際の廃れた家を見て同情を見せたようでした。次によく人の集まる店の近くで、店に来る人たちに訴えかけました。数日続けるうちにクロたちの一生懸命な姿に、立ち止まって聞いてくれる人も増えてきました。それから、薬屋の店主にも話をしました。ダンは薬屋に薬を買いには来ていましたが、ダンの盗みを働くという印象は広まっています。そしてダン自身も自分の評判を知っていました。だから薬屋の店主は薬を買いに来るダンとしっかり会話をせずダンの欲しがる薬をただ売っていたのでした。そしてダンも薬に詳しくありません。ダンはただメルが頼んだ風邪薬を買ってきていただけでした。そのことを知ったクロたちは薬屋の店主に事情を説明し、同時にメルの症状も明確に伝えました。薬屋の店主は少なからず驚き、職務怠慢だったと謝ると、今後はメルの症状にあった薬を処方してくれると言ってくれました。
クロたちは何日もかけて国の人たちに訴え続けましたが、それでも変化はごく些細なものでした。ダンを見る目も変わらない人は多いです。しかし、ダンのことを知ってくれている人も増えました。ダンのことを知った人の中には食事を譲ってくれる人、メルの様子を見に来てくれる人、ダンのことを叱ってくれる人も出てきました。そんな小さな変化は、ダンにとっては大きな変化です。ダンは、いつしか盗みを働くことをやめていました。そんな日々を過ごしていたある日、クロは大事なことを思い出しました。
「あー!!」
「わっ、どうしたのクロ、大きな声を出して。」
「オレたち大事なことを忘れてたんだよー。」
「クロさん、大事なことってなんですか?」
「オレたちがこの国に来た目的だよ。オレたちは『書物を使ってもう1人の自分と会話する魔法』を持つ妖精を探しに来たんだよ。」
「あぁ、確かに、この国に来た初日から大変だったからすっかり忘れてたね。」
「うっせ。というか、その妖精ってアリーガのことだろ?そいつなら絆結したぜ。」
「「えっ。」」
この世界の妖精は、基本的には寿命はありません。しかし相棒に選ばれると、相棒が死んだときに一緒に死ぬことになります。相棒は寿命をも共有するのです。相棒に選ばれることなく、生まれた国で一生を終える妖精は、自分が思い残すことは無いと、次の命に託そうと考えた時に自らの意思でその人生を終わらせる、絆結するのです。そしてその命の終わった場所で新たな命が生まれるのです。次の命が生まれるまでにどれほどの日数がかかるのかは誰にも分かりませんが、早くても6ヵ月、長ければ数年ほどかかると言われています。
「ダン、それっていつ...?」
「結構最近だな、お前らがこの国に来る1週間前くらいか。近所のおばさんたちが話してるのを聞いたぜ。」
「じゃあ同じ魔法を持つ妖精が新たに生まれるのは...。」
「すみません、諦めた方が早いかと思います...。」
グラスは申し訳なさそうに言います。そしてロックも突きつけられた運が悪いとしか言いようのない事態に思わず白目をむきます。それもそのはず、クロたちは時の国を出てからすでに半年ほど経っており、そろそろ相棒を見つけて国に帰ってもいい頃です。そんなタイミングでありながら、ようやく見つけた相棒にしたいと思える魔法を持つ妖精を探してここまで来たのに、結局探していた妖精はつい最近命を全うしていたのでした。白目をむいて倒れたくもなります。しかし、クロはロックの様にショックを受けているそぶりを見せませんでした。それどころか何かを考え込むように顎に手を当てています。
「おいクロ、お前ショックじゃねぇのか?ロックなんて白目向いてお前の肩で気絶してるって言うのによ。」
「き、気絶はしてない...。それよりクロ、大丈夫?ショックすぎて言葉が出ないとか?」
「いや違くて。んん~、ロック。」
「ん?」
ロックはクロが真面目なトーンで話しかけてきたので、クロの肩から降りて目の前辺りにふわふわと飛びます。ロックはいつだってクロの大事な話は目の前に移動してからまっすぐ目を見て聞いてくれます。クロはそれがどこか嬉しく、ためらうことなくロックに話してしまうのです。
「オレと一緒に旅に出よう。」
「え?いや今も旅の途中なんだけど...。」
「うん。だからこれからもオレと一緒に旅を続けよう。」
「それってどういう意味...?」
クロは最近ずっと考えていました。この旅の目的はもちろん国のために相棒となる妖精を見つけることです。しかしそれとは別に、クロは旅をすること自体を全力で楽しんでいました。花の国の小さな女の子に背中を押して押してもらった希望、翼の国のコンプレックスを抱えた妖精に意味を与えてあげられた自信、鏡の国の仲間に貰った光、言葉の国の訳ありの少年と関わって見つけた大切にしたいもの、それらすべての経験がクロにとって旅に出た意味になりました。そしてそれと同時に、ずっと隣にいてくれる存在、ロックと一緒だったからこそ、ここまで素敵な旅になったのです。クロは相棒を探しながらも、心のどこかでずっとこのまま旅を続けていたいと思うようになっていました。
「ふふ、クロが何を考えているのかは話してくれなきゃ分からないけど、時の国を出るときからずっと言ってるはずだよ。ロックはクロに付いて行くって。まー相棒探しも序盤に戻っちゃったし、また1から始めなきゃだね。」
「ロック...至極感極まれり~。」
「えぇ?ゴメンなんて?」
「ありがとーって言ったんだよ。」
ロックはクロが何を言いたかったのか分かりませんが、答えは最初から決まっています。クロが何を考えていようが無事相棒を見つけて国に帰るまでクロに付いて行くと。時の国を立つ時、クロに「一緒に行こう」と言われた時に決めているのです。たとえこの旅がどれほど長く続こうが、ロックは最後までクロに付いて行きます。
「分かんねぇけど、まだ旅続けんならそろそろこの国立ったらどうだ?もうこの国ですることもねぇだろ。」
「そうですね。ダンのことは、あとは私に任せて下さい。私、人に自分の考えを言葉で伝えるの苦手だったんです。でもクロさんたちがやったように、言葉の力でここまで変わりました。大切なことが分かったんです。これからは今までできなかった分も、私がメルもダンも守ってみせます。」
「確かに、最初あった時はあんなにビクビクしてたグラスも今はこんなにしっかり自分の気持ちが言える様になってる。これなら安心だね、クロ。」
「うん、じゃあもう安心して次の国に行けるね。」
「ふふ...。あ、そうだ。あの、ちょっと待ってください。」
クロとロックは茶化すように、でも本心から言いました。初めて話しかけられた時は自分の気持ちを言葉にすることに怯えていたように見えたグラスは、今は強い意志をもって自分の言葉を伝えています。これなら後は任せて国を立っても、もう同じようなことは起こらないでしょう。安心した2人が歩き出そうとすると、グラスが2人を呼び止めました。グラスはおもむろに両手を胸の前で合わせて目を閉じると、身体をキラキラと光らせました。
『心が通う まことの言葉 さあ聞かせて 心のメッセージ すてきな言葉』
グラスはそう呪文を唱えると、ダンの背中をクロたちに向かってトンと押しました。「何をするんだ」と驚いた顔をするダンにグラスは優しく問いかけます。
「ダン、クロさんとロックさんに何か言いたいことがあるんじゃないんですか?」
「...!い、いや...その、悪かった。色々ごめんなさい。それから...ありが、とう。」
「え!ダンが素直に謝罪と感謝を!?」
「んん~、そういえばグラスの魔法って...。」
そう、グラスの魔法は「本心しか喋れなくする魔法」です。グラスはダンにこの魔法をかけ、意地を張って言えなかった本心を口にさせたのでした。それはちゃんと伝えるべきだというエゴではありません。ここで言わなければ後でダンが後悔する、そう思ったグラスの後押しでした。
「あと、俺の名前はダンニャワード、だ。最後に名前で、呼んで、欲しい。」
「えっ!ダン、名前で呼んでほしいって思ってたの!?可愛いところあるなぁ。素直になってた方が可愛いよ?ダンニャワード?」
「本名じゃなくて愛称で呼ぶのオレと同じか~。でもオレはダンって名前も好きだよ。ダンニャワード。」
自分の本当の名前を呼んで欲しいとお願いするダンの姿、この姿が恐らくダンの本当の姿なのでしょう。感情そのままに顔を赤くして、からかってくるロックを追いかけ回すその姿は8歳の少年そのものでした。
「うるっせぇな!そうだよ本心だけど何か文句でもあんのか!色々悪かったな!助かったし!ありがとな!ほらもう行けよ!...またな。」
「ふふ。クロさん、ロックさん、本当にありがとうございました。これからの旅に幸運がありますことを...。またいつかお会いしましょう。」
「...うん。ありがとー。帰りはここに寄るようにする。またね。」
「今度会う時はもうちょっとダンが丸くなってることを祈るよ。ダン、グラス、また会おうね。」
クロとロックは2人と涙のお別れをすることもなく、あっさりと別れました。ダンに至ってはロックの言葉に「うるせー!」と叫んでいます。しかしこの別れはまたいつか会う時までのほんの少しのお別れなのです。だからこそ「またね」だけでいいのです。2人に手を振って歩き出したクロたちはどこか笑顔でした。
「はー、相棒探しは振り出しに戻ったけど、なんか、ちゃんと進んでる感じがするね。」
「そうかも。オレすごい速さで成長していってるよ。心の超成長期だ。」
「はは、自分で言うんだ。まあでも、本当そうだと思う。今までの半年間、何1つ無駄になってないよ...。さ、感慨に浸ってはいられないよ!また相棒探さなきゃいけないんだから。次はどの国に行こうか!」
「んん~、とりあえず門じゃなくて宿に戻って荷物取ってこなきゃ。その後決めよう。」
「締まらないリスタートだなぁ...。」
こうしてクロは、時の国の妖精ロックと相棒を見つけるため旅の再出発の一歩を踏み出しました。クロとロックの妖精旅は、花の国、翼の国、鏡の国、言葉の国での大事な出会いを背負って、今、もう一度幕を開ける。
「昨日はゆっくり休めましたか?」
「うん。寝心地のいいベッドだったよ。」
「寝てるロックにすごい顔蹴られたよ。」
「なっ!ロック蹴ってないよ!」
「え~?」
クロとロックは笑って話しながら進み、グラスもそれを笑顔で見て時にくすっと笑っています。しかしその心の中では笑顔と裏腹にとても緊張しているのでした。
「着きました、ここです。」
グラスが指を指した先にあったのは、クロたちが想像していた何倍も廃れた小屋でした。小屋の形は保っているものの屋根の一部は剥がれており、いつ崩壊してもおかしくなさそうな状態です。そもそもこの場所自体街から少し離れていて日光の入らない暗い場所にあり、空気もどこか淀んでるので、ずっとここにいると具合が悪くなりそうです。
「ここは...。」
「行こう、ロック。」
ロックは目の前の状況に思わず口元に手をやりますが、クロは何も気にしないかのようにずんずんと進みます。そしてクロが行くのなら、とロックもクロに付いて進みました。
「ダンー、ちょっといいかなー。」
「...誰?」
クロが扉をトントンと叩き呼びかけると、中からダンが顔を出しました。その表情はとても暗く目に光はありませんでした。
「こんにちはダン。今日は話がしたくて来たんだ。」
「...っ!お前昨日の!...チッ、グラスか。」
目の前に現れたクロたちの姿に驚いた様子のダンでしたが、クロの近くにいたグラスを見つけて舌打ちします。ダンの舌打ちにグラスは思わず身を震わせてクロの後ろに隠れ、クロはグラスをかばうように一歩前に出ました。その時、
「ダン~...?お客さん...?」
中から掠れたような声がきこえました。おそらくダンの母親、メルでしょう。覇気のないその声は声だけでも体を崩していることが分かるほどでした。グラスはメルが心配なのかクロたちに「すみません」と声をかけると家の中に入っていきました。グラスはメルの友達です、クロたちも友達を心配するグラスの言葉に「いいよ」と伝え送り出しました。
「何でもない!ちょっと出てくる!...俺に話があるんだろ?聞くから場所移すぞ。」
「クロ...。」
「分かった。行こう。」
ダンの言葉にクロは頷くと、ダンの後について場所を移しました。ダンは後ろを見ることなく歩き、着いた場所は昨日グラスと話したあの噴水でした。
「で?何の用だよ。俺に一発入れないと気が済まねぇとかか?」
「ダンって本当に8歳なの...?」
ロックはダンの年に似つかず不愛想で皮肉な態度に思わずクロに耳打ちをします。ダンは変わらずクロたちを睨みつけていますが、クロはただまっすぐにダンを見ています。
「グラスからダンのこと聞いたんだ。」
「...そうかよ。同情でもしたか?」
「した。オレは父上は健在だし、兄上もいるから寂しくない。...母上は死んじゃったけど。」
「そうかよ。」
クロはほんの少し言葉の最後が小さくなりながら、必死にまっすぐにダンと会話をしようとします。ダンも、目は合わせようとはしませんが、それでもクロの話は聞いています。
「オレがダンに会いに来たのは、正直グラスの話は関係ないんだ。グラスにダンのことを聞いていようが聞いてなかろうが同じことを言おうと思ってたから。昨日もダンが逃げる前に言おうとしてたんだけど。」
「なんだよ。」
「謝ってほしい。」
「はっ、やっぱりそうか。金取られて機嫌を悪くするのは誰だって同じなんだな。」
「違う。」
「何が違うんだよ。謝って欲しいんだろ?いいぜ、感情がこもってるとは言ってやれねぇけど。」
「違う、オレはお金を取られたことを謝って欲しいんじゃない。お金が欲しかった理由はグラスから聞いたから別にそこは怒ってないんだ。オレが謝って欲しいのは、オレの荷物を要らないものだって簡単に見てポイって捨てたことだよ。」
ダンはクロの言葉に面食らったように言葉に詰まります。今までダンは色んな人間から荷物を奪い、クロの時と同じようにお金だけ奪って荷物をその辺に捨てていました。そして奪った相手から「お金を返せ」「謝れ」と言われてきました。クロの様にお金を奪ったことではなく荷物を捨てたことを起こる人間は初めてです。
「...っなんだ、大事なものでも入ってたのかよ。」
「うん。これ、オレが妖精旅に出て初めて行った国で出会った女の子に貰ったんだ。枯れちゃったし知らない人から見たら大したものじゃないかもしれない。でもオレにとっては不安だった旅を頑張ろうって思えたし、背中を押してくれた大事なものなんだ。だから、オレ自身これをポイってされたこと許せないって言うのもある。よくもオレの大事なものをゴミみたいに扱ってくれたなって。でもそれ以上にダンに知って欲しいんだよ。ダンにとってどうでもいいものでも、持ち主にとってすごく大事なものって時もある。大事なものを盗まれたら誰だって恨むし、ダン昨日言ってたよね?許されなくていい、ずっと恨んでいればいいって。でもオレは、ダンは人に恨まれていてほしくない。お母さんを大事に思うダンは悪いことをするけど悪い人じゃないんだから。だから盗むのはダメだ。人のものを軽く扱っちゃダメだ。今日ここに来たのはオレの気持ちを知ってくれたら、ダンも何か変わってくれないかなってそう思ったからだよ。」
クロは手のひらに収まるほど小さな押し花を取り出し、ダンの目をそらすことなくそう言いました。クロの手のひらに乗せられた小さな押し花は花の国で出会ったモネからもらったスイートピーです。旅をする中できちんとお世話をすることも出来ずすぐに枯れていまいましたが、それでも大事に手元に置いておきたいと不器用ながらも一生懸命クロが押し花にしたのでした。そんなとても綺麗とは言えない押し花を見ながらクロの話を聞いていたダンは、堪えていた我慢の意図がぷつッと切れたように、ボロボロと涙を流し出しました。
「う、うぁ、うあああぁぁあぁぁぁぁぁ!」
ダンは今までいろいろな相手に盗みを働き、怒られ、叱られ、時には仕返しとばかりに暴力も振るわれました。それでも決して謝ることもなく、人から恨まれるのを当然だと生きてきました。ダンのことを知る言葉の国の国民も、盗みを働く子どもとして遠巻きに見たり陰口をたたくばかりです。しかしクロは違いました。お金を盗まれそうになり、自分の大切なものを無下にされても心配しているのはダンのことでした。ダンの取った行動には理由があるからと、起こった事実だけを見ることなく真実を見ようとしてくれました。ダンのことを考えてくれました。ダンの本当の心の底にある気持ち、恨まれたくない、自分のことを見てほしい、助けてほしい、それらの思いを汲み取ってまっすぐにぶつかってくれました。ずっと欲しかった言葉をくれたクロにダンは、今まで我慢していたものを吐き出したのでした。その姿はまだまだ子どもな8歳の少年です。
「俺、俺は...!ただ母さんと、笑って過ごしたかった、だけ、だ...!俺だって盗みなんてしたくねぇ...!でもそうしないと、い、生きていけない、から...!母さんの薬買わないと、母さん死んじゃうから...!母さんに死んでほく、ねぇ...!だから、だから俺は...!」
「うん。」
しゃくりを上げて、流れ出る涙を手でぐしぐしと拭いながらダンが正直な気持ちを不器用ながらも吐露します。苦しそうに、でも聞いてほしい、と話すダンの言葉にクロは静かに「うん」とだけ言いながら聞いています。ロックはダンに近づき背中をさすろうとしますが、迷った挙句何もせずクロと同じように黙って聞いています。
「俺はどうすればいい...?どうしたら、また、前みたいに、母さんと笑って、暮らせ、るんだ...!」
「それは...。」
クロは言葉に詰まります。ダンの本当の言葉を聞けたのは良かったですが、ダンの抱える問題を解決するとなると話は別です。クロはダンを助けてあげたいと思いますが、してあげられることはあるのか、考えます。クロの肩に乗ってダンを見つめるロックもクロと同じ気持ちです。
「クロさん、ロックさん、ダン、ここにいたんですね。」
「グラス?」
「メルはもう大丈夫?」
「はい。それはもう。...ダンは大丈夫ですか?」
クロたちの元に来たグラスはダンの様子を見て、何かを察したのかダンを傷つけないようクロたちにこそッと尋ねます。ダンはグラスに泣いているところを見られるのは恥ずかしいのか、急いで顔をぐしぐしと拭い上を向いて深呼吸をしています。
「ダンは大丈夫だよ。素直に助けて欲しいって言ってはくれたんだけど、どうすればいいのかが思いつかなくて。」
「ダンが助けて、と...?あぁ、良かった...。ありがとうございます。お2人がダンの本当の気持ちを知ろうとしてくれただけでも十分ですよ。メルも、ダンが盗みをしていることについて何も言ってやれなかったからって。」
「メルさんはダンが、その、盗みをしてるって知ってたの?」
「はい。でも動けない自分のためって思うとやめてって言えないって...。」
「母さん知ってたのか...!?」
「あ、ダン...。」
クロたちとグラスの会話を聞いていたダンは自分の行いがメルに知られていたと知り、悲しそうな顔をします。それを見たグラスも不安そうにダンの顔を覗きこみます。メルの体を治してあげることなんてクロにはできません。メルのためにお金をあげることも根本的な解決にはならないでしょう。それなら、クロたちに出来ることは何でしょう。クロたちが出来るのは知ってあげることだけ、クロたちがダンのことを知ることが何か解決に繋がるのでしょうか。
「グラス、メルはロックたちのこと何か言ってた?ロックたち家庭の事情に入り込んじゃってるから...。」
「そんな!メルは感謝しかしてなかったですよ。知ろうとしてくれてありがとうって、ダンと向き合ってくれてありがとうって、ダンに言葉をかけてくれてありがとうって、ずっと、そうやって...。」
「グラス...。」
グラスはメルとずっと一緒にいた友達です。友達が体を壊して寝込んでいるとなるとさぞかし不安だったでしょう。ずっと怖かったはずです。それでもグラスはずっとメルとダンを見守っていたのです。そんなメルの様子を伝えていると、込み上げてくるものもあります。グラスは目にいっぱいの涙を溜めてその小さな体を震わせました。そんなグラスの様子を見ていたクロはふと、グラスの言葉に引っ掛かりを覚えました。
「メル、オレたちに知ってくれてありがとうって言ってたの?」
「え?あ、はい、そう言ってました。」
「言葉をかけてくれてありがとうって?」
「?ええ。」
「んん~...。」
クロはもう一度グラスに確認すると、顎に手を当てて考え込みました。
「クロ?何か思いついたの?」
「んん~...。ねぇ、ダンの家のこと、この国の人は知らないの?」
「あ?ああ...まあ知らねぇだろうな。俺のことはどうせ盗み働くクソガキって思われてたろうし。誰も俺の家庭に首突っ込もうとしねぇよ。」
「突っ込んでごめんなさいね!」
涙はすっかり引っ込み、いつもの生意気な口調に戻ったダンの嫌味にロックはべーっと舌を出して言い返します。和やかな会話ではありませんが先ほどまでのギスギスしたものではありません。どこか打ち解けた2人の会話になっています。
「じゃあ知ってもらおう。」
「え?どういうことですかクロさん。」
「言葉の通りだよ。この国の人にダンの家のこと知ってもらおう。グラスがオレたちにしたみたいに、色んな人に知ってもらうんだ。」
「そんなんで何か、」
「何もならないかもしれない。でも、オレはいい方向に変わることに賭けたい。だって、言葉の力ってすごく強いんだ、ダンの言葉1つで俺がすごい落ち込むくらいには、な。」
「...チッ。」
先ほどの言葉の仕返しです。クロはダンを見て意地悪く笑って言いました。そんなクロの顔を見て思わずイラっとしたダンですが何も言い返すことは出来ず軽く舌打ちだけしました。
それから、クロたちはすぐに行動に移しました。まずはダンの家に近い人たちにダンの家まで案内して現状の説明をしました。案内された人たちは実際の廃れた家を見て同情を見せたようでした。次によく人の集まる店の近くで、店に来る人たちに訴えかけました。数日続けるうちにクロたちの一生懸命な姿に、立ち止まって聞いてくれる人も増えてきました。それから、薬屋の店主にも話をしました。ダンは薬屋に薬を買いには来ていましたが、ダンの盗みを働くという印象は広まっています。そしてダン自身も自分の評判を知っていました。だから薬屋の店主は薬を買いに来るダンとしっかり会話をせずダンの欲しがる薬をただ売っていたのでした。そしてダンも薬に詳しくありません。ダンはただメルが頼んだ風邪薬を買ってきていただけでした。そのことを知ったクロたちは薬屋の店主に事情を説明し、同時にメルの症状も明確に伝えました。薬屋の店主は少なからず驚き、職務怠慢だったと謝ると、今後はメルの症状にあった薬を処方してくれると言ってくれました。
クロたちは何日もかけて国の人たちに訴え続けましたが、それでも変化はごく些細なものでした。ダンを見る目も変わらない人は多いです。しかし、ダンのことを知ってくれている人も増えました。ダンのことを知った人の中には食事を譲ってくれる人、メルの様子を見に来てくれる人、ダンのことを叱ってくれる人も出てきました。そんな小さな変化は、ダンにとっては大きな変化です。ダンは、いつしか盗みを働くことをやめていました。そんな日々を過ごしていたある日、クロは大事なことを思い出しました。
「あー!!」
「わっ、どうしたのクロ、大きな声を出して。」
「オレたち大事なことを忘れてたんだよー。」
「クロさん、大事なことってなんですか?」
「オレたちがこの国に来た目的だよ。オレたちは『書物を使ってもう1人の自分と会話する魔法』を持つ妖精を探しに来たんだよ。」
「あぁ、確かに、この国に来た初日から大変だったからすっかり忘れてたね。」
「うっせ。というか、その妖精ってアリーガのことだろ?そいつなら絆結したぜ。」
「「えっ。」」
この世界の妖精は、基本的には寿命はありません。しかし相棒に選ばれると、相棒が死んだときに一緒に死ぬことになります。相棒は寿命をも共有するのです。相棒に選ばれることなく、生まれた国で一生を終える妖精は、自分が思い残すことは無いと、次の命に託そうと考えた時に自らの意思でその人生を終わらせる、絆結するのです。そしてその命の終わった場所で新たな命が生まれるのです。次の命が生まれるまでにどれほどの日数がかかるのかは誰にも分かりませんが、早くても6ヵ月、長ければ数年ほどかかると言われています。
「ダン、それっていつ...?」
「結構最近だな、お前らがこの国に来る1週間前くらいか。近所のおばさんたちが話してるのを聞いたぜ。」
「じゃあ同じ魔法を持つ妖精が新たに生まれるのは...。」
「すみません、諦めた方が早いかと思います...。」
グラスは申し訳なさそうに言います。そしてロックも突きつけられた運が悪いとしか言いようのない事態に思わず白目をむきます。それもそのはず、クロたちは時の国を出てからすでに半年ほど経っており、そろそろ相棒を見つけて国に帰ってもいい頃です。そんなタイミングでありながら、ようやく見つけた相棒にしたいと思える魔法を持つ妖精を探してここまで来たのに、結局探していた妖精はつい最近命を全うしていたのでした。白目をむいて倒れたくもなります。しかし、クロはロックの様にショックを受けているそぶりを見せませんでした。それどころか何かを考え込むように顎に手を当てています。
「おいクロ、お前ショックじゃねぇのか?ロックなんて白目向いてお前の肩で気絶してるって言うのによ。」
「き、気絶はしてない...。それよりクロ、大丈夫?ショックすぎて言葉が出ないとか?」
「いや違くて。んん~、ロック。」
「ん?」
ロックはクロが真面目なトーンで話しかけてきたので、クロの肩から降りて目の前辺りにふわふわと飛びます。ロックはいつだってクロの大事な話は目の前に移動してからまっすぐ目を見て聞いてくれます。クロはそれがどこか嬉しく、ためらうことなくロックに話してしまうのです。
「オレと一緒に旅に出よう。」
「え?いや今も旅の途中なんだけど...。」
「うん。だからこれからもオレと一緒に旅を続けよう。」
「それってどういう意味...?」
クロは最近ずっと考えていました。この旅の目的はもちろん国のために相棒となる妖精を見つけることです。しかしそれとは別に、クロは旅をすること自体を全力で楽しんでいました。花の国の小さな女の子に背中を押して押してもらった希望、翼の国のコンプレックスを抱えた妖精に意味を与えてあげられた自信、鏡の国の仲間に貰った光、言葉の国の訳ありの少年と関わって見つけた大切にしたいもの、それらすべての経験がクロにとって旅に出た意味になりました。そしてそれと同時に、ずっと隣にいてくれる存在、ロックと一緒だったからこそ、ここまで素敵な旅になったのです。クロは相棒を探しながらも、心のどこかでずっとこのまま旅を続けていたいと思うようになっていました。
「ふふ、クロが何を考えているのかは話してくれなきゃ分からないけど、時の国を出るときからずっと言ってるはずだよ。ロックはクロに付いて行くって。まー相棒探しも序盤に戻っちゃったし、また1から始めなきゃだね。」
「ロック...至極感極まれり~。」
「えぇ?ゴメンなんて?」
「ありがとーって言ったんだよ。」
ロックはクロが何を言いたかったのか分かりませんが、答えは最初から決まっています。クロが何を考えていようが無事相棒を見つけて国に帰るまでクロに付いて行くと。時の国を立つ時、クロに「一緒に行こう」と言われた時に決めているのです。たとえこの旅がどれほど長く続こうが、ロックは最後までクロに付いて行きます。
「分かんねぇけど、まだ旅続けんならそろそろこの国立ったらどうだ?もうこの国ですることもねぇだろ。」
「そうですね。ダンのことは、あとは私に任せて下さい。私、人に自分の考えを言葉で伝えるの苦手だったんです。でもクロさんたちがやったように、言葉の力でここまで変わりました。大切なことが分かったんです。これからは今までできなかった分も、私がメルもダンも守ってみせます。」
「確かに、最初あった時はあんなにビクビクしてたグラスも今はこんなにしっかり自分の気持ちが言える様になってる。これなら安心だね、クロ。」
「うん、じゃあもう安心して次の国に行けるね。」
「ふふ...。あ、そうだ。あの、ちょっと待ってください。」
クロとロックは茶化すように、でも本心から言いました。初めて話しかけられた時は自分の気持ちを言葉にすることに怯えていたように見えたグラスは、今は強い意志をもって自分の言葉を伝えています。これなら後は任せて国を立っても、もう同じようなことは起こらないでしょう。安心した2人が歩き出そうとすると、グラスが2人を呼び止めました。グラスはおもむろに両手を胸の前で合わせて目を閉じると、身体をキラキラと光らせました。
『心が通う まことの言葉 さあ聞かせて 心のメッセージ すてきな言葉』
グラスはそう呪文を唱えると、ダンの背中をクロたちに向かってトンと押しました。「何をするんだ」と驚いた顔をするダンにグラスは優しく問いかけます。
「ダン、クロさんとロックさんに何か言いたいことがあるんじゃないんですか?」
「...!い、いや...その、悪かった。色々ごめんなさい。それから...ありが、とう。」
「え!ダンが素直に謝罪と感謝を!?」
「んん~、そういえばグラスの魔法って...。」
そう、グラスの魔法は「本心しか喋れなくする魔法」です。グラスはダンにこの魔法をかけ、意地を張って言えなかった本心を口にさせたのでした。それはちゃんと伝えるべきだというエゴではありません。ここで言わなければ後でダンが後悔する、そう思ったグラスの後押しでした。
「あと、俺の名前はダンニャワード、だ。最後に名前で、呼んで、欲しい。」
「えっ!ダン、名前で呼んでほしいって思ってたの!?可愛いところあるなぁ。素直になってた方が可愛いよ?ダンニャワード?」
「本名じゃなくて愛称で呼ぶのオレと同じか~。でもオレはダンって名前も好きだよ。ダンニャワード。」
自分の本当の名前を呼んで欲しいとお願いするダンの姿、この姿が恐らくダンの本当の姿なのでしょう。感情そのままに顔を赤くして、からかってくるロックを追いかけ回すその姿は8歳の少年そのものでした。
「うるっせぇな!そうだよ本心だけど何か文句でもあんのか!色々悪かったな!助かったし!ありがとな!ほらもう行けよ!...またな。」
「ふふ。クロさん、ロックさん、本当にありがとうございました。これからの旅に幸運がありますことを...。またいつかお会いしましょう。」
「...うん。ありがとー。帰りはここに寄るようにする。またね。」
「今度会う時はもうちょっとダンが丸くなってることを祈るよ。ダン、グラス、また会おうね。」
クロとロックは2人と涙のお別れをすることもなく、あっさりと別れました。ダンに至ってはロックの言葉に「うるせー!」と叫んでいます。しかしこの別れはまたいつか会う時までのほんの少しのお別れなのです。だからこそ「またね」だけでいいのです。2人に手を振って歩き出したクロたちはどこか笑顔でした。
「はー、相棒探しは振り出しに戻ったけど、なんか、ちゃんと進んでる感じがするね。」
「そうかも。オレすごい速さで成長していってるよ。心の超成長期だ。」
「はは、自分で言うんだ。まあでも、本当そうだと思う。今までの半年間、何1つ無駄になってないよ...。さ、感慨に浸ってはいられないよ!また相棒探さなきゃいけないんだから。次はどの国に行こうか!」
「んん~、とりあえず門じゃなくて宿に戻って荷物取ってこなきゃ。その後決めよう。」
「締まらないリスタートだなぁ...。」
こうしてクロは、時の国の妖精ロックと相棒を見つけるため旅の再出発の一歩を踏み出しました。クロとロックの妖精旅は、花の国、翼の国、鏡の国、言葉の国での大事な出会いを背負って、今、もう一度幕を開ける。
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