冷たい雨に溶ける恋 —— それでも、愛だった ——

Mira

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【第1章】

堕ちていく予感

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— 彷徨う夜の行き着く先——

気づけば、私は知らない部屋にいた。

黒とダークグレーを基調とした、広く静かな空間。
肌寒さを感じるほど整然とした室内には、ほんのりと上質なレザーの香りが漂っている。

天井は高く、壁際には間接照明が柔らかく灯っている。
けれど、その光はどこか冷たく、住んでいる人間の温もりを感じさせない。

まるで、この場所自体が″感情″というものを拒んでいるようだった。

視線を移すと、リビングの中央にはブラックレザーの大きなソファが置かれている。
その前には、黒い大理石のローテーブル。

家具の配置は整然としていて、無駄な装飾は一切ない。
ただそこに″あるべきもの″が、計算されたように並んでいるだけ。

まるで、″選ばれたものしか存在を許されていない″ような空間だった。

リビングのソファの向こう側、外壁に沿うように大きな窓があった。
窓の外には、東京の夜景が広がっている。

けれど、黒の電動ブラインドが途中まで下ろされていて、その景色すら、ここでは不要なものとして切り取られているように見えた。

リビングとダイニングは、一続きの空間としてつながっている。

ダイニングは、窓のあるエリアから少し離れた場所にあり、ダークブラウンのダイニングテーブルが静かに置かれていた。

その周囲には、ブラックレザーの張られたダイニングチェアが等間隔に並んでいる。

さらに奥には、スタイリッシュなキッチンが広がっていた。
作業スペースは広く、ダークグレーのカウンターが空間に溶け込んでいる。

けれど、目を引くほどの″無機質さ″があった。
シンクもコンロも、まるで使われた形跡がない。

調理器具は何ひとつ置かれておらず、引き出しすら開けたことがあるのか疑わしい。
冷蔵庫の中もきっと、空っぽに近いのだろう。

──ここで″料理をする″という概念が、そもそもないのかもしれない。

「……すごいですね」

思わず口をついて出た言葉に、彼は「そうか」とだけ返す。
どこか無関心な声色。

「ここ……あなたの家ですか?」

「見りゃわかるだろ」

当たり前みたいに言われて、私は小さく息を呑んだ。

—— なんで、私はここにいるんだろう。
—— どうして、この人は私を拾ったんだろう。




—— 雨に濡れた拾い物——

「……なんで?」

自分でも驚くほど弱々しい声だった。

けれど、彼は何の感情も浮かべないまま
「さぁな」とだけ言った。

そのとき、スマホの振動音が静寂を破る。

ポケットからスマホを取り出すと、
迷いなく通話ボタンを押した。

『おい、何してんだ? すっぽかす気か?』

男の声が響いた。

—— 誰かとの待ち合わせだったんだ

「……悪い、今日は無理」

『は? お前、何勝手に──』

「”猫”を拾った。」

けれど、次の瞬間。

「……いや、”ネコ”だな」

何気なく呟いた彼の声が、
妙に引っかかった。

ネコ?

思わず顔を上げると、
彼はスマホを切ったところだった。

私のことを一瞥することもなく。

「……は?」

声が漏れた。

ふざけてるの?

それとも、
本気で私を″ネコ″扱いしてるの?

でも、彼の表情は変わらない。

ただ時計を外しながら、
何でもないことのように言った。

「……シャワー、浴びてこい」

「え?」

「風邪引かれたら面倒だ」

私が何か言う前に、
彼は「こっち」とバスルームの方向を顎で示した。

リビングの端に、扉がふたつ並んでいる。
ひとつはバスルーム。もうひとつが、たぶん寝室。

バスルームはリビングの奥にある。

まだ中を見たわけじゃないけれど、
なんとなく想像がつく。

きっと、ダークグレーのタイルに囲まれた、
冷たい空間なんだろう。

それに比べて、リビングの窓から広がる夜景は、
妙に遠いもののように感じた。

この人、本当に何を考えてるの?

疑問は尽きないけれど、
身体の冷えには耐えられなかった。

私は何も言わず、バスルームへと向かった。




—— どうしてこいつを拾ったんだろう——

そのとき、スマホが振動した。

祐司からの電話だった。

待ち合わせをすっぽかしていたのを思い出す。

通話ボタンを押すと、
すぐに裕司の声が響いた。

『おい、何してんだ? すっぽかす気か?』

「……悪い、今日は無理」

『は? おまえ、何勝手に——』

「”猫”を拾った」

何気なく口にした言葉だった。

『猫? なんだそりゃ。見に行くわ』

「来んな」

『じゃあおまえん家で飲もうぜ』

「無理」

一方的に電話を切る。

祐司とは気が合うし、信頼もしている。

けれど、今は誰にも邪魔されたくなかった。

なぜこんなに必死になっているのか、
自分でも分からない。

和輝は、スマホを伏せる。

けれど、次の瞬間。

「……いや、”ネコ”だな」

無意識に呟いた。

違和感はなかった。

むしろ、
そのほうがしっくりくる気さえした。

(……″ネコ″か)

視線を上げると、拾った”ネコ”が
濡れたままで立っていた。

髪から滴る水滴が床に落ちている。

「シャワー、浴びてこいよ」

「え?」

「風邪引かれたら面倒だ」

……本音かどうかは、自分でもわからねぇ。

バスルームのドアが閉まる音を聞きながら、
和輝はタバコを取り出しかけ—— やめた。

(……今は、吸う気にならねぇ)

仕方なくスマホを開き、
適当にルームサービスを頼む。

ネコがシャワーを浴びている間に届くだろう。

バスルームの向こうから微かに聞こえる水音を聞きながら、
和輝はぼんやりと思った。

──どうして、こいつを拾ったんだろう




—— 初めて呼ぶ名前——

シャワーを浴び、
バスタオルで髪を拭きながらリビングに戻る。

ダークブラウンのダイニングテーブルの上。
ルームサービスの料理が、静かに並べられていた。

「……これ」

「食え」

「え……でも」

「いらないなら捨てる」

「……いただきます」

拒む理由もなく、
私はゆっくりとナイフとフォークを手に取った。

食事が喉を通った瞬間、
張り詰めていた空腹が一気に押し寄せる。

「……美味しいです」

ポツリと零れると、
彼は「そうか」とだけ言った。

ただそれだけなのに、
ふと目を上げると彼の視線を感じた。

—— ずっと、見られてる。

気のせいじゃない。

スマホを弄っているフリをして、
ずっと私を観察している。

……何なの、この人

「……あの」

少しだけ勇気を出して、口を開く。

「どうして私を拾ったんですか?」

「さぁな」

また、それ。

「……何がしたいんですか?」

「お前は?」

「……え?」

「何がしたいんだよ。これから」

私は、フォークを握る手に力が入るのを感じた。

「……何も、わかりません」

「そうか」

彼は、それ以上何も言わなかった。

私はゆっくりと口を開く。

「……浮気されたんです。信じてたのに。」
「全部、嘘だったみたいで、何もかも嫌になって」

声が震えた瞬間、涙がぽろりと零れた。

自分でも驚いた。
もう泣かないって決めていたのに。

慌てて拭おうとするけれど、
手が震えて思うように動かない。

彼が、黙って私の手元を見ていた。

「……名前は?」

唐突な質問に、一瞬だけ戸惑う。

「……桜井 あやさくらい あや」

「……。」

「黒瀬 和輝くろせ かずき」

フルネームで名乗った和輝を、
私はおそるおそる見上げた。

「……カズキさん」

「さん付けすんな」

「え?」

「敬語もやめろ。堅苦しいの、嫌いだ」

まっすぐに目を向けられて、心臓が跳ねる。

「……でも」

「あや」

「え?」

「今夜はここにいるんだろ?
なら、余計な気を使うな」

和輝は当然のように私の名前を呼んだ。

その違和感に戸惑っていると、次の言葉が続く。

「お前も、俺を和輝って呼べ。」

さらりと言われて、言葉に詰まる。

思わず、息を呑んだ。

それは、ただの命令なのか、それとも──

私は、ただ小さく
「……わかった。」と頷いた。

けれど、口に出すのをためらう。

それでも、ゆっくりと唇を開いた。

「……カズキ」

「それでいい」

満足そうに言う和輝の声が、妙に耳に残った。




—— もう、逃がさねぇよ——

「ベッド使え」

「え?」

「俺はソファで寝る」

「い、いえ、私がソファで──」

「遠慮すんな」

「でも……」

「面倒くせえな」

低い声でそう言われて、私は思わず口をつぐむ。

……どうしよう。
和輝は絶対に譲らなそうだ。

だったら……

「……じゃあ、一緒に寝ませんか?」

言った瞬間、後悔した。

「……襲うぞ?」

「……っ」

「冗談だ」

和輝は静かに笑い、
キングサイズのベッドに潜り込んだ。

私も、おそるおそる隣に横になる。

大きなベッド。

けれど、無駄なものは一切ない。
クッションも、装飾もなく、
ただ広いだけの無機質な空間。

だけど、和輝の存在がすぐ近くにある。

—— 眠れるだろうか。

こんな風に、
誰かと並んで眠るのは、いつぶりだろう。

いや、そもそも、ここは私のいる場所なの?

知らない男の家。
何を考えているか分からない人。

ここにいていい理由なんて、
どこにもないのに──

眠ろうとしても、意識が妙に冴えてしまう。

ふと、隣を見る。

和輝は目を閉じたまま、
規則正しい呼吸をしていた。

本当に眠っているのか、それとも……。

「……っ」

私は静かに息を吐き、天井を見つめた。

今さら考えたって、もう遅い。

どうせ、行く場所なんてないのだから。

目を閉じて、眠れるのを待つしかなかった。



闇の中、和輝は目を開けていた。

すぐ隣に、微かに揺れる寝息。

このベッドで、俺はいつも一人で眠っていた。

なのに、今は違う。

たった一人増えただけで、
息苦しくなるほどの違和感。

出会いの瞬間が、何度も脳裏をよぎる。

雨に打たれて立ち尽くす、″ずぶ濡れ″の女。

途方に暮れたような、
捨てられた”猫”みたいな顔。

通りすがりの他人。
関係のない女。

なのに、なぜか、目が離せなかった。

──なんで、拾った?

自分でも分からない。

ただ、気になった。
ただ、放っておく気になれなかった。

その理由を探るように、そっと視線を向ける。

—— もう、逃がさねぇよ。

まだ、自覚はないまま。

けれど、心の奥底で、
その言葉だけが静かに響いていた。


第2章に続く⸻

『冷たい雨に溶ける恋 それでも、愛だった』
こちらでは序章と1章を公開させていただきました。

物語の続きはエブリスタにてご覧いただけますので
興味のある方はぜひチェックしてみてください✨
『冷たい雨に溶ける恋』で検索していただければ
物語の続きをお楽しみいただけます。



【冷たい雨に溶ける恋 —— それでも、愛だった —— 】

降り続く雨の中、私は拾われた。  
それは愛だったのか、
それとも、逃げ場のない狂気だったのか——



※この作品は執着・狂愛・束縛
などの過激な描写、
および大人向けの表現を含みます。
また、登場人物の過去に関する
シリアスな描写が含まれています。
苦手な方はご注意ください。



選択式ENDのラブストーリー

—— この物語に、決められた結末はない
最後に、この物語をどう終わらせるかは
—— あなた次第



── STORY ──

すべてを失い、雨の中を彷徨っていた女

行くあてもなく
立ち尽くす彼女の前に現れたのは
投資会社を経営する、冷酷な男だった——


「行くとこねぇんだろ?」

その声に抗う間もなく、彼女は捕らえられた

気まぐれで拾われたはずだった
でも、それは気まぐれなんかじゃなかった

『他の男と話すな』
『どこにいるのか、全部報告しろ』

その瞳は鋭さを増し、束縛は深くなり
気づけば、逃げ道はどこにもなくなっていた

それでも——
愛を知らない女は、男の狂気に触れながらも
どこかでその手を求めてしまう

だが、何かがおかしい
男の周囲には、いつも不穏な影がちらついていた

誰かが、女を狙っている
誰かが、男の″もの″に手を出そうとしている

—— なら、すべて壊せばいい

これは、執着に囚われた男と
逃げられない愛を押し付けられた女の物語

この愛は、救いか、それとも狂気か——

そして——
ラストの扉を開くのは—— あなたの手
結末はあなたが選んでください



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