こんとんのはな

駿心

文字の大きさ
6 / 11

5話. 確かめるための深夜

しおりを挟む
……ーー


真夜中。

明日も授業があるから早く寝ようと思うのに、花寿美はベッドの上で膝を抱えて頭を空っぽにする。

実際に空っぽになっているわけではないが『無駄な時間』だと感じるような後にも残らないような思考内容である。

同じことを何度も繰り返しているのだ。

眠れない深夜。


少し迷ったあと、花寿美は羽織を軽く肩にかけ、いつもように本宅の裏庭から別宅へ向かった。


「……へ?お嬢?」


槐はいつもの迎え入れてくれるような笑顔ではなく、とても驚いた様子を見せた。


「……目が覚めて……眠れなくて……」

「…………夢……また見たんすか?」

「……」

「悪夢祓ったあとは自分の力の効果がしばらく続きますから、こんなすぐに次の悪夢を見ることはなかなか無いんすけどね……おかしいな……」


頭を掻きながら槐は花寿美をいつもの和室へと通した。

槐の言う通りで、槐が花寿美の中に入り、悪夢を取り除いた数日は悪夢にうなされることは無い。


「じゃあまぁ……お茶飲んで落ち着いたら部屋に戻って寝てくださいね」

「……一緒には寝てくれないの?」


花寿美の前に湯飲みを置いた槐は数秒停止した後、困ったように笑った。


「いやいや~何ですか~?お嬢が俺を誘うなんて~。や~らし~!!」

「……」

「あ……いや……冗談です」

「……わかってる」

「……う~ん、お嬢は表情が少ないから時々何考えてるわかりませんね」


何を考えているかはわからないのは槐の方だと花寿美は感じたが、黙ってお茶を飲んだ。


「……いや、真面目な話。頻繁に直接的に力を使うのは危ないんです。曲がりなりにも神の力なんで。生身の人の身では中毒になりかねない。だから間隔は出来るだけ空けておきたいんです」

「……そうなんだ」

「二日連続は、初めてですしね」

「そう……ね」

「……」


花寿美は言葉の最後の方で少しずつ声は小さくなっているのが自分でもわかる。


腰を上げた槐が花寿美から離れようとするから花寿美は縋(すが)るように見つめた。

その視線に気付き、槐は安心させるように微笑み、大丈夫と言った。


槐は優しい香りのお香を焚く。

上品なその香りは槐の匂い。

いつもの槐の笑顔に花寿美は目を細めた。


「もう……十年ね」

「え?」

「槐は宗鱗さんの頼み……受けるの?」

「へ……あぁ、今日のですか?」

「十年経ったから、戻るの?」

「……お嬢」

「何?」

「よろしいでしょうか?」

「……」

「……」


あぁ、これは触れる前の確認だと気付いた花寿美は少しだけ笑いそうになり、「……えぇ、いいわ」と返事をした。

普段は不真面目な振る舞いのくせに花寿美の言い付けを守る律儀な男だ。

少しの間、瞬きを繰り返した槐はふと視線を落として机の上に置いていた花寿美の手を握った。


「俺の仕事は此処じゃないんですか?」

「……別に……私が言い出したことじゃないわ」


花寿美がいる前から此処に住んでいる槐。

そうした詳しい契約は恐らく祖母が行ったのかもしれない。

しかし祖母はもういない。

それなら槐をそこまで固く縛るものは何もないはずだ。


「そもそも神様の槐が何で下界のこのお店にいるの」

「ん~……まぁ~、ほんのちょこっとだけ御法度してしまったので。此処で反省してろって言われた感じですかね」

「……何したのよ」

「ふはははは」

「……まさか女の子に手を出したとか、その類いじゃないでしょうね?」

「お?お嬢、冴えてますね」


片方の口角を上げた槐の笑みに花寿美は開いた口が塞がらなかった。

罪の重さの基準は知らないが、それで十年も下界へ追い出されていたなんてと呆れた。

しかし神様にとって十年なんて人間にとっての数日、数ヶ月と変わらないのかもしれない。

重くない罪なら、もう長く此処にいることはない。

槐の袖を掴み、俯いた。


「槐……やっぱり今夜も此処で一緒に寝ちゃ駄目?」

「……」


一瞬、間を空けた。

断られるかと思った花寿美は袖から手を離し、握られている手もゆっくりと抜きとろうとした。

しかし槐が力を入れ直したことで、それは阻止した。


「やだな~お嬢。そんな誘惑するなんて、おじさんはそんな子に育てた覚えはないですよ?」

「……」

「そんなに俺とキスしたいんですか?」


ヘラヘラした笑顔に気分を害した花寿美はムッと顔をしかめた後、立ち上がり別宅を去ろうとした。

でも槐はやはり花寿美の手を離さなかった。


「お嬢」


槐も立ち上がり、その手を引いて花寿美ごと槐へ引き寄せた。

切れ長の瞳が花寿美を捉える。


「さっきも言いましたが、二日連続悪夢祓いは危険ですから……」

「わかってる。だからもう自分の部屋に戻るわ」

「いや、そうじゃなくて」


全てを見透かすような瞳。

こうして近くで顔を見れば改めて端正で精悍な顔立ちだと感じる。

だけど、この姿も本来のものではない。

思えば彼の真実の姿を花寿美は知らない。

十年も一緒にいても、彼のことは何も知らない。


「力を使うことはできませんが、傍にいることはできますので……一緒に寝ましょうか」

「……いいの?」

「でも言っておきますが、」


相手の瞳の中に自分を確認できる距離。


「俺以外にそんなこと言っちゃ駄目ですからね」


いつものような笑顔じゃなく、真剣な目つきに花寿美は少しだけ笑った、


「私も言っておくけど、」


花寿美は槐の手をゆっくりと外した。


「寝ている間でも勝手なことは許さないから。私に触っていいのは私が『良い』って言った時だけよ」


槐はわざとらしく肩をすくめてようやく笑ってくれた。


槐の布団で横になる。

しかしいつものように槐から口付けはされず、隣に並んだ槐は花寿美に布団を掛けてやり、その上から数度優しく叩いた。


「こうするのは花寿美お嬢が小学生の時以来ですね」

「……そうだったかしら」

「はい、懐かしいです」


子供の時から花寿美のことを邪険にせずに、傍にいてくれた存在であった。


睡眠を必要としない霊獣であるが、花寿美の横に共に転がり眠きを誘うように一緒に瞳を閉じる。


安らぎの時間。


「槐」


目は開けずに、槐は鼻の奥の声だけで「んー?」と返事をした。


「……貴方はいつもは貴方以外には言うのは駄目だって言うけれど」

「……」

「………………私は、貴方じゃなきゃ……言えないわ」


槐はゆっくりと目を開けて、槐を見つめていた花寿美を見た。


また力の無い笑顔ではぐらかされるかと思ったが、槐は目を僅かに細めただけで何も言わなかった。

人差し指の背が花寿美の頬へ近付いたが、直前で指を止め、触れることなく引っ込めた。


胸の奥が震え、切なくなる。


「……私が目覚めるまで……傍にいてくれる?」

「……お嬢がそう言うのでしたら」

「うん」


花寿美は槐の胸に頭を預けて目を閉じた。


その夜、夢は見なかった。

だけど、溢れる朝日で拓けた視界の最初に飛び込んだのは

約束通り、傍にいてくれた人の顔だった。


「お嬢、おはようございます。」


悪夢は見なかったのに、それだけでいつものように目は涙の露を作り、流れた。

……———



「お嬢……今日『花一堂』をちょっと臨時休業にしたいんですが、宜しいですか?」


朝食の準備をする槐が振り返り、花寿美に確認を取った。

本宅に戻り制服に着替えた花寿美は槐の言葉に思い切り眉をひそめた。


「昨夜は力も使っていないし、無理に私の夕飯を作る必要もないわよ」

「あ、いやいや違います!!そりゃ昨日も早めにお店閉じちゃって今日も休みとか申し訳ないスけど」

「じゃあ何?」

「宗鱗さんも言ってたけど、宴が近いからなのか……昨夜から良くない輩がこの町にもウヨウヨしいてるみたいなんですよね……お嬢も昨夜眠れなかったみたいですし。それも何かしらの影響かもしれないからちょっとだけ心配というか」


今更、昨夜の悪夢は別宅へ行くための口実だったとは言えなくて、花寿美は店の一日休業を許してしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...