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番外編
少しだけ懐かしい話をしよう~後編~
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もうすぐ小学三年生になる春休み。
「今度は同じクラスになるといいな!」
春平とクラスが同じになったことはなかったけど、俺らはそんなことも関係なく一緒になって遊んでいた。
春休みは毎日のように遊んだ。
春平は黙ってこんぺいとうをくれた。
俺も黙って貰って食べた。
それが当たり前となっていた。
「なぁ…」
公園で二人でこんぺいとうを食べていたら、後ろから声を掛けられた。
振り返ると、次は六年生になる奴二人……見たことあるから多分そう。
「お前ら?最近、俺らのナワバリ散らかしたの」
ナワバリ?
意味がわからない。
春平も同じことを思ったようで、二人で顔を見合わせた。
二人のうち、体が横にデカイ奴がフンと鼻を鳴らした。
「ロープとか椅子とか…勝手に使ってんだろ?」
ヒミツ基地のことを言っているのが、わかった。
「勝手にって……あれは春平が作ったものだ!おまえたちのモノじゃない!!」
俺が怒鳴ったら、二人の顔が明らかにムスッとしかめた。
「うっせぇ!俺が先に見つけた場所だ!生意気!!」
突き飛ばされた。
3つの年の差は体格が違いすぎて、簡単にブッ飛んだ。
尻餅ついて、咄嗟についた手のひらを擦った。
表面全体に痛みが走る。
「……っつぅ~」
歪めた顔を上げると、春平が真顔で俺を見たあと6年の奴らを見た。
無表情なその顔に二人はさらに眉間にシワをよせた。
「なんだ、こいつ。ガン飛ばしてきやがる」
「まだ俺らに歯向かうわけ?」
違う。
春平のそれは睨んでいるわけじゃない。
本来、温厚である春平をケンカでケガさせたくなくて、俺は力いっぱい叫んだ。
「逃げろ!逃げろ、春平!!」
真顔を崩さず、春平は俺を見下ろした。
「で……でも、」
「いいから!お前は逃げろ!!」
ケンカとかしたことないような春平がブッ飛ばされるのを、防ぎたい一心だった。
6年の二人は自分達が形成有利と悟って、ニヤついた。
「おい、逃げられると思ってんのか?」
一人が春平の肩を掴んだ
その瞬間だった。
急に景色が変わった。
────ドッ
……と。
視界に入る色が変わった。
はじめは春平が漏らしたのかと思った。
違う。
液体ではない固形物。
量も異常。
虫が湧いたのかとも思った。
春平の足元に大量の
こんぺいとう
こんぺいとう
こんぺいとう
こんぺいとう
こんぺいとう
こんぺいとう
こんぺいとうの池となる。
池には飽き足らず、それは山となった。
こんぺいとうの山の中心に春平一人。
膝まで埋まるほど溢れ出てくる色とりどりのこんぺいとう。
「う…うわあああぁぁぁぁっ!」
「なんだこれっ!?」
春平に触れていた手を勢いよく離し、因縁をつけてきたはずの二人はあっという間に逃げていった。
俺は立ち上がれなかった。
腰を抜かしたまま、こんぺいとうの山の真ん中に突っ立っている春平を見上げるだけだった。
「しゅ……ぺい、これは?」
「……ごめん」
春平は表情ひとつ変えず、俺を見下ろす。
さっきみたいな一瞬に大量はないけど、余韻かのように一粒一粒が時々出てきて、こんぺいとうの山に積もり、山が少し崩れた音が耳についた。
「ごめん」
謝る春平。
何が何やらわからなかった。
なのに、こんなわからないことが起こったのに真顔でいられる春平に背筋がゾクッとした。
……なんで?
恐怖を覚える。
「どうして……急に、このこんぺいとうは!?」
「オレから出たもの」
春平から出てきたこんぺいとう。
全部?
腕が震えた。
「じ…じゃあ……」
「……」
「じゃあ……オレが今まで食べてきたのは……」
声も震えた。
春平はただ黙っていた。
俺は唾を飲んだ。
「気持ち悪い」
やけにハッキリと、自分の声が響いた。
「お前の体からこんぺいとう出るとか変だ…。俺はそれを今まで食べてたとか思うと……」
呼吸が上手くできないのに、声はハッキリと出せた。
「……キモいよ」
春平は黙って、俺を見ていた。
「ごめん」
もう一度そう言った春平はこんぺいとうの山から足を抜いた。
山は完全に崩れて広がった。
春平は帰ってしまった。
立てない俺と大量のこんぺいとうを残して。
どうするんだ…これ。
俺は置いてきぼりのたくさんのこんぺいとうをどうすることもできなかった。
…──
春休み、進学級が始まらない間は、ヒマだ。
昨日の春平のアレは何だったのか……
部屋で寝転がりながら、昨日のことを思い出す。
「……」
一人で考えても時間のムダだと思った。
……だから、
「春平!鬼ごっこするぞ!」
春平の家に行き、そう言った。
玄関で出迎えてくれた春平は返事もせずに黙っていた。
「春平?」
「なんで?」
うつむく春平がボソッと言った。
「なんでまた来たんだ?」
「なんでって……昨日のこと最後まで教えてもらってねぇし!」
「……」
「でも正直、ワケわかんないし」
「……」
「だからとりあえず鬼ごっこしよう!」
「……」
「オレはモーレツに鬼ごっこの気分だ!!」
「オレのこと……」
「え?」
「キモくない?」
「……え」
それは昨日、オレが言ったこと。
確かに言ったこと。
でも、昨日のこんぺいとうがいまいちわからないから、まずは鬼ごっこをしたいと思ったのは確認と確信があったから。
だから、
「オレは、春平と遊びたい!」
こんぺいとうを気持ち悪く思っても、春平を恐く感じても、俺は春平が嫌いだなんて一ミリも思わなかったんだ。
深く考えるのが苦手な俺はただ感じるまま、春平に会いにきたんだ。
まだ玄関で立ち尽くしている春平は俺を見ていた。
「……本当?」
「なにが?」
「本当に遊んでくれる?」
「……え、なんで」
「昨日みたいなこと、あったし……これからもあるかもしない。いつも…いつも……こんぺいとう、出ちゃうけど……そんなオレと……遊んでくれる?」
すぐに頷いた。
「こんぺいとうが本読んだり、こんぺいとうがロープ結んでくれたわけじゃねぇし」
溢れた。
涙。
俺は昨日以上に言葉を失った。
初めて春平の表情が崩れたのだ。
「うぅー、レンちゃん……」
俺の名前を呼んで、春平は泣いた。
涙。
涙
涙
涙
涙。
「ごめん……ごめん、レンちゃん」
ポロポロと、
ポロポロ、ポロポロ。
そうやってこぼれていく涙を見て、俺は急に理解できた。
昨日のこんぺいとうは……『これ』だったんだ。
「お、おれ……レンちゃんつき飛ばされて……こわくて、でも何もできなくて」
「何いってんだ?そんぐらい……」
「おれ……おれ……何もいえないまま、驚かせて……ごめん、……レンちゃん……ごめん」
ぐちゃぐちゃに泣いている春平はこんぺいとうひとつも落とさず、涙を落とし続ける。
謝る春平に俺も何か言わないとって思うのに、泣く春平に驚きすぎて言葉が浮かばない。
「レンちゃん、ありがとう……」
「え?」
「ありがとう……ありがとう、レンちゃん」
「……春平」
そこから結局、春平と長い付き合いになるわけだが、泣いた春平を見たのは後にも先にもこの時だけだった。
……――――
あの時のことを思い出すと、顔から火が出んじゃねぇかってくらい、恥ずかしい。
過去の自分のパッパラパーな具合に泣きたくなる。
何にも考えてなさすぎだろ……俺。
せめて『キモい』っつったことを謝っておきかったと後悔してみても、もう過去のこと。
時が経ちすぎて、一緒にいすぎて、今さら言い出せないし、今さら謝ったところで自分のための自己満足にすぎないんじゃないかと、余計に恥ずかしくなる。
それでも春平は一緒に遊んでくれたわけだから、俺は春平に頭が上がらない。
ホント……春平はすげぇ奴だよ。
俺なら、そんな心の広さは無理だ。
初めて会った時は絶対仲良くなれねぇって思っていたのに、今じゃ高校も一緒なんだから不思議な縁だ。
「春平」
「ん?」
「こないだのあの子……面白い子だったな?」
「……こないだ?」
「えーっと、ほら…奏ちゃん!」
「…………塚本な」
帰り道。
中学・高校と上がるごとに昔ほど分かりやすくツルむこともなくなったが、たまにこうして一緒に帰る。
家が同じ方向なんだからしょうがない。
いつもはどうでもいいようなテレビとかの話だが、今日はクラスの女の子が初めて話題に出てきた。
物珍しくしている俺とは裏腹に春平は無表情だ。
「……確かに変な奴だ」
「何をそんな気に入られちゃったんだろな」
「……」
ふいに春平が無言になって俺は『あれ?』と思ったのと同時にピンときた。
「春平……お前もしかして、あげてんの?」
「……何が」
「こんぺいとう」
「……」
春平が俺から視線を外すように真っ直ぐ前を向いて歩く。
春平はこんぺいとう体質と試行錯誤の結果、なんとなく人との距離を覚えていった。
貰えないとなると、人って余計に欲しくなるものだから、一回目はあっさりと他人に渡したりする。
そうすれば案外もうこんぺいとうをねだられることはない。
春平も二回目からはこんぺいとうを渡すことをやめる。
……だけど春平のこの様子からいって、どうやらあげたのは一回だけじゃなさそうだ。
「マジかよ!」
「……塚本は……しつこいから」
「そんなに!?」
「俺も……まぁ、減らしてくれる分には…助かるし」
春平がこんぺいとうをあげている。
しかも女の子に。
ボソッと呟いた春平に俺はますます珍しいものを見た気分になった。
「……俺、もう貰ってねぇのに」
思わず呟いた自分の言葉に俺は今度は焦った。
そんなもん、自業自得に決まってんだろ。
でも急に寂しい気持ちになったというか。
そう思った自分にも焦った。
今でこそ自分が『キモッ』ってやつだ。
視線を外していた春平がこんなときに限って俺を真っ直ぐ見やがる。
ジーッと見たあと、春平はまたポツリと言った。
「お前はこんぺいとうあげなくても、大丈夫」
「……は?」
「こんぺいとうをあげなくなると、俺の表情とか雰囲気で、人は離れていくけど……お前は違うだろ」
「……」
「こんぺいとうがあろうと、なかろうと……お前とは親友だよ……親友になれてた…と思う」
「……」
「それとも、こんぺいとうあげなきゃ……俺を嫌いになるか?」
表情変えないのは仕方ないことだとしても、真っ直ぐ言いやがって……
……こいつには照れというものがないのか。
だけど負けじと俺も真っ直ぐに笑顔で言ってやった。
「別に。関係ねぇし」
「うん。そう言うと思った」
春平は再び前を向いて、歩く。
だからお前には敵わないってんだよ。
本当に。
「菊池……ところでお前…さ、」
「なんだよ」
「あいつ」
「あいつ?」
「あいつのこと……」
「だから誰?」
「…………塚本」
「あぁ、奏ちゃん?」
「……」
「何?」
「あいつのこと……そう呼んでるわけ?」
「……は?」
「名前で」
「……へ?何が?」
「……何でもない」
こんぺいとうが出てきたらしく、春平はそれを口に入れた。
……何だ?
……
……あぁ!
ニヤッと口元が緩んだ。
「何、嫉妬してんだよ」
こんぺいとうがカツンと地面に落ちた。
「呼びたかったら、お前も呼べば?」
「……何が」
「下の名前で。『奏』って」
カラ
カラカラン、コロン
アスファルトに落ちていくこんぺいとう達。
おー、動揺してるしてる。
笑いをこらえようにもこらえきれず、クックックッと声が出た。
意外な展開。
へー…こいつも恋したりするんだ。
俺が笑っているのが気に食わないかのように、ジッと俺を見る。
無表情だけど、睨みたいのがわかる。
俺が笑っているのは可笑しいのもあるが、どこか嬉しい気持ちもある。
春平も恋をするんだ。
それが春平にとって良い影響となればいいと願う。
たった一度だけ泣いた春平を知っているだけに、もっと我慢せずに表情に変え、こんぺいとうが減っていけばいいのにと願うのだ。
あの奏ちゃんは春平に変化を与えてくれるだろうか。
春平が誰かにこんぺいとうをあげたいと思えることだけで、充分の進歩なんだから。
「……何、笑ってるんだ」
いよいよクレームを言われた俺はやっぱり笑った。
「いやいや!春平ってピュアだなって!!」
「あ?」
「奏ちゃんの名前がまだ恥ずかしいなら、とりあえず俺で練習してくれてもいいよ?」
「は?……菊池…の何?」
「久々に俺の名前も呼んでみろよ!『レンちゃん』」
一瞬固まったあと、春平はそっぽを向く。
「……こども時の話だろ?」
恥ずかしくなったのか、春平は俺のあだ名を言わなくなった。
それと同じように、俺も恥ずかしくて言わなくなったことがある。
でも、言わなくても今もハッキリと、そう思っている。
お前は『サイコーのあいぼう』だって。
「今度は同じクラスになるといいな!」
春平とクラスが同じになったことはなかったけど、俺らはそんなことも関係なく一緒になって遊んでいた。
春休みは毎日のように遊んだ。
春平は黙ってこんぺいとうをくれた。
俺も黙って貰って食べた。
それが当たり前となっていた。
「なぁ…」
公園で二人でこんぺいとうを食べていたら、後ろから声を掛けられた。
振り返ると、次は六年生になる奴二人……見たことあるから多分そう。
「お前ら?最近、俺らのナワバリ散らかしたの」
ナワバリ?
意味がわからない。
春平も同じことを思ったようで、二人で顔を見合わせた。
二人のうち、体が横にデカイ奴がフンと鼻を鳴らした。
「ロープとか椅子とか…勝手に使ってんだろ?」
ヒミツ基地のことを言っているのが、わかった。
「勝手にって……あれは春平が作ったものだ!おまえたちのモノじゃない!!」
俺が怒鳴ったら、二人の顔が明らかにムスッとしかめた。
「うっせぇ!俺が先に見つけた場所だ!生意気!!」
突き飛ばされた。
3つの年の差は体格が違いすぎて、簡単にブッ飛んだ。
尻餅ついて、咄嗟についた手のひらを擦った。
表面全体に痛みが走る。
「……っつぅ~」
歪めた顔を上げると、春平が真顔で俺を見たあと6年の奴らを見た。
無表情なその顔に二人はさらに眉間にシワをよせた。
「なんだ、こいつ。ガン飛ばしてきやがる」
「まだ俺らに歯向かうわけ?」
違う。
春平のそれは睨んでいるわけじゃない。
本来、温厚である春平をケンカでケガさせたくなくて、俺は力いっぱい叫んだ。
「逃げろ!逃げろ、春平!!」
真顔を崩さず、春平は俺を見下ろした。
「で……でも、」
「いいから!お前は逃げろ!!」
ケンカとかしたことないような春平がブッ飛ばされるのを、防ぎたい一心だった。
6年の二人は自分達が形成有利と悟って、ニヤついた。
「おい、逃げられると思ってんのか?」
一人が春平の肩を掴んだ
その瞬間だった。
急に景色が変わった。
────ドッ
……と。
視界に入る色が変わった。
はじめは春平が漏らしたのかと思った。
違う。
液体ではない固形物。
量も異常。
虫が湧いたのかとも思った。
春平の足元に大量の
こんぺいとう
こんぺいとう
こんぺいとう
こんぺいとう
こんぺいとう
こんぺいとう
こんぺいとうの池となる。
池には飽き足らず、それは山となった。
こんぺいとうの山の中心に春平一人。
膝まで埋まるほど溢れ出てくる色とりどりのこんぺいとう。
「う…うわあああぁぁぁぁっ!」
「なんだこれっ!?」
春平に触れていた手を勢いよく離し、因縁をつけてきたはずの二人はあっという間に逃げていった。
俺は立ち上がれなかった。
腰を抜かしたまま、こんぺいとうの山の真ん中に突っ立っている春平を見上げるだけだった。
「しゅ……ぺい、これは?」
「……ごめん」
春平は表情ひとつ変えず、俺を見下ろす。
さっきみたいな一瞬に大量はないけど、余韻かのように一粒一粒が時々出てきて、こんぺいとうの山に積もり、山が少し崩れた音が耳についた。
「ごめん」
謝る春平。
何が何やらわからなかった。
なのに、こんなわからないことが起こったのに真顔でいられる春平に背筋がゾクッとした。
……なんで?
恐怖を覚える。
「どうして……急に、このこんぺいとうは!?」
「オレから出たもの」
春平から出てきたこんぺいとう。
全部?
腕が震えた。
「じ…じゃあ……」
「……」
「じゃあ……オレが今まで食べてきたのは……」
声も震えた。
春平はただ黙っていた。
俺は唾を飲んだ。
「気持ち悪い」
やけにハッキリと、自分の声が響いた。
「お前の体からこんぺいとう出るとか変だ…。俺はそれを今まで食べてたとか思うと……」
呼吸が上手くできないのに、声はハッキリと出せた。
「……キモいよ」
春平は黙って、俺を見ていた。
「ごめん」
もう一度そう言った春平はこんぺいとうの山から足を抜いた。
山は完全に崩れて広がった。
春平は帰ってしまった。
立てない俺と大量のこんぺいとうを残して。
どうするんだ…これ。
俺は置いてきぼりのたくさんのこんぺいとうをどうすることもできなかった。
…──
春休み、進学級が始まらない間は、ヒマだ。
昨日の春平のアレは何だったのか……
部屋で寝転がりながら、昨日のことを思い出す。
「……」
一人で考えても時間のムダだと思った。
……だから、
「春平!鬼ごっこするぞ!」
春平の家に行き、そう言った。
玄関で出迎えてくれた春平は返事もせずに黙っていた。
「春平?」
「なんで?」
うつむく春平がボソッと言った。
「なんでまた来たんだ?」
「なんでって……昨日のこと最後まで教えてもらってねぇし!」
「……」
「でも正直、ワケわかんないし」
「……」
「だからとりあえず鬼ごっこしよう!」
「……」
「オレはモーレツに鬼ごっこの気分だ!!」
「オレのこと……」
「え?」
「キモくない?」
「……え」
それは昨日、オレが言ったこと。
確かに言ったこと。
でも、昨日のこんぺいとうがいまいちわからないから、まずは鬼ごっこをしたいと思ったのは確認と確信があったから。
だから、
「オレは、春平と遊びたい!」
こんぺいとうを気持ち悪く思っても、春平を恐く感じても、俺は春平が嫌いだなんて一ミリも思わなかったんだ。
深く考えるのが苦手な俺はただ感じるまま、春平に会いにきたんだ。
まだ玄関で立ち尽くしている春平は俺を見ていた。
「……本当?」
「なにが?」
「本当に遊んでくれる?」
「……え、なんで」
「昨日みたいなこと、あったし……これからもあるかもしない。いつも…いつも……こんぺいとう、出ちゃうけど……そんなオレと……遊んでくれる?」
すぐに頷いた。
「こんぺいとうが本読んだり、こんぺいとうがロープ結んでくれたわけじゃねぇし」
溢れた。
涙。
俺は昨日以上に言葉を失った。
初めて春平の表情が崩れたのだ。
「うぅー、レンちゃん……」
俺の名前を呼んで、春平は泣いた。
涙。
涙
涙
涙
涙。
「ごめん……ごめん、レンちゃん」
ポロポロと、
ポロポロ、ポロポロ。
そうやってこぼれていく涙を見て、俺は急に理解できた。
昨日のこんぺいとうは……『これ』だったんだ。
「お、おれ……レンちゃんつき飛ばされて……こわくて、でも何もできなくて」
「何いってんだ?そんぐらい……」
「おれ……おれ……何もいえないまま、驚かせて……ごめん、……レンちゃん……ごめん」
ぐちゃぐちゃに泣いている春平はこんぺいとうひとつも落とさず、涙を落とし続ける。
謝る春平に俺も何か言わないとって思うのに、泣く春平に驚きすぎて言葉が浮かばない。
「レンちゃん、ありがとう……」
「え?」
「ありがとう……ありがとう、レンちゃん」
「……春平」
そこから結局、春平と長い付き合いになるわけだが、泣いた春平を見たのは後にも先にもこの時だけだった。
……――――
あの時のことを思い出すと、顔から火が出んじゃねぇかってくらい、恥ずかしい。
過去の自分のパッパラパーな具合に泣きたくなる。
何にも考えてなさすぎだろ……俺。
せめて『キモい』っつったことを謝っておきかったと後悔してみても、もう過去のこと。
時が経ちすぎて、一緒にいすぎて、今さら言い出せないし、今さら謝ったところで自分のための自己満足にすぎないんじゃないかと、余計に恥ずかしくなる。
それでも春平は一緒に遊んでくれたわけだから、俺は春平に頭が上がらない。
ホント……春平はすげぇ奴だよ。
俺なら、そんな心の広さは無理だ。
初めて会った時は絶対仲良くなれねぇって思っていたのに、今じゃ高校も一緒なんだから不思議な縁だ。
「春平」
「ん?」
「こないだのあの子……面白い子だったな?」
「……こないだ?」
「えーっと、ほら…奏ちゃん!」
「…………塚本な」
帰り道。
中学・高校と上がるごとに昔ほど分かりやすくツルむこともなくなったが、たまにこうして一緒に帰る。
家が同じ方向なんだからしょうがない。
いつもはどうでもいいようなテレビとかの話だが、今日はクラスの女の子が初めて話題に出てきた。
物珍しくしている俺とは裏腹に春平は無表情だ。
「……確かに変な奴だ」
「何をそんな気に入られちゃったんだろな」
「……」
ふいに春平が無言になって俺は『あれ?』と思ったのと同時にピンときた。
「春平……お前もしかして、あげてんの?」
「……何が」
「こんぺいとう」
「……」
春平が俺から視線を外すように真っ直ぐ前を向いて歩く。
春平はこんぺいとう体質と試行錯誤の結果、なんとなく人との距離を覚えていった。
貰えないとなると、人って余計に欲しくなるものだから、一回目はあっさりと他人に渡したりする。
そうすれば案外もうこんぺいとうをねだられることはない。
春平も二回目からはこんぺいとうを渡すことをやめる。
……だけど春平のこの様子からいって、どうやらあげたのは一回だけじゃなさそうだ。
「マジかよ!」
「……塚本は……しつこいから」
「そんなに!?」
「俺も……まぁ、減らしてくれる分には…助かるし」
春平がこんぺいとうをあげている。
しかも女の子に。
ボソッと呟いた春平に俺はますます珍しいものを見た気分になった。
「……俺、もう貰ってねぇのに」
思わず呟いた自分の言葉に俺は今度は焦った。
そんなもん、自業自得に決まってんだろ。
でも急に寂しい気持ちになったというか。
そう思った自分にも焦った。
今でこそ自分が『キモッ』ってやつだ。
視線を外していた春平がこんなときに限って俺を真っ直ぐ見やがる。
ジーッと見たあと、春平はまたポツリと言った。
「お前はこんぺいとうあげなくても、大丈夫」
「……は?」
「こんぺいとうをあげなくなると、俺の表情とか雰囲気で、人は離れていくけど……お前は違うだろ」
「……」
「こんぺいとうがあろうと、なかろうと……お前とは親友だよ……親友になれてた…と思う」
「……」
「それとも、こんぺいとうあげなきゃ……俺を嫌いになるか?」
表情変えないのは仕方ないことだとしても、真っ直ぐ言いやがって……
……こいつには照れというものがないのか。
だけど負けじと俺も真っ直ぐに笑顔で言ってやった。
「別に。関係ねぇし」
「うん。そう言うと思った」
春平は再び前を向いて、歩く。
だからお前には敵わないってんだよ。
本当に。
「菊池……ところでお前…さ、」
「なんだよ」
「あいつ」
「あいつ?」
「あいつのこと……」
「だから誰?」
「…………塚本」
「あぁ、奏ちゃん?」
「……」
「何?」
「あいつのこと……そう呼んでるわけ?」
「……は?」
「名前で」
「……へ?何が?」
「……何でもない」
こんぺいとうが出てきたらしく、春平はそれを口に入れた。
……何だ?
……
……あぁ!
ニヤッと口元が緩んだ。
「何、嫉妬してんだよ」
こんぺいとうがカツンと地面に落ちた。
「呼びたかったら、お前も呼べば?」
「……何が」
「下の名前で。『奏』って」
カラ
カラカラン、コロン
アスファルトに落ちていくこんぺいとう達。
おー、動揺してるしてる。
笑いをこらえようにもこらえきれず、クックックッと声が出た。
意外な展開。
へー…こいつも恋したりするんだ。
俺が笑っているのが気に食わないかのように、ジッと俺を見る。
無表情だけど、睨みたいのがわかる。
俺が笑っているのは可笑しいのもあるが、どこか嬉しい気持ちもある。
春平も恋をするんだ。
それが春平にとって良い影響となればいいと願う。
たった一度だけ泣いた春平を知っているだけに、もっと我慢せずに表情に変え、こんぺいとうが減っていけばいいのにと願うのだ。
あの奏ちゃんは春平に変化を与えてくれるだろうか。
春平が誰かにこんぺいとうをあげたいと思えることだけで、充分の進歩なんだから。
「……何、笑ってるんだ」
いよいよクレームを言われた俺はやっぱり笑った。
「いやいや!春平ってピュアだなって!!」
「あ?」
「奏ちゃんの名前がまだ恥ずかしいなら、とりあえず俺で練習してくれてもいいよ?」
「は?……菊池…の何?」
「久々に俺の名前も呼んでみろよ!『レンちゃん』」
一瞬固まったあと、春平はそっぽを向く。
「……こども時の話だろ?」
恥ずかしくなったのか、春平は俺のあだ名を言わなくなった。
それと同じように、俺も恥ずかしくて言わなくなったことがある。
でも、言わなくても今もハッキリと、そう思っている。
お前は『サイコーのあいぼう』だって。
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