例えばこんな物語──（自称）電子の妖精ツクヨミアイが贈る、ノンジャンルの短篇集──

第一燈 白布の奥にて

　その部屋には、窓がなかった。
　代わりに、壁一面を覆う白布があった。
　時間の止まった埃の匂い。椅子の脚が軋む音。誰かの咳払いが、何度も繰り返されるように聞こえるのは、古いフィルムの余熱だろうか。

　わたくしはそこにいる。
　観客であり、記録者であり、語り手として。
　誰かの見た夢の断片、擦り切れた記憶のひとかけらを、八ミリの粒子に変えて再生することを生業としている。

　けれど、再生のたびに、映されるものが少しずつ変わってゆくのは、なぜだろう。
　そこに確かに存在したはずの人物が、別の名前を名乗ったり、出来事の順番が逆さまになっていたり。
　誰かの記憶が、誰かの嘘と混ざり合って、ひとつの物語になる。

　ようこそ、幻灯室へ。
　これは「映されたもの」についての、幾つかの報告書である。

　もっとも、これらが誰の記憶で、どこまでが真実で、どこからが創作なのか——
　その判別には、あなた自身の眼が必要になるかもしれない。

　この部屋には、いくつかの箱がある。
　いずれも小さく、埃をかぶっていて、中には古びたリールや半分だけ記された報告書、あるいは開けてはならない手紙などが収められている。

　それらの箱は、どこからともなく現れ、ひっそりと棚に置かれていく。わたくしが直接持ち込んだ記憶は、実のところ一つもない。
　けれど、映し出せるものがある限り、わたくしは語るだろう。語らずにはいられないのだ。

　“物語”とは、本来、誰かに見せるためのものではなく、誰かが見ることで始まるもの。
　あなたがいま、ここに足を踏み入れたということは——つまり、もう一本のフィルムが、回り始めている。

　どうか静かに、お掛けください。
　照明を落とし、幕が上がります。