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第5話 星空を分けあう夜①
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空の旅は、いつだって自由で気まぐれである。byぼく
〇月×日。晴れ。
今日もぼくは空飛ぶ夢舟“エアリアル号”に身をゆだね、果てしない空を流れるように進んでいた。
先日に続き、本日も快晴。最近雨が降った記憶はなく、至って順調な旅を続けている。
ここ数日、夢片の気配はない。
まあ、もとが気ままな旅である。回収するべき対象がないのであれば、別に急ぐ必要はない。目に見えない操舵手“シルフィ”に舵取りを任せ、ぼくは甲板の上から広がる景色を見ながら、ひとつ伸びをした。
......さすがに連日の移動で、少し疲れがたまってきていた。
いや、舟を操縦しているのはシルフィだし、ぼくは気ままに食っちゃ寝しているだけなんだけども。
辞めたとは言え、元は人間。数日間、地に足がついていないと、なんだか妙に気疲れしてしまうのだ。
補給の問題もある。飲み水や食料品、調理に使う香辛料のストックも、そろそろ心許なくなってきている。
配達人である以上、最低限の飲み食いすら必要がないのだけれど、ぼくはきちんと三食食べてきちんと寝ないと力が出ないのだ。その気になればエアリアル号を降りて、数日間歩き通すことも可能ではあるが、一度この暮らしに慣れてしまった以上、やれないだろう。というか、やる気もないし。
とまあ、そんな感じで、どこか適当な町や村でもないかなあと思い、周囲を見渡していたのだった。
──そんな祈りが通じたのか、ふと見下ろした湖のほとりに、目が留まった。
透明な水面が太陽の光を受けて煌めき、柔らかな風が水面を撫でている。
──よし、決めた。今日はここをキャンプ地としよう。
少しの休息を取るにはお誂えの場所だ。水浴びや飲料水の補給も出来そうだ。野草や樹の実、食べられそうな果実なんかもあれば最高である。
そうと決まれば、ことは急げというやつだ。ぼくはシルフィに指示を出し、ゆっくりとエアリアル号を降ろすのだった。
ぼくはルア。風読みのルア。
同僚からは“渡り鳥”なんて呼ばれたりもするけれど。
今日の渡り鳥は、ここで休息だ。
※※※
あたりを付けたそこは、文字通りの“当たり”であった。ダジャレではない。
舟は湖のすぐそばに静かに浮かび、木々のざわめきと水のさざめきが心地よい調和を奏でている。
甲板から地面に降り立つと、濃い緑の匂いが鼻腔を満たし、周辺からは小動物の気配を感じた。
──うん、実にいい。
見たところ人の手が入ったような跡もないし、こういう秘境めいた場所を探し当てられるとは、今日のぼくは非常にツイている。
手に持っていた水瓶に湖の水を満たし、透明度の高いそれを口に含む。冷たく澄んだ水が喉を通り抜けると、体の内側から元気が湧いてくる気がした。
時間を掛けて各地を回る配達人にとって、こうした綺麗な水場というのはかなり重要だ。数日ぶりの水辺では、やることが山積みで、優先順位を決め、順番に片付けていく必要がある。
まずは飲料水の確保。次に数日分の肌着の洗濯。空の上ではおざなりにしていた食器類の洗浄を終えたら、最後はぼく自身。
半分精霊に近い体質で、人間に比べて代謝が極端に少ないとはいえ、付着した見えない汚れや埃は洗い流す必要がある。......まあ、無機物ではない以上、僅かながらに汗もかくので、数日分溜まったそれを放置出来るほど、ぼくは無沈着ではないのだった。
そうして到着してからしばらく経つと、エアリアル号の甲板には、ある程度きれいになった洗濯物と食器類とがずらりと並び、日光と自然の風で乾燥を待つばかりになった。食器は乾いた布で拭けば問題ないが、衣類に関してはきちんと乾かす必要がある。これに関しては、ある時、急いた結果大半の衣類が生乾きとなり、地獄を見たことがあったのだ。......うん、いや本当に、経験が生きたな。
ぼく自身も外套と白シャツを脱ぎ(さすがに下は履いているが)、肌着の状態で、先ほど仕入れたばかりの湖の水を使ったハーブティーを飲んでいた。勿論、既に全身さっぱりしている。その辺の描写については、特に面白いものでもないので割愛させていただこう。
グラスを簡易テーブルに置き、空を見上げると、到着した時はまだ日が高かったが、作業の間にいくらか傾き、しばらくすれば空に朱が混じり始める頃合いだった。出来れば、暗くなる前に、食べられそうな野草や樹の実なども探したいところである。
──もう少ししたら、活動再開かな。
そんなことを考えるぼくの頬を風がやさしく撫で、疲れをそっと包み込んでくれた。
※※※
グラスの中身もなくなり、日はまた少し角度を変えた。
そろそろ動こうか、と考えた、そんな時。
ふと、風の流れに変化があることに気づく。ほんのわずかな気配。
それは決して見えるものではないけれど、ぼくにはわかる。“風読み”は、ただの勘じゃない。空気の流れ、匂い、音、そしてその先にいる存在の気配までも読み解く術だ。
誰かが近づいている。
警戒するほどの気配ではない。むしろ、自然で穏やかな存在だ。ぼくは目を細め、風の流れを追う。やがて、湖のほとりの茂みの影から、ゆっくりと一人の少女が姿を現した。
背が高くはないが、しっかりと地に根を張るような落ち着いた雰囲気をまとっている。服装はシンプルで、自然の色合いに溶け込むような緑や茶色を基調にしていた。まるで地の精霊のように穏やかで力強い。
「......はじめまして。ルアさん、ですよね?」
彼女の声は静かで、でも確かな意思を含んでいた。ぼくは軽く頷き、口を開く。
「そうだよ。はじめまして。きみは?」
「リアン。あなたと同じ配達人です。あなたの舟が湖に降りるのを見て、どうしても気になって追いつきました」
リアンと名乗った少女はそう言って、にこりと笑った。
「それと」
?
「服。着ないとそろそろ寒くなりますよ」
あ。
*****
同期の配達人より
「
風読みのルア? ええ、知ってるわ。いいけど、何が聞きたいの? ......「どんな人か」、と言われると困るわね。ただまあ、一言で言うなら、ズボラ、じゃない? 基本的に夢舟の上で食っちゃ寝しているわ。
......いやいや、本当なのよ。それかお茶を飲んでいるか、甲板から空を眺めているか。独り立ちしてからこっち、あまりギルドに立ち寄らないから、知らない人が多いのだけど、割と適当な性格してるわよ。
けど、仕事に関しては優秀ね。特に夢片の回収率はトップじゃないかしら? これは彼女の能力が索敵に特化しているっていうのもあるけれど。それと夢舟召喚の最短記録も、未だに破られていないんじゃなかった? まあ、“あれ”は反則だから、カウントしちゃ駄目かもしれないけどね。
それと、わたしも伝えてはいるのだけど、もう少し着飾るか、ケアをするべきね。せっかく可愛いのに、いつも機能性重視とか言って同じ格好してるんだもの。また会った時にでも教えようかしら。
──え? ああ、あなた会ったことがないんだったわね。
彼女、女よ?
」
〇月×日。晴れ。
今日もぼくは空飛ぶ夢舟“エアリアル号”に身をゆだね、果てしない空を流れるように進んでいた。
先日に続き、本日も快晴。最近雨が降った記憶はなく、至って順調な旅を続けている。
ここ数日、夢片の気配はない。
まあ、もとが気ままな旅である。回収するべき対象がないのであれば、別に急ぐ必要はない。目に見えない操舵手“シルフィ”に舵取りを任せ、ぼくは甲板の上から広がる景色を見ながら、ひとつ伸びをした。
......さすがに連日の移動で、少し疲れがたまってきていた。
いや、舟を操縦しているのはシルフィだし、ぼくは気ままに食っちゃ寝しているだけなんだけども。
辞めたとは言え、元は人間。数日間、地に足がついていないと、なんだか妙に気疲れしてしまうのだ。
補給の問題もある。飲み水や食料品、調理に使う香辛料のストックも、そろそろ心許なくなってきている。
配達人である以上、最低限の飲み食いすら必要がないのだけれど、ぼくはきちんと三食食べてきちんと寝ないと力が出ないのだ。その気になればエアリアル号を降りて、数日間歩き通すことも可能ではあるが、一度この暮らしに慣れてしまった以上、やれないだろう。というか、やる気もないし。
とまあ、そんな感じで、どこか適当な町や村でもないかなあと思い、周囲を見渡していたのだった。
──そんな祈りが通じたのか、ふと見下ろした湖のほとりに、目が留まった。
透明な水面が太陽の光を受けて煌めき、柔らかな風が水面を撫でている。
──よし、決めた。今日はここをキャンプ地としよう。
少しの休息を取るにはお誂えの場所だ。水浴びや飲料水の補給も出来そうだ。野草や樹の実、食べられそうな果実なんかもあれば最高である。
そうと決まれば、ことは急げというやつだ。ぼくはシルフィに指示を出し、ゆっくりとエアリアル号を降ろすのだった。
ぼくはルア。風読みのルア。
同僚からは“渡り鳥”なんて呼ばれたりもするけれど。
今日の渡り鳥は、ここで休息だ。
※※※
あたりを付けたそこは、文字通りの“当たり”であった。ダジャレではない。
舟は湖のすぐそばに静かに浮かび、木々のざわめきと水のさざめきが心地よい調和を奏でている。
甲板から地面に降り立つと、濃い緑の匂いが鼻腔を満たし、周辺からは小動物の気配を感じた。
──うん、実にいい。
見たところ人の手が入ったような跡もないし、こういう秘境めいた場所を探し当てられるとは、今日のぼくは非常にツイている。
手に持っていた水瓶に湖の水を満たし、透明度の高いそれを口に含む。冷たく澄んだ水が喉を通り抜けると、体の内側から元気が湧いてくる気がした。
時間を掛けて各地を回る配達人にとって、こうした綺麗な水場というのはかなり重要だ。数日ぶりの水辺では、やることが山積みで、優先順位を決め、順番に片付けていく必要がある。
まずは飲料水の確保。次に数日分の肌着の洗濯。空の上ではおざなりにしていた食器類の洗浄を終えたら、最後はぼく自身。
半分精霊に近い体質で、人間に比べて代謝が極端に少ないとはいえ、付着した見えない汚れや埃は洗い流す必要がある。......まあ、無機物ではない以上、僅かながらに汗もかくので、数日分溜まったそれを放置出来るほど、ぼくは無沈着ではないのだった。
そうして到着してからしばらく経つと、エアリアル号の甲板には、ある程度きれいになった洗濯物と食器類とがずらりと並び、日光と自然の風で乾燥を待つばかりになった。食器は乾いた布で拭けば問題ないが、衣類に関してはきちんと乾かす必要がある。これに関しては、ある時、急いた結果大半の衣類が生乾きとなり、地獄を見たことがあったのだ。......うん、いや本当に、経験が生きたな。
ぼく自身も外套と白シャツを脱ぎ(さすがに下は履いているが)、肌着の状態で、先ほど仕入れたばかりの湖の水を使ったハーブティーを飲んでいた。勿論、既に全身さっぱりしている。その辺の描写については、特に面白いものでもないので割愛させていただこう。
グラスを簡易テーブルに置き、空を見上げると、到着した時はまだ日が高かったが、作業の間にいくらか傾き、しばらくすれば空に朱が混じり始める頃合いだった。出来れば、暗くなる前に、食べられそうな野草や樹の実なども探したいところである。
──もう少ししたら、活動再開かな。
そんなことを考えるぼくの頬を風がやさしく撫で、疲れをそっと包み込んでくれた。
※※※
グラスの中身もなくなり、日はまた少し角度を変えた。
そろそろ動こうか、と考えた、そんな時。
ふと、風の流れに変化があることに気づく。ほんのわずかな気配。
それは決して見えるものではないけれど、ぼくにはわかる。“風読み”は、ただの勘じゃない。空気の流れ、匂い、音、そしてその先にいる存在の気配までも読み解く術だ。
誰かが近づいている。
警戒するほどの気配ではない。むしろ、自然で穏やかな存在だ。ぼくは目を細め、風の流れを追う。やがて、湖のほとりの茂みの影から、ゆっくりと一人の少女が姿を現した。
背が高くはないが、しっかりと地に根を張るような落ち着いた雰囲気をまとっている。服装はシンプルで、自然の色合いに溶け込むような緑や茶色を基調にしていた。まるで地の精霊のように穏やかで力強い。
「......はじめまして。ルアさん、ですよね?」
彼女の声は静かで、でも確かな意思を含んでいた。ぼくは軽く頷き、口を開く。
「そうだよ。はじめまして。きみは?」
「リアン。あなたと同じ配達人です。あなたの舟が湖に降りるのを見て、どうしても気になって追いつきました」
リアンと名乗った少女はそう言って、にこりと笑った。
「それと」
?
「服。着ないとそろそろ寒くなりますよ」
あ。
*****
同期の配達人より
「
風読みのルア? ええ、知ってるわ。いいけど、何が聞きたいの? ......「どんな人か」、と言われると困るわね。ただまあ、一言で言うなら、ズボラ、じゃない? 基本的に夢舟の上で食っちゃ寝しているわ。
......いやいや、本当なのよ。それかお茶を飲んでいるか、甲板から空を眺めているか。独り立ちしてからこっち、あまりギルドに立ち寄らないから、知らない人が多いのだけど、割と適当な性格してるわよ。
けど、仕事に関しては優秀ね。特に夢片の回収率はトップじゃないかしら? これは彼女の能力が索敵に特化しているっていうのもあるけれど。それと夢舟召喚の最短記録も、未だに破られていないんじゃなかった? まあ、“あれ”は反則だから、カウントしちゃ駄目かもしれないけどね。
それと、わたしも伝えてはいるのだけど、もう少し着飾るか、ケアをするべきね。せっかく可愛いのに、いつも機能性重視とか言って同じ格好してるんだもの。また会った時にでも教えようかしら。
──え? ああ、あなた会ったことがないんだったわね。
彼女、女よ?
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