死に損ないの春吹荘 

ちあ

文字の大きさ
25 / 64
四章 ……学校ってこんなんだっけ?

不安と、虚勢

しおりを挟む
 電話からしばらく経った頃。ようやく、クラスの扉が開く。
「わりぃ」
 謝る気など一ミリも無い様子で、言葉だけで彼は謝る。
 クラスにはもう、自分と理人以外誰もいない。
「で?なんだい、センセー?僕、自慢じゃないけど補習を受けるよーな点数はとってないぞ?」
 宵衣は、わからないと言いたげに首を傾げて見せる。
 理人は、「いーや違う」と言って、笑いかける。
 ……嫌な予感がするなぁ?
「今週の、カウンセリングだ」
「いらないって言わなかったかにゃ?」
 カウンセリングなんていらないし、どーでもいい。
 なんなら、テストの方が断然マシだにゃ!
「問答無用なんだよ、こーゆーのは。やらなきゃ、俺がお局にぐちぐちと文句を言われるんだよ……」
「あははっ、大変だにゃ~♪」
 ボクは揶揄うように、センセーに笑みを見せる。センセーは呆れたようにため息をついて、先ほど入ってきたばかりの扉にまた手をかける。
「あははじゃねぇの……。とりま(とりあえず、まぁ)、残っとけよ」
「別に構わないが、どこへゆくのだね?」
 素直に謎だな。
 センセーに待ってろよ~と言われて、はや十五分は多分すぎてるぞ?
「ん?あぁ、職員室。ちょっと、荷物置いてくる。ついでに、プリントとか持ってくっから、そこらへんでグータラしてていいぞ」
「グータラって、キョーシが言っていいのかわからないけど、なぁ、飴食べていーか?」
 ボクはポケットから食べようか迷っていたキャンディーをボトボトっと落とす。
 チュッパチャップスとか言う飴が三本と、小包装された飴が二つ、ボクの机の上に散らばった。
「もう出してんじゃねぇか。まぁ、見つかんねーよーにしろよ~」
「いいってことだにゃ?」
「まぁ、そーゆーことだ。言ったら語弊あるから、遠回しにしてんだ、気が付けや、ボケ」
「生徒にボケとはいいのかにゃ~?」
「へぇへぇ、内申点やるから黙ってろ」
 めんどくさそうに、ボクの相手をセンセーはする。ほんと、露骨だにゃぁ……。
「やったにゃっ!あ、でも、屋上の鍵の方がいい~。 内申点は生活面以外は完璧なのだし~」
 屋上は申請しないと立ち入り禁止だし、申請は生徒会の方が通りやすいからにゃー。
 フツーにいつでも入れるようにしたい! 無論、アイツらは締め出す。
「ちぇっ、うぜぇ……。屋上の鍵な?わーったから、大人しくしてろよ」
「はぁい♪あ、あと、タバコは、匂いがつかない程度にしたほうがいいと思うぞ」
ギクっ
「! わかってるわ!」




 センセーが持ってきた、回答用紙と睨めっこをする。
 ……心理学はわからない。数学なんかの無機質なものを極めすぎたから。
 間の過程なんてどうでもいい。答えさえあれば。正しい答えを延々求められたから。
 差し出された用紙を見て、ぼんやりと考える。
 答えのない問題なんか、解けないよ。
 ……きっと、もう少し前のボクは解けたかもしれないけど~。
「問4の回答……森出会った動物は、アリ?」
「あぁ、蟻だよ。ちっこいのがちょこちょこってね」
「……嘘つくな?こーゆーのは、本心書いてくんなきゃ困るから」
「……本心を出すなんて無理だよ」
「ミョーな言い方すんじゃねぇ。いつも見たく、ウゼェくらいに堂々としてやがれ。 で、本当はなんだ?」
「犬」
「犬?小型犬か、中型犬か、大型犬か、どれだ?」
「シベリアンハスキー」
「はぁっ?」
「狼みたいな、犬ってことだよ。というかシキは、シベリアンハスキーだぞ!大きくて、もこもこしててな。 でも、妙に懐っこいんだ。一緒に歩いてくれて、ずーっと隣にいてくれるんだ」
 そう、ずっと、ずーっと。なにがあっても、決して離れはせずに隣にいてくれるんだ!
 そうだ。想像の中に出てきたのは、紛れもなく、シキ。彼だった。
 空想の中の森でさえ、隣で寄り添ってくれる。いつも、いつまでも。寂しい時も、悲しい時も、孤独な時も、いつだって、きっとそうなんだ。
 これから、先も、今だって、ずっと。隣にいてくれる……はずなんだ。
 シキは、ボクを置いて何処かに行かないって信じてるもの。
「いっつも、隣にいてくれるシベリアンハスキーが出てきたんだ。寂しい時も、どんな時も、ずーっとな♪」
「……、お前、まだ……」
「ん、なんだい?」
 窓際の席から、廊下側の席に座る理人を宵衣は見つめる。
 夕日が、後ろからそんな宵衣を照らす。
 いまの宵衣の表情は、あの時の、**で見た寂しげな、切なげな、大切なものを取られてしまった子供のような姿によく似ていた。
(俺は、俺は……「お前は、まだ、忘れられてないのか?」そんなこと、もう、言えるわけない。だって、答えは、決まってるんだから。
 答えは、きっとーーー)
「いや、なんでもねー。これは、心配度を表すやつだな。シベリアンハスキーってことは、かなりストレスや、悩み、心配事があるってことだ」
「ちぇ、嘘つくべきだったか……」
 宵衣が小さく舌打ちをする。
「嘘つくなぁ~? じゃあ、次だ。問五。もう、口述な。おまえ嘘つくもん」
「あーい」
「お前は、森の中を歩いている。隣にいるのは、誰だ?直感でいい」
「シベリアンハスキー!」
「人間だよ……」
「んんー?シベリアンハスキーしか思い浮かばないなぁ」
「はぁ……。アイツだな、りょーかい」
「違うぞ、シベリアンハスキーだ! 一応、シキとは言ってない!そして勝手に擬人化するなっ?!」
 宵衣は、自分からシベリアンハスキーと言っておきながら、理人の書こうとすることを否定する。
 一見すると、とても楽しげな、明るく聞こえるこの会話。
 でも、シベリアンハスキーと明るく、元気そうに連呼する声とは裏腹に、彼女の目は、昏く沈んでいて。彼女の心の闇が垣間見えるようで。
 今にも泣き出しそうな、あの時の顔を嫌でも思い出してしまった。
 そして、昏く沈んだ瞳は、今にも泣き出してしまいそうな、脆くて壊れてしまいそうな、そんな危うさをちらつかせていた。
「へぇへぇ」
「おい、唯一友達でいてくれた人とか書くんじゃない。ひどいじゃ無いか、ボクにだって友達はいるぞ!」
「へぇ、だれだよ?」
「シベリーーー」
「そのネタはもういいわ」
「ちぇっー。 クーちゃんは、もう友達だぞ?れっきとした、な」
 むすっとしつつも、宵衣は答える。
「あー、はいはい。そーゆー事にしときますよ」
 そんな回答を適当に受け流した。
「絶対テキトーにゃっ」
 宵衣が少し怒って、腕を軽くポカポカ叩く中、理人が悲しげな瞳を見せたのは、誰も気がつかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

after the rain

ノデミチ
青春
雨の日、彼女はウチに来た。 で、友達のライン、あっという間に超えた。 そんな、ボーイ ミーツ ガール の物語。 カクヨムで先行掲載した作品です、

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...