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1巻
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しおりを挟む1話 錬成堂グランキャット
カラン、コロン。
お店の扉の開く音。
リオンが来たんだ。
僕は目の前にいる黒猫を撫でるのをやめて、お店の入り口まで出迎えにいった。
「リオン、おはよ!」
「おはよう、ノエル。いつもお出迎えありがとな。で、パパは? いつものところか?」
リオンはそう言って、僕の目の前に中身がパンパンに詰まっている麻袋をドサッと置いた。
彼はリオン・ブラックウェル。僕のお父さんの仕事仲間である冒険者で、二十歳過ぎの頼れるお兄さんだ。
「うん、パパまたかくれんぼしてる。十時になったら僕がおーぷんにするから大丈夫だよ!」
僕はニッと笑う。
「ノエルは本当にお利口さんだなー。三歳にしてはめちゃんこハキハキしゃべるし、賢いよな~」
僕の頭をヨシヨシと撫でるリオン。
僕は「えへへ、僕、すごいもんね♪」と誤魔化しつつ、内心ドキッとしていた。
あれ、三歳くらいになったらもうペラペラしゃべってもいいと思っていたけど、まだダメなのかな。赤ちゃんって、難しい。
リオンがカウンターの上から裏側をガバッと覗き込んだので、僕も一緒になってカウンターの横からひょこっと覗き込む。
すると、カウンターの下で膝を抱えているお父さんと視線が合った。
「……俺、今日こそここで一日をやり過ごしてみせる」
謎の決意を固めてそう宣言するお父さん。
僕は思わず「ぷっ」と噴き出した。
「そう言ってやり過ごせたことないだろ、ジル?」
リオンはもうこのやり取りには慣れっこだといわんばかりの顔で、お父さんにそう言った。
「お前が店の看板を『OPEN』にしていくからだろ……」
「俺じゃねぇし。ノエルが毎日ひっくり返してんだもんなー?」
僕は「なー」と相槌を打ってキャッキャと笑った。
「うちの子のせいにすんな。ノエルを巻き込むな」
僕、OPENにしたがらないお父さんに代わって自分から看板をひっくり返しに行ってるんだけど。そういう意味では、お父さんが悪いような気がするよ……?
「分かったから、今日の分の素材、こん中入れていくからな」
リオンはお父さんの文句を軽く流すと、目の前にあった木箱の中で麻袋を逆さまにして振った。
信じられないくらいたくさんの薬草や木の蔓が、麻袋の中から木箱の中へと落ちていく。
木箱もまた、絶対に入り切らない大きさなのに、ブラックホールのように素材を吸い込んでいった。吸い込まれた素材は木箱の隅の方でキュッと縮こまっている。
「まどーあっしゅくってすごいね」
「な。魔導圧縮、すげぇ技術だよ」
〝魔導〟という仕組みはよく分からないけれど、リオンの持っていた麻袋もこの木箱も物を圧縮することができる。人体には反応しないから、驚きだ。
リオンは返事のないお父さんを気にもとめないで、お店の隅に置いてあった別の木箱をヒョイっと持ち上げる。
「これ、今日の納品用のアイテムだろ? 持ってっとくからな」
「……頼むー」
カウンターの裏からお父さんが小さく返事をした。
「じゃあな、ノエル。俺もう行くから。さっきも言ったけど、時計の短い針が十になったら、入り口のあれ、ひっくり返すんだぞ?」
「うん、十時でおーぷんだよね。僕、分かるよ♪」
「ヨシヨシ、本当にノエルは賢くていい子だな。じゃあ、また明日な」
「リオン、ばいばーい!」
全身で手を振ってリオンを見送ると、僕は黒猫のくろすけと一緒に時計の前で座って待機した。
暇つぶしにくろすけを撫で撫でする。
「くろすけ、いい子いい子~」
「ごろにゃ~」
十時になったら、この『錬成堂グランキャット』がオープンする。なんのお店かと言うと、ズバリ錬金術のお店。
お父さんの仕事は主に三つ。
一つ、隣の道具屋へ回復薬やらのアイテムを〝納品〟。
二つ、お店に錬金の材料を持ってきたお客さんの〝錬金代行〟。
三つ、お店に来たお客さんの武器や防具に注文されたバフ効果を〝錬成〟。
この納品、錬金代行、錬成がお父さんの錬金術師としての仕事内容だ。
お父さんは一度お店を閉めようとしたらしいけど、僕を養うためにお店を続ける決心をしてくれた。
ちょっとやる気なさげに見えるしあんま楽しそうじゃないけど、なんだかんだ毎日ちゃんとノルマはこなしている。
「んにゃ!」
くろすけが時間が来たことを知らせてくれた。
「十時だ!」
僕は立ち上がってくろすけと一緒にお店の外に行き、『CLOSE』の看板をひっくり返して『OPEN』にする。
ここはラインツ王国の国境の町ブライア。すぐ隣の大国、ザイラール王国に近いこともあり、たくさんの冒険者が訪れる賑やかな町だ。
グランキャットは道具屋と並んでその大通りに立っているため、毎日多くのお客さんが来る。
今日もすでに数人の冒険者がお店が開くのを並んで待っていた。
「ノエル君おはよう」
「おはよ、いらっしゃいませ!」
「今日もパパのお手伝い? 偉いねー」
「うん! 僕、お手伝いできるからね♪」
僕はドヤ顔でそう答えた。
そんなこんなで平和な町ブライアの錬成堂グランキャット、今日も開店です。
2話 そして、親子に
――ある日の夜。
僕は前世の夢を見ていた。
目を開けるといつも目に入る真っ白な天井。そして横を向けば、同じく真っ白なベッド。
僕の視界には一日の時間の大半、この真っ白な風景が映っていた。
僕は幼い頃から病弱で、病院への入退院を繰り返していた。
小学校にもあまり通うことができず、病院に来てくれる家庭教師の先生と勉強をした。
十歳を過ぎた頃には一時退院すらすることができず、ずっとこの病院の個室で過ごしていた。
僕の両親は共に会社の経営者で、お金持ち。
だから僕は最先端の治療が受けられて、綺麗で立派な個室のある病院に入れてもらっていた。
――だけど、両親はほとんどお見舞いには来てくれなかった。
僕のことなんてもう忘れてしまったのだろうか。むしろ、僕という息子なんて最初からいなかったことにしているんじゃないかとすら思える。
僕の病気は、最先端の治療が受けられたところで、生き延びられるだけという深刻な物。
最先端の治療なんて受けられなくてもいい。立派な個室じゃなくても、大部屋だって別に良かった。
――そんなことより僕は、ただお見舞いに来てほしかった。
お見舞いに来て「大丈夫?」って言ってほしかった。「頑張ろうね」って、言ってほしかった。
そのうちベッドからも起き上がることができなくなって、看護師さんの貸してくれたファンタジー小説を読み漁る毎日だった。
こんなふうに魔法が使えたら良かったのに。僕の病気なんて回復魔法でチャチャっと治せたら良かったのに。
そうしたら僕もこの物語の主人公みたいにのびのびと暮らせたんだろうか。
そんな僕の願望が叶うはずもなく、僕は十五歳でこの世を去った。もちろん、最期の時にすら、僕の両親は病室にはいなかった。
◇
僕は死んだはずだった。僕の人生はそれで終わりだと思っていた。
しかし、気付いたらザイラール王国という国の貴族街に住む伯爵家の子として生を享けていた。
これってもしかして、小説で読んだ異世界転生!? まさか、僕には貴族の息子としてのスローライフが!?
初めはそう思ってワクワクしていた。
――だけど、今回も愛されなかった。
「おい、魔力鑑定の結果が出たぞ。このガキは……私の子ではない」
僕が生後半年の頃。僕の父親であるはずの伯爵がそう宣言したことがきっかけで、なぜか僕だけが王都のダウンタウンへと捨てられることになった。
辺りが静まり返った深夜。フタの開いた木箱に入れられてゴミ溜めに捨てられる。
どうしよう、どうすればいいんだろう。
生後半年で、一人ではどうすることもできない。
僕は、ひとまず赤ちゃんの仕事でもある〝泣く〟ことから始めた。
「おぎゃぁ、おぎゃぁっ!」
お願い、誰か気付いて……!
そんな僕に気付いて、僕を木箱の中からすくい上げてくれたのが、ジル・グランヴィルだった。
「よーし、よーし、どうしたお前、こんなところで泣いて……かわいそうに、捨てられたんだな……」
そう言うジルは、とてもやつれた表情をしていた。
この人、どうしてこんなに悲しい顔をしているのだろう。
もしかしたら、この人もこのまま死んでしまうのではないだろうか。
そう思うと、僕の心がキュッと締め付けられた。
「あぅ、あぅ……」
僕は彼を励まそうと、彼の顔へ小さな手を伸ばす。
赤ちゃんの手って、こんなに短いんだ。大丈夫だよって、頭を撫でてあげたいのに、全然届かない。
「うん? どうした? 俺の顔に何かついてるか?」
「あぅ……あー……」
全然言葉が出てこない。元気出してって、そう伝えたいのに「あー」はないわぁ。だから僕は代わりに、「きゃっきゃっ」と今できるとびきりの笑顔を彼に向けた。
「あはは、さっきまで泣いてたのに、もう笑ってやがる……」
彼も僕に釣られてか、やつれた顔で静かに微笑んだ。
「あい、あいっ♪」
もっと笑ってほしい。そう思って僕ももっと笑った。
なぜ、僕はこんなに必死になっているのだろう。この人に助けてほしいから? もちろん、それを否定はしない。
だけど、一番の理由は……この人が僕に似ていると思ったからだ。心にぽっかりと穴が開いたかのような、そんな喪失感が伝わってきて、共感してしまった。
「ははっ、お前、可愛いな……」
先程までどこかぎこちない表情だった彼は力が抜けたかのようにふっと笑い、僕のほっぺをツンツンと突いた。ちょっとくすぐったい。
彼は僕を抱き抱えたままその場を去り、ダウンタウンから王都の外の街道へと出た。
月明かりに照らされて、彼はトボトボと歩いていく。一体どこへ向かっているのだろう。
街道の途中にあった休憩所にたどり着くと、彼は僕を抱えたままベンチによいしょと腰掛けた。
彼は、夜空を見上げていた。僕はそんな彼をじーっと見上げる。
夜空を見上げたまま、彼はポツンとこう呟いた。
「俺……もう、こんな人生終わりでいいんじゃねぇかって、そう思ってた」
「あぅ……」
「俺の人生が始まったダウンタウンで終わろうと思ってさ、そしたら、なんの因果か、そこにお前がいた」
「あい」
「なんだろうな、お前はそんなつもりないかもしれないけど、『大丈夫だよ』『元気出して』って、そう言ってくれてるような気がしてさ」
「あー、あい♪」
伝わってた! 僕の気持ち、この人にちゃんと伝わってた!
「だから俺さ、お前のために、もう一度頑張ってみようかと思う。錬金術……絶賛スランプ中なんだが、中級くらいまでならなんとかできるし、やっぱり店、続けようかな」
錬金術? この人、錬金術師なんだ、かっこいい。それに、お前のためにって……?
「あい、あい♪」
僕は、ひとまず前を向いてくれたっぽい彼に笑顔を送った。そんな彼もまた、僕を見下ろして笑顔を返す。
「おぉ、ご機嫌だなぁ。よし、決まりだ。俺、お前のために頑張るよ。今日から俺が、お前の〝お父さん〟だ」
「っ! あい、あい!」
再び空を見上げた彼に釣られて僕も天を仰ぐ。
空には、満天の星が輝いていた。
僕はその後ノエルと名付けられ、正式にジルの養子となった。
――ここで僕は、夢から目覚めた。
◇
朝。
「うーん……」
僕はお父さんの布団からズリズリと這い出る。
なんだか懐かしい夢を見たなぁ。あれからもう二年半か。
お父さんは僕を拾って以来、目一杯の愛情を僕に注いでくれている。
――僕は、初めて親の愛情を知った。
血の繋がりなんて関係ない。初めてもらった本物の愛情。いつか僕は、お父さんに返したい。
そう思いつつ、今日も僕はお父さんの被っている布団を思いっ切り捲った。
「パパー! 朝だよ!」
「んおっ、さ、寒っ!? お、ノエル、お前がやったんだな?」
お父さんはそう言って起き上がると、変な形の耳栓をきゅぽっと外す。
「パパが起きないからだよー!」
僕はきゃっきゃと笑う。
「起こしてくれてありがとなー、おはようノエル。パパ、今日も頑張ってカウンターに隠れるからな!」
お父さんはそう言って僕を抱き上げて、部屋のカーテンを開けた。
それによって目覚めたくろすけは早速日の当たる窓際に陣取ると、うーっと伸びをしてごろんと寝転がった。
3話 僕の将来の夢
――十八時、グランキャット閉店。
僕はくろすけと一緒にお店の外へと出ると、『OPEN』の看板を『CLOSE』へとひっくり返した。
「よし、これでおっけー! くろすけ、お家戻るよ!」
「にゃぁ!」
僕の呼びかけに返事をして素直に店内へと戻るくろすけ。僕が言うのもなんだけど、くろすけって、めちゃくちゃ賢い猫だと思う。
くろすけは、僕がお父さんに連れられてこのお店にやってきた時からここに住んでいる。
僕が生後半年の頃からずっとそばで見守っていてくれて、体中を撫で回しても絶対に怒らない。
とってもお利口さんだ。
僕は一歳半頃からトイレトレーニングを始めて、急いでおまるに駆け込むなんてこともあった。
けれど、そういう時だってまるで状況を完全に理解しているかのように、「ぎにゃー!」って鳴いて一緒についてきてくれるんだ。
この建物は一階がお店になっていて、二階が僕たちの居住スペースになっている。
僕は一階のお店に戻ると、カウンターの奥にある『錬金部屋』の戸を開けようとした。
「んー……! やっぱり、開かない……」
引き戸になっているのだけれど、びくともしない。そりゃそうだ、今はお父さんが明日の納品のための錬金中で、鍵をかけているから。
「ぐるにゃぁ?」
くろすけも危ないよと言わんばかりに、前足の肉球をぽむっと僕の腕へ押し付けてきた。
「うーん……見たいなぁ、パパが錬金しているところ……」
僕はそう呟いてその場にペタンと座り込んだ。くろすけも「ぐるにゃ」と短く鳴いて、僕にくっついて伏せをする。
普段は鍵がかかっていて入れないけれど、錬金部屋には一回だけ入ったことがある。
作業台の上に筒状の寸胴鍋が三つ並んでいて、部屋の奥の低い台座の上には不思議な魔法陣が描かれているんだ。
まるで、妖しい魔女の研究室のような、子ども心をくすぐる部屋だった。
錬金術ってどうやってやるんだろう……。
「僕にも錬金、できるかなぁ?」
「にゃ♪」
くろすけがスリスリと擦り寄ってくる。
できるよって、言ってくれてるのかな?
「あのね、僕ね、大きくなったらパパみたいに錬金術師になって、このお店でパパと一緒に働きたいんだ」
僕は猫に向かって一体何を話しているんだろう。だけど、なぜかくろすけなら僕の話を理解してくれているんじゃないかって、そう思ってさ。
「ごろにゃ♪」
「ずっと前にパパが言っていたんだけど、パパ、スランプなんだって。上手に錬金できないってことだよね」
「にゃぁ……」
「だからね、僕も一緒に錬金して、パパを助けてあげたいんだ。そうしたら、パパは毎日カウンターに隠れなくても良くなるかも」
「にゃ」
それが、僕の夢。それが、僕のお父さんへの恩返し。
くろすけと一緒に錬金部屋の前でしゃがんで待っていると、引き戸がガラガラと開く。
「お、ノエル、くろすけ、待っててくれたのか。腹減ったよな、ごめんな」
「のーひんするやつ、できた?」
お父さんは「できたぞ」と言って僕を抱っこしてくれる。
「僕、お腹ペコペコ!」
「にゃぁ!」
「ははは、だよなぁ。パパもペコペコだ。よし、二階に上がって飯にするか。まずはくろすけのカリカリ、用意してやんねぇと」
お父さんはスッキリした表情で階段を上がっていった。いつもそう、仕事が終わると、お父さんはいつも晴れ晴れとした顔になる。
二階に上がって早速、僕はしゅばっと手を挙げる。
「僕がくろすけにカリカリあげたい!」
「お、サンキュー、ノエル。そこの引き出しに……」
「ここでしょ? 僕、分かるよ」
僕はキッチンの引き出しからキャットフードを取り出した。
「ははは。すごいな、ノエルは。なら、頼むぞ。量は適当でいいからな」
「うん!」
僕はくろすけ用のお皿を出して、キャットフードをザッと注ぐ。
そして、キッチンの入り口で礼儀正しくお座りをしているくろすけの前にお皿をコトンと置いた。
「はい、くろすけ、ご飯ですよー」
「にゃぁ!」
ガツガツと食べ始めるくろすけ。
「くろすけ、カリカリおいしー?」
「にゃぁ♪」
そんな僕たちの後ろでは、お父さんがパスタを茹でながらチャチャッとオムレツを作ってくれていた。
「いただきまーす! パパ、おいしー!」
卵の形はちょっと崩れているし、ケチャップで描かれたくろすけはとても猫とは思えない謎の生命体に見える。だけど、お父さんのオムレツ、味はとっても美味しいんだ。
お父さんは料理があんまりできなかったけれど、僕のために必死に練習してくれていたのを、僕は知っている。
「はは、良かった。ノエルはオムレツ好きだな」
「うん、大好き!」
お父さんと僕は顔を見合わせると、ニッと笑い合った。
ご飯を食べたら家族みんなでお風呂に入って、一緒のベッドに潜り込む。
早く、僕も錬金術ができるようになりたいなぁ。そんなことを考えながらウトウトする。
4話 騎士と道具屋?
朝の開店前、今日もカラン、コロンと呼び鈴を鳴らしてリオンが素材を届けに来る。
「リオン、おはよ!」
「おはよう、ノエル。パパはかくれんぼかな?」
「うん、かくれんぼ!」
二人であっはっはと笑う。
すると、再び呼び鈴がカラン、コロンと鳴って、隣の道具屋のエミリアが入ってきた。
「すみませーん。おはようございます!」
エミリアは美人のお姉さん。なんだか今日は美味しそうな匂いがする……。あの腕にかけているバスケットが怪しい……。
「あーっ、エミリア! おはよー!」
「エミリア様、おはようございます!」
軽く「よっ」と挨拶する僕とは打って変わって、急に襟を正すリオン。
「まぁ、ノエル君おはよう。もう、リオン。様はやめてって何度も言っているでしょう?」
そう言ってぷくーっと頬を膨らませるエミリア。それでも美人のままなんて、不思議だ。
「す、すみません、つい癖で……」
「ねぇ、リオン、なんでエミリアは様なの?」
僕がそう尋ねると、リオンではなくエミリアが「ふふふ、なんでもないのよ。それよりパパはいる?」と割って入ってきた。
彼女のその言葉を聞いて、カウンターからひょこっと顔を出すお父さん。
「すみません、エミリアさん。ここです……」
「まぁ、ジルさん、好きですね、そこ♪」
ふふふっと可笑しそうに笑うエミリア。
お父さん、ちょっと恥ずかしいやつ……。
「実はミートパイを作ったのですが、作り過ぎてしまって……良かったらお昼にでもどうですか?」
エミリアはそう言ってバスケットのフタを開けた。
「あーっ、美味しそう! ミートパイ、僕、大好きだよ!」
エミリアが僕にも見えるようにバスケットを低い位置で持ってくれているため、僕は覗き込んで「わーい!」と喜んだ。
「あぁ、ありがとうございます、エミリアさん。ぜひいただきますね」
ペコリとお辞儀をしてバスケットを受け取るパパ。
あれ、そういえばエミリアに話をはぐらかされた気がする。
リオンは確か、元ラインツ王国の聖騎士団の騎士様だったんだ。でも今はやめて、このブライアの町を拠点に冒険者をやっている。
お父さん曰く、槍の扱いがすごく上手なんだって。
そんなリオンにあんな態度を取られているってことは、エミリアは?
「ねぇ、ねぇ、エミリア。エミリアはおじょーさまなの?」
「まぁ、ノエル君、難しい言葉を知っているのね? ふふふ、私はただの道具屋よ」
「こら、ノエル。あんまりエミリアさんを困らせるな」
と、お父さん。
「はーい……」
「あぁ、いいんです、怒らないであげてください。ノエル君、リオンが変なことを言ってたのは、誰にも言っちゃダメよ?」
エミリアはそう言って口元に人差し指を当てた。
「うん。僕、誰にも言わないよ?」
変なことってきっと、『エミリア様』って呼んだことだ。
何か訳ありのお嬢様? でも、お嬢様が町で普通に道具屋をやっているなんて、そんなことある訳ないよね。気にしたってしょうがないか。
「ありがとう、ノエル君。えっと、これが今日の納品分ですね?」
「あぁ、俺が持って行きますよ、エミリアさ……ん」
リオンは素材用の木箱に麻袋の素材をザーッと流し込むと、慌てて納品用の木箱を持ち上げた。
その後、エミリアは納品用の木箱を抱えたリオンと共に隣の道具屋へと帰っていった。
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