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1巻
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8話 僕のスキル
「今のウザい猿、何!?」
僕は思わずそう叫ぶ。大丈夫、お父さんは変な耳栓のおかげで音は全く聞こえてないから、起きちゃうことはない。
「ぐるにゃ……」
『あやつは使い魔の一種じゃろう。恐らくあやつをここに送り込んだ召喚士が外にいたはずじゃが、もう、逃げられておるじゃろうな』
くろすけはそう言ってぺちゃんと床に伏せた。
「使い魔……召喚士……」
何そのファンタジーなワード。急に起こされて急に色んなことが一度に起こって、僕の頭はショート寸前だった。
『ノエルよ、すまん。混乱しておるじゃろうな。ひとまずあのクソ猿がやったことを確認するとしよう。一緒に納品用木箱の中のアイテムを数えてはくれんか』
「納品用の木箱? まさか……!」
僕は慌ててくろすけと一緒に納品用の木箱のフタを開け、一番上に並べられていた回復薬の数を数えた。
「七十八……七十九……八十。八十一……あれ、もうこっからは別のアイテムになってる! うそ、回復薬が八十一個しかない!」
僕は頬を両手で挟んで、ガガーンと絶望した。
『ふむ、十九個減っておるな……』
「あの猿の持ってた袋、あの中にパパの作った回復薬が入ってたってこと!? 泥棒!?」
『そう考えて間違いなさそうじゃな。くっ、こんな姿でなければ、あんなクソ猿など一瞬でどうにかできたものを……』
くろすけは悔しそうに言った。
「今日の納品分が足りなかったのも、あいつのせいってことかぁ……。そうだよね、パパはやる気こそないにしても、毎日ちゃんと働いているんだもん。急に生成する個数を間違えたりなんかしないよ」
『うむ、あやつは根は真面目なのじゃ。しっかりと数を確認してから木箱に入れておるはずじゃ』
「もー、誰だよ、パパにこんな意地悪をする召喚士ってやつは! くぅ、許せない……!」
ダンダンと地団駄を踏み、そしてハッとする。
「そういえば、なんでくろすけってしゃべってるんだっけ?」
召喚士の件は、今はもうどうしようもないから置いておくとして、今度はくろすけの確認だ。
『違う。ワシがしゃべっておるのではない。お主がワシの考えを読み取っておるのじゃ』
「どゆこと……?」
『言ったじゃろう。お主の中に眠っておった超能力のスキルがようやく発現したのじゃ』
「超能力って……僕の方? くろすけじゃなくて?」
『お主の方じゃ。ワシには「鑑定眼」というスキルがある。それでお主を見る限り、お主には間違いなく超能力のスキルがあるのじゃ』
「えーっ、くろすけのその鑑定眼? っていうのも気になるけど、僕に超能力!? ねぇ、くろすけ、僕の超能力って、どんなことができるの?」
「ぐるにゃ」
『そこまではワシにも分からん。鑑定眼はただ対象のステータスを確認するのみ。百科事典ではないのじゃ。気になるのなら、ワシを使って試してみるか?』
「試すって?」
『お主がワシの考えておることを全て感じ取ることができるのか、否か、じゃ。とりあえずそこに突っ立っておれ。ワシの声を感じ取ったら返事をせい』
「分かった!」
僕はくろすけを見つめつつ、その場に立っていた。
「……」
しかし、何も聞こえてこない。
「……」
もうしばらく辛抱して待っていると、やがてジジイ声でこう聞こえてきた。
『……ドチビおたんこナス』
「あーっ、ドチビおたんこナスって言うなぁ!」
その悪口、なんか雑で嫌なんだよ……!
『ふむ。結論が出た。ワシがお主に話しかけようと思った時のみ、お主はそれを感じ取るらしい』
「そうなんだ。じゃあ、僕もやってみるよ。くろすけも聞こえたら教えて」
『いいじゃろう』
つまり、僕はテレパシーができているってことだよね。念話ってやつだ。頭の中でくろすけに話しかけるように……こうかな?
『……ジジイ猫』
『誰がジジイ猫じゃ!』
くろすけはすぐさま反応してシャーッと威嚇した。
「おぉ、できてる! 僕、すごくない!?」
僕はわーいとバンザイをして喜びを表現する。そんな僕を見てくろすけは『はぁ……』と念話でため息をついてきた。
『全く、調子のいいやつじゃのう』
「くろすけに言われたくないんだけど」
『にゃんじゃと……! まぁ、よい。今は言い争っておる場合ではない。スキルが付与される理由は様々じゃ。スキル会得のための修練を積む、死の淵から逃れるために発現する、はたまた……前世の心残りからか……』
「前世の心残り……超能力……きっとそれだ、僕、信じてもらえるか分からないけど、前世の記憶を持ったまま、前世とは違う世界で生まれ直したんだ」
『異世界転生というやつじゃな。ワシは信じよう。お主がジルに連れてこられた時から、お主のステータスには超能力の項目があった。生後半年の赤ん坊が偶然スキル持ちであると言われるより、異世界転生と言われる方がしっくりくるわい』
「くろすけ、信じてくれてありがとう。前世の僕はね、病弱で、ずっと病院のベッドに寝たきりだったんだ」
『にゃんと……かわいそうにのう』
「ほら、超能力って言ったら、物を浮かせることもできそうじゃない? だから、寝たきりでなんでもできるように、潜在的に超能力を欲していたのかも」
『ふむ、なるほどのう』
「って言うか、くろすけってやっぱり人間の言葉を理解してたってことだよね?」
『うむ』
「じゃあ、僕が錬金術師になりたいこととか、パパのお店を手伝いたいと思っていることとかも理解して聞いてたってこと……?」
『うむ』
「えーっ、恥ずかしい! パパには言わないでよ!」
僕は顔を赤らめてモジモジしながらそう言った。
『心配せんでも、ワシにはお主と話すことしかできん』
「あ、そっか……」
『それよりもノエルよ。錬金術師になりたいのであれば、今がその時かもしれんぞ』
「えっ、どういうこと……?」
『お主が不足分の十九個の回復薬を錬金するのじゃ』
「僕が!?」
早くやりたいと思っていた錬金術を、今、ここで僕がやるの……? 僕は自分の胸がドキドキと高鳴るのを感じた。
9話 くろすけという猫
「でも僕、錬金術のやり方なんか分からないよ。パパには聞けないよ、だって、回復薬が盗られたってバレちゃう」
もし僕が錬金術を使えるようになったら、今回の事件はお父さんの知らないところで解決したい。
お父さんには、いつも通りの明日を迎えてもらいたい。
『その件なら心配は無用じゃ。なぜならこのワシが直々に教えてやるからのう!』
くろすけはそう言ってムフンッとドヤ顔をした。
「くろすけが……?」
何を言っているんだこの黒猫は。自分のことが猫だって、気付いていないのだろうか。
『何を隠そうこのワシは、偉大な錬金術師なのじゃ!』
「えっと、仮にそうだとして、だったら、くろすけが錬金すればよくない?」
僕がそう問い返すと、くろすけは急に情けない顔で伏せをしてしまった。
『ダメなのじゃ。この黒猫の身体は、魔力がゼロゆえに錬金することは叶わんのじゃ……』
「錬金術って魔力を使うんだ……でもさ、僕にだって魔力なんかないんじゃ……?」
『いいや、お主には、その歳では到底考えられない程の膨大な魔力がある。これも転生の特典というやつじゃろうて』
「えっ、そうなの!?」
うわぁ、僕には魔力があるんだ……! それもたくさんあるって。どうしよう、すごくワクワクしてきた。
『……それに、ワシと意思疎通のできるお主が錬金できるようになることは、ワシにとっても利があるのじゃ……』
くろすけは真剣な眼差しでそう言った。少し細めた鋭く黄色い瞳。とても、冗談で言っているようには思えなかった。
「くろすけって……何者なの……?」
『言うたじゃろう。ワシは、偉大な錬金術師じゃと。今は訳あってこのようなただの猫になってしまっているが、元々はお主と同じ人間じゃ』
「えええええ~!」
くろすけが、元人間!? いやでも、そうやって言われると妙に納得できる。
『信じられんじゃろうが、事実じゃ』
「いや、信じるよ。だってくろすけ、普通の猫の行動じゃないもん。賢過ぎるんだよ」
『ぐぬぬ……さすがにお主に付きまとい過ぎたかのう。そういうお主だって、リオンに三歳児にしては……って、言われておったではないか』
「うん……なんだか僕たち、似てるね」
『うむ』
僕とくろすけは顔を見合わせて笑った。
「ねぇ、じゃあさ、僕が錬金できるようになることで、なんでくろすけが得をするの?」
『うむ。お主に今全てを語っても分かるまい。簡単に言えば、お主に作ってもらいたい魔導具があるのじゃ』
「魔導具……」
『ワシがこんな姿になってまで生き続けておるのは、その魔導具を使って成し遂げたいことがあるからじゃ。詳しいことは話せぬが、ワシの錬金術師としての誇りにかけて誓おう、決して悪いことに使う訳ではない』
覚悟を決めた、まっすぐな瞳。清らかで、とても綺麗だ。
僕は、この二年半くろすけと共に過ごした日々を思い返していた。いつでも僕の側にいて、僕がオムツを汚してしまった時なんかはすぐにお父さんを呼びに行ったりしてくれて……。
つい先日の素材採取だって、一緒についてきてくれた。
くろすけは僕にとって大切な家族であり、お兄ちゃんのような存在だった。今はおじいちゃんのような存在に変わりつつあるけれど、大切な家族であるということに変わりはない。
――僕、くろすけの力になりたい。
「大丈夫、くろすけが悪いことを企んでいるなんて思わないよ。僕、パパだけじゃなくて、くろすけの力にもなりたい。だからくろすけ、僕に錬金術を教えて!」
僕もくろすけの想いに応えるように、まっすぐにくろすけを見つめてそう言った。すると、くろすけの黄色い瞳からポタポタと大粒の涙がこぼれ落ちる。
「にゃぁぁ……」
『ありがとう、ノエル。感謝するぞ。お主のおかげで希望が見えてきたわい。うむ、ワシがお主を立派な錬金術師に育て上げると約束しよう。まずは、あのクソ猿に盗られてしまった回復薬の補充からじゃ。やるぞ、ノエル!』
「うん!」
僕とくろすけは小さな拳をコツンと当ててグータッチをした。利害一致の同盟結成だ!
10話 僕がなんとかする
「くろすけ、僕、大事なこと思い出した!」
「ぎにゃ!?」
「パパの錬金部屋、鍵がかかってて入れないよ!」
『そんなもの、鍵を開けてしまえば良かろう。お主もジルの耳栓が〝魔法の耳栓〟だということには気付いておろう? あの魔法の耳栓は病院の魔道士に支給してもらった特別製じゃ。魔力の気配と音を完全に遮断する。直接自分に何かをされない限り、ちょっとやそっとのことであやつが起きることはない』
「パパ、不眠症だったんだよね……僕がこの家に来た当初、夜中にパパがすごくうなされていたのを知ってるよ。でも、あの耳栓をし始めてからぐっすり眠れるようになったんだよね」
『うむ……あやつも苦労しておるのじゃ。じゃから、お主があやつを起こしたくないという気持ち、ワシにも分かる。そうと決まればリビングに鍵を取りに行くぞ』
「うん!」
僕はくろすけと共に二階のリビングへ向かい、壁に掛かっていた鍵を取るためにダイニングチェアを移動させてなんとか手に入れた。
椅子をギーギー引きずる音が響き渡っていたけれど、念のため寝室のお父さんを覗きに行ったらグーガーといびきをかいて寝ていた。
踏み台を使って、錬金部屋の鍵穴に鍵を挿して中に入る。
人生で二度目の錬金部屋。三つの寸胴鍋に、部屋の奥には不思議な魔法陣。前回入れてもらった時は片付いていたけれど、今はあちこちに空きビンや木の枝などの素材が散乱しており、とても散らかっていた。昨日のお父さんがいかに限界だったかが分かる。
『散らかっておるな……じゃが、これはかえって好都合じゃ。これなら少々素材がなくなっていてもジルが気付くことはあるまい』
「そうだね……パパ、やっぱり大変だったんだ」
『在庫が減っておる訳がないのに減っておった。たった二十個の初級錬金じゃ。物理的な労力というよりは精神的に負担がかかっておったのじゃろうな』
これは、連続でなくなっていたと気付いたらもっと大変なことになってしまう。それに、誰かにイタズラされているなんて知ってしまった日には、更に落ち込んでしまうだろう。絶対に、僕がなんとかしてあげないと……!
『さて、錬金をするにはこの錬金鍋を使う。三つあるが、同時錬金をするために複数あるだけであって、どれを使っても同じじゃ』
くろすけはそう言って、作業台の上に飛び乗る。
「じゃあ、この鍋にしよーっと」
僕は一番右の鍋の前に椅子を引きずって行き、椅子の上で立ち上がった。
『うむ。お主が今回錬金する回復薬は初級錬金の中でも超初心者向けのアイテム。初めてにはもってこいじゃな。ほれ、この中から回復薬を探してみるのじゃ』
くろすけが一冊の分厚い本を頭で押して持ってくる。その本には『錬金レシピブック』と書かれていた。
「錬金レシピブック! 料理みたいにレシピが載っているのか!」
ワクワクしながらその本を開く。
初級錬金、中級錬金、上級錬金、超級錬金の目次があった。さっきくろすけは回復薬は初級錬金だって言っていたよな。だから、このままページをめくっていけば……。
案の定、少しページをめくっただけですぐに回復薬のレシピが現れた。
「あった、回復薬……えっと、軽傷を治すための飲み薬で、必要素材は薬草一個と湧き水一個……湧き水一個って何?」
僕はあのカルムの森でこんこんと湧き出ていた水を思い出した。どっからどこまでが一個? 僕の疑問は流れる水の如くどんどんと広がっていった。
『そう難しく考えんでよい。液体が個数で書かれておる時は、空きビンの中に用意すればよい。ビン一つ分の水の量が、一個、じゃ』
「なるほど! そっか、だから道具のビンって全部同じ大きさだったのか……! そういえば、アイラも回復薬には空きビンが必要だって教えてくれてたっけ」
『うむ。では具体的な錬金の説明に入る前に、まずはそのレシピに載っている素材の絵を参照し、正しい素材をこの作業台の上に持ってくるのじゃ。ちなみに湧き水はあの瓶の中に入っておるぞ』
くろすけは部屋の隅にある大きな瓶を指し示した。
「うん、分かった!」
僕は張り切って椅子から飛び降り、奥の壁一面に広がっている木箱の棚を見上げた。『木材』やら『鉱石』やら、色んな名称の書かれた木箱が引き出しになっている。
「あった、空きビン。これが一つと、薬草は……『魔草』ってところでいいのかな? うわぁ、色んな色の葉っぱがいっぱい……えっと、あった、これが薬草だ」
僕は色んな色の葉の中から緑色の葉を一枚取る。
薬草は散々摘んだから間違いないはずだ。
そして瓶の前へ行き、空きビンを浸して湧き水を汲んだ。よし、今度は服を濡らさずに汲めたぞ。アイラとジャックと一緒にカルムの森に行って良かった。経験が活きている気がする……!
そして作業台へと戻ると、念のためもう一度レシピを見て、間違いがないかどうかを確認する。よし、湧き水の量も、葉っぱの色や形も間違いはない。これでオーケーだ。
「くろすけ、用意できた!」
『うむ。完璧じゃ。特に最後に確認を怠らなかったのは素晴らしい。素材には姿形が似ている物がたくさんある。その心得をこれからも忘れるでないぞ』
「はい! 師匠!」
褒められて上機嫌の僕は、嬉しくなってそう返事をした。くろすけもまた『何が師匠じゃ』とボヤいてはいたが、表情はまんざらでもなさそうだった。
11話 くろすけ師匠の錬金講座
深夜のくろすけ師匠の錬金講座が今始まる……!
『錬金術の主な工程は三つ。想造、分解、成形。このうち人間がなんやかんやしなきゃならんのは想造と分解まで。後は鍋が勝手にやってくれる。簡単じゃろ?』
「か、簡単……かなぁ」
僕はくろすけの見せてくれた錬金術の本に視線を落とす。そこには『想造』と書かれていた。想像じゃないの? それに、分解って? それを全部自分でやらなくちゃいけないんでしょ?
僕に、できるかな……?
『うむ。最初の工程である想造は、想いを造ると書く。ここで言う想造は、生成後のアイテムの姿形を『想像』し、用途や仕組みを『理解』することを指す。想像と理解、この二つを合わせて想造じゃ』
くろすけがそう説明をしてくれたおかげで、僕の中の漠然としていた工程への理解が深まるのが分かった。
「そうか、そういうことか! まず、回復薬の見た目を頭の中に思い浮かべる。それで、用途や仕組みは……軽傷を治すための飲み薬で、薬草と湧き水のビンでできている! つまり、このレシピをしっかりと読みなさいよって、そういうことだね!」
『うむ! 素晴らしい。ノエルはなかなかにセンスがありそうじゃな。ではまず、素材を全部鍋に入れるのじゃ』
「はい、師匠!」
僕は鍋のフタを開けて、薬草をポイっと入れて湧き水のビンをそーっと鍋底へと置いた。
「フタはする?」
『フタはまだせんでいい。では、次の第二工程、分解じゃ。正直ここが一番の難関じゃな。なんせ、素材に自身の魔力を送り込むからのう。つい先程自身の中に魔力があることを知ったお主には少々難しいかもしれん』
「うわぁ……確かに……。魔力って、どう……?」
両手のひらを開いて見つめ、首を傾げる。
魔力って、一体どこにあるんだろう? 頭? それとも、心臓?
『魔力は、身体の全身を巡っておる。血管と一緒じゃ。目を閉じ全身の力を抜き、己の心臓の鼓動とは別の流れを感じてみるのじゃ』
「分かった、やってみる」
くろすけに言われた通り、目を閉じてリラックスしてみる。自分の心臓がドクン、ドクンと鳴っている。
これとは別の流れ……? そんな物、どこにも……。
やっぱりダメだよ。と、くろすけにそう伝えようかと思ったその瞬間、肩の辺りに何か温かい物が流れているのを感じた。
「あっ、これのこと……!?」
一度分かると、それが身体中のあちこちでぽかぽかふわふわと巡っているのが分かった。そっか、これが、僕の魔力なんだ……!
『ふむ、どうやら見つけたようじゃの。では、その魔力に第一工程で思い浮かべた想造を乗せ、手のひらから押し出すのじゃ』
「第一工程の想造は、想像と理解……この想いを、この温かい物に乗せて……手のひらから、押し出す……!」
両手を鍋へと掲げ、なんとなくの感覚で魔力を押し出してみる。
すると、両手のひらからピカーッと光が溢れてきて、その光は瞬く間に鍋の中の素材をすっぽりと包み込んだ。
「うわぁぁぁぁっ! 見て、くろすけ! すごいよ! 僕の手から光が出てきてさ、ほら、鍋の中に入ってる!」
自分の魔力を操作するという初めての体験に、僕のテンションはぶち上がっていた。
鍋を覗くと、その光は未だに素材を包み込んでおり、素材が今どういう状態になっているのかは全く分からなかった。
『ほっほっほ。そうじゃろう。すごいじゃろう。今、鍋の中では第二工程の分解が行われておる。これでフタをすれば、勝手に最後の工程の成形が始まるのじゃ』
「うん!」
鍋の中に入れた僕の魔力が一体どうなっていくのかこのまま見ていたい気もしたけど、くろすけに言われた通りに鍋のフタをコトンと載せた。
すると、フタがカタカタと揺れ、フタの隙間から光が漏れ出していた。
さっきよりも光が強い。
やがてその漏れ出した光が天を突き抜ける程に強くなる。
自然と「うわぁぁぁっ」と絶叫した、その瞬間。
――チーン!
まるでトースターでパンが焼けたかのような音が鳴り、光はあっという間に収束していった。
「で、できたの!?」
「んにゃ」
『錬金成功じゃ。フタを開けて中身を取り出すのじゃ』
「うん!」
フタを開けて鍋の中を覗くと、緑色の液体の入ったビンがポツンと置かれていた。
「わぁ、納品用の木箱に入ってたやつと同じ! 回復薬ができてる!」
早速取り出してみると、透き通った緑色の液体がトプンと揺れ、小さく波打つ。それと同時に、僕の心も喜びでトクンと飛び跳ねた。
『うむ。鑑定をしてみたが、間違いなく回復薬じゃ。おめでとう、ノエル、お主は今日から錬金術師じゃ』
「わぁーい! やったぁ!」
僕はとびきりのバンザイをして喜んだ。
お父さんがいつも錬金部屋の中でしていた錬金術。どんなことをしているんだろうと想像をすることしかできなかった。
それに、こんなにも早く体験できるとは思っていなかった。今は緊急事態だけど、正直、めちゃくちゃ楽しい……!
「今のウザい猿、何!?」
僕は思わずそう叫ぶ。大丈夫、お父さんは変な耳栓のおかげで音は全く聞こえてないから、起きちゃうことはない。
「ぐるにゃ……」
『あやつは使い魔の一種じゃろう。恐らくあやつをここに送り込んだ召喚士が外にいたはずじゃが、もう、逃げられておるじゃろうな』
くろすけはそう言ってぺちゃんと床に伏せた。
「使い魔……召喚士……」
何そのファンタジーなワード。急に起こされて急に色んなことが一度に起こって、僕の頭はショート寸前だった。
『ノエルよ、すまん。混乱しておるじゃろうな。ひとまずあのクソ猿がやったことを確認するとしよう。一緒に納品用木箱の中のアイテムを数えてはくれんか』
「納品用の木箱? まさか……!」
僕は慌ててくろすけと一緒に納品用の木箱のフタを開け、一番上に並べられていた回復薬の数を数えた。
「七十八……七十九……八十。八十一……あれ、もうこっからは別のアイテムになってる! うそ、回復薬が八十一個しかない!」
僕は頬を両手で挟んで、ガガーンと絶望した。
『ふむ、十九個減っておるな……』
「あの猿の持ってた袋、あの中にパパの作った回復薬が入ってたってこと!? 泥棒!?」
『そう考えて間違いなさそうじゃな。くっ、こんな姿でなければ、あんなクソ猿など一瞬でどうにかできたものを……』
くろすけは悔しそうに言った。
「今日の納品分が足りなかったのも、あいつのせいってことかぁ……。そうだよね、パパはやる気こそないにしても、毎日ちゃんと働いているんだもん。急に生成する個数を間違えたりなんかしないよ」
『うむ、あやつは根は真面目なのじゃ。しっかりと数を確認してから木箱に入れておるはずじゃ』
「もー、誰だよ、パパにこんな意地悪をする召喚士ってやつは! くぅ、許せない……!」
ダンダンと地団駄を踏み、そしてハッとする。
「そういえば、なんでくろすけってしゃべってるんだっけ?」
召喚士の件は、今はもうどうしようもないから置いておくとして、今度はくろすけの確認だ。
『違う。ワシがしゃべっておるのではない。お主がワシの考えを読み取っておるのじゃ』
「どゆこと……?」
『言ったじゃろう。お主の中に眠っておった超能力のスキルがようやく発現したのじゃ』
「超能力って……僕の方? くろすけじゃなくて?」
『お主の方じゃ。ワシには「鑑定眼」というスキルがある。それでお主を見る限り、お主には間違いなく超能力のスキルがあるのじゃ』
「えーっ、くろすけのその鑑定眼? っていうのも気になるけど、僕に超能力!? ねぇ、くろすけ、僕の超能力って、どんなことができるの?」
「ぐるにゃ」
『そこまではワシにも分からん。鑑定眼はただ対象のステータスを確認するのみ。百科事典ではないのじゃ。気になるのなら、ワシを使って試してみるか?』
「試すって?」
『お主がワシの考えておることを全て感じ取ることができるのか、否か、じゃ。とりあえずそこに突っ立っておれ。ワシの声を感じ取ったら返事をせい』
「分かった!」
僕はくろすけを見つめつつ、その場に立っていた。
「……」
しかし、何も聞こえてこない。
「……」
もうしばらく辛抱して待っていると、やがてジジイ声でこう聞こえてきた。
『……ドチビおたんこナス』
「あーっ、ドチビおたんこナスって言うなぁ!」
その悪口、なんか雑で嫌なんだよ……!
『ふむ。結論が出た。ワシがお主に話しかけようと思った時のみ、お主はそれを感じ取るらしい』
「そうなんだ。じゃあ、僕もやってみるよ。くろすけも聞こえたら教えて」
『いいじゃろう』
つまり、僕はテレパシーができているってことだよね。念話ってやつだ。頭の中でくろすけに話しかけるように……こうかな?
『……ジジイ猫』
『誰がジジイ猫じゃ!』
くろすけはすぐさま反応してシャーッと威嚇した。
「おぉ、できてる! 僕、すごくない!?」
僕はわーいとバンザイをして喜びを表現する。そんな僕を見てくろすけは『はぁ……』と念話でため息をついてきた。
『全く、調子のいいやつじゃのう』
「くろすけに言われたくないんだけど」
『にゃんじゃと……! まぁ、よい。今は言い争っておる場合ではない。スキルが付与される理由は様々じゃ。スキル会得のための修練を積む、死の淵から逃れるために発現する、はたまた……前世の心残りからか……』
「前世の心残り……超能力……きっとそれだ、僕、信じてもらえるか分からないけど、前世の記憶を持ったまま、前世とは違う世界で生まれ直したんだ」
『異世界転生というやつじゃな。ワシは信じよう。お主がジルに連れてこられた時から、お主のステータスには超能力の項目があった。生後半年の赤ん坊が偶然スキル持ちであると言われるより、異世界転生と言われる方がしっくりくるわい』
「くろすけ、信じてくれてありがとう。前世の僕はね、病弱で、ずっと病院のベッドに寝たきりだったんだ」
『にゃんと……かわいそうにのう』
「ほら、超能力って言ったら、物を浮かせることもできそうじゃない? だから、寝たきりでなんでもできるように、潜在的に超能力を欲していたのかも」
『ふむ、なるほどのう』
「って言うか、くろすけってやっぱり人間の言葉を理解してたってことだよね?」
『うむ』
「じゃあ、僕が錬金術師になりたいこととか、パパのお店を手伝いたいと思っていることとかも理解して聞いてたってこと……?」
『うむ』
「えーっ、恥ずかしい! パパには言わないでよ!」
僕は顔を赤らめてモジモジしながらそう言った。
『心配せんでも、ワシにはお主と話すことしかできん』
「あ、そっか……」
『それよりもノエルよ。錬金術師になりたいのであれば、今がその時かもしれんぞ』
「えっ、どういうこと……?」
『お主が不足分の十九個の回復薬を錬金するのじゃ』
「僕が!?」
早くやりたいと思っていた錬金術を、今、ここで僕がやるの……? 僕は自分の胸がドキドキと高鳴るのを感じた。
9話 くろすけという猫
「でも僕、錬金術のやり方なんか分からないよ。パパには聞けないよ、だって、回復薬が盗られたってバレちゃう」
もし僕が錬金術を使えるようになったら、今回の事件はお父さんの知らないところで解決したい。
お父さんには、いつも通りの明日を迎えてもらいたい。
『その件なら心配は無用じゃ。なぜならこのワシが直々に教えてやるからのう!』
くろすけはそう言ってムフンッとドヤ顔をした。
「くろすけが……?」
何を言っているんだこの黒猫は。自分のことが猫だって、気付いていないのだろうか。
『何を隠そうこのワシは、偉大な錬金術師なのじゃ!』
「えっと、仮にそうだとして、だったら、くろすけが錬金すればよくない?」
僕がそう問い返すと、くろすけは急に情けない顔で伏せをしてしまった。
『ダメなのじゃ。この黒猫の身体は、魔力がゼロゆえに錬金することは叶わんのじゃ……』
「錬金術って魔力を使うんだ……でもさ、僕にだって魔力なんかないんじゃ……?」
『いいや、お主には、その歳では到底考えられない程の膨大な魔力がある。これも転生の特典というやつじゃろうて』
「えっ、そうなの!?」
うわぁ、僕には魔力があるんだ……! それもたくさんあるって。どうしよう、すごくワクワクしてきた。
『……それに、ワシと意思疎通のできるお主が錬金できるようになることは、ワシにとっても利があるのじゃ……』
くろすけは真剣な眼差しでそう言った。少し細めた鋭く黄色い瞳。とても、冗談で言っているようには思えなかった。
「くろすけって……何者なの……?」
『言うたじゃろう。ワシは、偉大な錬金術師じゃと。今は訳あってこのようなただの猫になってしまっているが、元々はお主と同じ人間じゃ』
「えええええ~!」
くろすけが、元人間!? いやでも、そうやって言われると妙に納得できる。
『信じられんじゃろうが、事実じゃ』
「いや、信じるよ。だってくろすけ、普通の猫の行動じゃないもん。賢過ぎるんだよ」
『ぐぬぬ……さすがにお主に付きまとい過ぎたかのう。そういうお主だって、リオンに三歳児にしては……って、言われておったではないか』
「うん……なんだか僕たち、似てるね」
『うむ』
僕とくろすけは顔を見合わせて笑った。
「ねぇ、じゃあさ、僕が錬金できるようになることで、なんでくろすけが得をするの?」
『うむ。お主に今全てを語っても分かるまい。簡単に言えば、お主に作ってもらいたい魔導具があるのじゃ』
「魔導具……」
『ワシがこんな姿になってまで生き続けておるのは、その魔導具を使って成し遂げたいことがあるからじゃ。詳しいことは話せぬが、ワシの錬金術師としての誇りにかけて誓おう、決して悪いことに使う訳ではない』
覚悟を決めた、まっすぐな瞳。清らかで、とても綺麗だ。
僕は、この二年半くろすけと共に過ごした日々を思い返していた。いつでも僕の側にいて、僕がオムツを汚してしまった時なんかはすぐにお父さんを呼びに行ったりしてくれて……。
つい先日の素材採取だって、一緒についてきてくれた。
くろすけは僕にとって大切な家族であり、お兄ちゃんのような存在だった。今はおじいちゃんのような存在に変わりつつあるけれど、大切な家族であるということに変わりはない。
――僕、くろすけの力になりたい。
「大丈夫、くろすけが悪いことを企んでいるなんて思わないよ。僕、パパだけじゃなくて、くろすけの力にもなりたい。だからくろすけ、僕に錬金術を教えて!」
僕もくろすけの想いに応えるように、まっすぐにくろすけを見つめてそう言った。すると、くろすけの黄色い瞳からポタポタと大粒の涙がこぼれ落ちる。
「にゃぁぁ……」
『ありがとう、ノエル。感謝するぞ。お主のおかげで希望が見えてきたわい。うむ、ワシがお主を立派な錬金術師に育て上げると約束しよう。まずは、あのクソ猿に盗られてしまった回復薬の補充からじゃ。やるぞ、ノエル!』
「うん!」
僕とくろすけは小さな拳をコツンと当ててグータッチをした。利害一致の同盟結成だ!
10話 僕がなんとかする
「くろすけ、僕、大事なこと思い出した!」
「ぎにゃ!?」
「パパの錬金部屋、鍵がかかってて入れないよ!」
『そんなもの、鍵を開けてしまえば良かろう。お主もジルの耳栓が〝魔法の耳栓〟だということには気付いておろう? あの魔法の耳栓は病院の魔道士に支給してもらった特別製じゃ。魔力の気配と音を完全に遮断する。直接自分に何かをされない限り、ちょっとやそっとのことであやつが起きることはない』
「パパ、不眠症だったんだよね……僕がこの家に来た当初、夜中にパパがすごくうなされていたのを知ってるよ。でも、あの耳栓をし始めてからぐっすり眠れるようになったんだよね」
『うむ……あやつも苦労しておるのじゃ。じゃから、お主があやつを起こしたくないという気持ち、ワシにも分かる。そうと決まればリビングに鍵を取りに行くぞ』
「うん!」
僕はくろすけと共に二階のリビングへ向かい、壁に掛かっていた鍵を取るためにダイニングチェアを移動させてなんとか手に入れた。
椅子をギーギー引きずる音が響き渡っていたけれど、念のため寝室のお父さんを覗きに行ったらグーガーといびきをかいて寝ていた。
踏み台を使って、錬金部屋の鍵穴に鍵を挿して中に入る。
人生で二度目の錬金部屋。三つの寸胴鍋に、部屋の奥には不思議な魔法陣。前回入れてもらった時は片付いていたけれど、今はあちこちに空きビンや木の枝などの素材が散乱しており、とても散らかっていた。昨日のお父さんがいかに限界だったかが分かる。
『散らかっておるな……じゃが、これはかえって好都合じゃ。これなら少々素材がなくなっていてもジルが気付くことはあるまい』
「そうだね……パパ、やっぱり大変だったんだ」
『在庫が減っておる訳がないのに減っておった。たった二十個の初級錬金じゃ。物理的な労力というよりは精神的に負担がかかっておったのじゃろうな』
これは、連続でなくなっていたと気付いたらもっと大変なことになってしまう。それに、誰かにイタズラされているなんて知ってしまった日には、更に落ち込んでしまうだろう。絶対に、僕がなんとかしてあげないと……!
『さて、錬金をするにはこの錬金鍋を使う。三つあるが、同時錬金をするために複数あるだけであって、どれを使っても同じじゃ』
くろすけはそう言って、作業台の上に飛び乗る。
「じゃあ、この鍋にしよーっと」
僕は一番右の鍋の前に椅子を引きずって行き、椅子の上で立ち上がった。
『うむ。お主が今回錬金する回復薬は初級錬金の中でも超初心者向けのアイテム。初めてにはもってこいじゃな。ほれ、この中から回復薬を探してみるのじゃ』
くろすけが一冊の分厚い本を頭で押して持ってくる。その本には『錬金レシピブック』と書かれていた。
「錬金レシピブック! 料理みたいにレシピが載っているのか!」
ワクワクしながらその本を開く。
初級錬金、中級錬金、上級錬金、超級錬金の目次があった。さっきくろすけは回復薬は初級錬金だって言っていたよな。だから、このままページをめくっていけば……。
案の定、少しページをめくっただけですぐに回復薬のレシピが現れた。
「あった、回復薬……えっと、軽傷を治すための飲み薬で、必要素材は薬草一個と湧き水一個……湧き水一個って何?」
僕はあのカルムの森でこんこんと湧き出ていた水を思い出した。どっからどこまでが一個? 僕の疑問は流れる水の如くどんどんと広がっていった。
『そう難しく考えんでよい。液体が個数で書かれておる時は、空きビンの中に用意すればよい。ビン一つ分の水の量が、一個、じゃ』
「なるほど! そっか、だから道具のビンって全部同じ大きさだったのか……! そういえば、アイラも回復薬には空きビンが必要だって教えてくれてたっけ」
『うむ。では具体的な錬金の説明に入る前に、まずはそのレシピに載っている素材の絵を参照し、正しい素材をこの作業台の上に持ってくるのじゃ。ちなみに湧き水はあの瓶の中に入っておるぞ』
くろすけは部屋の隅にある大きな瓶を指し示した。
「うん、分かった!」
僕は張り切って椅子から飛び降り、奥の壁一面に広がっている木箱の棚を見上げた。『木材』やら『鉱石』やら、色んな名称の書かれた木箱が引き出しになっている。
「あった、空きビン。これが一つと、薬草は……『魔草』ってところでいいのかな? うわぁ、色んな色の葉っぱがいっぱい……えっと、あった、これが薬草だ」
僕は色んな色の葉の中から緑色の葉を一枚取る。
薬草は散々摘んだから間違いないはずだ。
そして瓶の前へ行き、空きビンを浸して湧き水を汲んだ。よし、今度は服を濡らさずに汲めたぞ。アイラとジャックと一緒にカルムの森に行って良かった。経験が活きている気がする……!
そして作業台へと戻ると、念のためもう一度レシピを見て、間違いがないかどうかを確認する。よし、湧き水の量も、葉っぱの色や形も間違いはない。これでオーケーだ。
「くろすけ、用意できた!」
『うむ。完璧じゃ。特に最後に確認を怠らなかったのは素晴らしい。素材には姿形が似ている物がたくさんある。その心得をこれからも忘れるでないぞ』
「はい! 師匠!」
褒められて上機嫌の僕は、嬉しくなってそう返事をした。くろすけもまた『何が師匠じゃ』とボヤいてはいたが、表情はまんざらでもなさそうだった。
11話 くろすけ師匠の錬金講座
深夜のくろすけ師匠の錬金講座が今始まる……!
『錬金術の主な工程は三つ。想造、分解、成形。このうち人間がなんやかんやしなきゃならんのは想造と分解まで。後は鍋が勝手にやってくれる。簡単じゃろ?』
「か、簡単……かなぁ」
僕はくろすけの見せてくれた錬金術の本に視線を落とす。そこには『想造』と書かれていた。想像じゃないの? それに、分解って? それを全部自分でやらなくちゃいけないんでしょ?
僕に、できるかな……?
『うむ。最初の工程である想造は、想いを造ると書く。ここで言う想造は、生成後のアイテムの姿形を『想像』し、用途や仕組みを『理解』することを指す。想像と理解、この二つを合わせて想造じゃ』
くろすけがそう説明をしてくれたおかげで、僕の中の漠然としていた工程への理解が深まるのが分かった。
「そうか、そういうことか! まず、回復薬の見た目を頭の中に思い浮かべる。それで、用途や仕組みは……軽傷を治すための飲み薬で、薬草と湧き水のビンでできている! つまり、このレシピをしっかりと読みなさいよって、そういうことだね!」
『うむ! 素晴らしい。ノエルはなかなかにセンスがありそうじゃな。ではまず、素材を全部鍋に入れるのじゃ』
「はい、師匠!」
僕は鍋のフタを開けて、薬草をポイっと入れて湧き水のビンをそーっと鍋底へと置いた。
「フタはする?」
『フタはまだせんでいい。では、次の第二工程、分解じゃ。正直ここが一番の難関じゃな。なんせ、素材に自身の魔力を送り込むからのう。つい先程自身の中に魔力があることを知ったお主には少々難しいかもしれん』
「うわぁ……確かに……。魔力って、どう……?」
両手のひらを開いて見つめ、首を傾げる。
魔力って、一体どこにあるんだろう? 頭? それとも、心臓?
『魔力は、身体の全身を巡っておる。血管と一緒じゃ。目を閉じ全身の力を抜き、己の心臓の鼓動とは別の流れを感じてみるのじゃ』
「分かった、やってみる」
くろすけに言われた通り、目を閉じてリラックスしてみる。自分の心臓がドクン、ドクンと鳴っている。
これとは別の流れ……? そんな物、どこにも……。
やっぱりダメだよ。と、くろすけにそう伝えようかと思ったその瞬間、肩の辺りに何か温かい物が流れているのを感じた。
「あっ、これのこと……!?」
一度分かると、それが身体中のあちこちでぽかぽかふわふわと巡っているのが分かった。そっか、これが、僕の魔力なんだ……!
『ふむ、どうやら見つけたようじゃの。では、その魔力に第一工程で思い浮かべた想造を乗せ、手のひらから押し出すのじゃ』
「第一工程の想造は、想像と理解……この想いを、この温かい物に乗せて……手のひらから、押し出す……!」
両手を鍋へと掲げ、なんとなくの感覚で魔力を押し出してみる。
すると、両手のひらからピカーッと光が溢れてきて、その光は瞬く間に鍋の中の素材をすっぽりと包み込んだ。
「うわぁぁぁぁっ! 見て、くろすけ! すごいよ! 僕の手から光が出てきてさ、ほら、鍋の中に入ってる!」
自分の魔力を操作するという初めての体験に、僕のテンションはぶち上がっていた。
鍋を覗くと、その光は未だに素材を包み込んでおり、素材が今どういう状態になっているのかは全く分からなかった。
『ほっほっほ。そうじゃろう。すごいじゃろう。今、鍋の中では第二工程の分解が行われておる。これでフタをすれば、勝手に最後の工程の成形が始まるのじゃ』
「うん!」
鍋の中に入れた僕の魔力が一体どうなっていくのかこのまま見ていたい気もしたけど、くろすけに言われた通りに鍋のフタをコトンと載せた。
すると、フタがカタカタと揺れ、フタの隙間から光が漏れ出していた。
さっきよりも光が強い。
やがてその漏れ出した光が天を突き抜ける程に強くなる。
自然と「うわぁぁぁっ」と絶叫した、その瞬間。
――チーン!
まるでトースターでパンが焼けたかのような音が鳴り、光はあっという間に収束していった。
「で、できたの!?」
「んにゃ」
『錬金成功じゃ。フタを開けて中身を取り出すのじゃ』
「うん!」
フタを開けて鍋の中を覗くと、緑色の液体の入ったビンがポツンと置かれていた。
「わぁ、納品用の木箱に入ってたやつと同じ! 回復薬ができてる!」
早速取り出してみると、透き通った緑色の液体がトプンと揺れ、小さく波打つ。それと同時に、僕の心も喜びでトクンと飛び跳ねた。
『うむ。鑑定をしてみたが、間違いなく回復薬じゃ。おめでとう、ノエル、お主は今日から錬金術師じゃ』
「わぁーい! やったぁ!」
僕はとびきりのバンザイをして喜んだ。
お父さんがいつも錬金部屋の中でしていた錬金術。どんなことをしているんだろうと想像をすることしかできなかった。
それに、こんなにも早く体験できるとは思っていなかった。今は緊急事態だけど、正直、めちゃくちゃ楽しい……!
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