セイクリッド・カース

気高虚郎

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第4章:幾多の呼び名を持つ者

第42話 祭りの日 夜 

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※ ※ ※  都  川岸  ※ ※ ※


メインイベントが終わり、日が暮れて夜の帳が降りた。
しかし、祭りはまだまだ終わらない。

「君にずっと言いたかったことがあるんだ。」

川岸で向かい合う2人の男女。
そして若者は跪いて、女性にその言葉を捧げるのだった。

「俺はまだしがない辻馬車だけど必ず君を幸せにする!結婚を前提に俺と付き合って下さい!」

意を決して放たれた告白の言葉。
夜空に打ちあがる花火の光が2人を照らしていた。



※ ※ ※  酒場  ※ ※ ※



「うおおおおおおおん!どうすりゃいいんだ、俺たちはああああ!?」

大泣きしながら喚き続けるブレゴ。

「バズラの馬鹿野郎!お前だって無理してたんじゃねえかあああ!」

バズラの肩を叩く飲んだくれ野郎。

「すまねえ!爺さんの前ではかっこつけたかったんだ!」

タフなリーダーを気取ることに疲れて泣きまくるバズラ。
伯爵の手下全員が夜の酒場で飲んだくれていた。
泣きまくり、叫びまくり、暴れまくりである。
溜まっていた感情を酒で存分に溜まっていた感情を吐き出していた。

「うるせえぞ、お前ら!騒ぎすぎなんだよ!」

店内を占拠して喚き散らすチンピラ達の暴挙には心の広い店主もご立腹のようだ。

「酒場ってのは酒飲んで騒ぐ場所だろうが!みみっちいこと言ってんじゃねえぞ!そもそも客なんざ俺らしかいねえだろうが!唯一の客でなんだから丁重に扱ったらどうだ!?」

「祭りが終わった後に客がドっと来るんだよ!書き入れ時なんだ!営業妨害だ!」

店主も散々である。
騎士団だけでも手を焼いてるというのに、今度は伯爵の手下だ。

「お前ら何があったんだ?どうしてここまで溜まってたんだ?」

前にもこのチンピラ共は飲みに来てたが、せいぜい数人が女性関係で泣いてたぐらいだ。
しかし今は全員がこの始末だ。伯爵の暴走を考えれば無理もないが。

「教えてくれ…。嫁さんと娘を疫病で失って野盗にまでおちぶれた奴に生きる場所をくれた偉大な人がいた。けどその人がただのクソ野郎になっちまって、何もかも滅茶苦茶にしそうな勢いだ。どうすればいい…?」

バズラからの質問に店主は狼狽えた。
これは1人の男の、人生に関わる質問だ。
正直に答えるべきだろう。

「そうだな。元の偉大な人に戻るように、そいつ説得すれば…。」

「そんなこと出来たら、こんな質問してねえよ!夢見てんじゃねえよ!」

人を変える、簡単に言うがそのためには途方もない時間と労力が必要だ。
ましてや怪物になり果てたボス。もはや、彼らの手に負える問題ではない。

「だったらその人と地獄に落ちる覚悟を決めるしかないだろ。それが無いなら逃げる。」

バズラの嗚咽が止まり、ある言葉を繰り返した。
それは自分に足りなかったものだった。

「覚悟…。」

「そう。共に地獄に堕ちるか、もしくは逃げるか。お前が望むのがどっちの覚悟かってことだ。後は自分で決めろ。」

店主の答えはこれで終わりだ。
その答えを聞くとバズラは持っているボトルを机に叩きつけて、立ち上がった。

「お前ら、次の店に行って飲み直すぞ!」

「ええええええ!俺、この店が…!」

「駄目だ!もうこの店に迷惑はかけられねえ!」

不満を垂らすチンピラどもが、バズラの声で一斉に黙る。
渋々、彼らは店を後にするのであった。

「その人が世界を滅ぼす時が来たら教えてくれ。アドバイスの見返りだ。」

「教えてやるよ。嵐が来るときを。」

バズラと店主は男の約束を交わした。


※ ※ ※ 教会の病室  ※ ※ ※


少年と少女は覚悟を決めて、病室のドアの前に立った。
これから人生の岐路となるであろう申し出をするのだから。

「覚悟は出来たか?」

「ええ。行きましょう。」

扉をノックをして病室に入った。
中に入って見えるのは寝るバルマンと、ベッドの傍らにいるマデリーンとフィリップの姿だった。

「お嬢様、それに便利屋様。祭りということで伺いました。」

寝ているバルマンの横で、2人は昔話に花を咲かせていたようだ。
チンピラたちが酒を飲み明かし、彼は旧友と過ごす。お互いにとって最も良い時間の過ごし方だ。

「司祭様、爺や。話があるの。」

ロレインは一歩、前を出て話を切り出した。




「それが作戦…、なんですね?」

マデリーンはすっかり黙り込んだ。
もはやどう返せばいいのかも分からないほどに無謀だ。

「リスクがあまりに高すぎます。失敗したらどうなるか…。」

確かにティモシーを助けられる確率は上がったかもしれない。
0%から0.01%程だが。

「司祭様。お言葉ながら相手は悠久の時を越えてきた存在。どれほどの本を読もうと知識では敵いません。搦め手を使っても容易にねじ伏せられるでしょう。ですがこちらにも有利な条件がある。それを徹底的に利用しなければ。」

「お願いします。司祭様。それしかお父様を救う道はないのです。」

ロレインの切に訴える姿がマデリーンの胸に響く。
彼女は父親を救いたいだけの少女なのだ。
しかし長年に渡って築いた地位をこんな作戦の為に濫用することには抵抗がある。

「マデリーン。私からもお願いします。旦那様のために僅かな可能性に賭けましょう。」

旧友のフィリップからも。バルマンも起きていたら協力をせがんだろう。
マデリーンは掌を見て、赤子だった頃のティモシーを抱えた時を思い返した。
当時まだ若かったマデリーンだったが目覚ましい活躍を見せていた。
ゆえにアリアンナ家の跡継ぎたるティモシーの幼児洗礼をする栄誉を賜ったのだ。
あの子の命の重みが今でもこの手に残っている。

「分かりました。彼を清めた者として、ティモシーの道を正す事に手を貸しましょう。今から私がこの作戦の責任者です。」

「ありがとうございます!司祭様!」

ロレインは膝から崩れ出した。
希望がつながったのだ。

「これでは司祭失格ね。でもいいわ。フィリップ、もし教会を追い出されたらアリアンナ家で雇ってください。掃除でも洗濯でもさせてもらいます。」

「もちろんです。」

フィリップはマデリーンの手を強く握りしめた。
彼女を助けた事、それはきっと今この瞬間に繋がっていたのだ。

「良かった…。」

便利屋もまた胸をなでおろした。
こうしてアリアンナ家の領地、いや国の未来すらも揺るがす大作戦が小さな病室内で取り決められたのだった。

「ではこの作戦を取り仕切る者としてまずは名前を決めます。作戦名はアウェイクニング。これよりアウェイクニング作戦の準備に取り掛かります。」

「はい!」

マデリーンの言葉に、バルマンを除く部屋の全員が応えた。
本を読む、ネズミを弄る、欠片を探す。五里霧中の状況が続いたがついに希望は見出された。
後は希望に向かって進むのみ。
こうしてアウェイクニング作戦は始まった。
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