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第5章:作戦準備
第59話:迅速な対応
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※ ※ ※ 幻 ※ ※ ※
「…った、やった、やったー!」
少女の喜ぶ声が彼の意識を呼び起こした。
目を開けて見えたのは夕焼け空、家のそばの原っぱで大の字になって寝ていたようだ。
体を起こすと空き地に描かれた魔法陣で愛弟子が跳びはねている。
「師匠、師匠、師匠!やっと成功したよ!」
アビーははしゃぎながら、師匠のバルマンに手に持ったネズミを見せた。
精霊が憑いたネズミはこの前とは打って変わって、元気そうにキョロキョロと周囲を見回している。
「おお、ようやく儀式がうまくいったのか。何度、失敗したか。やっぱり、“あの時”まで待った方が良かったんじゃないのか?もうすぐだったんだし。」
「そんなの待てるわけないわ!早くこの子を助けたかったの!」
アビーは掌から飛び降りて、走り回るネズミを追いかけた。
ネズミとの鬼ごっこに夢中になる少女の姿を見ると、すっかり元気を取り戻したようだ。
「良かったな。」
何故、精霊に肉体を与えるという禁忌に手を貸したのか。
それは罪悪感ゆえだ。もうこれ以上、手伝うわけにはいかない。
終わった今こそ改めて謝罪の時だ。
「アビー。その…、ごめんな。教会は天使の正体が余所の神々かもしれないなんて話を認めない。その説を提唱した学者は追放されたんだ。タブーなんだ。」
「うん…。」
その話題を出した途端、アビーの表情が曇る。
止めたいと思う気持ちを抑え、続けた。
「正直、ジブリールの事も怪しいとは思ってる。けど、お前を元気づけてやりたかった。それだけだったんだ。本当にすまなかった。」
これが一番の誠意の示し方だ。
ただ真実を話し、謝罪する。たとえ許されなくてもこれ以外にすることはない。
バルマンの犯した罪はとても純粋なものだった。
霧深い山の中で出会った、死んだ家族の元に行きたいから天使様に会いたいと願うほどに希望をなくした少女を励ましたかった。
死ぬ必要はない、天使はこの世界にいるのだから生きて会えると。
「いいよ。直接、会って答えを聞くから。必ず立派な学者さんになってジブリール様の子孫に会いに行くわ。」
アビーの目にはもう怒りも悲しみも無かった。
純粋な子供がもし僅かでも負の感情を抱えていれば、こんなに真っ直ぐな目はしないだろう。
「許して…くれるのか?」
「うん!」
問題が先延ばしになっただけな気もする。だがその時には良き大人になっているであろうアビーは師を恨みはしないはずだ。
弟子への告解は終わり、バルマンは胸のつかえがとれたような気分だ。
アビーも羽根がついたようにネズミと共に、原っぱへと走り出すのであった。
「良かった、良かった…。」
バルマンは耐えきれず、目頭を抑えた。
彼女を弟子にしてから数年も経ってないはずなのに、まるで何十年も苦しんだかのような罪悪感が和らいでいるかのようだ。
浄化の涙が止まらない。
「きゃー!」
悲鳴だ。
間違いなくアビーの声だった。
「アビー、どうしたんだ!?」
声の元へと向かったバルマンを、恐ろしい光景が迎えた。
熊ほどの大きさはあるネズミのような怪物がアビーに牙を剥いていた。
助かったばかりのネズミが本性を現したのだ。
「助けて、師匠!」
必死に走るアビーを怪物は追いかける。
バルマンは杖も持たずに愛弟子を救いに走り出した。
「走れ!絶対に助けるからな!」
今度こそなにがなんでも守ってみせる。
走りながらあの怪物を倒す呪文をバルマンは必死に思い浮かべた。
アビーが練習していたあれしかない。
※ ※ ※ 都 教会 ※ ※ ※
「駄目だ、予備案でいく。リスクが高すぎる。」
「心配ないわ!絶対にうまくいくから!」
「いい加減になさい、ロレイン。この作戦では失敗した際のリカバリーこそが重要なのです。」
「その通りです、お嬢様。願望だけでは成功には繋がりません。」
教会では便利屋、ロレイン、フィリップ、マデリーン。
アウェイクニング作戦の核となる人物たちが意見をぶつけ合っていた。
ここでの手段への意志の統一が成功の鍵を握っているからだ。
「分かっているのか?万が一にも失敗すれば…!」
「司祭様、大変です!」
その場に声を荒げた修道士が駆け付けた。
「どうされたのです?あなたはバルマンの看病をしてるはずでは…。」
「教授が急に飛び起きて…、きゃあっ!」
修道士を押しのけて現れた人物に4人は言葉を失った。
それは何日間も寝たきりでやつれたバルマンだった。
「アビー!」
彼の覚醒に喜ぶべきだがそうはいかなかった。
全身におぞましい模様を浮かべ、その目は正気ではなく、奇声を上げている。
まるで恐ろしい夢を見ているかのようだ。
「どうしたんですか!?教授!」
バルマンは恐ろしい形相で、4人の元と走った。
その手に凄まじい魔力を漲らせて。
「命に代えても俺が守るぞ!今度こそ!」
甘き夢の中で彼は愛弟子を襲う怪物へと手をかざした。
だがその手が実際に向けられていたのは現実の旧友たち、愛弟子の娘、戦友だった。
「一体、何を…!?」
「エル・ペルーザ…!」
バルマンは魂の全てを込めて、詠唱を叫んだ。
※ ※ ※ アリアンナ邸 ※ ※ ※
「一旦、声をかけてみるか?俺らは何してればいいんだ?」
チンピラたちは突っ立ってることしか出来ない。
運命の時かと思えば当のボスは眼を剥いてボーッとして、それが数分間も続いている。
「よし、終わった。」
沈黙は破られた。
しばらく呆けていたかと思えば伯爵は突然、声を出して正気に戻ったのだ。
まるで一仕事終えたかのような爽やかな顔だ。
「ボス、一体何をしてたんだ?」
「手駒に褒美を取らせて、役目を果たさせた。」
素晴らしい褒美を与えてやった。
もう会えぬ弟子との時間、そして許し。命と十分に同等な対価といえる。
「じゃあお前たち。武器を持って、ここに再び集まれ。」
迅速な対応は済んだ。
部下に気合を入れるとしよう。
明日は忙しくなる。
「…った、やった、やったー!」
少女の喜ぶ声が彼の意識を呼び起こした。
目を開けて見えたのは夕焼け空、家のそばの原っぱで大の字になって寝ていたようだ。
体を起こすと空き地に描かれた魔法陣で愛弟子が跳びはねている。
「師匠、師匠、師匠!やっと成功したよ!」
アビーははしゃぎながら、師匠のバルマンに手に持ったネズミを見せた。
精霊が憑いたネズミはこの前とは打って変わって、元気そうにキョロキョロと周囲を見回している。
「おお、ようやく儀式がうまくいったのか。何度、失敗したか。やっぱり、“あの時”まで待った方が良かったんじゃないのか?もうすぐだったんだし。」
「そんなの待てるわけないわ!早くこの子を助けたかったの!」
アビーは掌から飛び降りて、走り回るネズミを追いかけた。
ネズミとの鬼ごっこに夢中になる少女の姿を見ると、すっかり元気を取り戻したようだ。
「良かったな。」
何故、精霊に肉体を与えるという禁忌に手を貸したのか。
それは罪悪感ゆえだ。もうこれ以上、手伝うわけにはいかない。
終わった今こそ改めて謝罪の時だ。
「アビー。その…、ごめんな。教会は天使の正体が余所の神々かもしれないなんて話を認めない。その説を提唱した学者は追放されたんだ。タブーなんだ。」
「うん…。」
その話題を出した途端、アビーの表情が曇る。
止めたいと思う気持ちを抑え、続けた。
「正直、ジブリールの事も怪しいとは思ってる。けど、お前を元気づけてやりたかった。それだけだったんだ。本当にすまなかった。」
これが一番の誠意の示し方だ。
ただ真実を話し、謝罪する。たとえ許されなくてもこれ以外にすることはない。
バルマンの犯した罪はとても純粋なものだった。
霧深い山の中で出会った、死んだ家族の元に行きたいから天使様に会いたいと願うほどに希望をなくした少女を励ましたかった。
死ぬ必要はない、天使はこの世界にいるのだから生きて会えると。
「いいよ。直接、会って答えを聞くから。必ず立派な学者さんになってジブリール様の子孫に会いに行くわ。」
アビーの目にはもう怒りも悲しみも無かった。
純粋な子供がもし僅かでも負の感情を抱えていれば、こんなに真っ直ぐな目はしないだろう。
「許して…くれるのか?」
「うん!」
問題が先延ばしになっただけな気もする。だがその時には良き大人になっているであろうアビーは師を恨みはしないはずだ。
弟子への告解は終わり、バルマンは胸のつかえがとれたような気分だ。
アビーも羽根がついたようにネズミと共に、原っぱへと走り出すのであった。
「良かった、良かった…。」
バルマンは耐えきれず、目頭を抑えた。
彼女を弟子にしてから数年も経ってないはずなのに、まるで何十年も苦しんだかのような罪悪感が和らいでいるかのようだ。
浄化の涙が止まらない。
「きゃー!」
悲鳴だ。
間違いなくアビーの声だった。
「アビー、どうしたんだ!?」
声の元へと向かったバルマンを、恐ろしい光景が迎えた。
熊ほどの大きさはあるネズミのような怪物がアビーに牙を剥いていた。
助かったばかりのネズミが本性を現したのだ。
「助けて、師匠!」
必死に走るアビーを怪物は追いかける。
バルマンは杖も持たずに愛弟子を救いに走り出した。
「走れ!絶対に助けるからな!」
今度こそなにがなんでも守ってみせる。
走りながらあの怪物を倒す呪文をバルマンは必死に思い浮かべた。
アビーが練習していたあれしかない。
※ ※ ※ 都 教会 ※ ※ ※
「駄目だ、予備案でいく。リスクが高すぎる。」
「心配ないわ!絶対にうまくいくから!」
「いい加減になさい、ロレイン。この作戦では失敗した際のリカバリーこそが重要なのです。」
「その通りです、お嬢様。願望だけでは成功には繋がりません。」
教会では便利屋、ロレイン、フィリップ、マデリーン。
アウェイクニング作戦の核となる人物たちが意見をぶつけ合っていた。
ここでの手段への意志の統一が成功の鍵を握っているからだ。
「分かっているのか?万が一にも失敗すれば…!」
「司祭様、大変です!」
その場に声を荒げた修道士が駆け付けた。
「どうされたのです?あなたはバルマンの看病をしてるはずでは…。」
「教授が急に飛び起きて…、きゃあっ!」
修道士を押しのけて現れた人物に4人は言葉を失った。
それは何日間も寝たきりでやつれたバルマンだった。
「アビー!」
彼の覚醒に喜ぶべきだがそうはいかなかった。
全身におぞましい模様を浮かべ、その目は正気ではなく、奇声を上げている。
まるで恐ろしい夢を見ているかのようだ。
「どうしたんですか!?教授!」
バルマンは恐ろしい形相で、4人の元と走った。
その手に凄まじい魔力を漲らせて。
「命に代えても俺が守るぞ!今度こそ!」
甘き夢の中で彼は愛弟子を襲う怪物へと手をかざした。
だがその手が実際に向けられていたのは現実の旧友たち、愛弟子の娘、戦友だった。
「一体、何を…!?」
「エル・ペルーザ…!」
バルマンは魂の全てを込めて、詠唱を叫んだ。
※ ※ ※ アリアンナ邸 ※ ※ ※
「一旦、声をかけてみるか?俺らは何してればいいんだ?」
チンピラたちは突っ立ってることしか出来ない。
運命の時かと思えば当のボスは眼を剥いてボーッとして、それが数分間も続いている。
「よし、終わった。」
沈黙は破られた。
しばらく呆けていたかと思えば伯爵は突然、声を出して正気に戻ったのだ。
まるで一仕事終えたかのような爽やかな顔だ。
「ボス、一体何をしてたんだ?」
「手駒に褒美を取らせて、役目を果たさせた。」
素晴らしい褒美を与えてやった。
もう会えぬ弟子との時間、そして許し。命と十分に同等な対価といえる。
「じゃあお前たち。武器を持って、ここに再び集まれ。」
迅速な対応は済んだ。
部下に気合を入れるとしよう。
明日は忙しくなる。
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