セイクリッド・カース

気高虚郎

文字の大きさ
上 下
65 / 106
第5章:作戦準備

第60話:戦争の始め方

しおりを挟む
※ ※ ※  アリアンナ邸 大広間 ※ ※ ※



チンピラ達は自分たちの得物を携えて並んでいた。
バズラは大槌を、ブレゴは剣を、飲んだくれ野郎は槍を。

「よし、揃ったな。」

ティモシー・アリアンナ伯爵は軍服を着て現れ、彼らの前に立った。

「まずは質問といこう。知っているか、1200年前に天使と救い主が何をしたか?」

男たちは一斉にお互いを見合わせた。
突然の質問、しかも回答者も使命されていない。
下手に答えればどんな目に遭うか分からない、しかし黙っていてもどうなるか分からない。
緊張と困惑で黙りこくる中、1人が声を上げた。

「も、もちろんだ!魔王たちを倒して、“混沌の時代”を終わらせたんだ!」

ブレゴだ。
マニアの性分か答えずにはいられなかったようだ。

「本当にそう思うのか?」

「え?」

何故、こんな返しをするのだろうか。
老人も、子供も、貴族も、物乞いも全員が知っている事だというのに。

「天使達が魔王を一掃し、救い主が神の失望から大地を守り、世界は救われた。その奇跡によって聖涙教が生まれ、教会が出来た。しかし奴らの所業を見ろ。神の名を騙って無実の者や知恵ある者を罪人にし、神の模倣をして多くの屍を転がしている。」

魔王たちほどの規模の殺戮と汚染は無くなれど、人々は権力者の利益の為に争って憎しみ合う。
その本質は変わりはしない。

「そして今回、教会は私の顔に泥を塗ったあの賊を匿った。これは反逆の兆しだ。我が地位を狙う蛇が首をもたげて本性を現したのだ、そして蛇の正体は宗教ではない。神は既に罪深い生命を見放したからだ。人間も、獣も、草木すらも。ではなぜ奴らは神の名を騙る?」

まず最初に我々は争いを望まなかったと始める。
次に架空の敵を作り出す。

「魔王は滅んではいない!神の名を騙り、人心を支配する教会こそが新たな魔王の姿なのだ!明日、我々は都に進軍し、邪悪な徒を粛正する!教会を玉座から追い出し、神無きこの時代に我々が炎となって大地を浄化する時が来たのだ!不在の神への信仰の無意味さを、地の果てにまで知らしめろ!真に崇めるべき存在はお前たちの前だ!」

追い詰められたからと言い、これは正義のための戦いと付け加える。
これぞ戦争の始め方。

「おおおおおおおお!」

チンピラ達は喉が裂けんばかりの声で、その演説に答えた。
恐怖からの喝采であることを、偽りの猛りで塗りつぶして。





ボスが去った後の大広間で、チンピラ達は息を上げていた。
魂の限り、叫び続けたからだ。僅かでも叫びを止めれば本心を見抜かれると怯えて。

「はあ、はあ…。完全にイカれちまったな…、まるで革命家だ。」

バズラは惨劇が裂けられないことに落胆していた。
下手をすれば、あのスピーチに感嘆して自分が勇猛なる正義の戦士だと勘違いしていただろう。
だがチンピラ達は知っている。かつてのボスは慈悲深いリーダーで、妻の死で心が壊れるような繊細な人であることを。
そんな彼のこんなにも変わり果てた姿など見たくなかった。

「なあ、バズラ。俺たちは明日、何をさせられるんだ?」

「分かってんだろ、ブレゴ。坊主や尼さんを殺すんだよ!」

分かりたくなかった。
ずっと逃げていた。しかし改めてバズラに言われることで、ブレゴは己の選択を後悔して目頭を抑えるのだった。

「やりたくねえよ、そんなの…。」

「じゃあ、なんで逃げなかったんだ!?」

逃げ出す時間はあった。
だが逃げない事をブレゴは選んだ。それが残虐行為に繋がると薄々気づいていながらも。

「戻ってくれると信じてたんだ…。優しいボスに…。」

その答えに、バズラがこれ以上の言葉をかけることはなかった。
ブレゴは嗚咽を上げて、泣き続けた。罪に塗れた自分たちが、更なる地獄に踏み入ることに耐えられずに。
しおりを挟む

処理中です...