恋ごよみ

酒田愛子(元・坂田藍子)

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1.入学式

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 真新しい制服のリボンを結んで、家を出ると駅に向かって歩き出す。

 私、池谷歌音は今日から高校一年生。第一志望の凰蘭学園に入学するんだと思うとテンションも上がる。

 高校まで急行電車で4駅。普通電車の方が空いているらしいけど、ちょうど急行が来たので、ぎゅうぎゅう詰めの車内に飛び込んだ。

 私の身長は、女子にしては高い方で165センチある。

その私の目の前にいる同じ高校の制服を着た男子は、私でさえでかいと思ってしまうほど背が高い。

多分185センチはあるだろう、その人はがっちりとした体格で、例えるなら熊のような印象だ。
かなり制服を着慣れている感じなので、先輩かなと思って顔を上げたその時、電車の揺れにちょっとバランスを崩したその人の肘が、私の右目を直撃した。

「痛っ。」

「すみません。当たりましたか?」

 少し低めの声が聞こえた。
私は、下を向いたまま

「大丈夫です。」

とだけ伝えた。

 高校の最寄駅はターミナル駅なので、到着と同時に人が流れ出る。
私も流されるようにホームに出たため、さっきの男子の姿はもう見つけられなかった。

「あなた、大丈夫?」

 近くにいたOL風なお姉さんに声をかけられて、訝しな顔をしたら、持っていたコンパクトの鏡を私の顔が見えるように写してくれ、そこには…

右目が内出血で赤いパンダ状態になっていた私がいた。

「えっ?何?」

「満員電車で誰かとぶつかったとか?とにかく病院行った方がいいわよ。」

「あ、ありがとうございます。」

 駅員さんに話をして、近くの病院を教えてもらい行くことにしたが、入学式には間に合いそうにない。

「最悪っ。学校に電話しなきゃ。」

 治療が終わり、学校に着いたのは入学式が終わり、教室に移動している頃だった。

 職員室に行って、話をすると1年の副担任が来てくれた。

「大変だったわね。教室に案内するから行きましょう。」

 教室では、すでに自己紹介が始まっていた。

「中原先生、遅れていた生徒を連れて来ました。」

 担任の中原先生は、こちらを見ると一瞬、目を見張った。
そりゃそうだろう。私の右目を覆い隠すようにガーゼが貼られているのだから。

「えっと…いけたにさん?」

「いけがやです。」

 よく間違えられるので、訂正を入れると窓側の真ん中の席に座るように言われた。

「それじゃ、自己紹介の続きな。池谷さん、順番にやっているから、最後にやってくれ。」

 先生がそう言って、続きの生徒が話し始めた。

 凰蘭学園は幼稚園、小学校から上がってきている生徒が多く、外部入学は、クラスの中に5人くらい。すでに知り合いが多い中に入るのに、私は完全に出遅れてしまっている。

 中学から仲の良いクラスメイトに茶化されながら、挨拶するのを少し羨ましく眺めていたら、廊下側の一番後ろに座る男子が立ち上がった。
 その次に私の挨拶か…と男子の方を見る。
身長185センチ位のガッチリ型で見た印象はまさに熊!
私に肘打ちした高校生が、そこにいたのだ。
着慣れた制服は、中学からの内部進学生だからだろう。

 その瞬間、私は立ち上がって叫んでいた。

「私を傷モノにした責任とってよ。」

 彼は狼狽えていたが、私が朝ぶつかった相手と気づいたようだ。

「えっと、とりあえず先に自己紹介。吉田翔太。彼女との関係はノーコメントで。」

 それだけ言って、周りに冷やかされているのをスルーして、熊もとい吉田くんは座ってしまい、私は慌てて自己紹介をした。

「池谷歌音です。竜北中出身です。」

 私が座ると先生は、明日以降の予定を説明して、解散を告げた。

「おい、池谷。」

「な、何?」

 早速、私の席に近づいてきた吉田くんは、がばっと頭を下げた。

「そのケガ、今朝のだよな?ちゃんと確認して、一緒に医者に行けば良かった。ごめん。
それで…責任取るから、俺のヨメになる?」

「え、えっ⁈ そんな事言ってな…いけど…」

「吉田!彼女できた?やったな!」

 周りから生暖かい目で見られ、囃し立てられて、私は教室を飛び出した。
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