恋ごよみ

酒田愛子(元・坂田藍子)

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2.吉田くんという人

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 翌日、学校に向かう足はめちゃくちゃ重い。

 外部から入学の私は、知り合いがいない。
しかも入学式は参加できず、自己紹介は失敗で、帰りも走って帰ったため、クラスメイトも誰が誰かわからない。
そう、あいつを除いて…

 昨日、懲りたので急行を見送り、普通電車を待とうと座ったベンチに影が落ちる。
見上げるとそこには、昨日の熊、吉田くんが立っていた。

「おはよう。」

「吉田くん…お、はよ…どうして?」

「片目じゃ大変だろ?治るまで送り迎えしようと思った。」

「私がこの駅って…」

「いけたにさん」

「いけがや!」

「あ、ごめん。いけがやさん…面倒だな。歌音が竜北中って言ってたから、学区考えると急行止まるの、ここだけだから…」

 いきなり呼び捨てで呼ばれて、なんとも言えない気分になる。
中学でも池谷さんと男子、女子どちらからも呼ばれていたから。
私を歌音と呼ぶのは両親と離れて暮らす祖父母くらいなものだ。

「それで怪我の具合は?」

「目は辛うじて外れてたから、パンダみたいな内出血と腫れが引けば大丈夫だった。」

「良かった。」

 本当にホッとした顔をする吉田くんに腹が立つ。

「でも、おかげで入学式にでれなかったし、こんな顔だから写真も撮れなくて、遅刻の上に悪目立ちしたのは、ぜーんぶっ吉田くんのせいなんだけど…」

「だから責任とるから。一生そばにいるから…」

「そう言う問題じゃないの!」

 つい声が大きくなっていたようで、周りの電車待ちの大人たちの注目を浴びてしまう。

「とにかく俺が、歌音の高校生活を充実させてやるから、任せろ。」

 自信満々に言われたけれど、スタートからつまづきっぱなしの私が充実した高校生活なんて、送れるの?

 まだまだ胡散臭さ満載の熊、吉田くんを信用できないと思った。

それでも、ここからさらに40分遠くから急行でここまで来て、普通に乗り換え、私と学校まで一緒に行くと言う吉田くんについて来るなとも言い切れず、二人で一緒に登校することになった。



「おっす。タケ!」

「翔太、遅い…池谷さんと一緒に来たのか?」

 教室に入った途端、吉田くんと仲が良さそうな小柄なたけくん?が大きな声で言うので、みんなの注目を浴びてしまう。

「歌音のケガが治るまで、ボディーガードなんだ。」

「なぁんだ。翔太に生まれて初めて彼女が出来たと思ったのに。
ん?歌音って、いきなり名前を呼び捨てかよ。」

「仲良くなるには、まず呼び方だろ?」

 勝手に盛り上がっている2人にため息しか出ない。
私は、吉田くんに迷惑かけられただけで、彼女でもボディーガードのクライアントでもないんだけど。

「池谷さん、俺は竹下由孝。翔太とは幼稚園から一緒なんだ。タケって呼んで。」

「タケくん、よろしく。」

 とりあえず、このクラスで吉田くんとタケくんという知り合いが出来、やっと話せる相手が出来た事は収穫と思えた。

 私のクラス1Aは、特進クラスで、内進生も含めた入試上位30人のクラスだ。

 当然、吉田くんも成績は、いいのだろうと思っていたが、タケくんに聞いたところ新入生代表挨拶をしたらしい。つまり学年トップ。
 人は見かけによらないとちょっと失礼な事を思ってしまった。



 その日の午後ホームルームで、役員決めを話し合う時のこと。

「俺、文化祭実行委員やります。相棒は、歌音で。」

「嫁との共同作業だな。」

 タケくんまで肯定しちゃうので、吉田くんの一言で、私は彼と実行委員候補になってしまった。

「私に選択肢はないの?」

「これやれば、クラスのみんなとすぐ仲良くなれるから。」

 吉田くんにそう言われ、つい手を上げてしまった私に非はないと思いたい。
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