恋ごよみ

酒田愛子(元・坂田藍子)

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15.歌音1 side翔太

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 歌音のシングルベッドで、柔らかな歌音を抱きしめながら、俺は今までのことを思い出していた。

 歌音を初めて見たのは、高校の入学式の朝、混んだ電車の中だった。
 真新しいうちの高校の制服に外部からの入学生かな?と思いながら、顔を見て…一目惚れだった。

 同じクラスだといいなぁ。
うちの学校に高校から入るなら成績は優秀なはずだから、十中八九同じだよなぁ。
俺、入試トップだったから入学式の総代だし。

 そんなことを考えていたせいか、電車の揺れに体が反応するのが一瞬遅れ、彼女に俺の肘が当たった感触がした。
やばっ。そう思った時、彼女が声を上げた。

「痛っ。」

「すみません。当たりましたか?」

 慌てて謝ると彼女は、下を向いたまま

「大丈夫です。」

と応えてくれたので、少しホッとした。

 これをきっかけに話をして一緒に登校できないかなと淡い期待をしたが、高校の最寄駅に到着と同時に人が流れ出て、彼女を見失ってしまった。

 だけど…入学式の講堂にも1Aの教室にも姿がない。
ほとんど知り合いな自己紹介を聞きながら、俺の見間違い?高2の転入生だった?いろいろ考えていた時、ガラッと教室の引戸が開けられ、1年の副担任 加山が顔をのぞかせる。

「中原先生、遅れていた生徒を連れて来ました。」

 担任の中原が、一瞬、目を見張ったように見えたので、廊下側の一番後ろに座る俺は後ろの戸をそっと開けて、廊下の様子を見ようとして固まった。

 朝の彼女が…右目を覆い隠すようにガーゼが貼られている彼女がそこにいたから。

「えっと…いけたにさん?」

「いけがやです。」

 固まる俺なんか、誰も気にしていないまま、名前を間違えられた彼女は、訂正を入れると窓側の真ん中の席に座った。

「それじゃ、自己紹介の続きな。池谷さん、順番にやっているから、最後にやってくれ。」

 中原がそう言って、続きの生徒が話し始めた。

 何人かの挨拶のあと、俺の番になる。立ち上がって話し始めようとした時、視界の隅に彼女が立ち上がるのが、見えた。

「私を傷モノにした責任とってよ。」

 えーっ?やっぱり俺の肘のせいで怪我していたのか。
責任取るって、結婚⁈
いや、そこまで女から言わせる俺って、かっこ悪すぎだろ。
とりあえずあとで話をしようと気持ちを切り替え、自己紹介だけすることにした。
 
「えっと、とりあえず先に自己紹介。吉田翔太。彼女との関係はノーコメントで。」

 それだけ言って、座ろうとするが、今まで俺を硬派なのか朴念仁なのかと言い続けていた奴らに冷やかされたので、平静を装うのに苦労する。

「池谷歌音です。竜北中出身です。」

 改めて挨拶している彼女を見ると肩までの髪はサラサラで他の女子より少し高めの身長だが、俺から見れば、充分かわいい。
 声も女の子にしては、低めで落ち着いた感じがいい。
ずっと聞いていたい、心地良さ。

 そんなことを考えていたら、いつの間にか解散になっていたので、慌てて彼女…池谷歌音を呼び止めた。
 
「おい、池谷。」

「な、何?」

 池谷が、警戒したような顔をするので席に近づいてすぐにがばっと頭を下げた。

 まずは謝って、それから一目惚れしたって言って…

「そのケガ、今朝のだよな?ちゃんと確認して、一緒に医者に行けば良かった。ごめん。
それで…責任取るから、俺のヨメになる?」

 自分で言ってから、いきなりヨメはなかったよなと後悔する。

「え、えっ⁈ そんな事言ってな…いけど…」

 明らかに引かれた…やっちまったか?

「吉田!彼女できた?やったな!」

 周りから生暖かい目で見られ、囃し立てられて、池谷は教室を飛び出した。

「お前ら!彼女の身になれよ。みんな初対面なのに、そんな事言われたら…」

「ごめん。」

 囃し立てた中心人物の岡田に謝られたが、謝ってほしいのは彼女の方だよな。

「明日、ちゃんと池谷に言えよな。それと俺は本気だから、邪魔すんなよ。」

 一応クラスのみんなにくぎを刺す事だけは忘れずにしておいた。
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