無情の魔女は、恋をする

くろぬか

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1章

第11話 アイビー

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 「この辺りの筈なんだけど……」

 ポツリと呟いてみるが、周囲に怪しい気配は感じられない。
 街から出て、そこまで距離が離れていない程度の街道。
 依頼書によると、馬車を走らせていた商人が急に声を掛けられ「私は魔女だ」とご丁寧に自己紹介したそうだ。
 一体どういうつもりなのか。
 私の様に住民から顔を知られているならまだしも、他所からの放浪者の場合名乗り出なければ早々騒ぎにはならないだろうに。
 入国の際に身分証などを提示する事から、そこで“魔女”という事はバレても、その場で顔が知れ渡る事は無い。
 ならば入国を拒否でもされない限り、噂が広がる前に必要な買い物だけ済ませて出て行けば良い。
 ……というのも、外国に行ったことのない私の想像でしかないのだが。
 もしかしたら、魔女というだけで国に立ち寄る事は絶望的なのかもしれない。
 良く考えてみれば、そういう国の方が多い気がする。
 では、彼女は何故自ら名乗りを上げたのか。
 商人を襲撃しようとしたのならまだ分かる。
 しかし怪我人も出ていなければ、商品も無事だったという。
 交渉して何かを売ってもらおうとした……という線は薄いだろう。
 手は出さない癖に、敵意があると明確に告げたのだから。
 他の可能性を考えるのなら、魔女を名乗る事で何かしらの変化を与えようとした?
 国の人間を呼び出して何かしらの交渉を持ちかけるつもりだったのか、それとも国そのものに宣戦布告でもするつもりだったのか。
 いや、後者の場合は攻撃した方が手っ取り早い。
 だからこそ、余計に意味が分からないのだが……。

 「いくら考えた所で想像の域を出ないわね」

 ふぅ、と小さく溜息を溢しながら再び歩き始めた。
 こんな所でずっと立ち止まっていても、状況が変化しないのは目に見えている。
 囮になるつもりで歩き回ってみるか、それとも街道脇の森の中でも探索してみようか。
 なんにせよ、情報が無さすぎるのだ。
 周囲は少し暗くなり始めているが、まだ人通りがある。
 ガタガタと音を立てながら馬車を引く商人達や、地方から品を売りに来る者。
 旅人や、観光客なども混じっている事だろう。
 この国に詳しい者達は私の姿を見ると慌てて視線を逸らし、そうでないものは不思議そうな瞳を向けて来る。
 街道を女一人でプラプラ歩いているのだから、事情を知らない人からすれば相当無防備な行動に見えるだろう。
 何かしら変化が起こるとすればもっと夜になり、人目が少なくなってからだろうか?
 はたしてどんな目的が有るのやら。
 とてもじゃないが、自ら名乗り出る様な魔女が人目を気にするとも思えないけど……。
 私自身も存在を隠すつもりは無いので、聞かれれば名乗りはするが。
 それでもやはり、いちいち敵を作る様な真似をして回ろうとは思わない。

 「出来れば子供の悪戯か、おかしな相手じゃなければ良いんだけど」

 まぁ、そんな訳ないか。
 どこか諦めた気分で、しばらく周辺の街道を歩き回るのであった。

 ――――

 結局大きな変化は起こらず、日が暮れてしまった。
 そろそろ国の入り口たる巨大な門も閉まる頃だろう。
 もはや街道に人気は無く、周囲にコレと言って感じる気配も無い。
 一つ溜息を溢してから街道を少しだけ離れ、大人しく野営の準備を始めた。
 とは言え、眠るつもりはないから焚火を作るくらいだけど。
 とりあえず森の中から、薪になりそうな乾いた枝木を探して……

 「ん?」

 森に一歩踏み込んだ瞬間、目の前には乾いた枝が山積みになっていた。
 それこそ一晩保つんじゃないかってくらいの量が。
 明らかに人工的に集められた物。
 量からしても、誰かが不要だからと置いて行ったという訳でも無さそうだが……。
 私の他にもこの周辺で野営しようとしている者が居るという事だろうか?
 しかし神経を尖らせてみても、周囲に人の気配は感じない。
 では、これは一体何だ?

 「件の魔女が近くに潜んでいるのか、それとも」

 まぁ、良いか。
 考えても仕方がない、貰ってしまおう。
 コレを集めたのが魔女だとすれば、近くで野営している私に文句の一つでも言ってくるはずだ。
 そうなってくれれば、願ったり叶ったり。
 目的を聞き出す為には、まずは遭遇しないと話にならないのだから。
 もしも他の人物、というか一般人が集めたモノだったら大人しく謝ろう。
 薪集めを手伝えと言われるなら、それに従えばそこまで大きな問題にはならない筈だ。
 なんて事を思いながら、野営地にしようとしていた少し開けた場所まで戻って来てみれば。

 「珍しい嫌がらせね」

 さっきまで何も無かったその地には、何故か鳥や兎と言った魔獣の死骸が幾つか転がっていた。
 コレはどういう意思表示なんだろうか?
 というのと、もはや間違いあるまい。
 完全に、見られている。
 だが未だに気配を感じ取ることは出来ない。
 つまり相当の実力者か、もしくはそういう“能力”を持った魔女なのだろう。
 少々面倒な事態になって来た。
 というより、もう既に相手の策に嵌っているという事。

 「隠れていないで出てきたら? 話があるわ」

 薪を地面に投げ捨て、肩からぶら下げた長剣の柄に手を置いた。
 どこから来る?
 相手が本物の魔女だった場合、油断は出来ない。
 今まで幾度となく魔獣や人間とは戦ってきたが、同じ存在である魔女と戦うのは初めての経験。
 トレックには「私の方が強い」なんて言ってはみたが、本当はそんな保障どこにも無いのだ。
 もし此方と違って、魔術を得意とする相手だったら……非常にやり辛い。
 魔女というくらいなんだから、魔術を行使してくるのは当たり前な気がしないでもないが。
 そう考えると、長剣を振り回している私の方が異常なのか。
 とか何とか考えながら、周囲に視線を向けていれば。

 「こんばんは。この国の魔女様?」

 すぐ近くの木の裏から、植物が集まったかの様な緑色のドレスを纏った女が現れた。
 濃い茶色の長い髪を揺らし、私と同じ紅い色の瞳。
 思わず後ろに跳んで距離を取り、長剣を引き抜いてみたが。
 相手はクスクスと笑うだけで、何もしてこない。
 いつからそこに居た? 全然気配が無かった。
 まさかこんなに近くに居るとは思わなかった為、本気で驚いてしまった訳だが。

 「贈り物は気に入って頂けたかしら?」

 「……贈り物? あぁ、あの枯れ木とか魔獣の死骸の事かしら? 随分と良い趣味をしているのね。他人が野営しようとしている所に、亡骸を捨てるなんて」

 声を返してみれば、彼女は不思議そうに首を傾げてしまう。
 何を考えているのか分からないが、普通の人間じゃない事は確かだ。
 というか、本当に生物か?
 こんなに近くに居るのに、視界で相手の姿を捕らえているのに。
 全然そこに居るって気がしない。
 まるで幻でも見ているかのような気分になる程、相手の声以外の“音”が聞えない。

 「やはり街で暮している魔女は、こういう物は食べないのかしら? でも、薪は助かったでしょう? 貴女がココで野営する雰囲気を出していたから、“集めさせた”の」

 「集めさせた?」

 どういうことだ? まさかコイツ一人ではなく、他にも仲間が?
 だとしたら不味いな。
 こんな気配の読めない奴らが複数人潜んでいるなら、正直良くない状況だ。

 「まぁ、それは良いわ。大した手間でも無かったから、恩着せがましく言うのは違うでしょうし。自己紹介しても良いかしら?」

 気配どころか、考えている事も読めない。
 さっきから何なんだ? 何が目的でこんな事をしている?
 今の所攻撃してくる様子は無いが、とてもじゃないが剣を下ろす気にはなれなかった。
 今攻め込んだ所で、勝てる気がしない。

 「私はアイビー。下等生物達は私の事を“寄生の魔女”って呼んでるわ。ねぇ、貴女の名前は?」

 ニィっと口元を吊り上げながら笑う彼女は……何というか。
 私と同じ存在にはとても見えない、まるで獣か何かを連想させる。
 いや、怪物が目の前に立っていると表現した方が良いのかもしれない。
 そんな風に思ってしまう程、気味の悪さを感じた。

 「……エレーヌ。私はエレーヌ・ジュグラリス。“無情の魔女”と呼ばれているわ」

 「エレーヌ・ジュグラリス……無情のエレーヌ。フフッ、いいわね。貴女は見た目だけじゃなくて名前や呼び名も綺麗だわ。本当、“羨ましい”」

 「っ!」

 何故かゾッと背筋が冷たくなり、その場から横に飛んで回避行動を取った。
 相手は特別何かをした様子は無い、それどころか一歩も動いていない。
 だというのに、今の寒気は何だ?

 「あら、結構勘が良いのね。せっかく“仲良く”なれるかと思ったのに」

 「気味が悪いわね、“寄生の魔女”」

 何かされたのは間違いないらしい。
 けどそれが何だったのか分からない。
 これは……かなり不味い。
 思わず冷や汗が流れて来るが、相手は相も変わらず余裕の笑みを浮かべ。

 「大丈夫よ、エレーヌ。私と“仲良く”なってしまえば、そんな感情無くなってしまうもの。それこそ、本当に“無情の魔女”になれるんじゃないかしら」

 「訳の分からない事を……」

 長剣を腰だめに構え、一気に走り出した。
 大丈夫、相手との距離はそう離れていない。
 これくらいの距離なら、すぐに首を刎ねられる位置に――

 「へぶっ!?」

 駆け出した瞬間、何かに躓いて顔面から地面に激突した。
 地味に痛い、鼻の奥からジワリと血の匂いが広がっていくのが分かる。

 「あらあら、大丈夫かしら? 森の近くで走る時は気を付けないと駄目よ? 色々な物が地面から突き出していたりするんだから」

 嘲笑っている、という感じでは無いが。
 えらく軽い調子で、変らず微笑みを向けて来るアイビー。
 同じ魔女という存在を相手にしているというのに、向こうには随分と余裕があるみたいだ。

 「このっ!」

 すぐに立ち上がり、再び走り出そうとした時。
 右足に妙な違和感を覚えた。
 何かが絡まっているというか、引っ張られている様な。
 視線を足元に向けてみれば、そこには。

 「……蔦《つた》?」

 どう見ても、蔦以外の何でもない。
 だが何故、私の右足首にそんな植物が巻き付いた?
 とりあえず長剣を振るって切断してみると、植物はウネウネと動きながら森の方へと引っ込んで行った。
 植物、の筈だ。
 なのにまるで普通の生き物みたいに動いている。
 これって……。

 「気が付いた? 私は植物を操る魔術が得意なの。でもそれだけじゃない、色々あるから楽しみにしていてね?」

 なるほど、コレが相手の余裕ぶっている原因か。
 すぐ近くには森が広がっており、その全てが彼女の武器に変わる可能性すらある。
 だからこそ、こうして私の前に悠々と姿を見せている訳だ。
 でも。

 「あんな植物より、私の方が速い」

 台詞と共に一気に相手の懐に飛び込み、長剣を横に振るった。
 ブンッ! と音がする程に思い切り叩きつけ、間違いなく相手の首を吹っ飛ばした。
 筈だったのだが。

 「……どういう事?」

 私の前には、両断された細めの木が転がっていた。
 確かに周りの草木に隠され、遠目から見れば人が立っている様にも見えるくらいの高さだった、かもしれない。
 でも間違いなく先程まで私と話していた。
 さっきまで目の前で笑っていたアイビーという魔女、だった筈なのに。

 「この辺りでは少し珍しい種類の植物よ? 人に幻覚を見せる胞子をまき散らす花なの、お気に召したかしら」

 「本当に、厄介ね」

 舌打ちを溢してから、周囲を警戒して視線を動かすと。

 「これも、貴女の魔術なのかしら?」

 街道脇にあったはずの森が異常な速度で成長し、街道を吞み込んでいく。
 視界を遮っていく緑がやがて上空さえ木の葉で覆い、周囲は暗闇に包まれた。

 「森の中で、私に勝てるなんて思わない方が良いわよ。エレーヌ・ジュグラリス。さぁ、“仲良く”なりましょう? そうすれば、貴女はもう私のモノ。共に生きていきましょう? 私、一人に飽きちゃったの」

 やけに反響する声が、相手の正しい位置を教えてくれない。
 そんな私を嘲笑うかのように、周囲からは再び蔦が伸びて来て絡みつこうとしてくる。
 それらを長剣で叩き斬ってから、剣を横に構え直した。

 「生憎と、友好関係を築くのは苦手なの。他を当たってくれるかしら」

 何処にいるかも分からない敵に対して、後手に回っても仕方ない。
 視界確保の為にも、とりあえず周囲の植物を出鱈目にぶった切って回るのであった。
 これは本当に、手間の掛かる相手が現れてしまったものだ。
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