無情の魔女は、恋をする

くろぬか

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1章

第12話 無情 対 寄生

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 エレーヌさんの帰りを待ちながら、一人晩酌をしている時だった。
 カンカンカンッ! と、けたたましい警告の鐘の音が聞えて来る。
 その音は街外れにあるこの家にも届き、慌てて最低限の荷物だけ引っ掴んで家を飛び出す。
 こんな夜中に警告の鐘を鳴らすなど、かなりの緊急事態だ。
 魔獣や魔物の群れがこの国に向かって侵攻してきたとか、他の国が戦争を吹っかけて来たとか。
 詰まる話、敵はすぐ近くまで迫っているから避難の準備をしろという事。
 それくらいじゃないと、わざわざ国民を慌てさせる様な真似はしないだろう。
 街中まで走れば、少しは情報が掴めるかもしれない。
 なんて思っていたのだが。

 「な、なんだコレ」

 街中は思った程パニックには陥っていなかった。
 誰しも家から顔を出したり、外に出たりはしているものの、慌てふためいている人はほとんど見受けられない。
 一番忙しそうなのは衛兵であり、必死で住民に声を掛けて回っている。
 なんでも門の近くの住民はしばらく退避、他の人たちは指示があるまで待機。
 しかしすぐ避難出来る様準備はしておいてくれ、というものらしい。
 これだけなら、わざわざ鐘を鳴らす必要はなかったんじゃ……なんて思ってしまうのだが。
 状況に反して、目の前に広がる光景は異常だった。
 この国の顔とも言える、入国門を超えてすぐの大広場。
 そこには大量の兵士が集結し、綺麗に整列しているのだ。

 「トレック!」

 「ドラグさん!?」

 遠目から見ても分かる程の巨体が、野次馬を押しのけながら此方に走って来るのが見えた。
 随分と慌てた様子で、目の前で立ち止まるとぜぇぜぇと苦しそうな呼吸を繰り返している。

 「よかった、もうこっちまで来てたのか。随分街外れに住んでるって言ってたから、鐘の音が聞こえて無いかもって……様子を見に行こうとしてたんだ」

 「ご心配おかけしました……でも、これって」

 「分からん、まだ何も発表されてないんだ。でも、門の向こうでやべぇのが暴れてるって話だ。これも門番やってるダチからチラッと聞いただけだから、正確かどうかも確かめようがないが……」

 やべぇのが暴れてる?
 だというのに兵士は待機しているだけで、門の上を見上げても弓兵も攻撃している様子は無い。
 ならば戦争とか、魔物って訳ではなさそうだ。
 そうなって来ると……ソレって。

 「エレーヌさん?」

 もちろん彼女が反旗を翻すとは考えにくい。
 であれば、依頼にあった別の“魔女”。
 ソイツが暴れてエレーヌさんと交戦している、とか?
 しかもこの様子だと、結構近くで戦闘になっているのではないか?
 魔女二人が戦っているのなら、兵士達がこれだけ集まっているのも納得できる。
 だが。

 「なんで、誰も助けに行かないんだよ……」

 魔女に対して魔女をぶつける。
 考えとしては分かるが、今この状況で兵士達も動かせば、より確実に勝利を掴めるはずだ。
 なのに国の兵力は出し惜しみ、彼女一人に全て任せているのか?
 エレーヌさん一人で対処出来れば何もせず、もしもの時に備えて見ているだけ。
 詰まる話、彼等は保険だ。
 “無情の魔女”が敗れた時にしか、きっと動き出さない。

 「くそっ!」

 「トレック、どうした?」

 思い切り奥歯を噛みしめながら吐き捨ててみれば、ドラグさんは心配そうな瞳を此方に向けて来る。
 今まで考えていた事は全て俺の予想であり、現実は違うのかもしれない。
 でも、多分。
 この門の向こうで戦っているのは、エレーヌさんだ。
 そう考えれば考える程、何も出来ない自分の無力が悔しくなった。
 俺は一般人だ、戦闘で何か彼女の役に立てるとは思えない。
 けど、何かしたい。
 何でも良いから、手助けになりたい。

 「ドラグさん、門番の知り合いがいるって言ってましたよね? その方に頼んで、門の外に出してもらう事って出来ないでしょうか?」

 「何言ってんだトレック! 出来る訳ないだろう!? 一般人じゃどうにもならねぇから、こんな数の兵士が集まってるんだ。それにそんな事頼めるわけ無いだろ、下っ端の門番だぞ? 上の連中にでも見つかってみろ、ソイツの首が飛んじまうよ」

 分かってはいたけど、やっぱり無理か。
 実行すればまた周りに迷惑を掛けることになるし、俺が外に出た所で何も役に立たない。
 でも、このまま何も分からないで待っているだけなんて……。
 とか何とか考えながら、拳を握りしめている時だった。

 「放てぇぇ!」

 門の上から、大きな叫び声が上がって来た。
 やっと攻撃し始めた? 弓兵だけを動かしているみたいだから、援護の為の攻撃だと思いたいが……もしかしたら、エレーヌさんに何か?

 「お願いですから……無事でいて下さいね」

 何も分らぬ不安に押し潰されそうになりながら、俺はそう呟く事しか出来なかったのであった。

 ――――

 「凄いわね、エレーヌ。でも、それだけじゃ私は殺せないわよ?」

 周りから反響して聞こえる声に舌打ちを溢しながら、ひたすらに長剣を振り回していた。
 一度は木々に完全に囲まれてしまったが、どうにか突き破って今では月明りの下で戦えている。
 しかし……キリがない。

 「貴女も魔女なら、何かしら“ある”のでしょう? 早く使いなさいな、少しなら待っていてあげるから。いつまでもそんな鉄屑を振り回しているだけじゃ、絶対に終わらないわよ?」

 「本当に、お喋りが好きなのね」

 喋っている間にも、そこら中から蔦や木の根が襲って来た。
 こんなの反則も良い所だ、まるで森全てを相手している様な気分。
 とはいえ、相手だって無限の魔力を持っているという訳ではないだろう。
 魔力が無くなれば、魔術は使えない。
 だったら相手の魔力が空になるまで戦闘を続ければ……なんて、思ってはみたが。
 正直終わりが見えない。
 なんたって相手も“魔女”なのだ。
 私の能力とも言える“自身の治癒”だって、魔力を消費しているが。
 今まで魔力が足りない、もしくは無くなりそうだと感じたことは無かった。
 物理特化の私でさえこんな有様なのだ。
 相手はどうみても魔術特化、私よりずっと多くの魔力を保有している可能性が高い。
 そして何より、向こうはまだ全力を出している訳では無さそうだ。
 私に何かしらの“切り札”があると踏んで、警戒しているのだろう。
 それまでは姿を見せず、チクチクといやらしい攻撃を繰り出して来るだけ。
 こちらの手の内が全て分かったその時、勝負を決めに来るつもりだ。
 そんな奥の手、私には最初から無いのだけれど。

 「どうしても見せたくないみたいね、それなら攻め方を変えましょうか」

 少しだけ呆れた様な声が聞えて来たかと思えば、私の方へと向かっていた筈の草木が進行方向を変えた。
 街道で戦っていた私を無視して、国に向かってゆっくりの牙を向け始めたのだ。

 「っ! させない!」

 勢いよく走り出し、伸びていく植物の正面に移動してみれば。
 今までより勢いを増して襲ってくる上、こちらを無視して通り過ぎようとする個体も見受けられる。
 そのまま見逃す訳にもいかず、伸びて来る全ての植物に長剣を叩き込んでいくが……不味い、手が足りない。
 後退しながら戦うしかない状況に追い込まれてしまった。

 「あははっ、そんなに必死になっちゃって。壁の向こうに居る“下等生物”達がそんなに大事なの?」

 ケラケラと楽しそうに笑うアイビーの言葉が響き渡るが、生憎と答えている暇さえない。
 全力で駆けまわりながら止める事なく剣を振るっていないと、とてもじゃないが間に合わないだろう。

 「不思議なのよね。何故あんな連中を助けようとするの? それともこの街では“魔女”も普通に生きていける環境があるのかしら? 迫害される対象、ただただ生きていく事だって許されない存在、それが私達の筈でしょう? なのに、何で貴女はそこまで守ろうとするの、エレーヌ。教えてくれない? “無情の魔女”さん?」

 「ちぃっ!」

 伸びて来た木々を叩き斬ったその時、木の葉に隠れる様にして先の鋭い根っこが襲って来た。
 長剣を振り抜いた瞬間に襲われた為、回避行動が間に合わず思い切り脇腹に突き刺さる。
 そのまま背中まで貫通したが、途中でぶった切って背中から根っこを引っこ抜いた。

 「あら? もしかして痛みを感じないのかしら?」

 「……どうかしらね」

 軽口を叩きながらも、ゴホッとむせ込んでみれば喉の奥から血液が溢れた。
 でもそれも一度きり、穴の開いた箇所に触れてみれば既に傷口も塞がっている。
 私の特性は自らの傷を瞬時に癒す事。
 だからこそ、これくらいの傷なんでもない。
 なんて、言えれば良かったのだが。

 「ガッ!」

 「顔を顰めた。フフッ、痛くない訳じゃないのね」

 周囲から一斉に迫って来た植物が腹や胸、そして手足を貫いていく。
 痛くない……訳がない。
 私の特性は、感覚を捨て去る事は許してくれないのだ。
 だが、痛いと叫ぶ事は許されない。
 私は“無情の魔女”だから。
 しっかりと成果を残し、仕事を達成させないと。
 この国から追い出されてしまうから。
 私には過去の記憶がない、だから当然国の外の世界を知らない。

 「あぁぁぁっ!」

 「アハハッ! もしかして貴女、本当にソレしか出来ないの? だとしたらちょっと拍子抜けね」

 相手の嘲笑う声を聞きながら、体に突き刺さった蔦や根を切り裂き、無理矢理引っこ抜く。
 痛い、痛い痛いっ!
 泣いてしまいそうな程に、叫びたくなる程に痛い。
 でも、私は魔女だから。
 嫌われても、普通の生活が送れなかったとしても。

 「ホラホラ、しっかりと防がないとドンドン大事な御国に近付いちゃうわよ?」

 「ずあぁぁ!」

 例え化け物だと罵られたとしても。
 この身一つで国外に放り出される方が、怖かったのだ。
 何も知らない私が、自分の事すら分からない魔女が。
 外の世界で生きていける自信なんて、これっぽっちも持てなかった。
 だから、成果を残さなきゃいけない。
 戦わなくちゃいけないんだ。
 そうしないと、私には。
 本当に何もなくなってしまうから。

 「傷だらけになっても迫って来る、まるで獣みたい。自己回復なのか、それとも治癒魔法に特化しているのか。どちらにせよ……貴女、あまり魔女らしくないわね。攻撃手段がそれしかないなら、魔女同士の戦闘では最弱じゃない? せっかく綺麗な見た目をしているのに、勿体ないわね」

 少しだけ呆れた声を洩らした彼女が、唐突に私の前に姿を現した。
 ウゾウゾと動き回る植物の中から、まるで散歩でもしているかの様な気軽さで。
 間違いない、今度は本体だ。
 ちゃんと気配もするし、相手の立てる音だって聞こえて来る。
 だったら!

 「その首、貰った!」

 植物達の攻撃を無視して一気に接近し、相手の首に向かって長剣を横薙ぎに振るった。
 筈だったのだが。

 「……あれ?」

 ビチャっと相手に血液を引っ掛けただけで、振り抜いたはずの長剣がいつまで経っても視界に映らない。
 それどころか私の両腕が、肘から先が……ない。

 「欠損しても治るのかしら? まぁ、治らなかったら新しい腕を作ってあげるわね? もちろん、私の“お友達”になってからだけど」

 ニコニコと笑うアイビーが、私の後ろを指差した。
 状況が理解出来ず、彼女が指し示す方向へと視線を向けてみれば。

 「あ、あぁぁ……! かえ、せ」

 そこには、二体のゴーレムの様な物が立っていた。
 植物が集合して形作ったかのような歪な見た目。
 片方は細く、腕が剣の様に鋭利に尖った姿。
 もう片方は巨体で、巨大な腕には私の長剣を掴んでいた。
 その柄には、未だ私の両腕がくっ付いたまま。

 「返せっ!」

 激痛に耐えながら反転し、大きな腕のゴーレムに飛び掛かってみれば。

 「もう諦めたら? 大丈夫よ、エレーヌ。私は“寄生の魔女”、貴女の内側から変えてあげる。もう苦しむ必要は無いのよ? “仲良く”なりましょう?」

 アイビーの言葉に反応した細い方が、鋭い両腕で私の腹を貫いて来た。
 痛い、痛いっ!
 でも、腕を回収しないと。
 これまで欠損した事は無かったから、放っておいたらどうなるか分からない。
 また生えて来るなら捨て置いても良いが、もしこのままだったら?
 私は、本当に何も出来ない存在になってしまう。

 「だから、一度死んでくれる? そしたら、私たちはもう“お友達”よ?」

 「お断り……よ、このクソ魔女……」

 「貴女にはあまり汚い言葉は似合わないわよ? でも、その顔も良いわね」

 細い方のゴーレムが何度もこちらの体を貫き、大きい方が私の体を掴み上げた。
 本当に掌が大きい、私の体がすっぽりと収まってしまう程だ。
 なんて、考えたのもつかの間。

 「どうせなら、もっと色んな顔を見てから殺しましょうか。“お友達”にすると、本当に無表情になってしまうから」

 その声と共に、私の体は勢いよく国の門へと放り投げられた。
 物凄い風圧を全身に感じ、すぐさま何かに叩きつけられた衝撃が襲ってくる。
 グチャっていった、私の体。
 もはや何がどうなっているのか分からなくなり、ぼんやりしながら瞼を開いてみれば。
 近くで慌てている兵士達の姿が見えた。
 すぐ後ろには、国の門。
 不味い、こんな所まで後退してしまった。
 どうにか立ち上がろうと足に力を入れた瞬間。

 「放てぇぇ!」

 門の上から火矢が降り注ぎ、近くまで迫っていた植物を燃やしていく。
 そこら中から火の手が上がり、更にいくつもの魔術が門の上から放たれる。
 国の兵達が動き出した様だ。
 でも、これくらいじゃ多分……。

 「退避ぃ! 退避ぃぃ!」

 炎の中を巨大な植物ゴーレムが走って来るのが見えた。
 他の植物だって、今までの比にならない程の速度で周囲を包んでいく。

 「逃げてっ! アレが狙っているのは私よ!」

 周りで腰を抜かしていた兵士達に叫び声を上げてみたが、誰もが這う様に移動している為中々避難が済まない。
 これはちょっと、本気で不味っ――

 「周りの有象無象を、心配している暇なんかあるのかしら? エレーヌ」

 声と同時巨大な拳が正面からぶち当たり、そのまま国の門を突き破った。
 もはや自身がどういう状況かも分からず、狂ってしまいそうな痛みに耐えながら、また浮遊感を味わった。
 あぁ、駄目だ。
 私では、“寄生の魔女”に勝てない。
 本能的にそう感じ取った瞬間、ビチャッと汚い音を立てて私の体は入国門の広場に墜落するのであった。
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