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プロローグ

プロローグ Ⅰ

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   欠如したはるか昔の時代、人と人外が共に暮らしている時代があるらしい、共に朝を迎え狩りに出かける、獲物から栄養を取り込み同じ屋根の下で眠りにつく、長く共に暮らした全く接点のない種族。
    人と人外は時間が経つにつれてお互いを引き合い、いつしか己の命を預けられる程の存在になっていた。
    2つの種族は交わり、子をさずかったと言う。
    そのもの達から生まれた子供は、亜人ミクシードと新たな種族の名が与えられる。
    姿が人間に近く、頭からはツノが、口からは牙が生え、手足の爪は長く筋肉質な体に恵まれており成長すると人外より弱く、人より強い存在になっていた。

    原初に他種族が交わったのは鬼と人間だと語る。



   天空監獄城てんくうかんごくじょう スレア・ベネゲント
  
  通称……『天獄てんごく

    嵐の中、何が来ようとも動じぬとばかりに悠々ゆうゆう浮遊ふゆうする城。
   外壁が所々崩れて、此処彼処ここかしここけやサビが覗いている。
   見るからに長らく修復もされてないだろうその有様ありさまは今なお堂々とたたずんでおり、重々しい圧力と強靭きょうじんな存在感をかもし出していた。
   この城を見かけた者は皆、口をそろえて「獣臭けものくさい」と途方とほうもない愚痴ぐちを漏らす。
   それもそう……中には人類に害を与えただろう者、脅威きょういとみなされた者。
   王都から派遣される軍兵ぐんびょう、都合がよく幅の広い冒険者と接敵し捕らえられた人外が数多く収容されているのだから。

   人外……魔物、悪魔、妖怪、総括そうかつされた名を指で数えるに苦労は無い。
   だがこれらの種は人の目の届かない場所で子を産み、いかなる所にあらゆる姿で存在する。
   種族を1から数えると気が遠くなるだろう。

   この天獄てんごくはそれらを収容出来るほど大きくたくましく獣臭けものくさいのだ。


ガシャガシャコツコツ
    鎧を着た看守の青年、監獄城の警備巡回けいびじゅんかいいそしんでいる、外から雷鳴らいめいが鳴り響く嵐の中、透明な物質で炎を閉じ込めたランプを照らし監獄中を巡回していた。

「つっかれたー」
    誰かに放った訳でも誰が聞く訳でもなく、疲れから出た言葉を漏らすと腕を目一杯めいっぱい上げて体を大きく後ろへ背中を曲げ伸ばす。
    鎧を着ているため体が固く、伸ばすのも一苦労だ。
    今日で何回体を伸ばしたのかはもう覚えてはなかった。
    彼はここで働くまだ若い看守、魔物の様態ようたいとそれを囲むおりの状態、対象を繋ぎ止め捕縛ほばくされた状態を維持いじさせるために必要な装飾そうしょくの具合の点検。
    これらの異常があった場合、異常が見つからず問題がなかった場合も上司への報告をする。
    それが日常と化し、起きている間ほとんど業務にいそしむ彼…。

 ───エリカの役目なのだ。


    あまりの退屈さ、1年ほど前に歳の近い同業者と一日中くっちゃべってた時期がある。
    共に二人一組になって業務をこなしていたのだが魔物独特の異臭と責任感から来る圧迫感、環境に上手く馴染めなく日頃から積もりに積もった身体ともに内心の疲労と負担で耐え切れなくなったのか、その子は約1年でこの職務から身を引いてしまった。
    退屈、むなしさ、日が経つにつれ何かが喪失そうしつしていく、そんな日常がまたワタシ、エリカを襲うのだ。

    ここにいそしんでからの己の変化は?と言うと特になく、毎日決まった変化のない業務を繰り返す定型作業ていけいがたさぎょう
    思考が消極的しょうきょくてきな方向へ傾くのは仕方ないと割り切ったのはその同僚どうりょうが辞めた後だった。
    強いて言うなれば友達を作るのは同族である人だと心に決めた事くらい。
    小さな頃から魔物に対しほんのり興味があったため担当している役割に慣れてきた頃合い、看守の立場を利用して収容されている魔物に意思疎通いしそつうを試みたりするが…返ってくるのは、何を言っているのか理解の出来ない……通じもしない言語だ。だがなんとなく自分に対して暴言を吐いているのだろうと感じられる。
    言語がある以上魔物彼らには「会話の文化」がある生物という事、言語を発すると言う知能はあるのだから何か心変わりをしないかを理想に毎日りず挨拶とついでに軽い愚痴もつぶやいていた、しかしそれもむなしく、会話を試みても返ってくるのはおそらく変わらない罵倒ばとうの雨。
   自分に向けているしかめた表情、うっす嫌悪けんおが混じった怒号が罵詈雑言ばりぞうごんに見て取れていた。

   ちなみに仕事のやりがいは全く感じていない。
   だが退職に引っ張られるほどの強い意思はなく、しようと思えば辞めたい理由は多々あるが……自分の意志で辞められない理由があるからだ。


    ワタシは今から約4年ほど前に故郷である村フェブノイから家族や村の住人には言えない恥ずかしい事情があって実家を飛び出し町、街、都市を越えわざわざ徒歩で越境えっきょうした。
    使役しえきした獣を使って車体を引く獣車じゅうしゃや同じ村にいる遠出に慣れた商人にでも頼んで国をまたぐ手段もあったのだが、あいにくワタシの家族には店を持って営業をしたことも、やとわれて出稼ぎに行き仕事をこなして報酬を貰えた経験者はいないため商人を雇える程の貨幣かへいは持ち合わせていなかった、なんなら自然をにし貨幣かへいなしで村の住人と互助ごじょし合う環境、仕事をして稼ぎを行う人の方が珍しかった。
   商人や日頃から王都といった大都市に足を運ぶ方々はフェブノイ村唯一ゆいいつ、都会から多かれ少なかれ情報を持ち帰る貴重な存在だったのだ。

    故郷の田舎フェブノイでは周辺に防衛できるかも怪しい貧相ひんそうな柵で囲われておりそれを超えると辺り一面殺風景さっぷうけいな平原に包まれている。
    普段、感染症や毒といった無害な植物、実った果実を食し、決まって骨が丈夫な肉の沢山付いた大人四人分、運が良ければ八人分に値する大きさをした中型四足歩行をする危機感の低い獣ペルトラオを何人もの大人が軽い傷を負い荷車にぐるまを引き帰ってくる。
   毎度そんな光景を見ては「顔が恐ろしい」「死後の匂いが鼻につく」「なんて大きさだ、これが中型か…」と腰を抜かして体調を悪くする自分がいた。
   いつも兄さんに抱き上げられ家まで運んでくれていたのはいい思い出だ。
   母さんからは「普通こんな獣、大人でも狩るのは難しい、お父さんいつ死んでもおかしくないよ」と疲れ果てやつれた顔で語りかけてきたのをよく聞いていた。「大人になったら僕もあの人達と同じように狩りに出かけるのかな?」と自分に対する精神的な圧力にもなっていた。
    運がいいのか、数は少ないが今も昔も珍しく曾祖父ひいじいさん世代に魔術を扱える放浪者ほうろうしゃが移住されて、後に子を産みその子孫が村の暮らしにいとなんでいるのと。
    うちの田舎に「静かで居心地が良く自然が心の邪念を洗い流し清潔さに満たされる」と言って住み着いた、武者がいること。
    これが相まって、狩りのご助力じょりょくになっているおかげで大人達は軽傷で済んでいるのだという。
    あの方達がいない頃の村は獣の死体を引いて帰ってくる頻度ひんどは少なく逆に返り討ちにされた死人を引いて帰って来ていたのだとか。
   農業で鍛えられた父さんがいくら獣相手に足掻あがいたとしてもきっと遺体となって帰ってくる……そう想像すると内心が震える。
    父さんが軽傷で済んでいると言う事実にあの方々には礼だけでは足りないだろう。
 
    ちなみにワタシと言うと武器の技量と魔術の才はほとんどなく、武器と言えるものなんて握ったことすら……強いて言うなら、父さんが護身用に持っていた錆欠さびかけた剣と畑をたがやくわしか握ったことがない。

   使える魔法は自分の顔程度しか照らせない小さな光を手の平から生み出すことと食べ物を温めるため火をおこす毎日実家での継続型労働けいぞくがたろうどうがめんどくさいというだけの理由で会得した、このランプに灯してある小さな炎だ。
   どの魔法も戦闘では活用したことがないため、いざ狩りにでも行こうものなら自分が狩られる側になるのを容易よういに想像できる。
   貧弱ひんじゃくで戦闘に芸のない僕がなぜ家を飛び出し越境えっきょうまでした理由はと言うと。
  叶うか分からないかすかな夢があったからだ…。

   そう夢……いや、夢というより野望に近いのかもしれない。

   幼い頃に父さんから聞いたどこぞの村で青年が出稼ぎに行きあらゆるさかえを村へ持ち帰った英雄の御伽噺おとぎばなし
   僕はあの時聞いた御伽噺に惚れてしまった。
   恥ずかしい話、その青年と歳が同じになるまで見計らい年甲斐としがいもなく寝室に手紙を残して家を、村を出ていったのだ。
   出て行くと決めた日、心に誓った。

   毎日危険に身を投げる父さんに「もう狩に出かけなくて良い」とやしなってあげたい、いつ死ぬか分からない父さんを心配する母さんに「4人で裕福しよう」とはげましたい。
   弟だからと親より面倒見のいい兄に立派な自分の姿を見せて安心させたい。
   僕に優しくしてくれた村の住人に一生食うことに困らない貨幣かへいを山が出来る勢いでばら撒いてやりたい。
   村を改築かいちくさせ子供が外で自由に遊べる、自然の恐れを知らない環境を作ってやりたい。
  ワタシは家族の為、村の為、英雄になりたかった。
  こんな恥ずかしい話、家族に限らず誰にも言えない。言えるはずがない。

……あのお伽噺に登場した主人公のようになりたいと、今なお微かに野望を背負っているのだから。
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