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プロローグ

プロローグⅡ

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   今日の仕事もそろそろ終わる。
いやぁ、疲労が溜まったと言って無事、明日から3日間の休暇を貰えたことだし街にでも寄って休みを堪能たんのうでもしようかな......。
    ってこんな嵐じゃ飛獣ひじゅうも怖がって外にも出てきてくれないよね。
    まさかよりにもよってこんな時に嵐が来るなんて思いもしなかった、この悪天候あくてんこうがしばらく続くのであればせっかく貰えた連休がパーだ
    天候を知る手段もなかったもんだから少し後悔してる。
    いや……かなり深刻に後悔してる。

    エリカの中にこもっていた「休み」と言う期待が砕け、変わらない城での寝泊まりが続く遺憾いかんの混じった溜め息が漏れ出る。
「はぁ」

    歩くだけで鎧の音が監獄内に響き渡る空間、悪天候の嵐もあいまってただでさえ薄暗い不気味な通路に不安と恐怖の厚みがかかる。
    通路左右に檻があり、檻に入っている鎖で巻かれた魔物は壁や地面に体を当て睡眠に入っていた。
    起きていればこの溜め息も聞かれていたであろうと脳裏をよぎり少し身構えてしまう。
    魔物から帰ってくるのは罵声なのだから、何を言われるか何となく頭の中で想像できる。

 そんな他愛もないことを考えていると、どこからか来た強風がエリカを力強く押した。

「えうっ!」

    あまりの勢いに驚くと同時に自分の口から出た、まるで女性が発しそうな声質に対して内心、己の性別を疑ってしまう。
    外から光が差し込んでいる、老化で砕け、壁に空いた狭間はざま、おそらくあそこから風が入ってきたのだろう。
   狭間はざまと言うよりかは完全に穴だ、この穴の情報は既に上司や同業者達は認識済み、ここへ働く前から存在していた訳だが認知されていても修復は見るにされていない。
    小柄こがらなエリカになら簡単に通り抜けれる大きさ、穴へ近づき顔をのぞかせた。

    誰も見てないもんだから仕事の鬱憤うっぷんによくここへ来ては外の空気でも吸って時間を潰している。

    天候を眺めたあと顔を突き出す、挟まって困る事も無く、顔を出すのになんの障害もなかった、下を見下ろしたが地面は見えそうにない。

   これじゃあ城の位置を把握出来ないな。

   この天獄スレア・ベネゲントは存在している限り流れるまま浮遊ふゆうを永遠にす城。
   何故浮遊ふゆうしているのか、どんな経緯けいいで誰が作ったのか僕は知らない、その事で疑問があり、ある程度長く務めてあるだろう上司にたずねてみたが、分からないと言いたげに露骨ろこつな表情を浮かべたため彼の表情から気持ちをみ取った。
   どうやら、知るにはもっと古参こさんの知識ある者に聞いた方が良さそうだ。

……にしても、何度見ても高いや。
   もし何かしらの災害や収容されている魔物が暴れ出したりして城が崩れ落下するような事件が起きたなら、この高さでどう生き残ればいいんだろ?
   っというか……すごい天気、毎年嵐なんて業務妨害するうるさいだけの近所迷惑だと思っていたけれど、こんな近くで稲光いなびかりを目の当たりすると、自然が怒りを訴えてるようで少し怖いな。

   ただただ一面に広がる不吉ふきつな光景にどこか違和感を覚えて、しかしそんな違和感を追求はせずボーッと一点に見入り、無駄な時間を過ごしてしまう。
   雲同士が体をぶつかり合わせ風が生まれているように見え、邪魔だと言わんばかりに進行方向にいる雲を貫く雷……まるで自然が縄張なわばり争いをしている様子、それらをかき分けるように差し込む太陽の光、まるでこの戦況せんきょうの支配権を握って遠目から眺めているような。
   どれも自分勝手、暴君的ぼうくんてきで不気味だがそれと同時に何故かステキだなとも思い、疲れているせいかそんな幻想を見た。しばらくは忘れないだろう。
   夢のような光景、せっかくの休日をこの悪天候のせいで潰れたショックが思ったより内心効いているみたいだ。

   何をほうけていたのか…思い出したかのように我に返ると顔を引っ込め自分の役職に取り掛かって行った。
   陽の光が薄くなるにつれ、何故か心にもやがかかったような負担がのしかかる。
   毎日精神的な苦痛と戦って職務を真っ当しているのだが、看守の身に約3年経った今でも慣れることもなければ好きになることもない。だが、止める気もあまりない。
   正直なところ止める気がないと言うより、ここをやめてしまったらまた無一文むいちもん 屋根無やねならしになるため、止める前に新しい仕事を見つけてから辞めたかった、潰れた休日もただ疲れを取る為だけではなく職探しの為でもあったのだ。ここに居られなくなった時のことを考えて……。
    悲しくも現実は変わらない、取り敢えずさっさと仕事を終わらせてゆっくり頭を冷やすとしよう。

   エリカは暗がりの通路に足を運ぶ、檻の前で足を止め、重い体でしゃがみこむと檻の中に入った魔物の点検作業に入った。
   道中の異常と魔物の状態を軽視けいしせず慎重しんちょうな流れで視線をめぐらせる。

    深い睡眠に入った小型二足歩行のトスプ、顔の形状が正面を向いて前方へ伸びたように長く頭上からは先端が丸くなった角が生えている、体格は殆ど何も食べてないので体はほそっているが天獄に来る前の筋肉はおとろえていない。
    この個体が来たのは1年2ヶ月、清拭せいしきは僕の担当外、壁を無理やり爪でいたのか、指の先からひじに至るまで所々に血が付着している、昨日点検した時はなかったものだ。
    見回りや状態を視認しにんしやすくするため、点検前に対象の汚れなどを洗い流す清拭せいしきの担当者が入るはずなのだが……どう言う状況なのだろう?
軽く首を傾げた。

    血液が黒く変色しているため昨日終わった後から今日の今まで放置されていたのだろう。
職務について最初の1ヶ月、人や役職によって2ヶ月近くは上司に指導して頂ける、指導者の判断である程度問題なく遂行出来れば、役職を貰い晴れて天獄の看守になれる訳だ。
   さっきも言ったように指導が終われば1人での環境となる、ポジティブに言えば勤務中にグダグダ言われず自分のペースで進行できる、逆手を取ればバレずにズルが行える状況だとも言える。

────サボっちゃったか。

   まさか、魔物の異常ではなく同業者の汚点を報告することになるとは……。
だがあくまで推測すいそく、見たわけでも聞いた訳でもないため断定は出来ない。

    魔物の体にはいくつもの鎖で巻かれた痣が残っていた、エリカは俯瞰ふかんしてみる。

    暴れて手が付けられなかった状況だったのかもしれない。もしそうだった場合、例えしばられた相手でも凶暴な魔物に違いは無い。命を落とす可能性は大いにある。

────仕方ないか。

    長い時間自由を奪われている状態、立場が逆だったらいつ何をされるか分からない不安な精神状態で放置なんてされたら、おだやかな性格ではいられない。
    上司へ報告の際あちらから事情を聞くことになるのだろう。

    ここまで来るのに同じ種をもう何匹も見た、普段から魔物と一方的に接触しているためそこら辺の土臭つちくさ田夫野人でんぷやじん都民とみん、下手な冒険者よりかは詳しくなっている……はず。

    休むことを拒み、次へ次へと体を動かす。
1回休みを挟むと怠惰感が襲うため、こうやって仕事で頭の神経が狂ってるうちにさっさと片付けたいのだ。

「っし」
もうこの辺でいいでしょ。

    務めている業務に区切りをつけ、胸に手を当て静かに息をつく。────そして。
    エリカの中で日常と化している対話を試みる。

「君たちも大変だね、こんな薄暗くて小汚いところでさ、何にもすることがなくて退屈でさ、僕だったら泣いちゃうよ」

    目の前で大胆に不躾ぶしつけがましくたたずんだ魔物。
暗がりでおおわれた場所な為、ランプで全身を照らすようにかかげてみるが見えるのはまたをこれ見よがしに開かれたつま先から腰までだけ。
    なんとか魔力を操作しランプに灯した炎に集中させると、痛々しい傷跡の付いた筋肉質なお腹まで明らかに出来た。

    はたから見ればまるで同族に話しかけているように思える絵面、当然エリカは魔物の言葉が分からないため、自分の知識ある言語でしか話しかける手段が無いのだ。

「ここに来る前は何してたの?」

    回答は沈黙ちんもく、寝ているのか、聞くに値しないと無視されているのか、普通に考えて僕の言葉が分からないだろうと思うがどちらにせよ反応が返ってこないのは少し悲しい。

「せめて名前くらい教えて欲しいなぁー、暇なら声出してみてよ、あぁ怒鳴るのはやめてね、僕大きい声キライー」

    まぁ、返事が返って来たところで理解出来るかが問題なのだが……経験上、無い。

「なにか悪いことするつもりじゃないよ?ただ話したいだけなんだ、君たち魔物の知識を聞かせて欲しい、どんな話し方するんだろ?とか、個体や育ちによってなまりがあるのか?お互い呼び名があるのか?、無駄な知識を増やしたいんだ」

    何故こんなにも魔物に執着しゅうちゃくしているかは自分でも明確に理解出来ていない、きっと魔物に対話を試みるくらいに暇で仕方がないのだと思う。

「会話の文化があるなら文字を書くことは出来るの?」

    今まで格子をはさんで魔物同士が会話を交わしている場面は見たことがある、だが手話や文字といった意思疎通いしそつうは見たことがない。

   そう思いつつ何度か対話を試みるも魔物との関係の質や知識が増える進展は見られなかった。
 しかし思い当たるところはあった、それはやけに静かな事……。
   いつもと変わらずしつこく話しかけたつもりだがうんともすんとも言わない、しびれを切らしてか、僕をにら怒鳴どなりつけて訴えてくる仕草しぐさをとると予想して身構えていたけれど、一向にその気配がなかった。

    何もしてこない何の反応もない、今日に至るまで似たような状況は何度かある、それは大体、僕が日課のような対話をしていないか、もしくはこの天獄に収容されている魔物の数自体が少ない時だ。

   そういう日もあるのかな?
   相手も生物、日による感情や性格の変化はあるだろう、今日はたまたま静かな日だという答えに至った。

    まぁ別に親睦しんぼくを深めたくて今まで行っていた訳ではなく、ただ暇な時間を潰すのとなんとなく試みた対話が日増ひまに日課になっただけ。

    ん?……そういえば今日嵐だ。
    思えばそうだ、先程自分で目にしたじゃないか、あの荒れに荒れた戦況……いや、天候を……。

    魔物は嗅覚や聴覚といった感覚が人より鋭い、多分だが先程体験した嵐の環境音が彼らにもうとっくに伝わっているのではないだろうか。
   きっとそれにおびえてこんな静黙せいもくな状態になっているのだろう。

   実に印象深い光景だったはずだ、滅多めったにないものを直ぐに忘れかけてしまった。

   これは自分で思っているより疲れてるなぁ。
何となく頭痛がする、後気持ち悪い感じもしてきた。

   エリカは片手で頭を抱えると……


「ニプ……シーヴァ」
   何やらボソボソと聞き覚えのない音が聞こえてくる。

   とうとう幻聴まで聞こえてきた、今日はここまでかな。

   エリカは長い溜息をついたあと、それが声だと気付くのに時間がかかった。
   背後の牢獄から微かな枯れた声が聞こえてくる。

「ヌーモス……」

「へ?」
   思わず素っ頓狂すっとんきょうな声を上げエリカは声のする背後に恐る恐る顔を向けた。

   そこには床にへばり着くように伸びた髪、不敵ふてきな表情をした身体中傷跡だらけの魔物が対面たいめんの通路を挟んだ檻にいる同胞に弱々しく話しかけていたが……エリカはそうは思わず、自分に対する今まで積み重ねてきた対話の返答なのかと感じていた。

   こんなに静かな声質は初めてだった、怒鳴られる日々が体に染み付いていたせいで予想外の状況に頭が追いつかない。
   しばらく取り乱していると……。

ガシャン!
    突如とつじょなった衝撃音が鳴り響き監獄内を反響する。

「ヒッ!」
   急な出来事に驚くと、すぐさま音の鳴った方へ振り向く。
   先程対話を試みていた魔物だった、体を起き上がらせ格子こうしを握りしめ、こちらを見下ろし睨んでいる。
   今さっきまで暗がりでほとんど見えていなかったが、立ち上がった姿ははるかに高く、きっとこの体格に並ぶ人間はいないだろうと内心怖気おじけずく。

   檻の中の魔物に挟まれていることを認識し自分の状況に恐怖が走る。
 
   相手はしばられ動きが制限されているのは分かっているが、それでも手の届く範囲に踏み入れば簡単に殺される、鎧なんてただのふたをした入れ物、こじ開けられるかそのまま鎧ごと圧縮され潰される、奴らには簡単な事だ。

   それに…

   手が格子までとどいてる……?

   魔物の行動範囲の制限はある程度、我々看守に害のない間合い。
   基本的に手首足首から肩、足の付け根 鼠径そけい部分の関節にかけて計12本。
腰と胸周りにこれでもかといい加減に何度も巻きつけられた鎖が計2本。
   首に1本、総計15本の壁から生えた鎖に巻かれている。
   手足や胴体が複数ある魔物ならこれ以上だ。
   厳重げんじゅう緊縛けいばくされていることで看守の業務に被害が出ないよう、牢屋内での自由は殆ど無くし格子からも数距離、離れた状態で腕を前方に伸ばせない構造であるはず……

   見間違いでは無い、たった今目視もくしで確認出来た。
   左腕の鎖が伸びきり、更には砕けて損壊そんかいされていた。

   天獄ここにある捕縛に必要な格子や鎖などといった物はそれなりの上質な鉱石で職人が仕立てたと聞いている、そう易々やすやすと壊れる物じゃないと分かっていたはずだったのだが……。

   焦りだった、エリカはパニックにおちいり他の可能性があるにも関わらず、無理やり力ずくで壊されたと思考が固定してしまった。

   このまま格子ごと、壊されるんじゃ。

   足がすくむ、最悪な状況を頭の中で描き背筋が凍った。
   怖気ずく足を無理やり力を込めて動かす。

   看守長……リアム看守長に報告しなきゃ……。
   責任感が背中を押したのか、それとも少なからずこの職務に熱意があったのか明白では無いが、きっと恐怖だった。自分のせいで、職務を真っ当出来ず自分へ責任が降りかかるのが恐ろしかったのだ。

   エリカは右足をじくにクルっと進行方向へ体を曲げ廊下を滑るようにその場を足早に離れ、小さな灯りを照らし暗闇に消えていった。





   彼がいなくなった空間はしばらく静寂せいじゃくが広がり後に話し声が聞こえてくる。この空間に先程の人はおらず人外のみが存在している。

「·····奴らが憎い、見ているだけで、声を聞くだけで不快だ。見たかあの様を、起き上がっただけで肝を冷やし逃げていった。なんて脆弱ぜいじゃくな生物」

「そうは言うが忘れてはないだろうな、ワシらはその脆弱ぜいじゃくな生物に捕まったろうテ。ワシとて同じヨ」

「同じじゃない、姿こそ似ているが特攻していた我らを捉えた者は禍々まがまがしい光をびていタ、何度思い返しても先の逃げていった奴の同種とは思えん」

「同じと言っている、ワシも腕には自信があった実際あの戦でアヌンどもを数え切れぬほどぎ倒してやったのジャから」

「アヌンはどいつもこいつも見分けがつかン」

「あぁ……だが微かに違和感はあった、あの時アヌンの軍勢に隠れてハッキリせなんダ、異質な存在がワシら目掛け飛んで来るまでは……武器をまじえて確信した、そいつが異境いきょうだということに……そしてワシでは敵わんということも」

「なぜ我らがこんな目に、あんなアッサリ決着がつくとは……異境いきょうが現れてから戦況せんきょうが一気に傾いた」

「お前も運が悪かったな、いや相手が悪かった。こうして生きているだけでまだ助かる望みがあるというもの、お主も奴に魅了されてついて行ったんジャろう?」

「……迂闊うかつだった、コイツならと希望を見てしまった、なんせ大群を引き連れていたのだかラ、並外れた実力を持っていると誘いの時感じていタ……あの独特な匂いと髪質今でも思い出すス」

「間違ってはいなイ、奴は強かっタ、異境いきょう相手に手も足も出なんだワシらとは別格だと戦闘を見て明らかジャッたろ」

「……だが敗れた」

「相手が悪かったと言った、勝てると思っていたが……異境いきょうも余裕が無いように見えておった……期待してしもうた」

「ここを出たら次こそは……」

「アヌンの力を見てまだそのような闘争心があるとは、若いのには敵わんナ……ここへ来たなら助けが来るのを待つのみヨ、共に信じ耐えようゾ…。」





ガシャガシャコツコツ
「つっ疲れた……」

   走っている間、1度も後ろを振り向かなかった、檻を突き破って追いかけてきてたら……そんな事ある訳ないと分かっている、それほどの恐怖モノだったということだ。

   ほんとに勘弁してほしい、長くいると体に魔物の匂いが移って臭くなるし、歩いてるだけで暴言吐かれるし、薄暗うすぐらくて気味悪いし⋯⋯もう実家に帰ろうかな?
────「ガタンッ」

ヒッ!……

    寝返りを打った魔物に巻かれた鎖がぶつかり合った衝撃音で驚く。

「あーもう嫌だー⋯⋯点検作業だけなのにこんなに疲れるなんて」

   精神的にもやられてしまった。
   もうだいたいやること終わったし、さっさと先程の事態をリアム看守長に報告しないと。
   魔物に興味があるっていう理由と前途多難ぜんとたなんだった僕を看守長に拾われた恩で始めた仕事だけどいざやってみるとそれはもう苦しいし、まぁ危険がある分給料も良かったし、何より飛獣ひじゅう必定的ひつじょうてきに乗れちゃうから今まで頑張ってたけど、正直向いてないよねこの仕事。
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