ヤンデレ彼女は浮気なわたしを舌ピの中に閉じ込める

西園寺 亜裕太

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逃げ場のないキス

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「ほんとに何してるんですか……!」
咲良さんが変な道に入ってしまったから、呆れながら、足場の悪い道を追いかけていく。

行く手を木々が邪魔をするし、歩くたびに、バリバリと枯葉が砕ける音もする。通るのが難しい道だけれど、咲良さんは小柄で身軽だから、どんどん先に進んでいった。少しずつ、咲良さんとの距離が離れていく。

「ねえ、待ってくださいって」
このままだと、見失ってしまいそう。必死に追いかけていると、蜘蛛の巣が顔にひっつくし、枝に服は引っ掛かるし、だんだんとストレスが溜まってくる。

「もうっ、嫌っ! わたし帰りますよー」
面倒くさいし、今からでも引き返してやろう。そう思ったけれど、そんなわたしの様子に気付いたのか、咲良さんはクルリと方向を変えて、慌てて戻ってきた。

「待ってよぉ。あたしを一人にしないでってば!」
そう言って、わたしの手首を掴んでしまった。そのまま、再び咲良さんは狭い道を進んでいく。わたしの手首をギュっと強く掴んだまま。

初めはコートを取られないようにするために逃げていたはずの咲良さんが、なぜかわたしと一緒に歩いている。

「何してるんだろ……」
「何って、なず菜ちゃんが歩きにくそうにしてるから、手引っ張ってあげてるんだよ?」
「いや、コート追いかけてきたのに……」
「んー、細かいことは良いじゃん」
「細かいことですかね……」

主題がすり替わっている気がするのだけれど……。まあ、咲良さんに正論を言っても仕方がないかと思い、彼女に手を引っ張られながら、黙って歩き続けるのだった。

それから間もなくして、わたしたちは狭い道を抜けた。暗くて周囲が見づらいから、長い時間歩いた気分になったけれど、実際には1分程で整備のされていない道を抜けられたのだった。

「ここ!」
咲良さんが元気に声を出す。

街灯1本だけが照らしている、ほんの5㎡くらいの狭い場所。小さなテラスくらいの面積しかない高台にやってきたのだった。

「ここって言われても……」
わざわざあんな狭い道を通って、こんな狭い場所に来たけど、どういう意図で連れてきたのだろうか。

「夜は来れないから」
「来れないって?」
「危ないから立ち入り禁止」
「いや、どこに連れてきてるんですか……」

確かに、本来の正規の通路のような道にはロープが張ってあり、通れないようになっていた。高台のような場所なのに、年季の入った木でできた柵は力をかけたら簡単に壊れてしまいそうで、気を付けないと斜面を転がり落ちてしまいそう。

「こんな危ない場所に来させないでくださいよ……」
やっぱりついてくるんじゃなかったかも……。今すぐにでも帰りたい。

「デートスポットなんだって」
「いや、だったらなおさらこんなとこ来たくないんですけど……」

デートスポットに咲良さんといるとか、透花に見られたらかなり怒られそう。家から離れた、透花にバレない場所に紅葉を見に来て正解だったって、今日何回思っただろうか……。

「でも、見晴らし良いよ」
「そういう問題じゃ……」
「まあ、見てみなって」
咲良さんに言われて、仕方なく高台から周囲を見渡した。

「ほんとだ……」
ポツリと呟くと、横から咲良さんが、「でしょ?」と満足気に笑っていた。

狭い場所だったけれど、見晴らしは悪くない。紅葉は先ほどまでの綺麗に彩られた人工的なものとは違い、山の斜面に自然に生えているものだけが見える。生え方はバラバラだし、色づき方もバラバラ。暗い夜の中に存在している、ありのままの紅葉をしっかりと見ることができる。

「綺麗でしょ?」
尋ねられて、しっかりと頷くと、咲良さんがホッとしたように息を吐いてから、続けた。
「ライトアップされてる紅葉も良いけれど、ひっそりと、けど、そこにしっかりと存在している紅葉も好きなんだよね」

暗い夜の中に沈んでいる紅葉が月明かりを頼りに、ありのままに存在している。わたしがもう一度静かに頷いたら、咲良さんも納得したみたいに頷いて、静かになってしまった。

つい先ほどまで明るくて、周囲に人がいた場所にいたからだろうか、2人だけで静かにしていると、まるで深海の中みたいに、何も聞こえない場所にいるかのように感じられる。わたしも咲良さんも、人工的な音の聞こえない空間で、ただジッと紅葉を見ていた。

そんな深海の重たい世界から、ゆっくりと浮上するみたいに、咲良さんが慎重に口を開こうとしていた。

「さっきはごめんね……」
咲良さんが、俯いて山の斜面の紅葉を見下ろしながら、ポツリと呟いた。

「えっと……」
何について謝っているのだろうか。イマイチピンと来ていないわたしに説明するみたいに、咲良さんが続ける。

「なず菜ちゃんはが透花ちゃんのことで悩んでるのに、別れてほしいとか、ほんと、あたし何言ってんだろって思って……」

吐き出されたため息は、咲良さんに会ってから、一番大きかったかも。能天気に見えて、咲良さんはずっと考えて、気にしていたのか……。

「別に良いですって。咲良さんの言うこと、いちいち気にしないですって」
いつもの冗談でしょ? そんなニュアンスで伝えた。

さっきは咲良さんらしくない真剣さで、思わず本気に捉えかけてしまいかけたけれど、よく考えたら、発言してるのは咲良さんだもんな。何も考えずに、冗談のつもりで、別れて欲しいって言っただけだろうに、むしろ真剣に考えたわたしの方が恥ずかしかったかも。

そう思って、笑うと、咲良さんが不満げに言う。
「えー、あたしのことなんだと思ってんのさ?」
「いつも変なことばっかり言ってる人」
「酷いなー」

あはは、と笑った咲良さんが小さな声でポツリと呟く。
「酷いなぁ……」

どこか苦しそうなニュアンスを交えて伝えてくる。突然の落差。ほんの数秒でテンションを変えられたら困ってしまうんだけど……。

「あの……」
どうしよ。また揶揄われてんのかな。冗談なら、もっと明るく言ってほしいのに……。今日の咲良さん、かなり感情が不安定みたい……。

いつの間にか、風が強くなっていた。咲良さんのピンク混じりの黒髪がサワサワと揺れている。

「冷えてきましたね」
なんて、声をかけてみたのに、咲良さんはわたしの方へは一切向こうとはしなかった。

「なんかさー。本当は今日こんなこと言うつもりなかったんだけどさぁ……」
咲良さんは、困ったように、遠くの方を見ながら、独り言みたいに呟いた。遠くを見たって暗い山の裾が広がるだけなのに、まるでそこに何かあるみたいに。

「ただ、なず菜ちゃんと、楽しく紅葉を見て、楽しく帰って、それで満足って思えるはずだったんだけどさ……」
咲良さんが苦しそうに笑っていた。

「えっと……」
どういうニュアンスで、そんなことを言い出したのかわからなかった。ただ、咲良さんがまだ続きを話したそうに口を開けたから、わたしは黙って耳を傾けるのだった。
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