ヤンデレ彼女は浮気なわたしを舌ピの中に閉じ込める

西園寺 亜裕太

文字の大きさ
46 / 60
逃げ場のないキス

しおりを挟む
わたしたちの体が引き離される。

透花に突き飛ばされるようにして引き離されたせいで、透花と咲良さんからは少し離れた場所で、わたしは尻餅をついてしまっていた。

いるはずのない透花が、なぜかここにいる。一瞬、わたしの罪悪感が見せた幻か何かかと思った。だって、電車で1時間もかけて来ないといけないような場所を特定するなんて、不可能だから。

普通に考えて、いるはずがないのに、透花は確かにここにいる。

すでに半狂乱になって、肩で息をしている透花と、不安そうながらも、しっかりとした視線で透花を見上げる咲良さん。一番のメインであるはずのわたしが、完全な傍観者と化していた。

わたしを取り合って2人が揉めている。そんな少女漫画のヒロインみたいなことが目の前で起きている。

ヒロインなら、「わたしを取り合わないで!」と可愛らしく叫ぶのだろうか。だが、わたしはそんな気の利いた、可愛らしい言葉は言えなかった。

どうしたら良いのか訳がわからなかった。わたしのために、というよりも、わたしのせいで、という感想の方が強いのに、どうしてヒロインぶれるだろうか。

透花が咲良さんの髪の毛を思いっきり引っ張っていた。明らかに、マズイ。

「ちょ、ちょっと、透花……」
声を出したつもりだけで、その声は風とともに夜の闇の中に簡単に消えてしまった。

一応、その場で腕を伸ばして、止める素振りはしてみた。けど、実際には2人に、わたしの手は届いていないし、そもそも視界に入ってもいないだろう。

距離にして2メートル程。少し歩けば透花を力づくで止められる距離だったけれど、近づく度胸もなかった。

痛い、痛いから、やめて……。
わたしのなずを返せ! 泥棒!
ちょっ、せめて話聞いてよ。痛いから!

聞こえてくる声は、とても遠い場所から聞こえてくるように感じられた。とても遠い、地上で起きている話。深海のわたしには届かない。まるで、そんな気分。

すぐ目の前で起きていることが現実とは思えない。透花が咲良さんの体を押さえつけるようにして地面に寝かせて、その上で馬乗りになっていた。

咲良さんは、ただ必死に体を腕で守っていたけれど、透花の方が背が高い分、力も強いみたい。

ほんとに、やめてってば! 痛いから。痣残っちゃうって
なずのこと誘惑して。クズクズクズ! 返せ返せ返せ返せ返せ!! わたしのなずを返せ!!!

透花の瞳からは涙が伝い、咲良さんに向かって、ポタポタと落下していくのが遠くから見ていもわかる。咲良さんの痛そうな声と、透花の涙声が混ざっていた。咲良さんも、透花も痛そうだった。

どうしたら……

早く止めないといけないのはわかっているのに、暫くの間、動くこともできなかった。わたしたち3人の他に、誰も見ていない状況は、あまりにも危険だった。

わたししか止められる人はいないのに……

なずはわたしのものなの!! わたしの、わたしのなずなの!!!
わたしの恋人なの! なずは、暗いわたしの世界を照らしてくれてるんだから!!
わたしから光を奪わないでよっ!!

咲良さんは、すでに言い返す気力も失っていたから、透花が一方的に咲良さんに捲し立てている。

「透花……」
透花の重たいくらいの愛をわたしが受け取ったのは、すでにわたしと透花の関係性がボロボロになってから。

この状況でもなお、透花がわたしに対して必死になってくれていることが嬉しい。けど、ひどい罪悪感もある。そして、恋心があったからとはいえ、わたしを元気づけてくれようとしていた咲良さんが、ボロボロになってしまっている。

わたしのせいだ……
わたしのせいで、みんなボロボロだ……

この状況を放っておいていいわけがなかった。わたしは思い出したみたいに慌てて立ち上がり、急いで2人の元へと向かう。たった2歩。わたしが歩み寄れなかった距離は、信じられないくらい近かった。

わたしは透花の体を引っ張るようにして、慌てて咲良さんから引き離す。咲良さんの可愛らしい顔に血がついていた。多分鼻血が出たんだと思う。

「透花、やめて! 死んじゃう!!」

わたしは慌てて、上に乗っていた透花の両脇の下に腕を入れるようにして、体を引っ張って持ち上げる。透花を咲良さんの体から離すようにして立たせたら、透花は慌ててわたしの体から身を離す。そして、クルッと体を反転させた透花は、わたしの方に向き直った。

鼻先がくっつくような距離まで、顔が近づけられる。今まで見たことのないような、怒りと悲しみが最大限まで表現された顔。怖く、妖しく、寂しげな透花の顔。

「裏切り者!!!」
耳が痛くなるような金切り声が静かな夜空に反響した。

透花の顔は涙と鼻水で、顔がびしゃびしゃになっていた。綺麗な透花の顔が、汚れ切っている。

「ご、ごめ――」
「許さない、許さないから!!」

透花が悲鳴のような声を上げているから、わたしの謝罪はかき消される。もう一度、今度はさっきよりも大きな声で謝ろうとした。

けれど、透花の顔が先ほどまでよりもさらに近づいてきていて、わたしの謝罪の声は出すことができなかった。わたしが声を出すよりも先に、唇は塞がれた。

リップ音がわたしたちの唇からした。

柔らかいくて、少ししょっぱく、水っぽい透花の唇がわたしに触れる。

謝罪をするより先に、透花はなぜかわたしの唇にキスをしてきたのだった。

なんで? 

怒ってるのに、キスをされた。透花の舌が、遠慮なく、強い力でわたしの口内に入ってくる。力任せで雑なキス。

欲求不満なときの透花がしてくる、待ちきれないようなときの強い力のキスではない。繊細さの無い、まったくの別物。愛が無いキス、もしくは、愛が重すぎて、憎悪が混ざってしまった時のようなキスだろうか……。

そんな突拍子のないことを考えてしまうくらい、わたしの頭の中は混乱しきっていた。

口の中で、透花のセンタータンの舌ピアスがわたしの口の中に触れる。舌がバシバシと、わたしの口を殴りつけるみたいに、雑に口内を触れまわっていた。キスは愛情表現のはずなのに、まるで、わたしを傷つけるためのものにも感じられた。

何のつもりだろうか……

少なくとも、すぐそばで咲良さんが弱っている時に、呑気にキスをしている場合ではない。

わたしは透花にキスをやめさせようとした。体を離そうとした。

けれど、その瞬間、透花の舌先がわたしの上あごに当たり、カチッと音がしたのだった。キスをしているときに、出るはずのない音がした。

ん?

何かがおかしい。ただ、透花の舌先のピアスが、わたしの上顎に触れただけなのに、今まで経験したことのないような感覚に襲われる。

世界が歪む。ぐるぐると激しい眩暈のように。ここがどこか、わけがわからなくなる。

夜空も、紅葉も、泣いている透花も、頬を押さえて驚いたようにこちらを見ている咲良さんも、全部が混ざり合う。

やがて……

「あれ……?」

目を覚ますと、わたしは真っ暗な世界にいた。

「透花、咲良さん……」

呼んでも何も声はしない。

どこにいるのかも、どうしてここにいるのかも、全くわからなかった……
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

処理中です...