ヤンデレ彼女は浮気なわたしを舌ピの中に閉じ込める

西園寺 亜裕太

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舌の上のなず(透花視点)

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昨晩島谷咲良と大喧嘩をした翌朝、わたしは家で一人、昂揚した気分でベッドの上に座っていた。外はまだ日は明けたばかりみたいで、薄暗かった。

ドクンッ、ドクンッ、と大きな音を立てて鳴る心臓。耳に届きそうなくらい大きな音が鳴っている。

わたしはそっと舌先に乗ったピアスを指で撫でた。
「なずがわたしの中にいるなんて……」

先ほど入った暗くて何もない空間。あそこが、わたしのピアスの中。そして、そこになずはいた。

まだ、なずはこの状況を現実として受け入れていないおかげか、思っていたよりも随分と冷静だった。ただ、これを現実として理解したとき、何が起きるのだろうか。

誰もいない。薄暗い場所。いつ人がやってくるかもわからない、謎の空間で一人ぼっちのなず。

きっと、寂しくて気が狂いそうになるに違いない。

なずと出会うまで、一人ぼっちには慣れっこだと思っていたわたしでもそう思うのに、きちんと交友関係の築けているなずなら……

自分がされたら嫌なことは、人にやっていはいけない。そんなことは小学生でも知っている。わたしも実践してきたつもりだった。

それなのに、そんな悍ましいところに、大切ななずを入れてしまっている。それが、本来いけないことであることは十分わかっているつもりだ。

でも……。

「なずが悪いのよ?」
わたしを裏切って、島谷咲良と一緒にいたのだから。わたしのせいじゃない。なずが勝手にわたしの元から去っていったから悪いんだから。

本当はわたしだって、ずっとなずと一緒にいたかった。ただ、何もなく、平和に、ずっとずっと、なずのそばにいたいだけだったのに。

それなのに、なずはわたしの元から去ろうとした。わたしを捨てて、島谷咲良に懐いてしまった。

だから、なずが悪いの

わたしのそばに居てさえくれれば、わたしはこんな酷いことをしなくてよかったのに……。

恋人の舌先に乗せられて、一人ぼっちになってしまった、可哀想ななず。どうしたら良いかわからず、一人で泣いている可哀想ななずを想像したら、あまりにも可愛らしかった。

今となっては、なずを寂しがらせられるのも、喜ばせられるのも、すべてわたし。やがて、なずはわたしのことしか考えられなくなってしまうに違いない。

なずが本当にわたしの物になってしまうなんて……

フフフッ、と口から出た笑い声が悪い魔女みたいに不気味だった。自分でもそんな声が出るとは思っていなかったから、驚いた。

わかってるわよ……

なずがあまりにも可哀想だって。大好きな子をそんな酷い目に遭わせることが健全ではないことくらいわかってる……

でも、なずはそんな残酷なことを、甘んじて受け入れなければならないくらいの残酷なことをわたしにしたのだから。わたしではなく、島谷咲良を選ぼうとしたのだから……!

はぁ、はぁ……、と普段以上に荒い息を自分が出していたことに気づいた。

気付けば、呼吸がかなり速くなってしまっていたみたい。

吸って、吐いて、吸って、吐いて……
意図的に、大きく呼吸を繰り返す。

やがて、呼吸が落ち着いてから、鏡の前で小さく口を開けてみた。

今度は、ベーッと舌を出してみて、少し強めにピアスを擦ってみる。外から強くこすっても、擦っていることは内側からはわからないらしいから、遠慮なくゴシゴシと擦る。

逸る気持ちを押さえられずに擦る。強く擦れば、しばらくの間、中が見えるらしい。

このピアス、あまりにもいろいろなことができすぎてしまう。

わたしの全財産を渡してでも、借金してでも、買ってよかった。そのくらい、素晴らしいピアスだった。

明らかに値段設定はおかしいと思う。子どものお小遣いで買えてしまえるような金額なのに、その性能はあまりにも強力だった。

こんなの、ピアスではない。全く別の、恐ろしい道具だ。

そして、こんな恐ろしいものをわたしに売ってしまうなんて、あのお店の店長さんは、あまりにも何も考えていなさすぎる。

そんなもの使ってはいけないわ。今すぐ返してきなさい。
このままだと、なずが壊れてしまうから……
大好きななずを壊してしまうことが、わたしのやりたかったことなの?

冷静な自分が忠告をする。

うるさい、うるさい、うるさい!!

わたしは店にあった商品を、正規の手続きを踏んで購入して、使用しているだけなんだから。

わたしは何も悪くないわ

それに、なずが壊れてしまっても、わたしが大切に守るから、大丈夫。
ずーっと、ずーっと、なずはわたしが守るんだから。
他の人間は、わたしたちの間には絶対に入らせない。

これは必要なことなのだ。
なずといるために、しなければならないことをしているだけ……

擦り続けていると、次第に中が見えてくる。

小さな小さな、お人形みたいに可愛らしいなずが、わたしの舌先に乗っている。あまりにも可愛らしすぎて、思わずゾッとしてしまった。

「なずが眠っているわ……。かわいぃ……」
思わず蕩けてしまいそうだった。

ピアスの中で、小さななずが横たわって眠っている。まるでスノードーム。球体の中で寝るのが難しいからか、膝を抱えて、身を小さくして眠っていた。

「可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い……!!!!!!!」
思わず両手で頬を押さえて恍惚としてしまう。

「なにこの可愛すぎる生き物……!!」
なずが舌の上にいるなんて、あまりにもかわいすぎる。

「ああ、どうしようかしら。今からまたピアスの中に戻って、なずのこと撫でてあげたいんだけど!」
思わず昂る気持ちを、必死に抑える。

ダメよ。今はまだダメ。

まずは、なずを不安にさせなければならないから、甘やかすわけにはいかない。さっき接触したことで、確実にわたしのことはなずの記憶にしっかりと残っている。わたしだけが、なずの味方であることを、しっかりと理解してもらわなければならない。

わたしがなずと会うことができた、なら他の人間は? 
きっとなずはそんなことを考えるだろう。

他の人間にも会える可能性を信じている間は、わたしのことを考えてくれない。

ここは、なずがわたしのことだけを考えるための場所なのに、他の人は不要でしょ? なずは、わたし以外の人間のことを考えるべきではないの。

わたし以外の人のことを考えて、キスまでしてしまったなず。だから、もうこれからはわたしのこと以外は考えなくて良くしてあげるの。

なずに邪念は入らないようにする。邪魔者なんて、許さない。

ふふっ、ふふふっ
思わず漏れた笑みが不気味で、自分でも呆れてしまう。

「なず、これからずーーーーーーっと一緒よ」

鏡越しに見える、舌の上の小さなピアスを見つめた。何も知らずに眠っているなずに向かって、そんなことを呟いたのだった。
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