ヤンデレ彼女は浮気なわたしを舌ピの中に閉じ込める

西園寺 亜裕太

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ピンク混じりの黒

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外に出ると、隠れていた三日月が雲から出ていた。おかげで少しだけ明るくなっている気もしたけれど、月が雲から出ていても隠れていても、街の明るさなんて街灯に左右されるわけだし関係ないか。

そんなどうでも良いことを考えていたら、わたしにお酒を奢らせたお姉さんが笑いだす。
「にしても、不用心だね」
「え?」

「見知らぬ女性の家でいきなりお酒飲みたがるなんて。あたしが悪いお姉さんだったらどうするつもりなのさ?」
「まだ悪いお姉さんだと思ってますけど」
「えー、あたしは良いお姉さんだよ~。優しくて~、他人思いで~、超絶良いお姉さんってとこかな~」
レジのお兄さんに変態的な交渉してた人間が良いお姉さんには思えないのだけれど。

「不用心だから、やっぱり帰っても良いですか?」
「え~、何言ってんのさぁ。ダメに決まってんじゃん」
「はいはい」
わたしが呆れながら頷いたら、お姉さんはクスクスとわざとらしく音を立てて、少し意地悪気に笑う。

「それに、今からやっぱり来ないでって言ったら、あなたの方が嫌がるんじゃないかな~」
「え?」
それがあながち間違いで無いから、すでにわたしはこの怪しいお姉さんの術中にはまってしまっていたのかもしれない。

正直、このお姉さんに酔いながら愚痴をすべて吐き出してしまいたい、そんな気分になっていた。もう金輪際二度と関わらないであろう、このお姉さんに、無責任に愚痴をぶちまけたかった。今からやっぱり無理、と言われたら困るのは確かにわたしの方。だから、そんなこと言わないでって心の中で思っていると、お姉さんが笑う。

「な~んてね。あたしが無理に誘って、それで失恋ちゃんに突然帰れって言いだしたら、ヤバい人すぎるでしょ」
わたしの不安なんて気にせず、お姉さんはケラケラと笑った。
「知ってますよ」
と適当に相槌を打っておく。

ノリで生きてそうなこのお姉さんの言うことをいちいち真に受けていたらキリがなさそう。わたしは適当にあしらいながらお姉さんの住むアパートへと歩を進めた。

「ていうか、しれっと言ってた失恋ちゃんっていう名前、わたしのことだったらやめてくださいよ」
まだちゃんと透花と付き合っているし、別れ話を匂わせるような話すら出ていないのに、縁起でもない。

「だって、あたし失恋ちゃんの名前知らないも~ん」
黒とピンクの混ざり合った髪の毛を揺らしながらケラケラと笑う。何に対しても楽しそうなお姉さんは少し羨ましかったけれど、同時に、こうはなりたくないな、とも思った。あまりにも適当すぎる。

「都城なず菜です」
「なず菜ちゃんね。オッケー。わたしは島谷咲良。3回生。よろしく~」
はいはい、とまた適当に返事をする。

「そうだ、荷物持つよ」
「え?」
「お金まで出させてそのまま荷物持たせるとか、あたしがダメな先輩みたいじゃないか」
「まあ……」

ダメな先輩みたいというか、一文無しでアルコール飲料を買おうとしたうえに、レジのお兄さんと揉めて、初対面の大学の後輩に奢らせている時点で、袋を持ってくれただけでは、わたしの中での島谷先輩へのダメな先輩イメージは覆らないのだけれど。

とはいえ、マイナス500点がマイナス498点くらいにはプラスになるし、持ってもらおうと思った。わたしは袋の持ち手を島谷先輩に渡したのに、なぜか2つある袋の持ち手のうち、片方しか掴んでくれない。

「あの……」
「あたしとなず菜ちゃんのお酒が入っているわけだから、2人で持った方がいいよ」
なら、お金も2人で払わないといけないでしょうに……。口にだしても適当にごまかされるのは目に見えてるから、もう伝えはしなかったけど。

「マイナス5000点ですよ……」
大きなため息をついて、渋々袋のもう片方を持つ。なんで初対面の先輩と一つのビニール袋を一緒に持つことになるのだろうか。こういうの、どうせなら透花とやりたかったんだけど。
「何がマイナスなの?」
「なんでもないでーす」

なんかこの能天気な人と一緒にいたら、無性に透花に会いたくなってきた。人付き合いをしていくうえで、真面目とか、安心感とかって、ほんとに重要だな。
『寂しいから、いますぐ会いたいんだけど』
わたしは思い切って、透花にメッセージを投げておいた。

あれほど直接メッセージを送るのが怖かったのに、この適当な先輩のおかげで、簡単に送れた。適当すぎる考え方は、意外なところで役に立つみたい。

とはいえ、今透花がいるのは直線距離で100キロ以上離れている場所だし、そもそも終電に乗っても帰れる場所じゃない。本当にいますぐ会えるとは思ってないから、ただ気持ちを投げただけなのだけれど。当然、すぐには既読はつかない。

「今頃ファンの子と一緒にいたりして……」
あはは、と自嘲気味な笑いを含めて、虚しく呟く。怖いこと考えちゃったな。

「ファンの子って?」
島谷先輩が無邪気に尋ねてくる。横に島谷先輩がいるときに呟いちゃったのは悪手だったかな。まあ、いっか。透花の愚痴をこぼすときには、どうせ伝えるわけだし。

「いや、わたしの彼女、界隈ではちょっとだけ有名なインフルエンサーなんですよね。で、今日イベントだから、もしかして終わってからファンの子と一緒にいたらやだなって意味で……」
「へえ、なず菜ちゃんって、可愛い子と付き合ってるんだ」
「はい、超かわいいです」
事実だから、しっかりと肯定しておいた。

「あたしとどっちが可愛い?」
「透花」
と即答してしまう。

普通に失礼な気がしたし、島谷先輩だって、普通にビジュの良い部類の人であるのは間違いない。黒髪に混ざるピンク色の髪はカッコいいし、笑顔が可愛らしい。カッコよさと可愛らしさを混在させている。

ただ、わたしにとって、透花が世界一綺麗な人だと思うし、世界一よりも可愛い人間がこの世界に存在するわけがないから、そう答えるしかなかった。気を悪くしてないだろうかと思って、ちょっと心配になる。

「えー、あたしそんなブスかなぁ」
「いや、別に先輩がブスとか、そういうわけじゃないですからね。透花が美しすぎるだけですから」
「いやいや、あたしも超かわいいからね?」

島谷先輩が大きな瞳をさらに見開いて、頬を膨らませながら、冗談っぽく言うけれど、本当に可愛いことには間違いないから、反応には困る。
「可愛いのは認めますけど、透花が綺麗すぎるんですって」

わたしは島谷先輩にスマホの待ち受けを見せた。透花が寝起きにあくびをしている写真。普段の美しい透花とのギャップが可愛いから撮ったけれど、恥ずかしいからやめてよ、と言われていたやつ。

透花の中では、恥ずかしいにカテゴライズされる写真なのだろうけれど、わたしからしたら、どう考えても可愛い写真なのだ。それを見せてみたら、島谷先輩が「わっ」と驚いた声を出す。

「ほんとだ。すっごい綺麗な人。こんな人うちの大学にいるんだ」
あくびしているところを撮られてこんなにきれいな子、多分透花以外にいないだろうな。

「今ファンの子といるんだっけ?」
「い、いるっていうのは、わたしの嫌な被害妄想で、本当はきっと今頃一人でいますから……!」

必死になるわたしが面白かったのだろうか、島谷先輩がクスっと笑う。
「こんなに可愛かったら、今頃ファンの子とラブホで寝てるかもよ」
「は、はぁっ!?!?!?」

全力大声を出してしまったせいで、近隣の住宅に声が響いてしまった。島谷先輩が唇の前に人差し指を立てて、苦笑いをする。

「ちょっ、近所迷惑だってば」
「島谷先輩が酷いこというからじゃないですか!!! 言って良いことと悪いことがありますよ!!」

わたしが思いっきり身を乗り出したら、島谷先輩は気まずそうに顔をわたしのほうから逸らした。
「ご、ごめんってば……。そんな怒らないでよ……」
島谷先輩が引き攣った笑顔を見せる。

「大丈夫だって、大丈夫」
島谷先輩はわたしのことを宥めようと腕をさすってくるのだった。これじゃあ、まるでわたしが一人で大暴れしてるみたいじゃん。
「何の根拠もないくせに、適当なこと言わないでくださいよ……」
わたしはため息をついた。

思いっきり落ち込んでいたら、島谷先輩がわたしの方に肩をくっつけてくる。頭を乗せられていたから、少し重たかった。
「ごめんね。根拠はないし、状況もよくわかんないけど、心配なのはわかるからさ」
「島谷先輩って、悪いことしたときにちゃんと謝れる人なんですね……」

「ちょっと、あたしのことなんだとおもってんのさ!」
「ヤバい人」
「あのねぇ……」

島谷先輩がガクッとうなだれたのを見て、思わず笑ってしまう。可愛らしい人だな、と思ってしまった。
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