太陽に手を伸ばしても

松本まつも

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「途中参加」

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「えー!お前、青山さん好きなのかー!?お前からしたらめっちゃ高嶺の花なのにかーー??」



クラブハウスのむし暑い更衣室。
何がおもしろいのか、ナス志は恐ろしいほど満面の笑みで聞き返してくる。


「き、聞こえるだろっ」
僕が慌てていると、



「千夏?今日もあいつ生徒議会とかいって休むって言ってたからいないだろ~」

と、けろっとした顔で智己が言う。



「ほんと来なくなっちゃったよな、千夏のやつ」


「な。生徒会の仕事、よっぽど忙しいんだろうな」



「ああ。忙しいな、生徒会の仕事は」

わざとらしく顔を歪めるナス志。


  
「てゆーかさ、」

智己がナス志を指差す。



「お前も議会じゃないのかよ?」



そう智己が言い終わらないうちに、
うわーっ、そーだったーーー!、と叫びながら、ナス志は部室を飛び出していった。






ナス志はこの学校の生徒会の書記をやっている、いわゆる頼斗や千夏の仕事仲間だ。

本名は那須淳志。もちろんナス志はあだ名だ。
好物はもちろん、ナスである。



優等生で完璧な他の生徒会役員と違って、どこへ行ってもうるさくてお調子者の、ムードメーカー的存在だ。

 
転校してきたばかりの僕でも、ナス志の気さくさと図々しさのおかげで、だいぶ打ち解けあった仲になってきていた。








「絶対間に合わんな、あいつ」

スマホの待ち受けの時計を確認しながら、智己が笑った。




「そろそろ俺らも行くか」


立ち上がった智己の下から、校名入りのつぶれたエナメルバッグが姿を見せた。
これの上に座っていたらしい。


僕も帽子に付いた砂を払ってしっかりと被ると、外に出た。




高嶺の花、か。

僕はさっきナス志に言われた言葉を思い出していた。

生徒会役員。成績も優秀。しかもかわいい。おまけに相手はあの頼斗だ。




校舎のほうからわあきゃあと楽しそうな声が聞こえる。
渡り廊下を、重そうな段ボールを持った男女が横切っていく。
二人とも楽しそうに笑っている。



 
僕たちの学校にもついに文化祭の季節がやってきた。


雰囲気で「ついにやってきた」、とか言ってみちゃったけど、正直、文化祭に参加している実感は全然ない。

僕はクラス出し物の話し合いや役割決めをしたときにはまだこの学校にいなかったから、なんかよくわかんない立ち位置なのだ。

学校全体で決められたことについては千夏から少し聞いてるけど、なんだか今一つって感じだった。



転校してきたばかりで、ただでさえ右も左もわからないのに、周りは自分が知らないうちから一つの目標に向かって進んでいるからますますどうしていいかわからない。
途中参加って、結局これだから面倒だ。
 




僕が準備に関わらないのは、野球部の練習日の多さだけが理由なわけじゃないのはわかってるんだけど、どうしてか自分からグイグイ入って行く気にはなれなかった。
なんか正直、とっかかりがもう無かった。


だけど何にも関わらずに終わっていくのもなんか嫌な気がするから、バンド発表くらい出てみようかなとか考えてみる。


 
クラスの出し物とは関係のないバンド発表は、確かまだエントリーが締め切られてなかったはずだ。






智己なら一緒にバンド組んだりしてくれるかな。
千夏はどうだろう。
ふとそんなことを考えた。







「智己さあ、一緒にバンドやらない?」


部活の帰り道、駅に向かう途中で智己に聞いてみた。



「は?バント??嫌だよ。なんなんだよ、なんでまたバントなんてさ。どーしてお前にそんなこと指図されなきゃいけないんだよ、まじで」


いい意味でも悪い意味でも野球バカの智己はバンドも送りバントの方の「バント」に聞こえるらしい。


「バンドだよ?バンド。文化祭の!」 



「あぁいいよ」

なんか、ほんとに聞いてるのか聞いていないのかわからないような頼りない返事が返ってきた。




ほんとにいいのか聞こうとすると、


「千夏誘おうぜ」


と、智己が言った。
めっちゃ気がきくな、と思った。





「あと誰誘おうかな?みんなのこと全然知らないから」



「涼とかどう?お前あんまし知らないと思うけど、あいつドラムめっちゃ上手いからな」



「へー、そうなんだ。全然知らなかった」


「お前もうちょっと話せよ。いろんな奴と」



「話してないわけじゃないんだけどなあ」








「あ、あと中井さんは?ピアノうまいらしいから。キーボードとかできるじゃん?」



智己は休む間もなくつぎつぎに案を出していく。







「てゆーかお前ギター弾けんの?」


「うん」



「え、ええっ?まじかよ。いつの間にそんなオシャレな奴になってんだよ!!」



「いや、大阪にいたとき、始めたんだよね」


「ちょっと待てよ。置いてくなよ。勝手にモテる奴に生まれ変わるなよ」


「ギター弾けるくらいでモテないから」


「そうだ。お前惨敗だったわ。...かわいそうに!!!!」






正直、ギターを始めたのなんて、ただ単に引っ越してきたばかりの時に遊び回る友達もいなかったからって理由なんだけど。

でも、今になってみれば、あの時始めてほんとうによかった、と思う。



もしあの時ギターを始めてなかったら、今回の文化祭なんてやること何にもなくて、ほんとの本当に退屈だったかもしれないから。
    



新しい友達と智己と千夏と僕。




高校2年の文化祭、今までは何をやっていいかわからなかったけど、少しでも楽しみなことが見つかった気がして、嬉しくなった。






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