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七月二十六日|ぼくが作った標本
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なんの標本でもいいと言ったのは先生なのに、いざぼくの作った標本を見るとぎゃあぎゃあ騒ぎ出したので、やっぱりこの先生は好きじゃないなと思った。他の子の標本は、草花とかお菓子のごみとかレシートとかで、全然おもしろみがない。唯一すごいなと思ったのは昆虫の標本だったけど、ぼくの標本だって負けてはいないはずだ。なのに、先生は褒めないどころか校長室にぼくを連れていき、挙げ句の果てにはお母さんを呼び出した。
「別に、この標本が悪いと、言っているわけではないんです」
先生はおもしろいくらいにゆっくりと、ぼくのお母さんに言った。校長先生は真顔でうなずいた。なんだか真剣な空気だったので、とりあえずぼくは真剣な顔でうつむいておくことにする。目だけでちらりとお母さんを見ると、お母さんの顔は真っ青だった。目線はぼくの作った標本に釘付けだ。
「それにしたって、夏休み作品展にこれを展示するわけにはいかないでしょう」
先生の言葉を引き継いで、校長先生がそう言った。お母さんは小さく「はい」と言い、ぼくは耳を疑う。せっかく作った標本なのに、この作品は飾ってもらえないのだろうか。校長先生は体を乗り出して、ぼくの頭をぽんと撫でた。そして、
「作品展は来週からだから、それまでにまた作っておいで。切手でも石でも鳥の羽根でも、好きなものを標本にしたらいいよ」
そう言うと、ぼくの力作である標本を紙袋に入れてしまった。
帰り道、お母さんは片手で標本の入った紙袋を持ち、もう片方の手は固く握りしめていた。手を繋ぎたくて空いている手に触れたけれど、こぶしは握られたまま、ゆるめてくれなかった。そうか、ないしょにしていたのを怒っているんだと思い、ぼくは言った。
「ごめんねお母さん、びっくりさせちゃったよね。本当は、作品展で驚かせようと思ってたから、黙ってたんだ」
言い訳を終えてお母さんの目を覗き込んだけれど、お母さんはぼくと目を合わせようとしなかった。じっと、どこか一点だけを見つめている。
「……それにしても先生たち、みんな変だよね。標本ならなんでもいいって言ったから作ったのに、やり直しなんてさ」
ぼくがこれまでいい子だったから、こうして学校に呼び出されたことがショックだったのかもしれない。そう思って先生たちを悪く言ってみても、やっぱり反応は悪かった。どうやら機嫌が悪いようだ。会話を諦めて歩いていると、急にお母さんが口を開いた。
「どうしてあんなの作ったの?」
その声は小さく、震えていた。わかりきったことを聞かれて、ぼくはおかしくなった。それで、こう答えた。
「お母さんが好きだからに決まってるじゃん。じゃなきゃあんな大変なことしない」
「……大変なこと」
「うん、集めるの大変だったんだから。髪の毛は排水溝から集めたでしょ、爪はごみ箱から拾って、あ、鼻水かんだティッシュもごみ箱から拾ったよ。眉毛は寝てる間に抜いて、それからあの血のついたやつは……」
「やめて!」
お母さんは叫び、その場にしゃがみこんでしまった。自転車に乗った男がベルを鳴らし、舌打ちをして通り過ぎていった。ぼくは苦笑いする。こんなところでしゃがみこむなんて、まったく、お母さんは子供っぽいんだから。
「お母さん、危ないよ。ちゃんと歩いておうち帰ろう」
ぼくが手を引いて立ち上がらせようとすると、お母さんはその手を振り払い、声をあげて泣き始めた。
「そうか、わかった。お母さん感動してるんでしょ。ぼくがお母さん大好きなの、うれしいんでしょ」
ぼくもうれしくなって、しゃがみこんだお母さんの背中におぶさった。だけどお母さんは体を大きくのけぞらせて、ぼくを振り落とした。その拍子に紙袋はお母さんの手から離れて、空中に数秒浮き、アスファルトの地面に叩きつけられた。慌てて中身を確認すると、ぼくが愛情を込めて作ったお母さんの標本はぐちゃぐちゃになっていた。
「ひどいよお母さん、一生懸命つくったのに」
台無しになった標本を見ていたら、自然と涙が出てきた。子供のようにわんわん泣き続けるお母さんにも負けないくらいの勢いで、ぼくも泣いた。泣きながら、そういえばお母さんの涙は採集していなかったなと気付いた。今度お小遣いで小さなボトルを買おう、それまではハンカチに染み込ませておこう。そう思って泣き続けるお母さんにハンカチを差し出したときには、僕の涙は止まっていた。
「別に、この標本が悪いと、言っているわけではないんです」
先生はおもしろいくらいにゆっくりと、ぼくのお母さんに言った。校長先生は真顔でうなずいた。なんだか真剣な空気だったので、とりあえずぼくは真剣な顔でうつむいておくことにする。目だけでちらりとお母さんを見ると、お母さんの顔は真っ青だった。目線はぼくの作った標本に釘付けだ。
「それにしたって、夏休み作品展にこれを展示するわけにはいかないでしょう」
先生の言葉を引き継いで、校長先生がそう言った。お母さんは小さく「はい」と言い、ぼくは耳を疑う。せっかく作った標本なのに、この作品は飾ってもらえないのだろうか。校長先生は体を乗り出して、ぼくの頭をぽんと撫でた。そして、
「作品展は来週からだから、それまでにまた作っておいで。切手でも石でも鳥の羽根でも、好きなものを標本にしたらいいよ」
そう言うと、ぼくの力作である標本を紙袋に入れてしまった。
帰り道、お母さんは片手で標本の入った紙袋を持ち、もう片方の手は固く握りしめていた。手を繋ぎたくて空いている手に触れたけれど、こぶしは握られたまま、ゆるめてくれなかった。そうか、ないしょにしていたのを怒っているんだと思い、ぼくは言った。
「ごめんねお母さん、びっくりさせちゃったよね。本当は、作品展で驚かせようと思ってたから、黙ってたんだ」
言い訳を終えてお母さんの目を覗き込んだけれど、お母さんはぼくと目を合わせようとしなかった。じっと、どこか一点だけを見つめている。
「……それにしても先生たち、みんな変だよね。標本ならなんでもいいって言ったから作ったのに、やり直しなんてさ」
ぼくがこれまでいい子だったから、こうして学校に呼び出されたことがショックだったのかもしれない。そう思って先生たちを悪く言ってみても、やっぱり反応は悪かった。どうやら機嫌が悪いようだ。会話を諦めて歩いていると、急にお母さんが口を開いた。
「どうしてあんなの作ったの?」
その声は小さく、震えていた。わかりきったことを聞かれて、ぼくはおかしくなった。それで、こう答えた。
「お母さんが好きだからに決まってるじゃん。じゃなきゃあんな大変なことしない」
「……大変なこと」
「うん、集めるの大変だったんだから。髪の毛は排水溝から集めたでしょ、爪はごみ箱から拾って、あ、鼻水かんだティッシュもごみ箱から拾ったよ。眉毛は寝てる間に抜いて、それからあの血のついたやつは……」
「やめて!」
お母さんは叫び、その場にしゃがみこんでしまった。自転車に乗った男がベルを鳴らし、舌打ちをして通り過ぎていった。ぼくは苦笑いする。こんなところでしゃがみこむなんて、まったく、お母さんは子供っぽいんだから。
「お母さん、危ないよ。ちゃんと歩いておうち帰ろう」
ぼくが手を引いて立ち上がらせようとすると、お母さんはその手を振り払い、声をあげて泣き始めた。
「そうか、わかった。お母さん感動してるんでしょ。ぼくがお母さん大好きなの、うれしいんでしょ」
ぼくもうれしくなって、しゃがみこんだお母さんの背中におぶさった。だけどお母さんは体を大きくのけぞらせて、ぼくを振り落とした。その拍子に紙袋はお母さんの手から離れて、空中に数秒浮き、アスファルトの地面に叩きつけられた。慌てて中身を確認すると、ぼくが愛情を込めて作ったお母さんの標本はぐちゃぐちゃになっていた。
「ひどいよお母さん、一生懸命つくったのに」
台無しになった標本を見ていたら、自然と涙が出てきた。子供のようにわんわん泣き続けるお母さんにも負けないくらいの勢いで、ぼくも泣いた。泣きながら、そういえばお母さんの涙は採集していなかったなと気付いた。今度お小遣いで小さなボトルを買おう、それまではハンカチに染み込ませておこう。そう思って泣き続けるお母さんにハンカチを差し出したときには、僕の涙は止まっていた。
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