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1 私はお世話係です
しおりを挟むやんごとなき身分の方々と違って、使用人たちの食事は時間との勝負だ。
特に私は同僚が極端に少ないので、時間を無駄にはできない。下品にならない程度の早さで食事を掻き込んでいるところ、別部署の同僚…侍女の一人に声をかけられた。
「ねえ、あなた―――メンテ・メルヴィン」
私がこの侯爵家に働きに出てまだ一ヶ月も経っていない。とある事情から少人数としか顔を合わせない私はまだ顔と名前が一致しない人が多い。この侍女はその一人だった。
誰だっけ。イヤほんと誰だっけ。我が家は貴族とは名ばかりの貧乏貴族なので、社交に出た回数も少なくさっぱりわからない。
「あなた…本当に大丈夫なの?」
「ええ、問題ありません」
そんなことはおくびにも出さずすまし顔で答える。主語はないけれど何を問われているのかは理解できたから回答には困らない。でも困った。声をかけられたら食事を続けられない。早く食事をして坊ちゃんのところに戻りたいのだけれど。
平然としている私に、声をかけてきた侍女は戸惑ったような顔をした。
「気分が優れないとか、病気になりそうとか」
「今年十五になりますが、風邪一つ引かない元気が取り柄の健康体です」
「配置換えを願い出たり、時間をずらしたいとか」
「世話係は私だけですのでずらしようがございませんね」
「実は目を患っているとか」
「両方とも問題なく、目敏いと評されるほど目がいいです」
彼女はじっと私の顔を眺めた。
あ、思い出したこの人次期侍女長と噂されるベテランさんだわ。あまり顔を合わせなかったけれど、こうして声をかけてきたのは代替わりの激しい世話係の様子を見に来たのね。納得だわ。
次期侍女長は、私が強がりや嘘を言っているわけじゃないと判断したらしく、不可解そうな顔をした。
「話には聞いていたけど…あなた本当に、ビオン様の姿を見ても平気なのね」
私は無理だわ。
彼女の言葉を聞きながら改めて実感する。
ビオン様…御年十歳になるクロロス侯爵家次男の厳しい立ち位置。
「あなたが辞めずに続けてくれるのは助かるけれど…本当に大丈夫?実は幻覚を見るほど心を病んでいるとかない?」
「流石に自己判断で証明は難しいですが、正気ですよ」
「どうかしら…防衛反応で脳が現実を拒否している可能性も」
なかなか失礼だけど、それだけ世話係が発狂を繰り返していたんだろうな。
お仕えしているお家のご子息に対して不敬な言い分だけど、ご子息が特殊なので必要な確認でもある。
「本当に大丈夫です。私の場合、実家が貧乏子爵家ですのでたくさんのものを見てきました。今までのご令嬢たちよりたくましいだけだと思います」
「何を見てきたというの…」
「十五と若輩ではありますが、四人の弟妹は私が育てたと言っても過言ではありません。世話役はお任せください」
「あなた本当に貴族令嬢?」
貧乏すぎて使用人が最低限しか雇えず、元気な弟妹の世話をしていた私に世話役は天職だと思っている。ここが初めてのお勤めだけど。
それに、だ。私はそっと自分の額に触れた。
「私はこの傷ですから。本来ならば侯爵家で働かせていただけるような身分でも容姿でもない私を拾っていただけたご恩がありますので、その分気合いも違うと自負しています」
私の額には、前髪で隠すにはちょっと無理のある傷跡がある。顔の傷は貴族令嬢として致命傷。働きに出るにしたって目立つ傷跡は、嫁ぎ先どころか働き先を探す弊害となった。だから雇ってくださった侯爵家に恩義を感じているのは嘘じゃない。
不可解そうに、だけど心配そうに私の様子を窺っていた次期侍女長は、私の発言に申し訳なさそうにしながらも少し安心したように嘆息した。
「そう…ちょっと信じ辛いけれど正気ならよかったわ。ビオン様から逃げずに、ビオン様に懐かれている世話役がいると侯爵様もお喜びだ、と侍女長も言っていたの。あなたには期待しているから励みなさい。何かあったらすぐ言うのよ」
「ありがとうございます」
侯爵様には僭越ながら、世話役に任命されたとき一度だけお目通りした。ただ一言、弟を頼むと真摯に告げられた。
・・・まあ貴族にしては家族として愛情はあるようだし、恐れていても疎んではいないようだし、心からなんとかしたいと思っているのはわかった。事情が事情なので、侯爵様にも同情する。
そのまま会話は打ち切られ、私は食事を流し込み席を立った。
早く戻らないと、ビオン様が泣いてしまう。
ビオン様がお昼寝の時間を利用して食事をしていたのだけれど、ビオン様は寝起きに私の姿が見えないと不安で泣いてしまうのだ。なんでも、私の存在が夢幻だったと思うのが怖いらしい。こればかりは時間を重ねるしかない。
ビオン様の部屋に戻れば、シーツの中でもぞもぞとビオン様が起き出しているところだった。
おっとしまったちょっくら遅れてしまったわ。
「メンテ、メンテどこ」
「はいビオン様。メンテはここです」
私はすぐビオン様の視界に入るよう足を進め、寝台の前で膝をついて視線を合わせた。
シーツの合間から、涙に濡れた黒目が私を見た。
子犬みたいに可愛くて、思わずにっこり笑ってしまう。
「メンテはここにいますよ」
「メンテぇ」
シーツをかぶったままの小さな手が伸ばされて、私に触れる。ちょんと触れて、消えないことを確かめて、それから勢いよく飛びついてきた。十五歳の私には、十歳の男の子を受け止めるほど力はないけれど、ビオン様は栄養失調気味で小さいのでまだなんとか受け止められる。侯爵家の次男なのに、貧しい平民の子のように小さい。
それもこれも、誰もがビオン様を恐れるから。
ビオン様は呪われている。
正確に言うと、前侯爵様が呪われていた。つまり、ビオン様のお父様。
その昔、妻子ある身でありながら身分を隠してずいぶんと遊び歩いたらしく・・・その際に深い仲になった女性が真実を知り、たいそう怒り狂って前侯爵様に呪いをかけた。その女性は魔女だったのだ。
それは、呪われた対象を異形の姿にする呪い。本当ならば、前侯爵様がそれで深く反省して魔女に許しを請えばすむ話だった。
しかし呪われた侯爵様は「呪い移し」をした。
呪い移しとは名の通り、呪いを移し替えることを言う。
もちろんそれには条件があり、その厳しさから実行できるものは少ない。
呪い移しの条件は「血縁者であること」「マイナス感情を抱かれていないこと」
簡単なことのようで、実は難しい。そもそも呪いを移すのだ。好き好んで呪いを引き受けるものは少ないし、たとえ相手に迫ったとして、無理矢理頷かせればマイナスの感情を抱かれる。どれだけ近しいものでも、呪われた姿を見れば悲鳴を上げたという。
普通ならそもそも呪い移しを実行できない。
だが前侯爵様は実行した。おあつらえ向きの押しつけ先が見つかったのだ。
それが、まだ乳飲み子で周囲がよく見えないビオン様―――我が子に、異形になる呪いを移し替えたのだ。
結果、前侯爵様は元の姿を取り戻した。ご子息のビオン様を身代わりにして。
もちろんその後は阿鼻叫喚。何も知らなかった侯爵夫人は変わり果てた我が子を目にした瞬間お倒れに。乳飲み子に対するあまりに無責任で醜悪な行為に誰もが黙っていなかった。前侯爵は隠居していた前々侯爵によって爵位を剥奪、平民として追放された。
すぐさま呪いをかけた魔女に連絡が行き、呪いを解くよう要請。自分がかけた呪いが本人でなく乳飲み子にかかったと知った魔女は、首をくくりそうな顔をしながら飛んできてビオン様を確認し、泣きながら頭を下げた。
私には呪いが解けないと泣きながら。
曰く、生まれて間もない乳飲み子に、異形となる呪いは強すぎる。
無垢な魂と呪いが混ざり合って、もう呪った魔女でさえ解けない。
かくしてビオン様は、異形の姿で生きていくことを余儀なくされた―――。
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