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5 お世話係だった私は、やっぱりお世話係ですが
しおりを挟むビオン様の呪いが解けました。
私との、真実の、愛の口づけで。
その後爆発するような歓声が侯爵家に響き渡り、瞬く間に屋敷中にこの吉報が知れ渡った。侯爵様が泣きながら呆然としているビオン様を抱きしめ、私にひたすら感謝の言葉を繰り返すのに恐縮している間に。あっという間過ぎません?
魔女様は「愛か!!結局は愛なのか!!呪いを解くのは研究じゃなくて愛なのか―――!!」と叫びながら屋敷から走り去ってしまった。なんか知らないがここ一番傷ついたらしい。よくわからない。お見送り誰も出来てなかったけどいいんだろうか。
…なので私はすっかりと、周囲の誤解を解く機会を失ってしまった。
(キス、してなかったんですが…!!)
寝台から落ちるビオン様を抱き留めた。その時に、事故のように触れ合ったのだと周囲は思ったみたいですが。
誓って言います。キスしていません!!
(いえ、厳密に言えばあのときはしていない、になるんですね…)
キス? しょっちゅうしてましたが。ちゅうちゅう。
いえ、口と口はしていません。私、年下の男の子を誘惑なんかしていません。おでことか頬には、弟の感覚でちゅっちゅしました。しょっちゅうしました。ちゅうしました。
しましたけどぉ…!!
(え、いつ? いつ呪いが解けたんですか!?)
真実の目で、ずっとビオン様はビオン様だったので、いつ呪いが解けたのかさっぱりわからない。
呪われていた事実だって半信半疑なところがありました。しばらくしてから周囲の態度でやっと理解したというのに。いったいいつ呪いが解けたというのか。
(何なら出会ったその日にちゅっとしてますよ!? 愛を込めて!!)
まさか二年前にはすでに呪いが解けていたというのでしょうか!?
この二年間魔女様は来なかったので真実が闇の中! 私、真実の目を持っているのにこの謎は迷宮入りです!!
とにかく、残ったのはビオン様の呪いが私の愛の口づけで解けた、という事実のみ。
つまり、私とビオン様は愛し合う恋人同士、ということに。
(おっとぉ―――!? 私ってばお世話する坊ちゃんを誑かした不埒者ではぁ!?)
ずっと美少年ビオン様にしか見えていない私からしてみればそんな解釈だが周囲からは違った。
呪われた姿のビオン様を献身的に愛を込めて接した聖女として見られていた。
…それって魔女様の言っていた聖女の血筋ってところ拾われてますよね!?
(違います違いますそんな聖人じゃないです、呪われた姿に脅えなかったのではなく呪われた姿が見えていなかったんです!!真実の目のおかげですが可愛い坊ちゃんにしか見えていなかったんです―――!!)
だから祝福しないでぇえええええ!!
ビオン様と私の関係、侯爵家に、全力で祝福されています!!
貧乏貴族ですが私も子爵令嬢。ちょっと身分不相応が過ぎますがビオン様は次男。侯爵家を継ぐことはない。ただ、いままでの苦労も合わせ侯爵様が持っている伯爵位を譲爵する予定らしい。
私には伯爵夫人として、ビオン様を支えて欲しいと侯爵様にお願いされた。
善意で。
まごうことなきまっさらな本心からそう言われた。
(誤解ですと言えない空気!)
私とビオン様は5歳差。年の差はあれど、貴族的には何の問題もない。私はお世話係だけど、身分的な問題もない。
問題、ないね!?
(対外的な問題がなくても、私とビオン様にそんな感情がなくてですね!?)
家族愛。家族愛のつもりでした。
真実の愛、あれはきっと、愛であればいいのだ。真心があれば呪いは解ける。魔女様ではないが、難しい研究は不要なものだった。
なんてことでしょう…ビオン様の呪いが解けたのは素晴らしく幸福なことなのに、素直に喜べないわ…。
愛って…愛って何…?
「メンテ」
「はいっ」
ビオン様に呼ばれ、咄嗟に返事を返す。
お世話係として傍に居た癖が染みついて、どんなによそ事を考えていてもビオン様のお声に反応するようになっていた。
周囲の祝福に流されながらも、私はお世話係のまま。
正確に言えば、ビオン様のお世話係兼婚約者。
…私もだけど、ビオン様もまた周囲の変化に戸惑って…未だ、人前に姿を晒すことに戸惑っていた。寝台に引きこもることはないけれど、落ち着かないらしく布を被っている。シーツではなく、きらびやかな刺繍がされたおしゃれな布になっているけれど。
そんなわけで、相変わらずビオン様のお世話係選びは難航している。ならばこのまま私をお世話係で継続し、お側に置こうと侯爵様は考えた。まあ、今まで通りです。嘘です。使用人だけど、次期伯爵夫人として勉強することになりました。
実家(子爵家)では出来ないことなので、侯爵家に居た方がそのあたり都合がいいという。
着々と準備が、整えられている…!
(ま、まあ、ビオン様もまだ12歳だし? 今後若くて素敵なご令嬢と恋愛する可能性だってゼロではないし? まさかそんなこんな傷物令嬢である私が伯爵夫人になるなんてはっはっは…は…)
「メンテ」
「はいぃ」
「何でこっちを見てくれないの」
(ちょっと気まずい所為ですかね!)
ビオン様の部屋は窓のない部屋から、日当たりのよい大きな部屋に変更になった。
本来なら沢山の使用人にお世話をされるところ、まだ人慣れしていないビオン様のお世話係は私だけ。
つまり今も、広くなった部屋に私たち二人だけ。
私は勉強を始めたビオン様のお側に控えていたわけですが…ええ、視線が合わないのは大変申し訳ない!
(だってビオン様はわかっているはず…あのとき、私たちはキスをしていないって)
呪いが解けていると祝福されながら、ビオン様はきょとんとしていた。最初は勢いに脅えもしたが、周囲の祝福ムードにとうとうきょとんと。
あのときキスしていないと、ビオン様だってわかっている。
だったらいつ呪いが解けたのか。
ビオン様の視界で、世界がどう映っていたのかわからない。だけどビオン様にも呪いが解けた瞬間がわからないというのなら、きっとビオン様には「自分」が見えていた。だけど周囲には「異形」として映るから、私同様呪いの解けた瞬間がわからない。
幼いけれど賢いビオン様は、それなら一体いつから呪いが解けたのだろうと考えるはず。
考えて…呪いが解けているのにそれを指摘しない私を不思議に思っても仕方がない。
(私もその点は説明できないんですが!)
説明するとしたら、真実の目を説明するところから始めなくてはならない。
だけど本当に、この目は見るだけで何の役にも立たないのだ。
誰も守れないし、助けることは出来やしない。
真実の目、なんて仰々しい呼び方すらちょっと恥ずかしい。自称だけど。
「メンテ、こっちに来て」
「はい…」
「ここに座って」
「え、ですが」
「いいから、座って」
ビオン様の勉強机。本来は家庭教師と隣り合って座るため、椅子は二つ。家庭教師は精査中のためまだ不在。その空いた椅子に座れという。
大分規格外なお世話係だった私だけど、それも改めないといけないなと思っているところにこの発言。顔を出した遠慮は、有無を言わさぬビオン様の言葉にひっこんだ。はい座ります。
ビオン様の隣に腰掛ける。ビオン様は向き合い、膝の上に添えた私の手を両手でそっと握りしめた。
被った布の下から、子犬のような目が私をじっと見つめている。
そういえば、視線を合わせられるようになったのはいつだったか。最初は躊躇いがちだった視線も、いつしかまっすぐ合うようになっていた。
身長だって、子供の成長はとても早くて、あっという間に抜かされてしまいそう。
「メンテは、僕の呪いが解けていたこと、黙ってたよね」
(あ―――直球ですね!)
貴族らしい婉曲なやりとりも知らず育ったビオン様。会話だってまともに続けたこともなく、この二年私とおしゃべりしてやっと普通におしゃべりできるようになった。
(これはあれですかね。どうしてもっと早く言ってくれなかったんだって…怒られますよね! だって呪いが解けているってもっと早くわかれば、あの暗い部屋からもっと早く出られたわけで)
もっと早く。もっと早く。
ビオン様が貴族として問題なく過ごせたはず。
私は、それに気づけなかった。黙っていたのではなく、気づけなかった。
だけどそれを説明するには真実の目についての説明が必要で。
「でもいいんだ。いつだっていい」
冷や汗をかいて蒼白になる私に、ビオン様が静かに告げる。
「だってずっと前から僕はメンテが大好きだったんだから」
いつも不安そうだったビオン様が告げる、静かな告白。
顔を上げれば、小麦色の肌がほんのり色づいて、子犬のような目が嬉しそうに細まった。
「やっと僕を見てくれた」
「え、あ」
「僕、メンテが大好き」
「うぇあ」
「いつだって、僕をまっすぐ見てくれる、メンテの目に安心したんだ」
…それは、私が真実の目で、呪われた貴方の姿を知らないから。
呪われた姿しか見えない周囲は、ビオン様と視線を合わせることを拒否した。侯爵様だって、一定の距離を保った。全ては異形に見える呪いの所為。
ビオン様にとって、誰とも目が合わないのは脅えられないという点で安心だったけれど…それでも寂しくないわけではなかった。
そんな中、視線を合わせて微笑んで、可愛いと世話をする私が現れて。
ビオン様はとても安らいだのだという。
私が、呪いの中に埋もれた真実のビオン様を見つけたから。
(私の真実を見抜く目は、貴方の心を救えましたか)
何の役にも立たないと思っていた目だけど…この目がなければ、私は本当のビオン様を見つけることは出来なかった。
「僕がメンテを大好きだから、いつ呪いが解けたって不思議じゃなかったんだ。だってメンテは、僕にいつも、その…」
「アッハイ」
ちゅっちゅしてましたね! はい!!
ビオン様が恥ずかしそうに俯く。やっぱり私はビオン様を誑かした不埒者。こんな不埒者がビオン様の傍に居て大丈夫?
「メンテは、僕が情けなかったから、すぐ本当のことが言えなかっただけだよね。僕がずっと脅えてたから…」
(おっと誤解が!! 私がビオン様の成長のためにあえて黙っていたと思われている!?)
違いますガチで気付いていなかったんです。本当にいつ呪いが解けたの。
「でももう、僕が呪われていないって皆知ったから。僕は、貴族として人と接しなくちゃいけない」
きゅっと私の手を握るビオン様は不安そうだ。それはそう。急展開について行けない。だけど対応しないといけない。
だってビオン様はもう呪われていないのだから。
ならば貴族として、責務を果たさないといけない。
私はビオン様の手が震えているような気がして、その手を握り返した。ビオン様はピクリと震えて、視線をあげる。
子犬のような目は、思ったよりしっかり私を見ていた。
「メンテ、僕頑張る。頑張るから一緒に居て。僕の傍に居て」
「ビオン様」
「僕のお嫁さんになって」
言ってしまえば、私とビオン様の結婚は決定事項。侯爵様が婚約者に指名して、お声をかけてくださった時点で子爵令嬢の私に拒否権はない。むしろ顔に傷あり、実家貧乏の令嬢を受け入れる事実に卒倒しそう。
だけどビオン様は、事実だけじゃなくて…私にそうあることを望んで欲しいと視線で訴える。
大好きだって、全身で訴えてくる。
私は真実の目を持っているから、嘘を見抜くことが出来る。本心を知ることが出来る。
ビオン様は本心から、私を望まれている。
私はそれを、今まで見ていなかった。だって、偽らないならわからない。好きだという気持ちが本心だとわかっていても、それが愛なのかなんて偽られない限り私にはわからない。
だから私は、ビオン様の抱える仄かな恋心に、全く気付いていなかった。家族愛だって、自分がそう思っていたから。
…もうしょうがないな、しょうがない。降参しますし責任もとります。
これも巡り合わせ。呪いに惑わされず真実を見抜く私が、呪われて一度も正しい姿を他人に見られず生きたビオン様と出会ったのは、運命だと思おう。
この子を守るために真実を見抜く目があったのだと、腹をくくろうじゃないか。
じっと見つめるビオン様に、私はゆっくり微笑んだ。
「よろしくお願いします」
ぱっとビオン様の顔がほころぶ。ああ可愛い。握られた手がぎゅうぎゅう締め付けられてちょっと痛い。
「僕のメンテ。大好き」
「私の可愛い坊ちゃん。愛していますよ」
まだ気分的には家族愛だけど、それでもいずれは信頼し合える夫婦になれるだろう。
とか思っていたらビオン様が不満そうにぷうと頬を膨らませた。おっと待ってください。その可愛い顔初めてでは?
「可愛いじゃ駄目」
「駄目ですか」
「駄目」
不満そうに呟いたビオン様は、私の手を握ったまま身を乗り出して。
私の額にチュッと口づけた。
「格好いいじゃなきゃ駄目」
そういったビオン様の子犬のような目は…立派に男の子の目。
おっと、これは…。
すみません、本当に降参します。
私にだけ見えていた可愛い坊ちゃんは、皆が認めるかっこいい坊ちゃんになるようです。
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