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10 呪いを解く方法は…
しおりを挟む「…十回転がされた程度で乱心したか?」
とんでもないことを言い出したレアンドルを見下しながら、エマは受け身が上手く取れなかったのだろうかと不安になった。
こいつは象だから滅多に転がされることもない。珍しく連続で十回も転がされて受け身を取りそこなったのだろう。強かに頭を石畳に打ったか?死ぬな?この場合は打ち倒したことになるか?自爆か?判定結果がちょっと気になった。
しかしレアンドルはエマを気にせず淡々と語る。
「そもそも前提が、精神世界に招かれるという事は呪いを解く為に触れたものだ。つまり前提として相手に多少の好意はあるものとする」
「ここに例外がいるが」
あと呪いを解こうとする行為って言うが、真実の愛チャレンジ以外にも可能性はあるはずだ。あとこれは考察であって事実ではない。検証が足りない。
「その場合、戦うより協力する方が自然だ。そもそも真実の愛があったならば精神世界に招かれる前に呪いは解ける。だが、もし…精神世界の時間が緩いのは、その真実の愛を育むための時間なのだとすれば?」
エマの言葉をスルーして考察を続けないで欲しい。
そんな、重大な問題に気付いたみたいな言い方をしないで欲しい。
そして令嬢たちは、はっ…と察した表情をやめて欲しい。何も察せていない。
「勿論時間をかけても、人間性や相性の問題で育まれない場合も多いだろう。だがこの金も身分も関係なくなる空間で心惹かれる相手が出来たなら、それは真実の愛に相応しい相手のはずだ」
「成程…私たちは身勝手にも、精神世界に招かれたことでレアンドル様に場違いな恨みを抱きました」
「しかしそれを乗り越えて真実に心寄せ合えたなら…」
「確かに…辻褄は合いますわ」
合うか?
強引ではないか?
何故実際揺らぎの出た「相手を本気で叩き起こす」ことよりも、何の確証もない真実の愛チャレンジの延長戦の様な方法に理解を示し始めているのだろう。
「そっちのがロマンあります!」
ロマン判定で決めることか?
「だからエマ」
ゆらりと踏み出した獅子に、エマは油断なく槍を構え直した。
何やら薄っすら笑いながら、愉快そうにエマを見ている目が、獲物を甚振る肉食獣の残虐性を滲ませている。
「この呪いを解くにあたり、お前が俺を倒すより、口付ける方が確実と思わないか」
「思わないが?」
こいつは何を言いだしているんだ。
エマは腰を落として体勢を整え、じりじりと後退した。なんだか嫌な予感がする。戦略的撤退も辞さない。
「ここの感覚で一年。俺が興味を持ち心惹かれたのはお前だ。とんだじゃじゃ馬だがそんなお前を乗りこなしたい」
「お断りだ。私を御せるのは王女殿下だけだ」
「王女殿下も梃子摺っているからお前はこんなところに来ているのだと思うぞ…安心しろ。俺にも乗っていいぞ。先程のように」
「お前は(身体が)大きくて(腹筋が)硬いから乗ると痛いと分かったからもう乗らない」
「つれないことを言うな。この俺に跨れるのはお前だけだぞ」
「十一回目を最後にしたいものだな」
じりじり距離を測り合いながらの軽口を交わすが…何故か令嬢たちがきゃあきゃあ騒いでいる。目を血走らせて書き物をしている令嬢もいる。何故。
「そう構えるな。呪いを解く為の建設的な話がしたいだけだ」
「呪いを解く為に必要な構えだと思わないか?何せ私はお前を倒さないといけないからな」
「全力を出してやってもいいが…今までの比でない程ボロ雑巾になるぞ?」
「む」
わかっているがいらっとする。
しかしここで挑発に乗ってしまってはただでさえ薄い勝機が霧散する。
「ただ一戦すればいいだけなら大歓迎だがな。お前と(拳を)交じり合うのは気持ちが良い」
「それは否定できないが…」
訓練は純粋に楽しかったので頷けば、黄色い悲鳴が響いた。何故。
よくわからない流れになっているが、エマは流されるわけにはいかない。何故なら。
「そもそも私はお前に恋愛感情を抱いていない」
これだ。
ここ最近は訓練を重ねて師のように思ってきているが…これは自らの研磨に必要な手段であり、純粋な強者への憧れであり、いずれ打ち倒す獲物への殺意である。
これはイヴァンジェリン王女が見せるキラキラした初心で純粋な恋とは似ても似つかない殺伐とした想いだ。王女が想い人へ想いを馳せる微笑ましい一幕などエマにはない。エマが思いを馳せるのは、レアンドルの急所に槍を叩き込む方法だ。イメージトレーニングともいう。
とにかく、愛を育むなど戯言を口にしているが、エマはそんなものを育んだ覚えがない。
いつだってエマはレアンドルの喉元を狙っている。この十回で狙えなかったのは、令嬢たちに囲まれた中血なまぐさい行動を自粛しただけだ。
なお、初回そのような気遣いなく槍を振り回したことは考えないものとする。
エマの発言に、興奮していた令嬢たちがスンッと表情を無くす。目が死んだ。どうやら正気に返ったらしい。
しかしレアンドルは表情を変えず―――むしろにやりと愉悦に嗤った。
ぞっと肌が泡立つ。槍を握る手に力が籠る。喉が涸れ、ごくりと唾を飲み干した。
目を離してはいけない。
「育むと、言っただろ?」
レアンドルが一歩近づく。身体が大きいから足も長い。一歩も大きい。エマは視線を合わせたまま後退した。目を放してはいけない。
「一度で認められないなら真実の愛と認められるまで続ければいい」
続けるって何をだ。
疑問は視線に出ていたのだろう、レアンドルは言葉を続ける。足も止めない。エマに向かって近づいて来る。エマもまた、視線を合わせたまま後退した。庭園を舞台に逃げ回ったことから、後ろを見なくてもどこに何があるのかわかった。
「俺はお前を気に入って、好んだ。お前の本質を好んだつもりだが、辺境伯としてお前が欲しくなったのも事実だ―――それを真実の愛でないと評されるならそこまでだが、決めるのは周囲じゃなくて自分だ。そうだろう?」
「同意を求めるな。そもそも評するって誰が…」
「さあ?俺は知らぬ間にたくさんの口付けを受け入れたようだが、そんな俺にもわからん。だから、俺が決める。俺が信じる。この口付けで呪いが解けると」
「私は信じられないが!?」
思わず語調が強くなる。これはやばいと地面を蹴って走り出そうとして…横からご令嬢が突っ込んで来た。
「逃がしませんわよ…!」
「ローラ様!?」
金髪巻毛の令嬢は、身体全体でエマにしがみ付いた。慌てて手にしていた槍を下げる。令嬢の身体に傷をつけるわけにはいかない。
「どうなさったのですか。とにかく一旦離れ…」
「逃がさないと言ったでしょう!さあレアンドル様!わたくしが押さえていますので今のうちです!」
「は!?」
頼りない細い腕がぎゅっとエマを拘束する。正直簡単に抜け出せるのだが、そのか細さに躊躇した。
「正直わたくしにはどちらも暴論に聞こえますが…貴方は一度も真実の愛チャレンジをしていないでしょう!!それで帰れるならするべきです!レアンドル様がやる気になられているなら尚更ですわ!!何より―――わたくし、いい加減お家に帰りたいですわ!」
最後の言葉が本心である。
そしてそれは、この場に居る令嬢たちすべての心からの言葉だった。
ローラの言動に触発され、他の令嬢たちがすすすと近づいて来た。気づけば囲まれている。逃げ場の無さにぎょっとした。何だこの包囲網。
護衛の講習を見学していた令嬢たち。何気に逃走ルートというものを勉強し、そこに立つだけで行く手を阻むのだと知っていた。
思わぬところに影響が出ている。
令嬢たちはやんやと声援を送り始めた。
「大丈夫ですチュッとするだけです!」
「レアンドル様からお望みなのでチャンスです!真実の愛チャンスです!」
「キスから始まるラブストーリーもあるんですよ!!」
「騙されたと思って!!」
「一回だけ!一回だけでいいから!」
「ぶっちゃけ二回三回あってもいいから!」
「一目惚れより育む真実の愛っていい響きだと思います!」
「何よりレアンドル様に勝つより早く結果が出そうです!!」
「うっ!」
正直最後の言葉にダメージを受けた。よろ、とふらついた身体を、距離を詰めたレアンドルが捕獲する。しまった。持っているのが長物であるため、距離を詰められれば無力化される。
腰を引き寄せられ、大きな手の平に顔を上向かされる。エマの額に、レアンドルの額がぶつかった。
獲物を見定める獅子が、にやりと笑う。
「観念しろエマ―――俺の呪いを解くんだろう?」
「キスするつもりはなかった!」
「安心しろ。俺がしたいだけだ」
「お前絶対ぶっ殺してやるからな!!!」
思わず飛び出た暴言は男の大きな口に吸いこまれた。
令嬢たちの声にならない悲鳴が響く。
触れるだけなど誰が言った。
エマの唇は捕食するかのように食まれた。そのまま噛みつくように口を割られ、音をたてて貪られる。吐息も逃さぬと嬲られて、あっという間にエマの視界に星が散った。
なんだこれ。
なんだこれ。
チカチカする視界の端で―――男の瞳が愉し気に歪むのを見て。
エマは渾身の力を振り絞り、その顎にアッパーを決めた。
暗転。
そして世界は現実へと繋がった。
あの瞬間に視界が暗転したのはエマ達だけではなかった。黄色い悲鳴を上げながらガン見していた令嬢たちはエマが綺麗なアッパーカットを決めた瞬間、視界が暗転。次の瞬間には覚醒していた。
精神世界に囚われていた令嬢たちは次々目を覚まし、彼女たちは衰弱した様子もなく―――むしろ何故か興奮状態でとても元気だった。
「愛の!勝利!」
「油断していたレアンドル様に会心の一撃が!あれはどちらが正解でしたの!?」
「口付けですわ!愛の口付けが!真実の愛の口付けが交わされたのです!」
「ですがレアンドル様も気絶なさいませんでした!?」
「どちらが、どちらが正解ですの…!?ああ!でもわたくし的には」
「「真実の愛で呪いが解けた、だったらいいなぁ!」」
「書くぞぉおおおおおおおお!!」
「「きゃー!」」
以上、眠り病被害者の会サロンにての会話抜粋。
ちなみに目を覚ました辺境伯は、即殴り込んで来た女騎士の拳を甘んじて受け止めて…その手をがっしり握って放さなかった。
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