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5話 勇者
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夕刻。
「はぁ……」
ロンドとの作戦会議を終え、出立の時間をナインに伝えた光は、自室へと戻っていた。
レラへの伝言をフィオに任せたのは、少しでも考える時間が欲しかったからだ。
作戦会議、と言えば聞こえは良いが、結局はロンドにおんぶに抱っこの状況で、これは未だに変わっていない。
「覚悟、か」
加えて、今回はその話もあった。
当然と言えば当然のことではあったが、ロンドには、戦いに臨む心構えそのものが既に根付いている。
それは、いわゆる修羅場をくぐった経験の数に裏打ちされたものでもあるだろうが、その根底にあるものはまた別のようにも思えた。
「勝てないかもしれない相手にも、臆せず立ち向かうこと……その覚悟が、騎士の証……」
力が無くても、立ち向かおうとする姿勢こそを、ロンドは覚悟だと言っている。
それを、魔力がない自分へ敢えて言葉にして語ったことは、きっと意味があるのだろう。
そう思いながら、光はロックガンを取り出す。
茜色の日を受けた銃身は、重苦しい輝きを返すのみだった。
ずしりとした重みと冷たさを手の内に感じながら、それでも少年は銃把を握りしめる。
岩を軽々と抉るそれは、命を奪うには十分過ぎる威力だ。
その引き金を受け取っている意味と、ロンドの言葉の意味とは、同じものだろうか。
いつしか、宵闇が部屋を塗りつぶそうとしていた。
「……ティス」
「はい」
光の声に、ティスは静かに応じる。
「ゴーズに、勝てる?」
「お命じいただければ、如何様にも」
淡々と、事実だけを述べるような侍女の声に、少年は天井を見上げた。
「……そっか」
明日、出発することを決めた。
望んで、戦いの場へ。
戦えない自分が、戦場へ赴くこと。
それはつまり、その場において、自分の代わりに誰かに戦ってもらうということ。
その意味。
夜が訪れた部屋に、重々しいため息がこぼれた。
◇
翌朝。
朝食を終えた光の耳に、若干のざわめきが聞こえてきた。
「なんだ?」
「勇者のお2人が到着されたようです」
「なんだって?」
ティスの声に慌てて身支度を整えると、光は外へと駆け出す。
目の前の通りに出たところで、フィオが降り立った。
「大通りを司令部に向かわれてます」
「わかった!」
礼もそこそこに、いつも歩いた道を走っていく。
何故だろう、と光は思う。
昨日聞いていた勇者2人の位置は、それなりに遠かった。
そのため、実際に顔を合わすことはないだろう、と考えていた。
その2人が、既に到着したという。
直接話さねばならない用件は、ない。
だというのに、自分は急いでいる。
この世界で出会うまでは、知り合いですらなかった2人に会うために。
それは、何故だろうと。
司令部に近づき息が乱れた頃、光にとっては懐かしい容貌、つまり日本人の姿をした男女2人組が見えた。
「お! 光!」
目ざとくこちらを見つけたのは、そのうちの1人。汀修志。
釣られてもう1人、湊依衣子も視線を向けた。
「久しぶりね、天都君」
「修志……湊さんも。まさか、こんなに、早いとは……」
足を緩めながら、光は呼吸を整える。
「ふぅ……。あと、2~3日はかかると、思ってた」
「ああ。急ぎみたいだったから、ちょっと走ってきた」
「走って、ね」
あっけらかんと話す修志に、光は内心で舌を巻く。
自分とて、カイセイに来てからそれなりに鍛えられてきたつもりではあるが、「勇者」の2人はやはり次元が違うのだ。
「しかし、この前会ったのはディンズウェイだっけ? 半年、は経ってないか」
「さぁ……カレンダーなんて見てないからな」
「言えてる!」
明るく笑う修志は、そこで光の後ろに視線をやった。
「えーと、ティスさんだっけ? お久しぶりです! それと、その隣は……」
いつの間にか光の後ろで控えていたティスは、無言で礼をする。
その隣にいたフィオは、儀礼的な所作を取りながら応答した。
「フィオと申します。お見知り置きください」
「よろしく。僕は汀修志、こっちが湊依衣子。勇者やってます」
「よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる依衣子に、フィオも微笑を浮かべて礼の姿勢を取る。
「……彼女、強いね」
「お前と湊さんほどじゃない」
こそっと耳打ちしてきた修志に、光は苦笑して返した。
スッと嫌味なく距離を詰めてくるその人柄も、勇者に相応しいというべきか。
「これから、あー、リヴォフ将軍と会うんだろ? あんまり待たせるなよ」
「そうだな。光は?」
「……入れ替わりで出発さ。詳しくは、将軍に聞いてくれ」
OK、と頷く修志に手を振ると、2人の勇者は司令部へと去っていく。
その後姿を見送りながら、光はため息をついた。
「迎えの騎馬隊、可哀想だろ」
「聞きしに勝る! という感じですネ。一応、ここでも腕利きの馬乗りが集められてたんですが」
よそ行きを解除したフィオが、唇に指を当てている。
「まぁ、私が昨日確認した位置なら、今日中には戻って来るでしょう」
「結果的には、嬉しいサプライズって奴か。……フィオ、バルクマンさんに、出発と」
「承知!」
少女が影のように消え、その場には光とティスのみが残された。
「……少し、ここに長居しすぎたな」
「……」
自嘲するような呟きを、美貌の侍女は黙って受け止めている。
――元々、光がこの辺りにやってきたのは、帰還の手がかりを求めてのことだった。
ヨウゲツ周辺にあるという遺跡。
そこは有史以前のものとされ、未だに人知及ばぬ領域である、という評判で。
そこならば、あるいは地球へ帰る方法の、手がかりくらいは見つかるのではないか。
結局、それ自体は空振りに終わったものの、それでフィオとの縁ができたのだから、無駄ではなかったのだろう。
その一方で、単なる仮宿としていたはずのヨウゲツが、滞在中に魔物の襲撃を受けてしまったのは、不運ではあった。
「……」
別に逃げても良かったのに、その撃退の手伝いをしてしまったまでは、まぁ義理の範囲だろう。
だが、そこで陣頭指揮を取るレラの姿を見てしまったのが、ここまで長引くことになった一因となった。
そう年の変わらないはずの彼女が、戦いの中で浮かべた表情の、強さ、と呼ぶべきか。
どうにもそれが引っかかり、以来、ずるずると協力を続けている。
巻き込まれたのだ、と言い訳をしながら。
そして最近になって、あの時見えた「強さ」を言い表す言葉を、光はよく聞く気がしていた。
「一晩経てば、多少はマシになると思ってたんだけどな」
揺れ続ける内心を笑いながら、光は歩き出した。
◇
光が門に着くと、ロンド率いるハモニカは既に待機していた。
「すみません、お待たせしました」
「いや、丁度いいくらいさ。これで全員かな?」
ロンドの声に、光が軽く頷きながら周囲を見回すと、ハモニカの何人かが手を振ってくれている。
それに応じつつ、少年は僅かに言葉を濁す。
「えっと……あと1人来るはずでして」
「お待たせしたようね?」
不意に、ぐにゃりと歪んだ空間から声が届いた。
そこから現れたのは、分厚いローブを纏って姿はおろか顔も隠した何者か……ナインだ。
「あー……紹介します。同行者の」
「ナインよ。姓は気にしなくていいわ。よろしくね」
額に手を当てて渋面を作った光に、彼女はくすくすと笑う。
「ああ、君が噂の。よろしく。ロンド・バルクマンだ」
明らかに怪しい同行者にも動じることなく、ロンドが挨拶を返した。
それにゆったりと頷きながら、ナインはもう一度笑う。
「何か?」
「いえ? よろしくね。ロンド……バルクマン?」
何か含んだような声音にも、鉄仮面の騎士は全く動じた様子はない。
涼やかに受け流すその姿に、何故か光の方が落ち着かなくなり、軽く咳払いをする。
「んん……。では、揃ったので、出発しましょう」
先ほどとはまた別の不安が心中をよぎり、少年は思わず空を見上げた。
呆れるような快晴だった。
「はぁ……」
ロンドとの作戦会議を終え、出立の時間をナインに伝えた光は、自室へと戻っていた。
レラへの伝言をフィオに任せたのは、少しでも考える時間が欲しかったからだ。
作戦会議、と言えば聞こえは良いが、結局はロンドにおんぶに抱っこの状況で、これは未だに変わっていない。
「覚悟、か」
加えて、今回はその話もあった。
当然と言えば当然のことではあったが、ロンドには、戦いに臨む心構えそのものが既に根付いている。
それは、いわゆる修羅場をくぐった経験の数に裏打ちされたものでもあるだろうが、その根底にあるものはまた別のようにも思えた。
「勝てないかもしれない相手にも、臆せず立ち向かうこと……その覚悟が、騎士の証……」
力が無くても、立ち向かおうとする姿勢こそを、ロンドは覚悟だと言っている。
それを、魔力がない自分へ敢えて言葉にして語ったことは、きっと意味があるのだろう。
そう思いながら、光はロックガンを取り出す。
茜色の日を受けた銃身は、重苦しい輝きを返すのみだった。
ずしりとした重みと冷たさを手の内に感じながら、それでも少年は銃把を握りしめる。
岩を軽々と抉るそれは、命を奪うには十分過ぎる威力だ。
その引き金を受け取っている意味と、ロンドの言葉の意味とは、同じものだろうか。
いつしか、宵闇が部屋を塗りつぶそうとしていた。
「……ティス」
「はい」
光の声に、ティスは静かに応じる。
「ゴーズに、勝てる?」
「お命じいただければ、如何様にも」
淡々と、事実だけを述べるような侍女の声に、少年は天井を見上げた。
「……そっか」
明日、出発することを決めた。
望んで、戦いの場へ。
戦えない自分が、戦場へ赴くこと。
それはつまり、その場において、自分の代わりに誰かに戦ってもらうということ。
その意味。
夜が訪れた部屋に、重々しいため息がこぼれた。
◇
翌朝。
朝食を終えた光の耳に、若干のざわめきが聞こえてきた。
「なんだ?」
「勇者のお2人が到着されたようです」
「なんだって?」
ティスの声に慌てて身支度を整えると、光は外へと駆け出す。
目の前の通りに出たところで、フィオが降り立った。
「大通りを司令部に向かわれてます」
「わかった!」
礼もそこそこに、いつも歩いた道を走っていく。
何故だろう、と光は思う。
昨日聞いていた勇者2人の位置は、それなりに遠かった。
そのため、実際に顔を合わすことはないだろう、と考えていた。
その2人が、既に到着したという。
直接話さねばならない用件は、ない。
だというのに、自分は急いでいる。
この世界で出会うまでは、知り合いですらなかった2人に会うために。
それは、何故だろうと。
司令部に近づき息が乱れた頃、光にとっては懐かしい容貌、つまり日本人の姿をした男女2人組が見えた。
「お! 光!」
目ざとくこちらを見つけたのは、そのうちの1人。汀修志。
釣られてもう1人、湊依衣子も視線を向けた。
「久しぶりね、天都君」
「修志……湊さんも。まさか、こんなに、早いとは……」
足を緩めながら、光は呼吸を整える。
「ふぅ……。あと、2~3日はかかると、思ってた」
「ああ。急ぎみたいだったから、ちょっと走ってきた」
「走って、ね」
あっけらかんと話す修志に、光は内心で舌を巻く。
自分とて、カイセイに来てからそれなりに鍛えられてきたつもりではあるが、「勇者」の2人はやはり次元が違うのだ。
「しかし、この前会ったのはディンズウェイだっけ? 半年、は経ってないか」
「さぁ……カレンダーなんて見てないからな」
「言えてる!」
明るく笑う修志は、そこで光の後ろに視線をやった。
「えーと、ティスさんだっけ? お久しぶりです! それと、その隣は……」
いつの間にか光の後ろで控えていたティスは、無言で礼をする。
その隣にいたフィオは、儀礼的な所作を取りながら応答した。
「フィオと申します。お見知り置きください」
「よろしく。僕は汀修志、こっちが湊依衣子。勇者やってます」
「よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる依衣子に、フィオも微笑を浮かべて礼の姿勢を取る。
「……彼女、強いね」
「お前と湊さんほどじゃない」
こそっと耳打ちしてきた修志に、光は苦笑して返した。
スッと嫌味なく距離を詰めてくるその人柄も、勇者に相応しいというべきか。
「これから、あー、リヴォフ将軍と会うんだろ? あんまり待たせるなよ」
「そうだな。光は?」
「……入れ替わりで出発さ。詳しくは、将軍に聞いてくれ」
OK、と頷く修志に手を振ると、2人の勇者は司令部へと去っていく。
その後姿を見送りながら、光はため息をついた。
「迎えの騎馬隊、可哀想だろ」
「聞きしに勝る! という感じですネ。一応、ここでも腕利きの馬乗りが集められてたんですが」
よそ行きを解除したフィオが、唇に指を当てている。
「まぁ、私が昨日確認した位置なら、今日中には戻って来るでしょう」
「結果的には、嬉しいサプライズって奴か。……フィオ、バルクマンさんに、出発と」
「承知!」
少女が影のように消え、その場には光とティスのみが残された。
「……少し、ここに長居しすぎたな」
「……」
自嘲するような呟きを、美貌の侍女は黙って受け止めている。
――元々、光がこの辺りにやってきたのは、帰還の手がかりを求めてのことだった。
ヨウゲツ周辺にあるという遺跡。
そこは有史以前のものとされ、未だに人知及ばぬ領域である、という評判で。
そこならば、あるいは地球へ帰る方法の、手がかりくらいは見つかるのではないか。
結局、それ自体は空振りに終わったものの、それでフィオとの縁ができたのだから、無駄ではなかったのだろう。
その一方で、単なる仮宿としていたはずのヨウゲツが、滞在中に魔物の襲撃を受けてしまったのは、不運ではあった。
「……」
別に逃げても良かったのに、その撃退の手伝いをしてしまったまでは、まぁ義理の範囲だろう。
だが、そこで陣頭指揮を取るレラの姿を見てしまったのが、ここまで長引くことになった一因となった。
そう年の変わらないはずの彼女が、戦いの中で浮かべた表情の、強さ、と呼ぶべきか。
どうにもそれが引っかかり、以来、ずるずると協力を続けている。
巻き込まれたのだ、と言い訳をしながら。
そして最近になって、あの時見えた「強さ」を言い表す言葉を、光はよく聞く気がしていた。
「一晩経てば、多少はマシになると思ってたんだけどな」
揺れ続ける内心を笑いながら、光は歩き出した。
◇
光が門に着くと、ロンド率いるハモニカは既に待機していた。
「すみません、お待たせしました」
「いや、丁度いいくらいさ。これで全員かな?」
ロンドの声に、光が軽く頷きながら周囲を見回すと、ハモニカの何人かが手を振ってくれている。
それに応じつつ、少年は僅かに言葉を濁す。
「えっと……あと1人来るはずでして」
「お待たせしたようね?」
不意に、ぐにゃりと歪んだ空間から声が届いた。
そこから現れたのは、分厚いローブを纏って姿はおろか顔も隠した何者か……ナインだ。
「あー……紹介します。同行者の」
「ナインよ。姓は気にしなくていいわ。よろしくね」
額に手を当てて渋面を作った光に、彼女はくすくすと笑う。
「ああ、君が噂の。よろしく。ロンド・バルクマンだ」
明らかに怪しい同行者にも動じることなく、ロンドが挨拶を返した。
それにゆったりと頷きながら、ナインはもう一度笑う。
「何か?」
「いえ? よろしくね。ロンド……バルクマン?」
何か含んだような声音にも、鉄仮面の騎士は全く動じた様子はない。
涼やかに受け流すその姿に、何故か光の方が落ち着かなくなり、軽く咳払いをする。
「んん……。では、揃ったので、出発しましょう」
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呆れるような快晴だった。
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