本日もカイセイなり

モカの木

文字の大きさ
6 / 19

6話 凶星

しおりを挟む
 ウプアット。
 かつての王城の玉座の間、その奥の空間に「鋼喰い」ゴーズが座していた。
 絢爛な装飾の面影が残る玉座の間とは対照的に、暗く、無骨な部屋だった。
 いや、無骨というよりは、機械然とした、というべきか。
 ファンタジーとは似つかわしくない、鉄とコードで覆われた装置に、ゴーズは腰掛けているのだ。
 そのコード類の隙間から、何かの光が漏れる。
 合わせて、妙に耳障りなノイズ音、とでもいうべきものが響いた。
「ふむ……」
 不意に、ゴーズが立ち上がる。
 ごきり、と肩を鳴らしながら、対面の装置を見つめる。
「クナッズめ、この表示が満ちるまで……とは、気楽に言ってくれたものだ」
 低い笑い声が漏れる。
 魔王クナッズ。
 時折彼が口にする名前、その正体だ。
「さて、あやつの妄言でなくば良いが」
 悪態のように言いつつ、その声音には信頼が滲んでいた。
 「力」の信奉者ともいえるゴーズが、魔族を統べるという魔王、その力に心服するという構図はわからないではない。
 だが、その様子はどちらかといえば、古い友人に対するそれだった。
 「鋼喰い」。
 この名は、決して伊達ではない。
 勇者を除いた人間の最高戦力と、互角に渡り合える個の存在。
 その力は、数多の魔族の中でも屈指のものだ。
 そんな彼を、ソリッドステート攻略のみに投入し、その後のマカリア、そしてヨウゲツに用いなかったのは何故か。
 単なる攻略以上の価値が、ここにあるということだ。
 より具体的には、この王城に。
凶星ネメシス……」
 呟く声は硬い。
 滅びの星、と魔族の伝承には伝わる。
 かつて、魔族の祖たる太祖が人間と相争ったという古の時代に、人間側の切り札として大いに魔族を苦しめたという。
「滅びの星光りて、勇士尽く空に帰りぬ。太祖は嘆き、その血を以て、忌々しき星見の櫓を遂に奈落の底へ埋めたり……」
 伝承の一説を諳んじる魔将は、そこで一瞬瞑目する。
「古の大戦……単なる神話と思っておったが」
 ふ、と自嘲気味な笑いが漏れた。
「『これ』が真となれば、確かに、オレの力など意味を成すまい」
 足音を立てながら、ゴーズはその空間を抜けて玉座の間へと向かう。
 かつてドワーフの王が座していたその玉座には、今は斧とも大剣ともつかぬ巨大な刃が横たえられている。
 その柄を無造作に握り、一度、二度、とゴーズが振るう。
 空間が軋む。
 耳鳴りのような余韻を残して、再びの静寂。
「……サビ落としには遠い、か」
 斧剣、とでも言うべき得物を肩に担ぎ直し、歴戦の魔人は呟いた。
 ――クナッズの言は、正しい。
 ゴーズはそれを理解する。してしまった。
 いくら個としての力を誇ろうとも、それが人間との戦いで決定的な差を生んだことはない。
 魔族に突出したものが現れたとしても、人間からは皇帝が、今は勇者が現れて押し戻されてしまう。
 神話における、伝説の太祖の力でさえ、結局は滅びの星のような「神器」には及ばなかった。
 であるならば。
「あやつめが固執するのも、道理よな」
 くぐもった笑いが響く。
「己の力を求めた果てに、それが届かぬ彼方の一端に触れる、か。……ふ、クナッズよ、感謝すべきか?」
 魔将の脳裏に、旧友との会話が思い浮かぶ。

 ◇

 魔王の居城。
「改まって話などと、どうした」
 クナッズの私室に呼ばれたゴーズは、入るなり問う。
 直截な物言いを気にするでもなく、魔王は答えた。
「……以前に話した『星』、覚えているか?」
「太祖を苦しめた神器か?」
「見つけた」
「……何?」
 ゴーズの声が低くなる。
「ありえん。仮に神話が事実としても、太祖が封じたはずだ」
「封印しただけだ。『星』そのものを破壊したわけではない」
「それは、そうだが……」
 腕を組む魔将に、魔王は淡々と続ける。
「ドワーフの国、ソリッドステート。その地下深くに、星見の櫓がある」
「……」
「それさえ押さえれば、『星』は我らの手の内……ということだ」
 ゴーズは唸る。
 仮にそれが事実として、では何故それが今、ドワーフや人間の手にないのか?
 その疑念を見透かしたように、クナッズは笑う。
「ドワーフがそこに国を築いたのは、単なる偶然だ。太祖の魔力の名残がミスリルを生むなど、誰も想像しなかっただろうな」
「何も知らず、奈落の上に城を築いた……と?」
 頷く魔王に、ゴーズは尚も渋面を作る。
「それを信じたとして、我らが『星』を手に入れられる道理にはなるまい」
「はは、だから君を呼んだのさ。……星見の櫓を乗っ取る装置を用意してある。これを託し得るのは、君だけだ」
「よく言う……」
 半ばはぐらかすような言ではあったが、ゴーズはそこで腕組みを解いた。
「手に入るならば良し、入らぬならば、ひとまずソリッドステートを落としたことを成果とする。こうだな?」
「話が早い。そのとおり」
 そこで、クナッズは居住まいを正した。
「ゴーズよ、ソリッドステートを落とせ。……これより、『星』を『凶星ネメシス』とする。ドワーフどもの国を奪い、ネメシスを我が魔族の手に」
「……御意」
「……頼んだぞ、我が友よ」

 ◇

「事は、クナッズの見立て通りに進んでいる。……いっそ呆れるほどだが」
 クナッズは過去の魔王と比較して、特段「強い」と言えるものではなかった。
 だが、本質はそこではない、とゴーズは思っている。
 魔族の常識を超えた知識、というよりは、それを求め続ける精神性、というべきものだ。
 クナッズは、その知性によって何かしらの大義を実現しようとしている。
 ネメシスの掌握は、その始まりに過ぎない、と魔王は嘯く。
「……然り。この戦、神器を握った側が勝つ。その端緒こそ、凶星」
 一人頷くそれは、あるいは、自身を納得させようとしているのかもしれない。
 事ここに及んで、ゴーズにクナッズの言を疑う余地はなかった。
 あの恐るべき友の導いた結論がそうであるならば、ネメシスは、勇者をヨウゲツもろとも焼き尽くすに足る。
 仮にその目論見が全くの期待外れとしても、ヨウゲツに人間を押し込め、魔族がこの地域でのフリーハンドを握ることは確実だ。
 それは、わかる。
 斧剣の柄が微かに悲鳴を上げる。
「……アドラー、血気に逸るなよ」
 ゴーズにとっては、この地でアドラーという逸材を見出だせたことは僥倖だった。
 才能と熱意は、魔族の中でも抜きん出ている。
 惜しむらくは、これまでの境遇故か、やや視野が狭いことではあるが。
 そこまで考えたところで、ふっと肩の力が抜ける。
「皮肉なものよ」
 魔人は笑い、斧剣を玉座に横たえた。
 硬く、重々しい音が鳴る。
 程なく、奥の空間から漏れ出す光が明滅し、消えた。
 ここに、魔王の執念が結実する。
 ゴーズの魔力を吸い上げながら、年単位の時間をかけて「星」の制御を書き換えたのだ。
 それは、戦場の様相そのものを変える契機となりかねない、まさに凶兆の星。
「戦場で、神器に滅ぼされるか、つわものに討たれるか……。後者でありたいものだがな」
 憐れむような、自嘲するような呟きが、虚空へと溶けた。

 ◇

 同刻。
 山中を進む光。その後ろで、ティスが僅かに目を細めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

チート魔力はお金のために使うもの~守銭奴転移を果たした俺にはチートな仲間が集まるらしい~

桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。 交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。 そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。 その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。 だが、それが不幸の始まりだった。 世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。 彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。 さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。 金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。 面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。 本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。 ※小説家になろう・カクヨムでも更新中 ※表紙:あニキさん ※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ ※月、水、金、更新予定!

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

『ミッドナイトマート 〜異世界コンビニ、ただいま営業中〜』

KAORUwithAI
ファンタジー
深夜0時——街角の小さなコンビニ「ミッドナイトマート」は、異世界と繋がる扉を開く。 日中は普通の客でにぎわう店も、深夜を回ると鎧を着た騎士、魔族の姫、ドラゴンの化身、空飛ぶ商人など、“この世界の住人ではない者たち”が静かにレジへと並び始める。 アルバイト店員・斉藤レンは、バイト先が異世界と繋がっていることに戸惑いながらも、今日もレジに立つ。 「袋いりますか?」「ポイントカードお持ちですか?」——そう、それは異世界相手でも変わらない日常業務。 貯まるのは「ミッドナイトポイントカード(通称ナイポ)」。 集まるのは、どこか訳ありで、ちょっと不器用な異世界の住人たち。 そして、商品一つひとつに込められる、ささやかで温かな物語。 これは、世界の境界を越えて心を繋ぐ、コンビニ接客ファンタジー。 今夜は、どんなお客様が来店されるのでしょう? ※異世界食堂や異世界居酒屋「のぶ」とは 似て非なる物として見て下さい

社畜おっさんは巻き込まれて異世界!? とにかく生きねばなりません!

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はユアサ マモル 14連勤を終えて家に帰ろうと思ったら少女とぶつかってしまった とても人柄のいい奥さんに謝っていると一瞬で周りの景色が変わり 奥さんも少女もいなくなっていた 若者の間で、はやっている話を聞いていた私はすぐに気持ちを切り替えて生きていくことにしました いや~自炊をしていてよかったです

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~

松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。 異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。 「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。 だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。 牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。 やがて彼は知らされる。 その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。 金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、 戦闘より掃除が多い異世界ライフ。 ──これは、汚れと戦いながら世界を救う、 笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

処理中です...