本日もカイセイなり

モカの木

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11話 ヨウゲツ攻防戦

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 城壁の兵士たちの歓声が聞こえる。
 つられて笑顔を浮かべた副官が、感嘆の声を上げた。
「オーガの破城槌隊を、あれほど鮮やかに……勇者のお二人は流石ですね!」
 その脇で、レラは表情を引き締めたまま頷く。
「そうね。敵の前線も動きが鈍ったようだし……中軍との入れ替えがあるはず。そうなり次第、こちらも交代させて」
「はっ!」
 ヨウゲツの攻防は、前哨戦が終わろうとしているところだった。
 押し寄せる魔物を、城壁からの魔法や弓等で押し留め、城壁を登ってきたものを騎士が中心となって叩き落とす。
 この命を削る「作業」を幾度も繰り返すのが、攻城戦だ。
 城壁の魔法防御で敵の魔法は概ね無力化できるから、基本的には防御側が優位となる。
 一方で、物理的に城壁を崩されれば魔法防御は霧散し……優位性が一気に瓦解する。
 故に、攻撃側の要諦は「いかに防御の隙を突いて城壁を打ち崩すか」であり、防御側は「それを防ぐか」に集約され、そこがヨウゲツの守将たるレラの腕の見せ所であった。
「シュージとイイコ、噂以上ね」
 呟き、彼女は僅かに柳眉をひそめる。
 互いに小手調べの状況で、こちらが早々に勇者という手札を切るのは、上策とは言えない。
 ただ、手の内を晒すことのリスクを押してでも、レラは「勇者」の実力を測っておくべきと判断した。
 結果として、彼女は改めて認識する。
 劇薬、と。
 オーガの破城槌隊。
 人間の数倍の体躯を誇るオーガ、その有り余る膂力を持って振るわれる、鉄鉱石をそのまま柱状に切り出したような「破城槌」。
 一般兵では、迂闊に手出しできない難敵。
 もちろん、騎士であるレラならば、蹴散らすことはできる。
 ただし、あれだけの魔物の群れを掻い潜ってとなれば、相応の手間はかかる。
 それを修志は、「いいよ」の一言で引き受け、涼しい顔で城壁から一息にオーガ達へ跳び、一太刀で斬り伏せてみせた。
 その左右に控えた別働隊には、依衣子が阿吽の呼吸で魔法を撃ち込み、それで広がった混乱を修志が更にかき乱して、敵の攻勢を頓挫させるに及ぶ。
 副官の言う通り、鮮やかな……あの2人だけで、全て片付くのではないかと思ってしまうほどの、鮮やかすぎる手際。
(各方面の司令官から引く手数多、というのも当然ね)
 潮が引くように退き始めた魔物の前線へ、追撃の斉射を命じながら、女将軍は防衛プランのいくつかを心中で破棄する。
 勇者の一撃を受けてなお、魔物側の指揮に乱れは感じられない。
 それはつまり、勇者の参陣を予期していたということだ。
「単なる油断……なら良いけれど」
 きゅ、と唇を結び、レラは視線を僅かに戦場の彼方――ウプアットへと向けた。

 同刻。
 アドラーは陣中で鼻を鳴らしていた。
「いかな勇者相手とはいえ、オーガどもが10分持たんとはな」
 望み過ぎか。
 続くそのセリフは噛み潰し、青年は傍らに立つ部隊長へ前軍と中軍の入れ替えを指示する。
 彼は、以前にアドラーを嘲笑った面々の一員ではあったが、二つ返事で粛々と行動を開始した。
 相当の蟠りがあるなかで、上意下達が揺らがないのは、これは勝ち戦なのだという認識が共有されているからだ。
 実戦におけるその辺りの呼吸は、流石にゴーズの配下といったところだろう。
 裏を返せば、アドラーがこの大軍勢を指揮できるのは、かの魔将の威光に依るところ大きかった。
「閣下のネメシスまで、まだ少しある。このまま正面から遊んでやるのも悪くない、が」
 目を細め、青年は思考を巡らせた。
「初手で勇者てふだを切る。――見せ札に尻込みするのを期待したか? であれば……」
 何度か相対した人間側の将、その考えをなぞるべく、青年は瞑目する。
 実際に、オーガの部隊が10分持たなかったのだから、力押しだけで勇者を抑えきれる、とするのは楽観過ぎるだろう。
 何となれば自分だけで、そう逸っていたアドラーだったが、慎重にならざるを得ない。
 その意味で、敵将の思惑は半分は達成されたといえる。
 ただ、そこで青年の思考は一気に冷えた。
 極論すれば、アドラー自身の役割は単なる時間稼ぎだ。
 それも、たかだか数刻。
「……」
 あるいは、その数刻を崩しかねない威力さえも、勇者にはあるのではないか。
 ――戰場においては、常に不測の事態があるものと想定せよ。
 敬愛するゴーズから、幾度も説かれた教えが脳裏によぎる。
「……何となれば、離脱程度はできるか。副官!」
 アドラーは目を開け、再び指示を出す。
「後軍も含めて、各軍から飛行型の従魔を抽出し、それぞれ3隊ずつ編成しろ。計9隊で、城壁を上から脅かせ」
「は、しかし結界門が……」
「嫌がらせで良い。ひと当てごとに、ローテーションさせろ。それと、中軍の城壁担当はトロルどもだったな? 2隊を俺の直下とすると伝えておけ。中軍の展開が終わり次第、俺が率いて出る。飛行型はそれに合わせて行動を開始させろ」
「は! その間、本陣の指揮は如何しますか?」
「後軍から、ノシャリを回せ。指示書は追って渡す」
 敬礼して駆け出した副官を一瞥もせず、青年は自らの得物である金属製のグローブ――指先が極めて鋭く、鉤爪のようになっている――を取り出す。
 がしゃ、と底冷えするような音が鳴った。

 ◇

 城壁で、レラは矢継ぎ早に指示を出していた。
 魔物が攻め手を変えてくる。
 それ自体は、珍しいことではない。
 だが、インプやハーピーといった飛行型の魔物主体の、大規模な嫌がらせ攻撃への対処、その経験が彼女には不足していた。
 空に集中すれば、敵の本命を見落とす。
 しかし、嫌がらせと理解していてなお、頭上の敵からのプレッシャーを振り払えるものではなかった。
「飛行型の総数は?」
「不明ですが、1万には届かないはずです」
「……やむを得ないわね。後方の予備隊も、空への対処に回して。ここを乗り切れれば、逆に空は……」
 束の間の副官との作戦協議、そこへ慌てたように伝令が割り込んできた。
「報告! トロルの部隊が接近しています!」
「その程度、魔導砲兵に対処させよ」
 副官が叱責するように伝えると、伝令が更に続けた。
「そ、それが……敵将が先頭に立ち、こちらの魔法を尽く……!」
「何だと!?」
「早速仕掛けてきたのね……」
 狼狽する副官を落ち着かせながら、レラは後手に回らされたことに臍を噛む。
 飛行型によるあからさまな嫌がらせが、それだけで終わるはずがない。
 わかってはいたが、相手が上手だった。
 この期に及んでは、躊躇できない。
「副官、シュージとイイコを」
「……了解!」
 もしかしたら、それも敵の思惑かもしれない。
 一抹の不安を飲み込み、レラは供回りを連れて壁上へ向かった。

「ほう、流石に判断が早いな」
 次々と飛来する魔法を金属の爪でかき消しながら、アドラーは感心したように嘯く。
 このまま手をこまねくようなら、一挙に城壁を突き崩す考えも青年にはあったが、どうやらそれは杞憂に終わるようだ。
 一瞬だけ魔法が止み、周囲のトロルが早合点して雄叫びを上げた。
「そこまでだ!」
 その声と、近くのトロルをアドラーが蹴り飛ばすのはほぼ同時だった。
 直後、そこに剣を突き立てんとした修志は、目論見が外れたと見るや横薙ぎに切り返す。
 耳障りな金属音が鳴り、勇者の剣は魔族の鉤爪にいなされた。
「ご挨拶だな、『勇者殿』」
「氏族か。それも、かなり上位の」
 アドラーはその評にくっと笑う。
「過分な評価、痛み入るが……無氏さ。ただの、アドラーだ」
「……勇者、汀修志みぎわしゅうじ
 名乗りあったところで、上空を飛ぶ魔物に広範囲の稲妻が走った。
 城壁の方から歓声が上がる。
 やったな、みなとさん。
 修志は心中でもう一人の勇者を讃え、目の前に立つ敵将へと意識を集中させる。
 一方のアドラーも、表情には出さず内心で舌を巻いていた。
 体勢が伴わぬ中での、あの横薙ぎの剣をいなしただけで、嫌な痺れが腕に残っている。
 まともに打ち合えば、自分の腕か、この鉤爪が早々にイカれるだろうことは明白だった。
 であるならば、可能な限り主導権を奪う必要がある。
「行くぞ」
 敢えて宣言し、勇者に構えさせる。
 先手は取れた。
 鉤爪が炎を纏う。
 地面が弾ける程の踏み込みで、灼熱の残光が一筋の線を描く。
 衝突の瞬間、僅かに捻り上げた拳の角度で、修志の体がふわりと浮かんだ。
「しまっ……」
「シィッ!」
 噛み締めた歯の隙間から呼気を漏らしながら、アドラーは至近から火炎弾を雨あられと放つ。
 爆裂する魔法の余波が青年の肌を焼く。
 だが、修志は崩れた体勢でなおも火炎を切り払い、お返しとばかりに剣を振るった。
 明らかに遠い間合いを訝しむ暇もなく、アドラーは本能的に飛び退く。その脚元の地面に、一文字の亀裂が走った。
「空中でカマイタチとはな」
「あちち……まぁやられっ放しは、カッコつかないんで」
 おどけたように、剣を握っていた手を振りながら、修志は笑った。
 それなりに本気であった青年とは対照的に、まだまだ余力があるようだ。
(……さて、どこまで粘れるか)
 稼ぐべき時間と、自らの限界を天秤にかけながら、アドラーもまた笑った。
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