本日もカイセイなり

モカの木

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14話 決着

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 ウプアット、玉座の間。
 光の口から、呻くような声が漏れる。
「……悩む暇も、無いってのかよ!」
 ネメシスから伸びた光の帯。
 それは、少年に破局を予感させるには十分だった。
 後悔に歯噛みする時間さえ惜しい。
 覚悟を決める、などという猶予はとっくに過ぎ去っていたことに、光はようやく気づいた。
 それでも、まだ、辛うじて、決定的な崩壊には至っていない。
 故に今この瞬間、少年に唯一残された道は、その名を呼ぶことのみ。
 例えそれが、自らの浅慮を証明することだとしても。
「――ティス!」
「……御心のままに」
 常と変わらぬ平静さで、ティ・シフォンが応じる。
 侍女服の裾をつまみ、頭を垂れた彼女の姿に、今度はゴーズが怪訝な表情を浮かべる。
「何を」
「その目で見届けなさい」
 絶対零度の視線が魔将を貫き、その体が押さえつけられるように床へと崩れ落ちた。
 まるで、神の奇跡を前にした人が、思わず跪くように。
「ば……かな……!」
 あえぐように、ゴーズが必死で腕と膝とに力を込める。
「へぇ……」
 ナインは、ローブの奥で目を細めた。
「さすがはティス殿!」
「これほどとは……」
 フィオは無邪気に喜び、ロンドは仮面の奥で言葉を失う。
 そんな四者四様の反応を一顧だにせず、侍女はふわりと浮かび上がった。

 ◇
 
 ティスは玉座の間上空で静止すると、視界の端に光の姿を捉えつつも、凶星ネメシスへと意識を向ける。
「起動」
 声とともに光の輪が幾重にも生じ、彼女の周囲を回り始める。
「Orbital Armament System――検索開始。同定。型式番号OAS-D99342EML。サテライトリンク開始」
 謡うように言の葉が紡がれ、その度にチリチリと音を立てて周囲の魔力が弾けていく。
 見る間にそれは光の帯へと伸びていくと、その明滅が凶星のそれと一致する。
「弾頭種別。慣性誘導型Materialized Nanomachineマナ弾頭TB-222K」
 本来は宇宙から飛来する小惑星等が地表に落下することを防ぐための、衛星軌道上防衛兵装。
 初速は最高で光速の33%にも迫り、ナノマシン制御によりその運動エネルギーの大半を目標地点で破壊力に置換する。
 ――発射シークエンスは、衛星そのものを破壊すれば止められたし、それ自体もティスには可能だった。
 だが、既に最終段階へ入った衛星を破壊すれば、充填されたエネルギーは行き場を失い、昼の空に第二の太陽を生むだろう。
 それは、容易に遺失兵器の破壊を知らしめる。
 「敵」に対して、ティスの、引いては光の存在を高らかに証明することとなってしまう。
 故に、残る選択肢は二つ。
 防ぐか、逸らすか。
 刹那の間に数え切れぬシミュレートを繰り返し、彼女は唱える。
照準地点上書きターゲットオーバーライド。最終誘導補正」
 逸らす。
 どこへ。
 無人の荒野か、茫洋たる海か、あるいは。
「補正完了」
 光帯が消える。
 本体の直接照準から、観測員ティスによる間接照準へと切り替わった証。
 直後、凶星が瞬いた。
 宙を翔ける弾頭をティスのみが視認する。
 ヨウゲツの都市はおろか、その地盤さえも容易に打ち砕く威力を秘めた流星が、3発。
 勇者でさえ防ぎ得ぬ「滅び」は、従前の軌道を逸れ――マカリア要塞へと、吸い込まれていく。
「リスクレベル事後審査……0」
 静かな放電をまといながらも、侍女はこともなげに評価する。
 その遥か後背では、光の奔流が要塞の威容を瓦礫へと還元しつつあった。

 ◇

「何が……起こったのだ……」
 一瞬、と言ってよい出来事。
 ゴーズは崩れ落ちたまま天を仰いでいた。
 いや、光を除いた他の面々もまた、呆気にとられたようにティスを見つめている。
 視線の中、埃一つ舞わせることなく降り立った侍女は、静かに少年へ礼をした。
「終わりました。マスター」
「……ありがとう」
 光の礼に小さく頷き、ティスはそのまま背後へと控える。
 少年は一度俯くと、何事かを呟く。
 自らの言葉に従う、底知れぬ侍女の力。
 その名を呼ぶ意味。
 せめてそれを噛み締めようとし、結局飲み込めぬままに……それでも光は顔を上げた。
 命じたものとして、責任を果たすために。
「俺の、勝ちだ。ゴーズ」
 勝利宣言とは、到底聞こえない声音。
「……ああ。どうやら、そのようだ」
 ゴーズが応える。
 既に、戒めは解かれていた。
 それを確かめるように立ち上がると、その目を天空へ向ける。
 星の輝きは、既に遥か彼方へと消えていた。
 ――火山の噴火にも似た轟音が、玉座の間を圧する。
 マカリア要塞崩壊の悲鳴が、空間を震わせた。
 カラカラと王城の破片が落ちる中で、 魔将は瞑目すると、手にした得物を振り下ろす。
 ゴッ、と音を立てて、刃が床へと突き立った。
 それを杖のように握りながら、ゴーズはしばしの間沈黙し、目を開く。
オレの負けだ。凶星こそ、我らの切り札。それを覆された以上は、な。……ふふふ、それも真正面からとは。長生きはするものだ」
「……妙に潔いじゃない?」
 ナインの言葉には棘がある。
「己はやるべきことをやった。貴様らとの直接の戦い、それそのものへの備えが疎かだったのは、ふふ、後悔といえばそうだが……何、力を尽くした結果、及ばなかっただけのことだ」
「やるべきこと、ね」
 そう言うと、王女は不貞腐れたようにそっぽを向いた。
 代わって、ロンドが口を開く。
「あの、ネメシスか。お前たちはどうやって知った?」
「人間のつわものよ。己がそれを話すと思うかね?」
「……いや、そうだな。無粋だった」
「然り。この問答の間は、そのような無粋のためではない」
 ゴーズの目が、光を見据える。
「さて、ヒカル、だったな。貴様のすべきことは、定まったか?」
 じっと唇を噛んでいた光は、その問いかけに一歩を踏み出す。
「俺は」
 銃を、ロックガンを握りしめ、ゴーズへ近づく。
「俺がやるべきことは、ゴーズ、あんたの企みを止める……ッ! 違う!」
 悲鳴のように少年は自身の誤魔化しを否定し、更に前へ。
「お前を! ……撃、つ、こと……だ!」
 叫び、銃口を魔将へと突きつける。
 ――その先に、静かに笑うゴーズの姿があった。
「我が主……」
 そっと、フィオが光の脇に立つ。
「介錯ならば、私が」
「……良いんだ、フィオ、これは……俺が、俺の決断だから……俺の仕事なんだ……」
 視線をゴーズの顔から逸らさず、食いしばるように少年は少女の提案を退ける。
 目を伏せて、フィオは音もなく後ろへ下がった。
「己の最期が、貴様のような男であったこと、誇りに思うぞ」
「なに、を……?」
「さぁ討て! 貴様が討たぬなら、己が貴様を切り刻むまで!」
「っ!」
 唐突な大音声と殺気に、光は半ば反射的に引き金を引く。
 カォン、という空虚な音が響き――ゴーズの胸部が、丸く、くり抜かれた。
「……見事だ。人間の、つわもの……よ……」
 呟く魔将の口の端から、生命の残滓が流れ出ていく。
 やがて、どうと巨体が倒れ込んだ。
「ヒカル……」
 ナインが光の肩に触れた。
 銃を構えたまま、その体は微かに震えている。
「……魔力も消えています。間違いなく、彼の者は死……倒れました」
 ゴーズの傍らで検分したフィオに、ロンドが頷く。
「わかった。私は、ハモニカと合流しよう。……少年、また後で」
 返事がないのを気にすることもなく、騎士は玉座の間から出ていった。
 静寂。
 やや荒い光の息遣いだけが、辺りに響く。
「……ああ」
 ため息のような声とともに、少年はゆっくりと銃口を下ろすと、そのままへたり込んだ。
 情けない。
 そのセリフは音にはならず、微かな吐息となって周囲に消えた。
 
 ティスはそんな少年の様子を静かに見守りながらも、並列した思考回路の一つを考察に回していた。
 いまだ不完全とはいえ、「敵」はO兵装を制御していた。
 それはつまり、相手は『旧人類』の遺産へと手を伸ばしており、更にはその計画が成功に近づきつつあるということ。
 「凶星」は、それらの内でも旧式の部類ではあったが、衛星軌道上という過酷な環境に存在するそれが、尚も完全に稼働していた。
 これが指し示すことは、他の遺産は、意図的に破棄されていない限り、ほぼ完全な形で残っているという事実。
 ――想定脅威レベルを、一段階上げる必要がある。
 それは、心中での決意に似ていた。
 例えどのような危険からでも、マスターを守るのだ、と。
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