回帰した最強の敗者──世界の理すら変える力で、今度は神をも跪かせて支配から自由を取り戻す──

第1章 運命の再始動

力の真実と代償の先に

　目を覚ますと、見慣れた天井が目に入る。穏やかな朝の光が差し込む部屋、柔らかな布団に包まれている俺はしばらく動けなかった。何が起きたのか、状況が飲み込めない。しかし、すぐに異常に気づく。ここは、過去の自分が過ごしていた部屋だ。あの、過ぎ去った日々の場所だと。

　「……ここは。」

　思わず呟くと、部屋の扉が静かに開き、いつもの召使いが顔を覗かせた。俺は驚き、すぐに目をこすりながら立ち上がる。その優しい笑顔が、どこか懐かしくもあり、何もかもが違う場所であるように感じられる。

　「フィリアス様、お目覚めですか？」

　その声に、俺は混乱しながらも、顔を引き締めた。そう、今は冷静を装わなければならない。この状況がただの夢であってほしいと願いながらも、どうしてもそれが信じられない。体が動く感覚が、過去の感覚と同じだ。

　「……ああ、もう少し寝ていようと思ったが、もう時間だな。」

　無理にいつものような口調を使って、俺は立ち上がる。召使いは微笑んで、朝食の準備ができたことを告げる。その言葉に頷き、俺は部屋を後にした。

　食堂に向かう途中、俺は冷静を保とうと努力しながら、内心で不安と混乱が膨らんでいく。ここで動揺を見せたら、全てがバレてしまうだろう。この場所、この時間、全てが再び過ぎ去った時間に戻ってしまったようだ。何かが、何かが違う。胸が締め付けられる。

　食堂に入ると、父と母がすでに席についていた。何も変わらない、普通の朝の風景。父は新聞を広げており、母はお皿を整えていた。二人とも、あの時と同じように穏やかな表情を浮かべている。

　「おはよう、フィリアス。」

　父が目を上げて微笑んだ。その声があまりにも優しく、懐かしい。過去に戻ってきたことを自覚し、俺は心の中で再び深い息をつく。もしここで感情を露わにしてしまったら、すぐに気づかれてしまうだろう。過去を知っている自分を演じなければ。

　「おはようございます。」

　冷静に答え、俺は席に着く。母も微笑みながら、ゆっくりと目を合わせる。

　「おはよう、フィリアス。今日はお天気が良さそうね。」

　母が軽い話題を振ってくる。俺は微笑みながらうなずく。

　「はい、お天気がいいですね。」

　しかし、内心ではその言葉を受け止める余裕がなかった。どうにかして、この状況を冷静に過ごすことが最優先だ。ここで動揺しては、全てが終わりだ。

　食事が運ばれ、家族は和やかに食事を始める。だが、俺の頭はそれどころではなかった。目の前に並んだ料理に手をつけながら、心の中で過去と現在の自分を重ねて考え続ける。この家族の一員として、何一つ変わらない日常が繰り返される。

　「フィリアス、お前、最近疲れてるように見えるな。」

　父が言った言葉に、俺は一瞬、硬直した。だが、すぐに冷静に返す。

　「いや、少しだけ勉学で忙しくて。大丈夫です、心配しないでください。」

　母も心配そうに見つめていたが、俺女の顔には疑念は浮かばなかった。おそらく、父の言葉に対する返事も、普段通りで違和感はないのだろう。だが、俺はこの瞬間を無駄にするわけにはいかなかった。

　「今日も忙しい一日になりそうだな。」

　父の言葉に、俺は頷きながら箸を取る。食事を終えた後、すぐに自室に戻ると、再びあの力を試す決心をした。過去に戻った今、この力を使いこなせるかどうかが鍵となる。それを試さなければ、前に進むことはできない。

　「よし、やってみるか。」

　俺は静かな部屋の中で、自らを奮い立たせるように呟く。今こそ、あの力を試す時だ。魔王が言っていた言葉を思い出す。

──大いなる力には大いなる代償が伴う──

それを理解したうえで、どこまで自分がその力を使いこなせるのか、確かめる必要があった。

　俺は目を閉じ、深く息を吸い込む。すぐに、心の中で力を感じ取る。感じたのは、いつも通りの風の流れ。だが、それはどこか、以前と違って感じられた。

　「風よ、私の手のひらに集まれ。」

　手を伸ばすと、微かな風が指先に集まるように感じる。しかし、俺はその風を制御できないことにすぐに気づく。以前は、ただ手をかざすだけで風が動き、操れたはずだ。それが、今はまったく感じられない。

　「どうして……こんなことに？」

　焦りが胸の中に広がる。目の前で風が動かない。いや、動かすことができない。何も起きないまま、時間が過ぎていく。俺は額に汗を浮かべ、無意識のうちに力を込めていた。

　「こんなことが、あるはずがない！　風よ、もっと強く、もっと自由に！」

　再び声に力を込め、手のひらを広げる。今度こそ、今度こそ風を手に入れなければならない。だが、風は一向に動かない。むしろ、周囲の空気が静まり返っていくのが感じられ、俺は一瞬その場に凍りつくような感覚を覚える。

　「おかしい……なんで動かない？」

　それでも、俺は諦めなかった。力を込め、再度風を呼ぼうとする。その時、突然、微かな風の流れを感じた。最初はほんの少し、指先にかすかな感触。だが、その感触が強くなり、手のひらにまとわりつくような感覚が広がる。

　「来た！これだ、風が動いている！」

　俺は興奮したように声を上げ、目の前に渦を巻く風を感じ取った。その風が、まるで自分の意識に従うように動き始め、手のひらの周りをぐるぐると回る。それは、確かに風の力だ。しかし、その力が完全に掌握できたわけではないと、俺はすぐに感じ取る。

　「もっとだ、もっとだ！」

　俺はさらに力を込めて、風の動きを強めようとする。しかし、風が徐々にその形を崩し、渦巻きが一瞬で静まっていく。あれほど強く感じた力が、たった一瞬で消え去った。

　「何だ、この感じは……！」

　俺は息を飲み、驚きの表情を浮かべる。力が失われる瞬間、何かが足りないことに気づく。何か、自分が試そうとした方法が間違っていたのだ。そこでひらめく。以前使った方法とは違う、もっと自然な、もっと根本的な方法で力を引き出せるかもしれない。

　「そうだ……風の概念を変えてみるんだ。」

　俺は思いきって、意識を集中させる。風が自分の意志に従うのではなく、風そのものが変わる感覚をつかもうとした。その時、突然、空気が震えた。風が、まるで生き物のように動き、俺の手のひらを超えて広がっていくのを感じる。空気が、まるで別の形態を取るかのように変わり、風そのものが動き出した。

　「これだ！こんな風に感じたことはない！」

　俺は驚きと興奮を隠せずに声を上げる。風の流れが目の前で異次元のように変わり、まるで目の前に広がる景色の全てを変えていくような感覚があった。しかし、その奇妙な感覚も、すぐに元の状態に戻ってしまう。風の流れが再び何もない状態に戻るのを、俺は見逃さなかった。

　「またか……！」

　俺の心の中に広がるのは、歓喜と同時に大きな落胆だった。確かに風を変えることができた。だが、それを維持することができなかった。力がうまくコントロールできていないという事実に、俺は悔しさを感じる。

　「なぜ……なぜ維持できない？」

　その疑問が頭を支配したとき、俺は胸に鋭い痛みが走るのを感じた。それは、ただの痛みではなかった。まるで自分の内側から何かが引き裂かれるような、深い痛みだ。

　「う……！」

　俺はその場に膝をつき、息を呑んだ。痛みがますます強くなり、耐えきれずに倒れ込む。その瞬間、胸の中で一つの事実が腑に落ちた。

　「これが……代償か。」

　俺は苦しみながら、魔王の言葉を思い出す。

──大いなる力には大いなる代償が伴う──

　その代償が、今まさに自分に降りかかっているのだと、俺はようやく理解した。少し時間が経ち痛みが引いてきた。そして日付を確認する。今は2月2日だ。俺は机の上に広げた書物に目を落としながら、ふと前世のことを思い出した。

「1週間後……入学試験か。前世ではどうだったか……あの時、俺は……」

　貴族は18になるとエルスリード学園への入学試験がある。試験前の焦燥感が蘇る。あの時、自分には力があると確信していた。しかし、力を過信し、準備不足だった。結果として試験では何もできず、他の受験者たちに圧倒されてしまった。あれが原因で、最終的には孤立していき、入学試験に合格出来なかった。

「ただ力を振るってみたけど、結局は評価されなかった…。あの時、どうしても周囲とのバランスを考える余裕がなかった。」

　俺は苦々しく思い出す。風を操る力があったが、それをどう活かすかを考えなかった。ただ使うだけでは足りないことに気づくのが遅すぎた。それが結果的に、貴族社会で生きるために最も重要な部分を見落としてしまったことに繋がった。

「あの時は、無駄に力を見せつけようとしただけだった…。だから落ちた。」

　でも、今度は違う。俺は前世の失敗を繰り返さないと誓った。力を使うタイミング、状況を見極める重要性を今なら理解している。冷静に戦略を練り、無駄なく試験を乗り越えなければならない。

「今回は絶対に失敗しない。前回のような過ちは犯さない。」

　俺は再び深呼吸をして、机に向かって思考を巡らせた。前世の失敗が今の自分を形成している。その痛みと後悔を胸に刻み、俺は試験を乗り越えるための準備を始める決意を固めた。

「絶対に、合格してやる。」

　試験のことを考えながら、俺は目を閉じる。目を開けるとそこは先程までいた部屋とは程遠い場所だった。俺は目の前に広がる異次元の空間に足を踏み入れると、冷たい空気が肌に触れ、背筋を凍らせた。周囲は無限に広がる闇の中に浮かんでいるかのようで、足元すら定かではない。足を踏みしめるたびに、ひび割れた石のような音が響き、どこからともなく風が吹いてきて、重い静寂がより一層不気味さを増していった。

「……ここは一体、どこだ？」

　俺の声はどこか虚しく響き、広がる闇の中で消えていった。目を凝らしても、何も見えない。そこにはただ、漠然とした暗闇と、どこか冷徹な気配が漂っていた。遠くでかすかな音が聞こえたような気がしたが、それが何なのかはわからない。ただただ不安だけが俺の胸を締めつけていた。

　その時、ふと目の前に一人の人物が現れる。黒いマントを羽織り、鋭い眼差しを向けるその人物。まるで闇の中から湧き出るように、何の前触れもなく現れたその姿に、俺は息を呑んだ。

「やっと来たか。」

　魔王の声が、響くように耳に届く。その声は冷たく、重みを持っており、どこか深い闇から来るような気がした。俺はその言葉を受けて、さらに冷えた空気を感じ、思わず身を縮めた。

「魔王！？ここは一体どこなんだ！」

　声が震え、俺の体が不安定になりそうになる。だが、目の前にいる存在の不気味さに圧倒されると同時に、気持ちが引き締まるのを感じた。

　魔王は静かに歩み寄り、その目をまっすぐに俺に向ける。

「ここはお前の精神世界だ。俺はお前を過去に戻すのに力を使い果たした。そのため俺はお前の精神世界に居座ることにした。」

　そして魔王は言葉を続ける。

「お前が目指しているエルスリード学園には神への反逆を試みるサークルが存在する。お前はそこに入れ」

　その言葉を受けた瞬間、周囲の不気味な気配が一層濃くなるのを感じた。空気が重く、耳鳴りが響き、全身が圧迫されるような感覚に包まれる。俺はその圧力に耐えながら、ただじっとしていることしかできなかった。

「まぁまずは合格するところからだな、そのために能力を鍛える。」

　魔王の不気味な声が再び響く。

「お前の最初の試練は、風の力を完全に掌握することだ。だが、それだけではない。」

　その言葉に続けて、魔王の声は冷徹な響きを帯びていた。

「前も言ったがお前は概念を変える能力を持っている。前のお前はよく風を操っていたようだな、まずは風の概念を変えることに集中しろ。試練は、風を使いこなせるようになること。しかし、ただ力を使いこなすだけでは不十分だ。お前は力を使う際、その力にどんな代償が伴うかも理解しなければならない。」

　魔王の声が一層深く、暗く響く。

「先程体験しただろうがこの能力は代償がとても重い。これを和らげる方法は力の使い方をよりよく理解することだ。その力を実感し、力を使う限界を学ぶこと。お前がそのことを理解し、制御できるようになれば、次の試練に進むことができる。」

　その言葉が終わると、魔王の姿は次第に薄れていった。目を開けると、いつもの部屋に戻っていた。俺は息を呑み、まだ残る魔王の声が心の中で響き続けるのを感じた。

「力を制御する……そしてその代償を理解する……」

　俺は机の上に広げた書物に視線を落とす。試練は始まったばかりだ。しかし、風の力を使いこなすというのは、決して簡単なことではない。魔王が言ったように、力を使いこなすことだけでは足りない。使うためには、その代償と向き合わなければならない。力を使うことで何を失うのか、それを学ばなくてはならない。

「どうすれば……力を完全に掌握できるんだ？」

　俺は自分に問いかけるように呟いた。その問いに対する答えが、まだ見つからないまま時が過ぎていく。そして、心の中にわずかな不安が広がり始めた。

　だが、その不安を振り払うように、俺は書物をしっかりと握りしめた。試練を乗り越えるためには、まずは自分の力を理解し、受け入れなければならない。

「これが……試練の始まりか。」

　俺はもう一度深く息を吸い、手を胸に当てて力を集中させた。その瞬間、俺の心の中で、次第に新たな決意が芽生えていく。試練を乗り越えなければ、次には進めない。そのために、どんな痛みを受けても、どんな代償を払ってでも、今は試練を受け入れるしかない。

　そして、目を閉じ、俺は心の中で呟いた。

「……これが、すべての始まりだ。」