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Story 1
私の好きな人
しおりを挟む春の日の昼下がり。それはフィエール公爵家自慢の庭園でお茶をしていた時の事だった。
「ロバート様…」
「僕は本気だよ?」
「私は、お姉様のことが大事なのです。」
「僕だってもちろんレティシアの事は大事だけど…」
きっとこの声は私の妹であるセレスと、この国の皇太子であるロバート様の声だ。妹の声はもちろんだがもう一人の方の声も間違うはずがない。
だって、
私の想い人のお声なのだから…。
何やら言い合いをしているように思えるが、声は両者とも落ち着いている。
今日は天気が良かったのでカモミールティーを飲みながらお気に入りの東屋で本を読もうと出てきたのだが、タイミングが悪かった…。
東屋は本邸の前に広がる庭園の端の方にあり、その周りは人目から守るように生垣が東屋を隠しているので屋敷の者以外はあまり立ち寄らない。しかし、来客であろうともそこに屋敷の者がいるなら話は別だ。セレスももちろんこの場所を知っている。そして、私がその場所を気に入っていることも…
セレスは元々空気を読むのがあまり得意ではない。まだデビュタント前なので助かってるものの、これでデビュタントしてはとんでもないことになりかねない。まぁうちは幸いなことに公爵家で、父は現皇帝の弟なのでうちに対して言える貴族は四大公爵家と言われる同じ公爵家か皇帝陛下、皇后陛下ぐらいだろうけど…それでも公爵家の娘がこんなに空気が読めないとなると嫌でも噂は回ってしまう。気をつけるようにセレスの侍女に言っておかなくては…。
と、そんなこと考えてる場合ではない。
今の私はとてもピンチなのだ。いくら東屋が生垣に囲まれているとはいえ、こちらを覗かれてしまっては大変だ。しかし、二人は一体何を話しているのか…いや、それよりかどうしてロバート様がここにいるのか…。それが謎だ。
会話の内容からするに、ロバート様は妹のセレスのことが好きで、妹もロバート様の事が好き…でも何故かそこに姉の私が絡んでくる…?セレスは私がロバート様のことを好きだって気づいてる?いや、そんな事はない。あの子に限ってそこまで感が良いわけがない。なんてったってこの気持ちは四大公爵家の幼馴染み三人にしか言っていないのだから。
胸がチクチクする。ロバート様はセレスのことがお好きなのね…。
ロバート様は私の一つ上の学年で黒髪に澄んだ青い瞳が印象的な美丈夫。代々、このブラモント帝国の皇族は容姿が優れていて、黒髪に青い瞳が受け継がれている。
私がロバート様と関わりを持ったのは生徒会だ。公爵家である私は生徒会副会長を務めており、ロバート様とお仕事をする機会が多い。
そこで私はロバート様に恋をしたのだ。
私の荷物を持ってくださったり、仕事を手伝ってくださったり、時には家まで送ってくれたこともあった。きっとどなたにもしているんだろうなとは思っているが私はそんな叶わない恋に落ちてしまった簡単な女なのだ。
時々お茶をしたり昼食をご一緒したりすることもあり、少しは特別だと思ってくれていると思っていたのだけれど、それはどうやら勘違いだったようだ。全くだ。こんなに自意識過剰では先が思いやられてしまう…。
卒業までにいい人が見つからなければ私は父が決めた人と政略結婚になる。それが私が恋愛結婚できる条件だった。父と母も政略結婚だったが、その割に仮面夫婦というわけはなく、普通の夫婦だと思う。いや、むしろ政略結婚とは思えないほど二人は愛し合っているように見える。少なくとも子供の目には。そして父と母は子供達のことをよく考えてくれる人で、私の結婚についても私を思ってのことだった。
後一年…もう失恋してしまったようなものだし、心の準備をしておこうと思う。
私とセレスの違いは大きく分けて二つ。
一つ目は愛想の良さ。私も公爵家の長女として挨拶や礼儀は人一倍やっているつもりではあるが、セレスのように花が咲いたような笑みはできない。無邪気なのだ。二つ目は単純に見た目。私はよく美人だと言われるが、その反面、少し近寄り難いらしい。しかし、妹のセレスは万人受けする容姿で、さらに加えて愛想がいい。そんな姉と妹だったら、男の人は愛想がよく話しかけやすい妹の方を好むだろうし、どこにもいない無邪気さに心を奪われてしまうだろう。きっと、ロバート様もそうなんだわ…。
考え事をしていたら二人はもう違うところへ行ったみたいだ。声が聞こえない。
私はそれを確認すると涙が出そうなのをカモミールの匂いと味で流し込んで東屋を後にした。
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