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○月×日『ペース』
しおりを挟むあれから数日たったけど、将平くんから何かされることはなかった。
それどころか、顔を合わせることも無い。
将平くんのあの宣言は僕の聞き間違いだったのかとさえ思い始めてしまった今日この頃だった。
「まこと」
将平くんが僕の前に姿を現した。
「……将平くん、」
「そんなに警戒しないでよ。待ち伏せとかじゃないからさ。偶然」
そう言って将平くんは手にしていた物を僕に見せてくれる。
僕もよく行く本屋の紙袋。
どうやら本屋の帰りみたいだ。
「あれから昂平と上手くやってる?俺は完全に嫌われたみたいだけど」
なんでか将平くんは笑顔でそんなことを言う。
「……その、……スしたことは、怒られたけど……」
「ん?キス?」
「っ、」
恥ずかしくて俯いていると、将平くんが目の前まで来て立ってた。
驚いて顔を上げると、妖艶な笑みで見下ろされた。
「俺とキスして怒られたんだ?」
「しょう……く、近……」
近い。
次はないって矢野くんに言われたんだから。
僕が自分の口を手で覆うと、将平くんが笑う。
「おっと、そうきたか」
大丈夫、これなら矢野くんとの約束守れる。
「それじゃキスできないなぁ。大人しく退散しますか。じゃあね」
将平くんがそう言って、僕の横を通り過ぎる。
強ばってた体の力が抜ける。
心底安心して、手のひらの中で安堵の息をはいた。
「わっ、」
急に背後から腕を引かれて、後ろに倒れそうになるのを、逞しい体に支えられた。
「んっ」
背後から体を抱かれて、真上から口を塞がれた。
「んんっ」
こないだと違う。
触れるだけのキスじゃない。
無遠慮に舌が入ってきて口内を愛撫される。
僕が逃げないように片手で顎を掴まれて、もう片方の手が腹のあたりを撫でてくる。
「あれ、気持ちよさそうだね」
いつの間にか顔を離した将平くんが至近距離で微笑む。
ハッとして将平くんから離れる。
「なっ、なにするのっ」
「キスだけど?」
キスだけど!?
「だ、ダメだよっ、」
「なんで?」
なんで!?
なんでっていった!?
「僕、矢野くんと付き合ってるんだよっ?」
「俺も矢野くんだけど」
「将平くんっ」
完全に将平くんのペースだ。
振り回されてる。
「昂平に言う?」
「…………、」
次はないって言われた。
もし、また将平くんとキスしたって言ったら……?
僕からしたわけじゃないし、ちゃんと拒否した。
けど、前回もあんなに怒ってた。
呆れられる……?
嫌われる……?
でも、隠しておいていいことじゃないよね……。
「俺から言おうか?」
「えっ、やめてっ」
考える前にそう叫んでた。
「まことがそういうなら。」
またね、そう言って将平くんは今度は本当に家に帰って行った。
僕一人で、その場に立ちすくした。
どうしよう。
どうしよう……。
矢野くんに、言う?言わない?
…………迷うまでもないよね。
無理矢理されたんだもん、後ろめたいことじゃないんだし、言わない方が変だよ。
けど、言うのは、今すぐじゃなくていいよね……
今から矢野くんの家に行ったら将平くんもいるし。
明日、……明日言おう。
そうしよう。
自分を落ち着かせながら家に入った。
この行動を、後悔する日が来るとも知らずに。
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