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◯月×日『バイバイ』
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矢野くんの部屋の前で立ち尽くした。
扉一枚向こうで乱れた息遣いが聴こえて、部屋の中を覗くまでもなく中で何が行われてるかわかった。
軋むベットの音と快楽を隠すことのない喘ぎ。
デジャブだ。
雨の中僕を探し回ってくれた矢野くんは熱を出して寝込んでるはずだった。
僕はお見舞いの果物と、授業内容をまとめたノートを手に部屋に訪れた。
矢野くんにきちんと謝って、全てを話して、許されたくて来た。
これは、見舞いを口実に全てを話して楽になろうとした罰なのか。
矢野くんに嘘をついた罰なのか。
矢野くんからも、篤也さんからも自由になろうとした罰なのか。
「…、」
僕の気持ちを知っているのに何一つ答えてくれない矢野くんが僕に罰を与える権利があるのか。
僕の気持ちを踏みにじる男のために罪悪感を感じる必要があるのか。
無い。
そんなのあるわけがない。
中学三年の春、矢野くんに狂わされた。
僕を犯した矢野くん。
矢野くんを恐れて、矢野くんを受け入れてるうちに矢野くんを好きになった僕。
気づけば僕には矢野くんしかいなかった。
でも矢野くんは違う。
来るもの拒まず、僕を抱いた腕で別の誰かを抱く。
そんな彼に何を期待するのか。
答えなんか返ってこない。
これが答えだ。
僕は矢野くんの特別なんかじゃない。
矢野くんも、僕の特別じゃない。
じっと自分の足元を見つめていた視線をゆっくりと上げて、不思議なくらい落ち着いた気持ちで扉を見た。
「矢野くん」
扉の向こうに呼びかけた僕の声は、自分のものと思えないくらい冷静な声だった。
僕の声が届いたのだろう、扉の向こうが静まった。
だけど返事は返ってこない。
「矢野くん、まことだけど」
もう一度呼びかけると、少しして扉が開き、じっとりと汗ばんだ半裸姿の矢野くんが現れた。
部屋の中を見せないようにしてるのか、矢野くんは扉を少しだけ開けて体で視界を遮っている。
「…なんだよ」
怠そうな様子は熱のせいなのか、部屋の中で行われていた行為のせいなのか…
今の僕にはどうでもよかった。
「お見舞い。と、ノート」
僕は矢野くんとは目を合わさず、手にしていた物を差し出した。
矢野くんは少し間をおいてから無言でそれを受け取る。
「あと、ごめんなさい。雨の中探しまわらせちゃって」
「…勘違いすんな。別に俺は…」
「篤也さんのところに居たんだ。」
「………は?」
ここではじめて矢野くんの顔を見た。
矢野くんは僕が何を言ったか理解できないって顔をしていた。
「篤也さんの部屋でセックスして、いつの間にか疲れて寝ちゃったんだ。それで…」
「ちょっと待てよ!」
矢野くんの叫ぶような声に遮られて、僕は口を閉じた。
「…篤也さんて…、木崎さんのこと言ってるのか…?」
「うん。木崎篤也さん」
「…お前、木崎さんと寝てるのか…?」
「うん。…矢野くんが友達の前でシた日から、ずっと」
「…は?…ゆず、お前…冗談きつい…」
矢野くんの瞳が動揺の色を見せる。
けれど僕は怯まずに告げる。
「冗談じゃないよ。…あの日帰り道で篤也さんに捕まって部屋に連れてかれた。嫌だって抵抗したけど無理矢理…」
「むりやり…?…レイプされたのか?…、…なんでそんなことされたのに部屋にいってんだよっ」
「矢野くんだってレイプした。だけど今まで一緒にいたじゃない。…同じだよ。」
「…、」
矢野くんが息を飲むのが聞こえた。
僕から視線を外して何か言葉を探してる様子だ。
「矢野くんに黙っててもらう交換条件でいうこと聞いてる」
「…なんで、…なんで黙ってんだよ」
「知ったら矢野くん僕のこと嫌いになる。」
「…は?」
「僕のこと好きじゃない矢野くんが、僕のこと嫌いになる。触れようなんて思わなくなる。矢野くん以外の人に抱かれたなんて気持ち悪いでしょ?」
僕の告白を嘲笑った矢野くんが、僕をそばに置いてた理由は分からない。
けど、矢野くんが好きだったから僕が側にいた。
でもそれも今日でおしまい。
「これで、篤也さんから解放される。…矢野くんからも…」
「…何言ってる」
「…矢野くんは今まで通り。僕は、一人。…僕たちは、もうなんでもないよ。親同士が仲のいい、同じ年の、同じ性別の、ただの幼馴染。」
「…ゆず、」
「大好きだった。…ばいばい」
最後まで言えた。
この結果は、辛いものだと思ってた。
でも、体が、心が楽になれた。
これで良かった。
これで良かったと思える。
辛くない。
辛くないと思うのに涙が出た。
矢野くんの家から一歩、また一歩遠ざかるたびに涙がこぼれた。
「やのくん…っ」
やっと楽になったのに、負った傷はすぐには癒えそうになかった。
扉一枚向こうで乱れた息遣いが聴こえて、部屋の中を覗くまでもなく中で何が行われてるかわかった。
軋むベットの音と快楽を隠すことのない喘ぎ。
デジャブだ。
雨の中僕を探し回ってくれた矢野くんは熱を出して寝込んでるはずだった。
僕はお見舞いの果物と、授業内容をまとめたノートを手に部屋に訪れた。
矢野くんにきちんと謝って、全てを話して、許されたくて来た。
これは、見舞いを口実に全てを話して楽になろうとした罰なのか。
矢野くんに嘘をついた罰なのか。
矢野くんからも、篤也さんからも自由になろうとした罰なのか。
「…、」
僕の気持ちを知っているのに何一つ答えてくれない矢野くんが僕に罰を与える権利があるのか。
僕の気持ちを踏みにじる男のために罪悪感を感じる必要があるのか。
無い。
そんなのあるわけがない。
中学三年の春、矢野くんに狂わされた。
僕を犯した矢野くん。
矢野くんを恐れて、矢野くんを受け入れてるうちに矢野くんを好きになった僕。
気づけば僕には矢野くんしかいなかった。
でも矢野くんは違う。
来るもの拒まず、僕を抱いた腕で別の誰かを抱く。
そんな彼に何を期待するのか。
答えなんか返ってこない。
これが答えだ。
僕は矢野くんの特別なんかじゃない。
矢野くんも、僕の特別じゃない。
じっと自分の足元を見つめていた視線をゆっくりと上げて、不思議なくらい落ち着いた気持ちで扉を見た。
「矢野くん」
扉の向こうに呼びかけた僕の声は、自分のものと思えないくらい冷静な声だった。
僕の声が届いたのだろう、扉の向こうが静まった。
だけど返事は返ってこない。
「矢野くん、まことだけど」
もう一度呼びかけると、少しして扉が開き、じっとりと汗ばんだ半裸姿の矢野くんが現れた。
部屋の中を見せないようにしてるのか、矢野くんは扉を少しだけ開けて体で視界を遮っている。
「…なんだよ」
怠そうな様子は熱のせいなのか、部屋の中で行われていた行為のせいなのか…
今の僕にはどうでもよかった。
「お見舞い。と、ノート」
僕は矢野くんとは目を合わさず、手にしていた物を差し出した。
矢野くんは少し間をおいてから無言でそれを受け取る。
「あと、ごめんなさい。雨の中探しまわらせちゃって」
「…勘違いすんな。別に俺は…」
「篤也さんのところに居たんだ。」
「………は?」
ここではじめて矢野くんの顔を見た。
矢野くんは僕が何を言ったか理解できないって顔をしていた。
「篤也さんの部屋でセックスして、いつの間にか疲れて寝ちゃったんだ。それで…」
「ちょっと待てよ!」
矢野くんの叫ぶような声に遮られて、僕は口を閉じた。
「…篤也さんて…、木崎さんのこと言ってるのか…?」
「うん。木崎篤也さん」
「…お前、木崎さんと寝てるのか…?」
「うん。…矢野くんが友達の前でシた日から、ずっと」
「…は?…ゆず、お前…冗談きつい…」
矢野くんの瞳が動揺の色を見せる。
けれど僕は怯まずに告げる。
「冗談じゃないよ。…あの日帰り道で篤也さんに捕まって部屋に連れてかれた。嫌だって抵抗したけど無理矢理…」
「むりやり…?…レイプされたのか?…、…なんでそんなことされたのに部屋にいってんだよっ」
「矢野くんだってレイプした。だけど今まで一緒にいたじゃない。…同じだよ。」
「…、」
矢野くんが息を飲むのが聞こえた。
僕から視線を外して何か言葉を探してる様子だ。
「矢野くんに黙っててもらう交換条件でいうこと聞いてる」
「…なんで、…なんで黙ってんだよ」
「知ったら矢野くん僕のこと嫌いになる。」
「…は?」
「僕のこと好きじゃない矢野くんが、僕のこと嫌いになる。触れようなんて思わなくなる。矢野くん以外の人に抱かれたなんて気持ち悪いでしょ?」
僕の告白を嘲笑った矢野くんが、僕をそばに置いてた理由は分からない。
けど、矢野くんが好きだったから僕が側にいた。
でもそれも今日でおしまい。
「これで、篤也さんから解放される。…矢野くんからも…」
「…何言ってる」
「…矢野くんは今まで通り。僕は、一人。…僕たちは、もうなんでもないよ。親同士が仲のいい、同じ年の、同じ性別の、ただの幼馴染。」
「…ゆず、」
「大好きだった。…ばいばい」
最後まで言えた。
この結果は、辛いものだと思ってた。
でも、体が、心が楽になれた。
これで良かった。
これで良かったと思える。
辛くない。
辛くないと思うのに涙が出た。
矢野くんの家から一歩、また一歩遠ざかるたびに涙がこぼれた。
「やのくん…っ」
やっと楽になったのに、負った傷はすぐには癒えそうになかった。
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