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○月×日『探索①』
しおりを挟む将平くんが柳さんに連れていかれて、僕は心配になったけど、矢野くんはそうじゃないみたいだった。
将平くんが外出したのなら丁度いいって感じで、特に気にとめた様子もなく僕を部屋まで入れてくれた。
「……ねぇ、大丈夫かな」
でもやっぱり心配だ。
だって"俺に触るな"て叫んでた。
顔だって、見た事がない表情だった。
怒ってたけど、青ざめてた。
最後、柳さんに腕を引かれている時なんかは特に青ざめてた。
元恋人で、浮気された。
僕の知ってる柳さんの情報は最低なものしかない。
これが心配せずにいられるわけない。
けど、矢野くんはそんなこと知らない。
変に気にし過ぎるのも、矢野くんからしたら不自然だろう。
ここは、口論していた矢野くんのお兄さんが心配というスタイルをとるのが無難なのかもしれない。
「あれ一志だろ。あれから連絡ついたってことじゃねぇの」
確かに、普通ならそう考える。
「でも、すごく嫌がってたし…」
気にするポイントはここだ。
僕のせいだけど、いくら今険悪中のお兄さんでも、心配じゃないんだろうか?
「……まぁ、確かにな。」
矢野くんはベッドに腰かけると、さっきの様子を思い浮かべるように目を閉じて、それから頷いた。
前までの矢野くんなら絶対"知るかよ"て言ってた所だけど、今の矢野くんは僕とちゃんと向き合ってくれる。
「兄貴があんな取り乱すのも、あんな顔してんのも……、家出ていった時以来だな。」
「ぇ、そうなの?……僕は初めて見たよ」
「いや、お前も一緒だった。」
「え?」
矢野くんが自分の隣に腰掛けるように目配せしてくる。
僕は矢野くんの隣に腰を下ろして、さっきの話の続きを促す。
「兄貴が高校卒業した後だよ。友達とルームシェアするって言って家出ていったのに、急に帰ってきて……確か俺とゆずは庭で遊んでた。」
それはたぶん、10年以上前の話だろう。
僕も矢野くんも小さかった。
「兄貴が泣きながら帰ってきて、しばらく出かけるから、元気でな……て」
思い出した。
そうだ……最後に会ったの時、将平くんは涙でぐちゃぐちゃの顔をしてた。
矢野くんが将平くんのズボンの裾を握ると、将平くんは自分の顔を手でゴシゴシと拭って、真っ赤な目を細めて微笑んだんだ。
『昂平、まこと、兄ちゃんしばらく出かけるから、元気でな』
そう言って僕らの頭を撫でてくれた。
大好きなお兄ちゃんの蒼い瞳から大粒の涙が零れて、宝石のように綺麗だった………。
数日前に見た夢は、夢じゃなかったんだ。
「そもそも兄貴は出来が良かったからな。県内の低レベルの大学行くって言い出した時は親も泣いてたから、結局外国の有名な大学行くってんで親は喜んで送り出してたよ。けど、今思えば兄貴はおかしかったな。ガキの頃から外国に行きたいってずっと言ってた。だから高校卒業したら外国の大学にでも行くと思ってた。それが友達とルームシェアしながら国内の大学て……」
そこで矢野くんがなにかに気づいたように僕を見る。
「ルームシェアて、一志とか……?」
「ぇ、わからないけど…」
事実、僕はそこまでは知らない。
将平くんがルームシェアをしていたってことすら知らなかったし、最後に将平くんとあった事すら今まで忘れてたんだ。
「ちょっと待てよ。」
矢野くんが額に手をあてて、何か考え込む仕草をとる。
「ただの友達とルームシェアするために外国行かなかったって考えにくくないか」
「……将平くん、そなに外国行きたがってたの?」
「ああ。北欧の……国は忘れたけど、うちのじいちゃんの故郷。そこに行きたいってずっと言ってた。そこに行くのが夢なのかってくらい。」
わかってしまった。
柳一志さんが元恋人と勘づいてる立場なら想像できてしまうことだ。
将平くんは、進路より、夢より、恋人をとったんだ。
なのに、浮気されたから全部捨てて外国に行ったんだ。
自分自身の未来より、恋人といる未来を選んだのに裏切られたから、そんな人とは……柳さんとのことをリセットしたかったんだ。
ただの推察だ。
だけど、そうだとしたら、将平くんのあのカフェでの行動の異常さに納得出来てしまう。
「兄貴、一志と付き合ってたのか?」
矢野くんは勘が鋭い。
僕みたいに本人から元恋人だって話を聞いていなくてもここまで辿り着いてしまう。
「そんで、何でか破局して兄貴は外国。一志は置いてかれて音信不通。だから兄貴が外国にいたことも知らなかった。」
矢野くんはこの推理で、柳さんに将平くんの連絡先を教えた日の出来事まで結びつけたようだ。
「で、俺が連絡先教えたから一志が家まで来たのか?……兄貴のあの様子じゃ、破局の原因は浮気じゃねぇか?」
……鋭い。
「そうだったとして、あのままにして、大丈夫かな?」
「いや、わかんねぇけど。なんだかんだ兄貴ついて行ったしな」
確かに。
最初は思いっきり振り払ってた。
体格的にも将平くんの方が有利にみえた。
けど、将平くんは引きずられるように連れてかれてしまった。
「でも、……何かあったらどうする……?」
破局した2人が何するかなんて、僕にはわからないけど、不安は拭えない。
実際、好き嫌い、取った取らないで僕は茜さんに暴行されたことがあるし、そんな風にならないなんて100%言いきれないと思う。
将平くんのことは知ってるけど、柳さんのことは何も知らないから余計に怖い。
「何も無いと思うけど、……連絡先教えたの俺だしなぁ」
矢野くんは困った顔で頭をかく。
少しだけ後悔しているように見える。
きっとこんな事態にならなかったら気にもしなかったはずだからだ。
「そんな遠く行ってないだろうし、探してみるか」
「うん、」
矢野くんの前向きな判断に僕は激しく同意した。
「たく、タイミング悪すぎるぜ。なんで携帯無くすかな」
矢野くんが部屋を出ながらボヤく。
……スマホ壊したこと、無くしたって言ってあるみたいだ。
「昂平くん、二手に分かれて……」
「絶対駄目だ。一緒にいろ。」
二手に分かれて探した方が早く見つかると言いたかったけど、言い終わる前に却下されてしまった。
「でも……」
「駄目だ。一緒にいないなら探さねぇ」
……ここまで言われてしまっては、そうしないわけにもいかない。
「……わかった」
僕が渋々返事をすると、矢野くんは"絶対だからな"と念を押してから家を出た。
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