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○月×日『将来』
しおりを挟む「あ、昂平、塩とって」
「ん。」
「なぁ、どう?味付けこんなもん?」
「ん?んー、うん、美味い」
今、矢野家で矢野兄弟が仲良くキッチンに立っている。
僕はそれを不思議な気持ちで見ていた。
将平くんが日本に帰ってきて、矢野くんは本当は嬉しいんじゃないかなと思う。
小さい頃の記憶だけど、矢野くんは僕か将平くんにベッタリだった。
10コも年が離れてるから、幼かった僕らからしたら、将平くんは大人で、ほんとにかっこよかったんだ。
外見が整ってるだけじゃない、頭もいいし、話していて楽しい。
矢野くんにとって自慢のお兄さんだったに違いない。
ただ急に外国に行ってしまって、成長して思春期を迎えて、今になって顔を合わせても矢野くんの性格だ、素直に将平くんに甘えたりなんてできないだろう。
なのに将平くんが帰ってきて早々僕と矢野くんの関係がバレたり、僕が将平くんにキスされたりなんかしたから、余計に気まづくなってしまったんだろう。
今こうして2人が兄弟ぽくしてるのが微笑ましい。
僕は一人っ子だから、羨ましくもある。
「なぁ、兄貴、しばらく日本にいるって言ったよな?」
「言ったけど?」
「それって具体的にいつまで?」
「なんだ、兄ちゃんがまたいなくなるのが寂しいのか?」
将平くんが食器棚からお皿を出しながらいたずらっぽい笑みを見せる。
それに矢野くんがむっとしながら、でもちょっと照れたようにそっぽを向く。
「んなわけねぇだろ。部屋にゆず連れ込めねぇから、さっさと出てかねぇかなと思って!」
「ざんねーん。3ヶ月は日本にいますよー」
将平くんは矢野くんをからかうように舌を出して見せると、矢野くんが盛り付けた料理を机に運んだ。
「まことも俺がいた方がいいよなー?昂平にヤり殺されちゃうよな」
「え、……ぁはは、」
ほんとにそうなりそうで、笑って誤魔化すしかない。
高校生が頻繁にラブホテルなんて行ける訳もなく、僕も矢野くんも家族と住んでるし、どちらかの家族の留守を狙ってイチャつくことはできるけど、ゆっくりまったりしてる時間はない。
何度か家族が家にいる状態でこっそりシた事はあるけど、落ち着かないし、集中できない。
……大きな音も声も出せないし。
将平くんが帰ってくる前まではほとんど矢野くんの家で睦みあってた。
矢野くんのご両親は多忙だから、夜までまったりできていた。
けど、将平くんが帰国してからは激減……というより、最近は全く矢野くんの部屋は使っていないかもしれない。
だって矢野くんと将平くんは部屋が隣同士だから。
将平くんはまだ休暇中らしく、大抵家にいる。
そんな中いたせるわけもなく、矢野くんは学校で盛ることが増えた…………というわけだ。
「人をヤってばっかみたいに言うなよ」
矢野くんが食卓につくと、3人で手を合わせていただきますをした。
今日はと言うと、休日だったので矢野くんと外で買い物をした。
朝から将平くんもでかけているということで、買い物帰りにそのまま矢野家にお邪魔して、矢野くんのお部屋になだれ込んでキスして服脱いでー……というとこで、将平くんの「ただいまー」という声が玄関から聞こえて矢野くんは僕の上で脱力してた。
服を着てリビングに入ると将平くんが夕食の支度をしていたので手伝おうとしたら矢野くんに止められて、僕に代わって矢野くんが将平くんと夕食を一緒に作ることになった。
矢野くんはまだ僕が将平くんの隣に立つのも嫌みたいだ。
「ん、おいしい」
矢野兄弟2人でつくった夕食はお世辞抜きでおいしかった。
矢野くんは料理ができないから、たぶん将平くんがほとんどつくったんだろうけど、キッチンで並ぶ2人は本当に微笑ましかったから、それも加算された美味しさだ。
「つか、兄貴てなんの仕事してんの」
食事をしながら、矢野くんが素朴な疑問を将平くんにぶつける。
そういえば、僕も聞いたことない。
「Interprète」
「はい?」
将平の呪文に矢野くんが顔を歪める。
「通訳だよ。」
「通訳!へー!」
初めて聞いたけど、なんだかしっくりくる気がする。
「通訳て儲かるの?」
「金の話かよ」
まだ出る矢野くんの素朴な疑問に、将平くんが困ったように笑う。
「そうだな。この仕事しかしたことないから比べられないけど、会社に務めてた頃よりは稼いでるかな。今はフリーだから、そこそこね」
「フリー?」
「そう。詳しくは話せないけど、外国の有名な社長さんが日本に来ていてね、その人と一緒に日本に来たんだ。彼は今水入らずでバカンス中だから、それが済んだらお仕事。だからそれまで俺もゆっくりできるってわけ」
「なるほどなー。」
「昂平さ、母さんや父さんから何も聞いてないわけ?」
将平くんが苦笑いする。
確かに……
自分のお兄さんがなんの仕事してるか知らないなんて…
「んー。家族揃った時とかにさ、たまーに思い出して、兄貴今何してんの?とか何回か聞いたけど、ガキの頃からずっと"お兄ちゃんは忙しいの"って返事しか返ってこないから、なんか忙しい仕事なんだなーくらいにしか思ってなかったわ」
この親にしてこの子ありと言った感じか。
矢野くんのご両親はすごく自由な人だ。
2人とも仕事が大好き……というより、自分の興味あることへの没頭に凄く熱心だ。
子育てより仕事て感じ。
愛情が無いわけじゃない、ただ、甘やかしていない。
僕の家みたいにぬくぬくした感じはない。
けど親子仲は悪くない。
親も子も自由にしてる分ストレスがないんだろう。
「俺が好きなことやってるから、それでいいのかもな」
将平くんが食後の珈琲を啜りながら微笑む。
「昂平は?将来のこと考えてるのか?」
「げ。」
「げ、て。さては何も考えてないな?」
多分その通りだ。
僕らは受験生、もう進路希望だって出してる。
「お前ほんと見掛け倒しだからなぁ」
将平くんは矢野くんのことよくわかってる。
何年も離れててもやっぱりお兄さんだ。
「見掛け倒し……失礼だな」
「見掛け倒しだろ?Are you going to school? Are you in employment?」
「あ?……は?またフランス語か?」
「馬鹿、今のはどう聞いたって英語だろ。進学か就職かって聞いたんだよ。」
……さすがに僕でも英語だってわかったよ。
矢野くんは見た目は日本人には見えないけど、日本語しか話せない。
将平くんみたいに外国に興味もないから英語の授業すら真面目に受けていない。
「簡単な質問だろ?」
確かに、2択は聞こえは簡単かもしれない。
けど、こればっかりは難しいよ。
「お前バイトもした事ないだろ?就職できるのか?とりあえず大学てのも悪くないけど、大学も色々あるんだぞ?」
将平くんが学校の先生みたいなことを言ってくる。
正直、矢野くんは耳にタコだろう。
学校で先生に同じことを言われているだろうし。
いくら両親が自由にさせてるからって、卒業後何するかすら決まってないのはまずい気がする。
「まことは進学なんだろ?」
「うん」
「同じとこ行きたいとか思わないのか?」
将平くんが、僕も1度矢野くんに聞いてみたかったことを聞く。
特にどこも希望してないなら、このまま一緒に大学までいくのはどうだろう……と、僕も考えてた。
「昂平の学力じゃ無理か」
矢野くんの答えが出る前に将平くんがため息混じりに首を振る。
「人を馬鹿みたいに言うなよっ」
馬鹿にされてムキになった矢野くんが身を乗り出す。
けど将平くんは相手にもしてない。
「そうやってムキになることが肯定してる証拠だろ?お前まことにレベル下げろとか言うなよ?一緒のとこ行きたいなら根性見せろよ」
将平くんは何もかもお見通しって感じで、矢野くんを見る。
矢野くんは痛いところをつかれたようで、何も言えなくなってしまって、乗り出していた体を引っ込めた。
「昂平はやれば出来るのに面倒でやらないタイプだろ。時間はないけど、協力してやるから、頑張れよ」
将平くんの言葉に、矢野くんが顔を上げる。
「今までまともに兄ちゃんしてやれなかったからな。期間限定になるけど、2人まとめて面倒見てやるよ」
そう言って、将平くんは綺麗に微笑んだ。
「だからヤり部屋のことばっか考えてないで勉強しろ」
「ヴ……」
矢野くんが机の上に突っ伏して脱力する。
ほんと、将平くんの言っていることはご最もだ。
今は愛だの恋だのより、そっちなんだよね……
本当は僕も、悩んでばっかじゃいられない。
言えないうちに、兄弟仲が良くなってきてしまったから、更に打ち明けにくくなってしまった。
この問題も、早く解かなきゃ行けないのに。
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