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〇月×日『告白②』
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矢野昂平と寝た。
確かに先輩はそう言った。
その言葉の意味を、理解できなくて……否、理解したくなくて、僕は先輩と篤也さんを見ながら立ち尽くしてしまった。
「……は?」
篤也さんが冗談だろ、と言いたげな目で先輩を見る。
それを先輩が真っ直ぐに受け止めて、自嘲気味な笑みを浮かべた。
「冗談だと思う?」
先輩の目が、篤也さんではなく僕を捉える。
その目を見て、寒気のようなものを体で感じた。
嘘を言っているようには見えない、けれど、矢野くんを良く思っていない先輩がそんなことをするだなんて思えなかった。
「…………冗談、ですよね?」
声が震えた。
この問いに返ってくる答えが怖かった。
先輩は暫く黙って僕を見ると、おもむろに自分の服に手をかけ、胸元を露わにした。
白い肌に点々と、無数の鬱血痕があり、それが何でつけられた痕かなんて、嫌でもわかってしまった。
「真鍋先輩とのこと、思い出しただけでも吐き気がしたのに、彼とは案外平気だったよ」
ふ、と。
先輩がなにか思い出したみたいに笑った。
「っ、」
瞬間、その笑みが篤也さんの拳で歪められた。
先輩はその場に倒れ込み、小さく呻く。
「篤也さんっ」
また拳を振り上げた篤也さんの体に、咄嗟に抱きついた。
「どいてろっ、まことっ」
頭に血が登ってしまっている篤也さんに、負けじとしがみついて、嫌々と首を振った。
そうして篤也さんを抑え込んでる傍ら、先輩がゆっくりと体を起こした。
ポタポタと床に血が落ちる。
先輩はそれを見つめるかのように俯いたままだった。
その表情は見えない。
「先輩……?」
押し負けたのか、拳を下ろしてくれた篤也さん越しに、先輩の様子を伺う。
ポタポタと床に雫が落ちる。
真っ赤な血と混じって、透明な雫が幾つも落ちる。
「……っ、」
先輩が唇を震わせながら何か呟いたように見えた。
篤也さんが小さく息を飲んだのがわかった。
先輩は、ゆっくりと立ち上がると詰めかけていた荷物を鞄に押し込み、玄関へと向かった。
「…………さよなら」
先輩の別れの言葉は、涙声だった。
ただ好きで、大好きで、
また傍で想っていたかった。
自分の気持ちと同じくらい想われたかった。
それを実感したかった。
想いあえてたあの頃みたいに。
過去を乗り越えたかった。
真っ白で、純粋な気持ちが、どんどんどんどん嫉妬で濁って、汚れてしまった。
その結果がこれだ。
この状況は、僕の甘えから生んでしまったものだ。
矢野くんから逃げて、篤也さんや先輩に甘えてしまった。
僕のその甘い考えのせいで、先輩は……
「先輩……」
いてもたってもいられず、先輩の後を追うように部屋を出た。
まだ遠くにはいっていないはずだと、辺りを見回すと、人の佇む影を見つけて駆け寄ろうとした。
「馬鹿だろ、あんた」
そう聞こえた後、二つの影が重なった。
真っ暗闇の中、僕の目に写ったのは先輩と、先輩を抱き寄せる矢野くんの姿だった。
確かに先輩はそう言った。
その言葉の意味を、理解できなくて……否、理解したくなくて、僕は先輩と篤也さんを見ながら立ち尽くしてしまった。
「……は?」
篤也さんが冗談だろ、と言いたげな目で先輩を見る。
それを先輩が真っ直ぐに受け止めて、自嘲気味な笑みを浮かべた。
「冗談だと思う?」
先輩の目が、篤也さんではなく僕を捉える。
その目を見て、寒気のようなものを体で感じた。
嘘を言っているようには見えない、けれど、矢野くんを良く思っていない先輩がそんなことをするだなんて思えなかった。
「…………冗談、ですよね?」
声が震えた。
この問いに返ってくる答えが怖かった。
先輩は暫く黙って僕を見ると、おもむろに自分の服に手をかけ、胸元を露わにした。
白い肌に点々と、無数の鬱血痕があり、それが何でつけられた痕かなんて、嫌でもわかってしまった。
「真鍋先輩とのこと、思い出しただけでも吐き気がしたのに、彼とは案外平気だったよ」
ふ、と。
先輩がなにか思い出したみたいに笑った。
「っ、」
瞬間、その笑みが篤也さんの拳で歪められた。
先輩はその場に倒れ込み、小さく呻く。
「篤也さんっ」
また拳を振り上げた篤也さんの体に、咄嗟に抱きついた。
「どいてろっ、まことっ」
頭に血が登ってしまっている篤也さんに、負けじとしがみついて、嫌々と首を振った。
そうして篤也さんを抑え込んでる傍ら、先輩がゆっくりと体を起こした。
ポタポタと床に血が落ちる。
先輩はそれを見つめるかのように俯いたままだった。
その表情は見えない。
「先輩……?」
押し負けたのか、拳を下ろしてくれた篤也さん越しに、先輩の様子を伺う。
ポタポタと床に雫が落ちる。
真っ赤な血と混じって、透明な雫が幾つも落ちる。
「……っ、」
先輩が唇を震わせながら何か呟いたように見えた。
篤也さんが小さく息を飲んだのがわかった。
先輩は、ゆっくりと立ち上がると詰めかけていた荷物を鞄に押し込み、玄関へと向かった。
「…………さよなら」
先輩の別れの言葉は、涙声だった。
ただ好きで、大好きで、
また傍で想っていたかった。
自分の気持ちと同じくらい想われたかった。
それを実感したかった。
想いあえてたあの頃みたいに。
過去を乗り越えたかった。
真っ白で、純粋な気持ちが、どんどんどんどん嫉妬で濁って、汚れてしまった。
その結果がこれだ。
この状況は、僕の甘えから生んでしまったものだ。
矢野くんから逃げて、篤也さんや先輩に甘えてしまった。
僕のその甘い考えのせいで、先輩は……
「先輩……」
いてもたってもいられず、先輩の後を追うように部屋を出た。
まだ遠くにはいっていないはずだと、辺りを見回すと、人の佇む影を見つけて駆け寄ろうとした。
「馬鹿だろ、あんた」
そう聞こえた後、二つの影が重なった。
真っ暗闇の中、僕の目に写ったのは先輩と、先輩を抱き寄せる矢野くんの姿だった。
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