カルバート

角田智史

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 月 2

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 焼き鳥屋で飲み食いしながら、りこと仕事の話もしていた。
 僕は主要な商品とは別に、ガン保険も売らなければならなかった。3カ月に一度程のペースでノルマのようなものが課せられる。単純に大量の契約を取ればいいわけではない。タイミングよく1件を持ってこないと来年のノルマに影響を及ぼしてしまうのだ。
 若い女性の保険料は安く、シャンパンと引き換えにという条件でりこは悪い顔をせずに承諾してくれたのだった。次の日に来社する約束を取り付けていた。

 次の日の19時にりこは会社へ来てくれた。入った瞬間に夜の女性の香りがふわーっと漂うのは、他社員の手前少し気まずく、更には古賀さんも会社にいるタイミングでなかなか複雑な気分にはなっていたが、保険の内容を丁重に説明しサインを貰った。
 りこは今日も近場の店で同伴が入っていたらしく、店の場所が分からないと言うので途中まで送った。最近オープンした串カツ屋だった。
 「今日も来るっちゃろ?」
 2人横並びで歩きながら、当然、ドスの効いた低い声で言われはしたが、
 「いや、さすがに今日は…。」
 と答えた。りこもやはり僕の疲れ具合を悟っている様子で、無理には言ってこなかった。

 その日、僕は久々に真っすぐ家に帰った。

 ソファに横たわりながらスマホをいじっていた22時半ごろ、古賀さんからのLINEだった。
 〔起きてる?〕
 古賀さんは良く言えば几帳面、悪く言えば神経質な人だ。飲む事、特に女の子と飲む事はこの上なく好きだが、たまたま僕とその趣味が一緒で仲良くさせて貰っているものの、他社員、特に後輩からは恐れられているような存在であった。この時間でも仕事の話をしてくる事も珍しくなく、はたまた飲みの誘いか。どちらにせよ、そういう時は僕に嫁子供がいるという事を忘れがちで、僕はけん制しながら返信した。
 〔起きてます!家ですが…〕
 〔銀行の前でりこに会ってしまってMK来たんだけど〕
 僕は「ぞぞぞぞぞ」というスタンプで返した。
 と同時に古賀さんから送られてきたLINEに目を見張った。


 〔記憶ソーシツ来たんだけど〕


 瞬間、何かが体から沸き上がった。
 それからLINEにくぎ付けになった。古賀さんから動画も送られてきたのだ。
 彼が喋る姿、彼が歌う姿が。

 許せなかった。

 決して、許すべき事ではなかった。

 どういう言い訳があっても、どういう背景があっても、どういう解釈があっても。

 僕は、それを看過する事はできなかった。
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