カルバート

角田智史

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 山之内 2

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 山之内がしずかと出会って3カ月、彼がしずかに使ったお金は100万円以上だと聞いている。しずかが出勤するとなると、彼は必ず店に出向き、シャンパンを開けているようだった。
 「あの子は芯が強い。」
 その一言だけは、印象に残っている。たかだか初見の1,2時間程度ではあったが、それはそうなんだろうと僕は思っていた。
 店に通う、毎回シャンパンを開ける、だけでは留まらず、彼女のおねだりの品、例えばTVボードや化粧品を買い与え、のみならず、土日に時間が合えば量販店へ行って、日用品を、終盤になればペイペイ、現金まで与えていたようだった。

 飲みに出た後、足がない時には僕はよく彼の家に泊まらせてもらっていた。
 確かに僕は真理恵推しとは公言していた。だが、彼は彼と同じ歪んだ感覚で僕の真理恵に対する想いを理解していたようだった。端々を切り取れば、同じ感覚で話しているように感じるかもしれないが、僕はもちろん仕事を優先する事もあれば、家庭を優先する事もあった。要は所詮、何かを埋めるような感覚であったのに対し、彼のしずかに対する態度というのは傍から見て常軌を逸していたのである。
 会社の何人か、また真理恵や、女の子と話はしていた。彼の思い通りにならなかった場合が怖いと。
 これは本人にも伝えたのだった。逆上しなければいいと皆思っているという事を。
 彼は言っていた。
 「女の子というよりは、娘的な感覚もあるんだよね。だから逆上するような事はない。」
 「あんまり恋愛経験がないからさ、分からないんだよね。」
 これらの言葉を僕は鵜呑みにしようとした。

 しずかのラウンジに僕も山之内と2人で何度か行った。
 僕は別の指名の子がいた。劇的に巨乳であった。延岡で初めてこの子とLINE交換したのだった。

 その日、山之内と一緒にそのラウンジへ行く話を会社の喫煙所でしていた時に、僕は言ってみた。
 「しずちゃんとLINE交換してって言ってみます。」
 笑い交じりに言った。
 すると彼は急に神妙な面持ちになり、
 「ホントにやめて、ホントにやめて!」
 と懇願してきた。
 僕がそう言ったのには理由があった。前回二人で行った時、山之内がガン保険の話を僕に振ったのだ。
 他でもない、無駄な後輩自慢と言ったところだろうか。
 その時しずかが、
 「ねえそれって…」
 と言いかけた瞬間、山之内は、
 「ダメダメダメ、こいつと喋らないで!」
 と全力で、両手を使って会話を遮ってきたのだった。

 かごの中の鳥か。

 僕は鋭敏に、しずかは山之内より僕と話したいんだと感じとった。
 残念ながら彼は、檻の中に閉じ込める、その事が逆効果だとは、分かっていなかった。

 2人でその日店に入った。
 いつもの4人テーブル。
 僕が、
 「しずちゃんLINE…」
 と言うと山之内は、
 「ムリムリムリムリ!やめて!」
 と先日と同じように全力で体を使いながら、阻止してくるのを見て、これは面白いと思い、そのやり取りを何度もして店を後にした。

 家に帰り、僕はいつも指名している子にLINEした。
 〔しずちゃんのLINE教えて〕
 この子も秒で返信が返ってくるのだった。
 〔ホイ〕
 と共に送られてきたQRを読み込み、僕はニヤニヤしながらしずかにLINEを送った。 
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