カルバート

角田智史

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 福岡事変 3

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 そのLINEを全て消してしまった事を、今ひどく後悔している。
 見るだけで、肌が粟立つ。二度と見たくない、そう思って消した。

 それから彼は、しずかへの言い訳を必死に考えているようだった。ここまできて尚、しずかと一緒に福岡へ行く事をあきらめないその姿勢、その事も到底理解し得る事ではなかったし、彼が考え付いた言い訳も稚拙そのもので、それを押し通そうとする、その彼の姿もまた、見るに堪える事ができず、僕は一人、涙したのだった。
 それから、僕が山之内から受け取ったLINEをそのままスクショしてしずかに送り、僕しか知らない情報をしずかが知り、それを彼女が山之内に伝える事で、僕がしずかにリークしている事がばれ、この3人の状況はカオスとなった。

 当然、福岡行きはなくなった。
 そして僕は山之内から言われたのだ。
 〔もう仕事以外で君と話しません。〕と。
 僕はまだ、一応は先輩であり、一応は上司の山之内との関係は狭い社内で良好なままにしておきたかった。まだここまでは僕の方が折れようと思っていた。
 次の日、出社したが、気まずくて仕方がなかった。
 僕はまだ最後の手段として、彼にLINEを送ったのだ。
 〔一度きちんと話したいので飲みに行きましょう〕と。
 その返答は、
 〔無理〕
 〔ただ、仕事の時は喋る〕
 というものだった。さすがの僕もイラっときていた。
 見方を変えれば、10万超の無駄な出費を止めた、スーパーファインプレーであるにも関わらず、それに関して逆恨みをされている、それさえも受け止めて、こちらから打開案を提案したにも関わらず、幼稚な反応でしか返してこない。
 僕はもう、こいつとは仕事でも喋らない、というか喋れないと思った。わざとらしく彼は仕事の話をしてきたが、僕は生返事でしか返さなかった。
 明くる日、今度は山之内からLINEがきていた。
 〔飲みいくのこの日だったらいいよ。〕
 という内容のものだった。僕はそれに応じた。

 「俺の事を思ってくれての事やったっちゃろ?」
 乾杯の前に山之内は言ってきた。
 もう、どうやっても、僕の気持ちが届く事はないし、この人とはどうやっても次元が違うと思っていた。仲直りをするわけでもない。水に流す、その意味でもなかった。山之内は事の顛末を詳細まで聞いてこなかった。彼の防衛本能でも働いたのだろうか。それとも僕としずかのやり取りを聞くのが怖かったのだろうか。

 結局、何も無かったように、その飲んだ一日で、僕らは元の鞘に収まったのだった。

 
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