カルバート

角田智史

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 正造 6

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 その式典に行くにしても、また、社内は揺れていた。
 駅から遠いその式場へどうやって行くかというものだった。僕は電車、そしてそこからのシャトルバスを選んだが、正造に関しては、異動先の上司から、こちらの業務課長へお願いされていた。元々飲まない課長が車で行く事を知った先方は、正造を乗せてくれないかと言ったようだった。
 大雑把な状況は、先方も把握していたかも知れないが、細かい部分までは把握できていないようだった。課長もやはり元営業でもあり、僕はよく正造の話をしていて当然、支社長や僕の立場や意見を良く分かっていた。先方から特別に気を遣う事なく「え?同じ延岡だから別にいいよね?」というニュアンスで言ってきたようだが、課長は嫌々ながらも、致し方なくそれを受け入れるしかないようだった。
 式典が終わった後の話によると、彼は課長のファミリーカーの一番後ろに乗って、ほぼ、言葉は発しなかったようだった。課長は言いたい事はズケズケと言ってしまう人間である。
 「夜野さん、あんたはいいかもしれんけど、支社長にも、角田にも、みんなに迷惑かけちょ。」
 と彼に向かって言ったようだった。彼は
 「はい、分かりました。」
 と言っただけのようだった。

 時間が経つと共に、僕の頭の中では赤面症の女の子と、もう一つ、脳裏をかすめていた。
 起こってしまったその原因よりも、何がしたいか、そちらを優先して僕は考える。それは僕がこの考え方が好きで、そういう風に意識して、その考え方ができるようになっていった。
 前述したが、正造は、中学生のように、チヤホヤされる事、注目される事、カッコいいだとか、イケメンだとか、歌が上手いとか、そういった事には目の色を変えていた。自分の自慢話ともなれば、犬のように鼻息を荒くし、留まる事を知らなかった。そして調子に乗っていた。それが彼の全てだった。
 彼の中で大きかったMKの空間の中で、最近、彼の望んだ通りにチヤホヤされる事も少なくなってきていた。
 その彼が選んだ行動、それが、

 「悲劇のヒーロー」

 記憶を無くしてしまったかわいそうな存在となる事。
 それを演じれば、また以前のように、チヤホヤされたり、話題にこと欠かなかったり、その事を吐露する事で、女の子から不憫に思われる。そんな存在になりたかったんじゃないか。
 注目されるという部分に関しては、実際に、社内でも、MKでも、しばらくは彼の話題で事欠かず、見事に注目される存在となった。
 ある意味、そこに関して言えば、彼の思う通りに、僕らは掌の上で転がされていたのかもしれない、とも思うようになっていた。

 記憶の蓋を開けない事。

 その事が、彼の中で、彼のなりたい自分を実現していくのに、欠かせない事。例え、記憶が蘇ったとしても、それは決して、誰にも、言ってはいけない事。覚えている、覚えていない、本当か、嘘か、という次元の話ではなく、彼が生きていく為に、決して、外に漏らしてはいけない。記憶があるとしても、その事は絶対に、彼は認める事が出来ない。

 そうしないと彼は、生きていけない。
 中二病の彼の、なりたい自分、かっこいい自分、可哀そうな自分、女の子からチヤホヤされる自分、それになる事ができない。

 つまり、これから先もずっと、真相は闇のままで、永遠に、彼のみぞ知る。
 彼が認めない限りは、決して誰かに、知られる事はない。
 まるでそれは地下水のように、滔々と流れ、そしてそれは、彼以外の誰一人、見る事が出来ないのだ。
 
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